労働問題

飲酒運転の公務員に退職手当支給しないことは裁量権の逸脱濫用?【最高裁】

2023(令和5)年12月1日から、安全運転管理者による運転前後のアルコールチェックにアルコール検知器を用いることが義務化されました。

従来、運賃を得て物品や人を運搬する緑ナンバーの車を扱う事業所では、アルコール検知器によるアルコールチェックが義務化されていましたが、業務使用の自家用自動車(白ナンバー)における飲酒運転防止対策を強化する観点から、道路交通法施行規則が改正されました。

具体的には、法律で定められた一定台数の白ナンバー車を使用している場合、

  1. 安全運転管理は、目視等により運転者の酒器帯びの有無の確認を行うほか、アルコール検知器を使用して確認を行うこと
  2. 安全運転管理者は、アルコール検知器を用いた運転者の酒器帯びの有無の確認記録を1年間保存し、アルコール検知器を常時有効に保持すること

が求められます。

仮に安全運転管理者が必要なアルコールチェックを行わず、都道府県公安委員会が自動車の安全な運転が確保されていないと判断して、安全運転管理者の解任を命じたにもかかわらず、使用者等がこれに従わないなどの場合には、罰金が科せられます。

会社にとって、安全運転管理者の選任やアルコール検知器によるチェックなどは、新たな業務負担として重く感じられるかもしれませんが、飲酒運転を撲滅するとともに、業務の安全性をより高めるためにも、しっかりと改正法に従った対応をしていく必要があります。

さて、そんな飲酒運転をめぐり、酒気帯び運転で物損事故を起こした教諭が、懲戒免職処分に伴う退職金不支給処分の違法性を争った事件がありました。

宮城県・退職手当支給制限事件(最高裁令和5.6.27判決)

事案の概要

Aさんの勤務状況

Aさんは、昭和62年4月、B県の公立学校教員として採用され、以降、教諭として勤務していました。
Aさんには、後述する本件懲戒免職処分に至るまで、他の懲戒処分歴がなく、勤務状況にも特段の問題は見られませんでした。

B件の退職手当に関する条例の規定

B県の職員の退職手当に関する条例では、退職者が懲戒免職処分を受けて退職をした者に該当するときは、当該退職にかかる退職手当管理機関は、退職者に対し、その職務及び責任、勤務状況、非違の内容及び程度、非違に至った経緯、非違後の言動、非違が公務の遂行に及ぼす支障の程度や公務に対する信頼に及ぼす影響を勘案して、当該退職にかかる一般の退職手当等の全部または一部を支給しないこととする処分を行うことができる旨を規定していました(本件規定)。

Aさんによる非違行為

平成29年4月28日、Aさんは、当時勤務していた高等学校の同僚の歓迎会に参加するため、学校から自家用車を運転して会場へ赴き、午後6時20分頃から午後10時20分頃まで、ビールを中ジョッキとグラスで各1杯程度、日本酒を3合程度飲みました。

Aさんは、同日午後10時30分頃、20㎞以上離れた自宅へ帰るため、自家用車を運転していたところ、約100m走行した場所にある交差点で車両と衝突し、同車両に物的損害を生じさせる事故(本件事故)を起こしました。
Aさんは、道路交通法違反の罪(酒気帯び運転)で現行犯逮捕されましたが、この事実については、Aさんの氏名・職業も含めて報道され、高校は全校集会や保護者会を開き、Aさんの学級担任の業務等を他の教諭に担当させるなどの対応をすることになりました。

Aさん
Aさん

飲酒の上、事故を起こしてしまいました。申し訳ございません。

教育委員会による周知

本件非違行為に先立ち、B県教育委員会の教育長は、教職員が酒気帯び運転や酒酔い運転により検挙されるなどの事例が相次いでいたことを受けて、各教育機関の長等に宛てて、今後飲酒運転に対する懲戒処分についてはより厳格に運用していくといった方針を示すなど、服務規律の確保を求める旨の通知等を発出していたほか、Aさんを含む教職員に対し、非常事態として注意喚起をしていた中で教職員による飲酒運転が繰り返されたことは極めて遺憾であり、飲酒運転につき免職又は5月以上の停職とする旨の懲戒処分の量定に係る基準を改正するなど、今後はより厳格に対応する旨を記載した周知文書も配布していました。

教育委員会による処分

B県教育委員会は、平成29年5月17日付で、Aさんに対し、酒気帯び運転(本件非違行為)を理由に懲戒免職処分をするとともに、本件規定に基づき、一般の退職手当等の全部を支給しないこととする処分(本件全部支給制限処分)をしました。

Aさん
Aさん

退職手当て、ゼロですか?!

訴えの提起

そこで、Aさんは、各処分の取り消しを求めて、訴えを提起しました。
なお、Aさんは、平成29年10月30日に、酒気帯び運転の罪で罰金35万円の略式命令を受けました。

争点

本件の争点は、本件懲戒免職処分と本件全部支給制限処分が、B県教育委員会の裁量権の範囲を逸脱又は濫用したものとして違法になるか否かです。

原審の判断

原審は、本件の事実関係の下では、本件懲戒免職処分は適法であるとしました。

他方で、本件全部支給制限処分については、「Aさんについて、本件非違行為の内容及び程度等から、一般の退職手当等が大幅に減額されることはやむを得ない。しかし、本件規定は、一般の退職手当等には勤続報償としての性格のみならず、賃金の後払いや退職後の生活保障としての性格もあることから、退職手当支給制限処分をするに当たり、長年勤続する職員の権利としての面にも慎重な配慮をすることを求めたものと解されるところ、Aさんが管理職ではなく、本件懲戒免職処分を除き懲戒処分歴がないこと、約30年間誠実に勤務してきたこと、本件事故による被害が物的なものにとどまり既に回復されたこと、反省の情が示されていること等を考慮すると、本件全部支給制限処分は、本件規定の趣旨を超えてAさんに著しい不利益を与えるものであり、本件全部支給制限処分のうち、Aさんの一般の退職手当等の3割に相当する額を支給しないこととした部分は、B県教委の裁量権の範囲を逸脱した違法なものである」として、取消請求の一部を認めました。

本判決の要旨

判断枠組み

本件規定により支給される一般の退職手当等は、勤続報償的な性格を中心としつつ、給与の後払的な性格や生活保障的な性格も有するものと解される。
また、本件規定は、個々の事案ごとに、退職者の功績の度合いや非違行為の内容及び程度等に関する諸般の事情を総合的に勘案し、給与の後払的な性格や生活保障的な性格を踏まえても、当該退職者の勤続の功を抹消し又は減殺するに足りる事情があったと評価することができる場合に、退職手当支給制限処分をすることができる旨を規定したものと解される。
このような退職手当支給制限処分に係る判断については、平素から職員の職務等の実情に精通している者の裁量に委ねるのでなければ、適切な結果を期待することができない

そうすると、本件規定は、懲戒免職処分を受けた退職者の一般の退職手当等につき、退職手当支給制限処分をするか否か、これをするとした場合にどの程度支給しないこととするかの判断を、退職手当管理機関の裁量に委ねているものと解すべきである。
したがって、裁判所が退職手当支給制限処分の適否を審査するに当たっては、退職手当管理機関と同一の立場に立って、処分をすべきであったかどうか又はどの程度支給しないこととすべきであったかについて判断し、その結果と実際にされた処分とを比較してその軽重を論ずべきではなく、退職手当支給制限処分が退職手当管理機関の裁量権の行使としてされたことを前提とした上で、当該処分に係る判断が社会観念上著しく妥当を欠いて裁量権の範囲を逸脱し、又はこれを濫用したと認められる場合に違法であると判断すべきである。

裁判所は、退職手当管理機関と同じ立場で「処分するべきだったかどうか」を考えるのではなく、管理機関の判断が裁量権の行使としてなされたことを前提にその範囲を逸脱するかどうかを判断するべきです

裁判所
裁判所

本件の検討

本件の事実関係によれば、Aさんは、自家用車で酒席に赴き、長時間にわたって相当量の飲酒をした直後に、同自家用車を運転して帰宅しようとしたものであり、実際に、Aさんが運転開始から間もなく、過失により走行中の車両と衝突するという本件事故を起こしていることからすれば、本件非違行為の態様は重大な危険を伴う悪質なものである。
加えて、Aさんは、公立学校の教諭の立場にありながら、酒気帯び運転という犯罪行為に及んだものであり、その生徒への影響も相応に大きかったものと考えられる。
現に、本件高校は、本件非違行為の後、生徒やその保護者への説明のため、集会を開くなどの対応も余儀なくされたものである。
このように、本件非違行為は、公立学校に係る公務に対する信頼やその遂行に重大な影響や支障を及ぼすものであったといえる。

さらに、B県教委が、本件非違行為の前年、教職員による飲酒運転が相次いでいたことを受けて、複数回にわたり服務規律の確保を求める旨の通知等を発出するなどし、飲酒運転に対する懲戒処分につきより厳格に対応するなどといった注意喚起をしていたとの事情は、非違行為の抑止を図るなどの観点からも軽視し難い。

以上によれば、本件全部支給制限処分に係るB県教委の判断は、Aさんが管理職ではなく、本件懲戒免職処分を除き懲戒処分歴がないこと、約30年間にわたって誠実に勤務してきており、反省の情を示していること等を勘案しても、社会観念上著しく妥当を欠いて裁量権の範囲を逸脱し、又はこれを濫用したものとはいえない。

本件の事情を考慮すると、裁量権の範囲を逸脱したものとはいえません

裁判所
裁判所

結論

以上によれば、本件全部支給制限処分に係る県教委の判断は、被上告人が管理職ではなく、本件懲戒免職処分を除き懲戒処分歴がないこと、約30年間にわたって誠実に勤務してきており、反省の情を示していること等を勘案しても、社会観念上著しく妥当を欠いて裁量権の範囲を逸脱し、又はこれを濫用したものとはいえない。

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解説

本件のポイント

本件では、原審が懲戒免職処分を適法としたうえで、退職手当全額不支給処分は違法として一部の請求を認めたのに対し、最高裁判所は全額不支給処分を適法であると判断しています。

他方、本判決の宇賀克也裁判官の反対意見では、同じくB県教育委員会が制定した、「教職員に対する懲戒処分原案の基準」では、飲酒運転を行った場合は、免職又は5月以上の停職とされており、高校教員が酒気帯び運転で停職処分とされた例や飲酒運転による非違行為で停職処分とされた例があるほか、教職員以上に飲酒運転を自制すべき立場にある警察官が酒気帯び運転で停職3月の懲戒処分にとどめられている例があり、Aさんについては、停職以下の処分にとどめる余地があるのに、特に厳しい措置として懲戒免職処分がされたといえ、一般の退職手当等の一部を支給しないこととする処分をすることを、公務に対する信頼に及ぼす影響に留意して慎重に検討すべきであったなどとして、本件と他の事例との比較において、本件退職手当全部不支給は酷であると述べられています。

飲酒運転については、司法の判断においても、社会的にも厳しい目が向けられているところであり、民間企業の就業規則において、飲酒運転について厳しい処分を与える規定を設け、当該行為があった従業員に対して、就業規則に基づく相応の処分をしたとしても、処分は有効であるとの判断になることは多いのではないかと考えられます。
ただし、宇賀裁判官の反対意見に照らして考えるに、やはり非違行為の内容や経緯などによって個別性はあるものの、他の事例との関係であまりにもアンバランスな処分をしてしまうことは許されないといえるでしょう。

弁護士にご相談ください

退職金の支給制限については、公務員だけではなく、一般企業における懲戒解雇などの際にも同様に問題となってきます。
そもそも支給制限を行う場合には、就業規則において支給制限の事情や制限の程度等を具体的に定めておく必要がありますが、その場合であっても、単に懲戒事由が存するだけでは足りず、当該従業員の行為が「著しい背信行為」に当たることが求められます。

弁護士
弁護士

飲酒運転に対する厳罰化と処分のバランスを考える必要があります。

公務員の人事に関しては、国歌斉唱時の不起立による懲戒処分歴と再任用の当否が争われた事例も紹介していますのでご覧ください。

就業規則の定め方や就業規則に基づく処分、また退職金支給制限の可否などについてお悩みがある場合には、ぜひ弁護士に相談されることをおすすめします。