労働問題

公務員の懲戒免職処分と退職手当不支給処分 【山形地裁令和5.11.7判決】

人事院が公表する「令和5年における懲戒処分の状況について」によると、令和5年中に懲戒処分を受けた一般職の国家公務員は240名であり、なんと法務省が最も多く、次いで国税庁、国土交通省、海上保安庁、厚生労働省…と続くそうです。
基本法制の維持及び整備、法秩序の維持、国民の権利擁護などを任務として設置された(法務省設置法第3条1項参照)はずの法務省において、最も懲戒処分の人数が多いというのはなんとも皮肉な結果です。

公務員の懲戒処分には、「戒告」「減給」「停職」「免職」の4つがありますが、中でも特に重い処分が懲戒免職処分です。
国家公務員退職手当法第12条は、懲戒免職等処分を受けて退職した場合等における退職手当の支給について、「当該退職をした者が占めていた職の職務及び責任、当該退職をした者が行つた非違の内容及び程度、当該非違が公務に対する国民の信頼に及ぼす影響その他の政令で定める事情を勘案して、当該一般の退職手当等の全部又は一部を支給しないこととする処分を行うことができる。」と定めています。
「できる」という規定になっていますが、実際のところ、非違行為が重大である場合には、定年が真近に迫っていたとしても退職手当を全部支給しないという処分がなされることが多いのが現実です。

さて、今回はそんな公務員の退職手当の支給をめぐり、生徒に対するわいせつ行為によって懲戒免職処分を受けた元教員が退職手当の支給制限処分の適法性を争った事件を紹介します。

山形県・退職手当支給制限事件・山形地裁令和5.11.7判決

事案の概要

本件は、生徒に対するわいせつ行為を理由として懲戒免職処分を受けた元県立高校の教員であるAさんが、教育員会がAさんの退職手当全額について退職手当支給制限処分をしたことは裁量権の逸脱濫用に当たり違法であると主張し、その取消しを求めた事案です。

事実の経過

Aさんの勤務状況

Aさんは、昭和63年4月1日に教職員としてY県に採用されて以降、教職員として勤務をし続けていました。
Aさんは、平成29年4月以降、野球部の部長を務めていたほか、令和3年4月からは教務主任として教育計画の立案その他の教務に関する事項について連絡調整及び指導、助言といった業務を担当していました。
なお、Aさんは、令和4年4月からは、野球部の監督業務を兼務するようになりました。

Y教育委員会による教職員への指導内容

Y教育委員会は、Y県の教職員に向けた「わいせつ・セクハラ確認シート」を作成しており、生徒と接するときに気を付けるべきポイントとして、生徒と私的なSNS等のやりとりを行わないことや、部活動等の指導において、生徒へのマッサージ行為等を行わないこと、自分の体を生徒にマッサージさせないようにすることを挙げていました。
また、Y教育委員会は、教職員の情報通信技術機器活用に係る基本ルールを策定し、特に守るべき基本ルールとして、生徒との私的なメールやSNSを行わないことを挙げていました。

Aさんによる非違行為

令和4年7月9日、Aさんは翌日から行われる甲子園Y県大会の試合のために、B市内のホテルに野球部員とともに宿泊しました。
この際、Aさんは、同高校3年生の女性マネージャーを自らの好意を伝える目的で自室に呼び出し、肩を揉ませ、その後同生徒の方を揉んだ後、後ろから抱き寄せ、振り向かせて、生徒が望んでいることであると勝手に解釈をしてキスし、さらに膝の上に生徒をのせてベッドに横にし、上から覆いかぶさるようにしてキスをするなどの非違行為に及びました。

Y教育委員会による処分

Y教育委員会は、令和4年10月13日付けで、Aさんを地方公務員法第29条1項の規定により懲戒免職処分に処しました。
また、同日、Y教育委員会は、Y県職員等に対する退職手当支給条例第13条第1項に規定する非違等の事情を勘案し、支給制限処分を行うとして、Aさんの退職手当1914万5062円全額を支給しないとの退職手当支給制限処分(本件処分)をしました。

訴えの提起

そこで、Aさんは、Y教育委員会による本件処分は裁量権の逸脱またはその濫用があり、違法であると主張し、その取消しを求める訴えを提起しました。

争点

本件では、本件退職手当支給制限処分がY教育委員会の裁量権の範囲の逸脱又はその濫用に当たるか否かが争点となりました。

本判決の要旨

判断枠組み

本件条例13条1項は、懲戒免職処分を受けた退職者の一般の退職手当等につき、退職手当支給制限処分をするか否か、これをするとした場合にどの程度支給を制限するかの判断を、退職手当管理機関の裁量に委ねているものと解すべきである。
したがって、裁判所が退職手当支給制限処分の適否を審査するに当たっては、退職手当管理機関と同一の立場に立って、処分をすべきであったかどうか又はどの程度支給しないこととすべきであったかについて判断し、その結果と実際にされた処分とを比較してその軽重を論ずべきではなく、退職手当支給制限処分が退職手当管理機関の裁量権の行使としてされたことを前提とした上で、当該処分に係る判断が社会観念上著しく妥当性を欠いて裁量権の範囲を逸脱し、又はこれを濫用したと認められる場合に限り、当該退職手当支給制限処分が違法となると解すべきである。

裁判所
裁判所

本件の検討

本件非違行為の悪質性

本件処分における判断が社会観念上著しく妥当性を欠いて裁量権の範囲を逸脱し、又はこれを濫用したといえるか検討すると、本件非違行為は、野球部の顧問であったAさんが、野球部の大会期間中であるにもかかわらず、本件生徒に自らの好意を伝えたいと考え、ホテルの自室という閉鎖的空間で、本件生徒を突然抱きしめて好意を伝え、動揺する本件生徒に対してキスをしたうえ、さらに本件生徒をベッドに横にして約30秒もの間キスをするというものであるが、これは身勝手かつ悪質な行為である。本件生徒は、自身の心情について、本件非違行為の最中はショックで頭が真っ白になり、何も考えられなくなった、後から冷静に考えると気持ち悪いし、最低だと思う、Aさんからの謝罪を受け入れる気はない旨述べているように、Aさんの行為が本件生徒の心身に与えた悪影響は無視できない。

本件非違行為に至る経緯

また、本件非違行為に至る経緯についてみても、Aさんは、Y教育委員会の指導に反して、本件生徒とSNSでプライベートなやりとりをしたり、お互いの体をマッサージしたことをきっかけに、本件生徒に一方的に好意を抱くようになって、本件非違行為に至ったものであるから、本件非違行為当時、Aさんに超過勤務による精神的疲労があったとしても、本件非違行為に至る経緯についてAさんに有利に斟酌すべき点はない。

本件非違行為が公務に与える影響

加えて、本件非違行為当時、Aさんは本件高校の教務主任という重要な職責を担っていたことや、本件非違行為が、野球部が大会に出場するためにホテルに宿泊した際に行われたものであることからすると、本件非違行為は、高校における公務の遂行に著しい影響を与えるとともに、学校教育に係る公務に対する県民の信頼を著しく損なうものである。

まとめ

Y教育委員会は、本件条例13条1項の考慮要素へのあてはめ(…)は、上記と同趣旨であり、前記認定のAさんの経歴及び勤務内容、Y教育委員会による教職員への指導内容、非違行為以前のAさんと生徒への関わり方、本件非違行為の内容とその後の経緯といった諸点から見ても、合理的で相当なものといえる。
したがって、Y教育委員会が、これらの判断を総合的に勘案した上で、本件非違行為は全部不支給に相当する重大なものと判断したことに、社会観念上著しく妥当性を欠いた点があるとはいえない。

結論

よって、裁判所は、以上の検討によりAさんの請求は認められないと判断しました。

本件のまとめ

本件は、生徒に対するわいせつ行為を理由として懲戒免責処分を受けた元県立高校教員であるAさんが、Y県教育委員会がAさんの退職手当全額について退職手当支給制限処分をしたことは裁量権の逸脱・濫用があると主張し、本件処分の取消しを求めた事案でした。

裁判所は、懲戒免職処分を受けた退職者の退職手当等について、退職手当支給制限処分をするか否か、また、制限処分をする場合にはどの程度支給を制限するかの判断を、退職手当管理機関の裁量に委ねているものであるとして裁量権を認めたうえで、裁量権の逸脱・濫用がある場合には退職手当支給制限処分は違法になるとの判断枠組みを示しました。
そして、Aさんの本件非違行為の悪質性や公務に与えた影響の大きさ、経緯に酌量の余地がないこと等の事情を検討したうえで、Y教育委員会が本件処分に際して検討した事情も同趣旨であるとして、裁量権の逸脱・濫用は認められないと判断しました。

本件は公務員の退職手当支給制限に関する問題でしたが、会社(使用者)が従業員を懲戒解雇した場合における退職金等の不支給についても同様に争いになることがあります。
これまでの裁判例によれば、懲戒解雇の場合における退職金等の不支給が認められる要件として、①就業規則や退職金規程などに減額事由や不支給事由が定められていること、②当該退職者に著しい背信行為があったことが必要であると解されています。
「著しい背信行為」に該当するか否かは、当該行為の内容に加え、経緯や動機その他さまざまな事情を総合的に考慮する必要があると考えられ、この意味において、本件判決の各考慮要素やあてはめは参考になるといえます。

弁護士にご相談ください

従業員による行為によって会社として懲戒解雇に踏み切らざるを得ない場合があります。
この場合、懲戒解雇に該当する事由が存在する以上、退職金等を支払わなくてよいのではないかと考えたくなります。
もっとも、上述のとおり、これまで退職金の減額や不支給について争われた裁判例では、単に懲戒事由が存在するだけでは足りず、当該従業員の勤続の功を抹消ないし減殺するほどの「著しい背信行為」があることが求められています。
著しい背信行為に当たるといえるか否かは、個々の事情に照らして慎重に判断しなければならず、仮に退職金の減額や不支給が無効であるとされた場合には、会社は遅延損害金も加算して支払わなければなりません。

弁護士
弁護士

懲戒解雇の場合であっても、原則として解雇予告手当の支給が必要です。
懲戒解雇は慎重に行いましょう。

従業員を懲戒解雇する場合の退職金支給についてお悩みがある場合には、ぜひ弁護士にご相談ください。