労働問題

人事評価は不法行為に該当する?【ゆうちょ銀行事件】

労働基準法第89条第2号は、「常時10人以上の労働者を使用する使用者は、次に掲げる事項について就業規則を作成し、行政官庁に届け出なければならない。…」と規定し、賃金の決定、計算及び支払いの方法等について、就業規則に定めなければならないことを定めています。
したがって、多くの企業では、賃金の決定や計算、支払い方法について、就業規則や給与規程の中で記載されていますが、その計算方法について、会社が従業員の査定や評価を行ったうえで賃金や賞与、手当の額を決定する旨の条項を置いているケースがあります。
人事評価は、使用者側の裁量的判断に委ねられているため、適正な評価が行ったうえで賃金等を決定し、これを支給していれば、このような査定(評価)条項に基づく賃金等の支給方法も問題はありません。

もっとも、使用者側が裁量権を逸脱・濫用した場合には、当該人事評価は不法行為に該当することになります。
たとえば、これまでの裁判例の中では、就業規則に定められた評定期間外の事由を査定の対象にした事案や育児休業期間が含まれる年度の成果報酬を機械的にゼロであるものとして査定した事案などにおいて、裁量権の逸脱・濫用であると認められています。

さて、今回はそんな人事評価の違法性が争われた事件についてご紹介します。

ゆうちょ銀行事件・東京地裁令和4.4.28判決

事案の概要

本件は、B社に雇用されているAさんが、平成29年度下期から令和2年度上期までの6期分のB社によるAさんの人事評価には、Aと評価すべき項目をBと評価した違法があり、その結果に基づいて金額が決定される貯金営業手当が低額とされる損害を被ったと主張して、B社に対して、不法行為に基づく損害賠償金等の支払いを求めた事案です。

事実の経過

Aさんの雇用状況

Aさんは、昭和49年6月、国の機関であった郵便局職員として採用され、民営化後の平成28年3月末にB社を定年退職しました。
その後、同年4月、AさんはB社との間で再雇用社員としての雇用契約を締結し、同年7月からB社のDパートナーセンターに所属していました。

貯金営業手当

B社の周知された就業規則の一部を構成する再雇用社員に適用のある給与規程によれば、「再雇用社員に対しては、基本給のほか、通勤手当、調整手当、管理職手当、超過勤務手当、祝日休、夜勤手当、業務関係手当、特殊勤務手当、夏期手当及び年末手当を支給する」旨が定められていました。
また、同給与規程では、夏期手当として夏期手当および貯金営業手当を夏期(6月)に、年末手当として年末手当及び貯金営業手当を年末(12月)にそれぞれ支給することを定めていました。

B社の正社員に適用される給与規程のうち、貯金営業手当の定めは、再雇用社員にも適用されるものであり、社員が貯金サービスの質を向上させるための活動等を行い、個人評価項目表に定める評価実績があった場合に支給するものとされていました。
そして、貯金営業手当の支給方法については、給与規程に定める方法に従って計算された支給原資の総額を、B社の機関ごとに配算し、機関別に配算された支給原資に基づいて
≪貯金営業手当≫=≪期間別に配算された支給原資≫×≪当該社員の評値点≫÷≪当該社員の勤務場所等の全社員の評価点の合計≫×≪懲戒の有無・内容による成績率≫
という計算方式によって試算された金額を支給することが定められていました。

評価点および評価基準

給与規程の個人評価項目表では、機関ごとに評価項目が設定されており、パートナーセンターの個人評価項目表には、
◆「業務繁忙時等の応援」
◆「郵便局支援の実行にあたっての創意・工夫・提言」
◆「職務に必要な業務知識」
◆「お客さまおよび店舗からの申告(苦情・賞賛・感謝等)の件数」
などを含む約21項目が定められていました。
そして評価項目ごとにA、B、Cの評価がなされ、Aには5点、Bには3点、Cには0点がそれぞれ割り振られ、それを合計することで評価点が算出されることになっていました。

Aさんの人事評価

Aさんは、平成29年度下期から令和2年度上期までの人事評価についてそれぞれB社から評価を受けたところ、「業務繁忙時の応援」や「郵便局支援の実行にあたっての創意・工夫・提言」、「業務に必要な業務知識」などの項目についてB評価を受けていました。
そして、B社は、かかる評価点に基づき算出した貯金営業手当をAさんに対して支払っていました。

訴えの提起

Aさんは、B社によるAさんの人事評価には、Aと評価すべき項目をBと評価した違法があり、その結果に基づいて金額が決定される貯金営業手当が低額とされる損害を被ったと主張して、B社に対して、不法行為に基づく損害賠償金等の支払いを求める訴えを提起しました。

争点

本件では、B社による預貯金営業手当の評価点決定のための人事評価に違法な点があったといえるか否かが争点となりました。

本判決の要旨

判断枠組み

使用者が労働者に対して行う人事評価は、事業を遂行する責任を担う使用者が、上記責任者としての権限に基づき行うものであるから、国籍差別、男女差別、組合差別などを禁止する強行法規(労働基準法3条、4条、労働組合法7条、雇用の分野における男女の均等な機会及び待遇の確保等に関する法律6条1号、9条3項など)に違反したり、労働契約の内容(就業規則で定めた人事評価の定めを含む。)に反することはできないが、その内容の決定については、使用者の裁量的な判断に委ねられており、人事評価の適法性が争われた場合、使用者の裁量的な判断は尊重されるべきであり、その判断が上記の強行法規に反する場合や、就業規則などの労働契約の定めに照らして、是認される範囲を超え、著しく不合理であって濫用にわたると認められる場合でない限り、違法となることはないと解される。
他方、人事評価が、上記の強行法規に反する場合、又は、就業規則などの労働契約上の定めに照らして、是認される範囲を超え、著しく不合理であって濫用にわたると認められる場合には、違法となるものと解される。

本件でAさんが違法である旨主張している人事評価には、上記の強行法規に違反する点は認められないし、Aさんも、強行法規違反は問題としていない。
そして、Aさんが違法である旨主張している人事評価〈1〉から〈6〉までは、B社がその機関別(労働者の配属先)に配算した本件手当の原資を労働者に本件手当として配分する評価点を決めるための人事評価であるから、事業遂行責任を担う使用者の裁量的判断が妥当する分野であるといえる。
本件手当の評価点を決めるための人事評価は、就業規則の一部を構成している本件給与規程に評価点の基準が定められていることからすれば、人事評価〈1〉から〈6〉までは、本件給与規程の評価点の定めに照らして、是認される範囲を超え、著しく不合理であって濫用にわたると認められる場合に限り、違法となると解される。

人事評価においては、使用者の裁量的な判断が尊重されるのが原則です

裁判所
裁判所

本件の検討

「応援」をBと評価したことの違法性について

本件給与規程の評価点の定めには、「応援」の項目は、業務繁忙時に必ず応援を行っている場合にはA、応援を行っている日がある場合にはB、応援を行っていない場合にはCと評価することとされているが、本件全証拠によっても、人事評価〈1〉から〈6〉までの評価期間において、Aさんが業務繁忙時に必ず応援を行っていた事実があるとは認められない。
また、人事評価〈5〉において、AさんをBと評価したG副所長は、「応援」の項目でAと評価されるには、応援を求められたときに応援を行っているというだけでは足りず、常に目配りを行い、周りで困っている社員を自ら発見して声をかけて応援を行うこと、応援の押し付けとならないよう相手と意思疎通を図りながら相手にとって必要な応援を行うことが必要であるが、Aさんはこれらができていなかった旨証言しているところ(証人G)、「応援」の項目において、上記の観点から評価することは、本件給与規程の定めに反するものではなく、その内容も不合理とはいえないものであるから、上記の観点により、AさんをAとせず、Bと評価したことが、本件給与規程の評価点の定めに照らして、是認される範囲を超え、著しく不合理であって濫用にわたるとまでは認められない。
したがって、人事評価〈1〉ないし〈6〉における「応援」の項目につき、B社がAさんをBと評価したことが違法であるとはいえず、不法行為に当たるとはいえない。

「創意・工夫・提言」の項目をBと評価したことの違法性

本件給与規程の評価点の定めには、「創意・工夫・提言」の項目では、郵便局支援の実効を上げるため、創意・工夫として施策を立案・実施し、受持ち郵便局の実績向上に貢献した場合にはA、施策を実施したが、効果は不十分である場合にはB、施策を実施していない場合にはCとすることとされている。
Aさんは、平成29年頃以降、モニタリング進捗管理ツール、日銀受託件数一覧表ツール及びその他のモニタリング業務を効率化するパソコンツールを作製し、これを同僚に提供していた事実が認められるところ、これについては、Aさんが郵便局支援であるモニタリング業務の効率化のための創意・工夫を立案・実施したと評価することができる。
しかし、これらのパソコンツールは、主としてモニタリング担当社員の業務効率化に寄与するものであって、直ちに、受持ち郵便局の実績向上に貢献するというものではないから、前記のツールの立案・実施をもって、直ちに、受持ち郵便局の実績向上に貢献したと認めることはできない。
また、人事評価〈5〉の評価者であるG副所長は、Aと評価するための要件である「受持ち郵便局の実績向上に貢献した」は、実績向上への貢献は数値化できるものではないが、様々な社員が活用できる有用性の高いツールを立案・実施をした場合にはこれに当たると考えることができるところ、(…)本件全証拠によっても、人事評価〈1〉から〈5〉までの評価期間において、Aさんが創意・工夫として立案・実施した施策により、受持ち郵便局の実績向上に貢献した事実があるとまでは認められず、B社が、「創意・工夫・提言」の項目につきAさんをAと評価せず、Bと評価したことが、本件給与規程の評価点の定めに照らして、是認される範囲を超え、著しく不合理であって濫用にわたるとまでは認められない。
したがって、人事評価〈1〉ないし〈5〉における「創意・工夫・提言」の項目につき、B社がAさんをBと評価としたことが違法であるとはいえず、不法行為に当たるとはいえない。

「業務知識」の項目をBと評価したことの違法性

本件給与規程の評価点の定めは、「業務知識」の項目では、高度な業務知識を有している場合にはA、通常業務をこなすための業務知識を有している場合にはB、業務知識が不十分である場合にはCと評価することとされている。
Aさんは、内国為替やエクセルについて知識を有するほか、平成29年から、進捗管理ツールや日銀受託件数一覧表ツールなどの業務効率化のためのパソコンツールを提案していることからすれば、人事評価〈1〉から〈4〉までの評価期間において、東京Jセンターにおける主たる業務であるモニタリング業務に関しても、業務を遂行するために必要な水準の知識を有していたものと認められる。
しかし、業務に必要又は有益な知識の範囲は広範であり、試験の点数などの絶対的尺度で容易に測り得るものではないこと、本件給与規程が「高度」との抽象的な表現を用いていることに照らせば、本件全証拠をもっても、前記期間中、B社において、Aさんがモニタリング業務に関し高度な業務知識を有していたと評価しなかったことが、本件給与規程の評価点の定めに照らし、是認される範囲を超え、著しく不合理であって濫用にわたるものとは認めることはできない。
したがって、人事評価〈1〉から〈4〉までにおいて、「業務知識」の項目につき、B社がAさんをBと評価したことが違法であるとはいえず、これが不法行為に当たるとはいえない。

「苦情・賞賛」をBと評価したことの違法性

本件給与規程の評価点の定めは、「苦情・賞賛」の項目では、賞賛があった場合にはA、賞賛と苦情があった又は何もなかった場合にはB、苦情があった場合にはCとすることとされているところ、人事評価〈5〉の評価期間において、F郵便局の局長からAさんについての苦情があったことから、AさんはB以下となるものであって、賞賛が寄せられたことと併せて、B社が同項目をBと評価したことが、本件給与規程の評価点の定めに照らし、是認される範囲を超え、著しく不合理であって濫用にわたるものとは認めることはできない。
したがって、人事評価〈5〉における「苦情・賞賛」の項目につき、B社がAさんをBと評価したことが不法行為に当たるとはいえない。

結論

裁判所は、以上の検討より、Aさんの請求は認められないと判断しました。

解説

本件のポイント

本件は、B社で勤務するAさんが、B社の人事評価には、「A」と評価すべき項目を「B」と評価した違法があり、その結果に基づいて金額が決定される貯金営業手当が低額とされてしまうという損害を被ったと主張し、「A」と評価された場合の同手当のあるべき支給額と実際の支給額との差額等の支払いを求めた事案でした。

まず、裁判所は、人事評価は、事業を遂行する責任を担う使用者が、責任者としての権限に基づき行うものであることから、国籍や性別、組合などによる差別を禁止する各強行法規に違反する場合や就業規則などの労働契約の定めに照らして、是認される範囲を超え、著しく不合理であって濫用にわたると認められる場合でない限り、違法となることはないと解される、と判断しており、人事評価については基本的に使用者側の裁量権限に委ねられているが、裁量の逸脱・濫用に当たる場合には違法となることを明らかにしています。
そのうえで、本件Aさんに関する評価の合理性について、各評価期間におけるAさんの勤務状況や評価項目の趣旨などに照らして、それぞれの項目について「B」評価を付したB社の人事評価に違法性はないと判断しています。

このように、人事評価は使用者側の裁量に委ねられているものではありますが、労働者側から人事評価の違法性を争われた場合には、詳細な事実の検討がなされることから、人事評価を行う場合には、各評価項目の趣旨に即して、それぞれの従業員に関する具体的な事情を十分に考慮したうえで慎重に判断することが求められます。

弁護士にご相談ください

本判決では、B社が各評価項目について、Aさんの評価を「B」と評価したことは、給与規程の評価点の定めに照らして是認される範囲を超え、著しく不合理であって濫用にわたるものとは認められない、として違法性が否定されています。
もっとも、人事評価の違法性が認められた場合には、会社は不法行為責任を負うことになりますし、仮に強行法規に違反したということになると、行政庁からの勧告等を受ける可能性も生じてきます。
したがって、人事評価については、使用者側の裁量に委ねられているからといって、その裁量権限を濫用することのないように注意しなければなりません。

参考として、人事制度が男女差別ではないかと争われた事案についてもご覧ください。

従業員の人事評価や就業規則の査定条項などの問題については、顧問弁護士に相談し、リスクの有無や見直しの必要性などについて定期的に確認することがおすすめです。