労働問題

69歳で雇止めすることは違法?【有期雇用契約の更新拒絶】

「雇止め」とは、有期雇用契約を締結する労働者について、契約を更新することなく雇用契約を終了することです。
雇用契約の場面でも契約自由の原則が適用されるので、使用者と労働者の合意によって契約を更新せずに有期労働契約を終わらせること自体は有効とされています。

もっとも、「有期」とはいえ、雇用契約の更新が繰り返されていた場合には、労働者側にも「必ず次も更新されるはずだ」という期待が生じてきます。
そこで、労働契約法19条は、このような労働者の期待を保護する観点から、雇止めについても解雇に準じて考えるという雇止め法理を規定しています。

具体的には、
①次のいずれかに該当し(労働契約法19条1号or2号)
・有期労働契約が過去に反復して更新されたことがあり、契約期間満了時に当該有期労働契約をせずに終了させることが、無期雇用契約を終了させる(解雇)と社会通念上同視できること(1号)
・契約期間満了時に、当該労働者が契約が更新されるものと期待することについて合理的な理由があること(2号)
②労働者が、有期労働契約の期間が満了する前または期間満了後遅滞なく、有期労働契約の締結を申し込んだときであって
③使用者が、②の申し込みを拒否することが客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であるとは認められない場合
には、使用者は、従前の有期労働契約の内容である労働条件と同一の労働条件で労働者申込みを承諾したものとみなされます。

① 前提(次のいずれか)有期労働契約が過去に反復して更新されたことがあり、契約期間満了時に当該有期労働契約をせずに終了させることが、無期雇用契約を終了させる(解雇)と社会通念上同視できること(1号)使用者は、従前の有期労働契約の内容である労働条件と同一の労働条件で労働者申込みを承諾したものとみなされる
契約期間満了時に、当該労働者が契約が更新されるものと期待することについて合理的な理由があること(2号)
② 労働者が有期労働契約の期間が満了する前または期間満了後遅滞なく有期労働契約の締結を申し込んだとき
③ 使用者が②の申し込みを拒否することが客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であるとは認められない場合
労働契約法19条の整理 労働契約法(平成十九年法律第百二十八号)

雇止めには労働契約法上、このような法理が適用され得ることを十分に理解し、有期雇用労働者の雇用安定に配慮することが大切です。

さて、そんな雇止めをめぐり、69歳で雇止めされてしまった従業員が会社を訴えた事件がありました。

エイチ・エス債権回収事件・東京地裁令和3.2.18判決

事案の概要

本件は、B社との間で、期間の定めのある労働契約を締結していたAさんが、同契約は労働契約法19条2号に該当し、B社がAさんの更新申込を拒絶することは客観的合理的な理由を欠き社会通念上相当とは認められないため、B社がこれを承諾したものとみなされると主張し、労働契約に基づき、労働契約上の権利を有する地位にあることの確認などを求めた事案です。

事実の経過

有期雇用契約の締結

Aさんは、平成28年1月25日、債権管理回収等を目的とするB社との間で、有期労働契約を締結しました。
雇用条件は次のとおりでした。

なお、同日作成された雇用契約書にはおおむね上記の雇用条件の内容が記載されていましたが、「雇用契約書」と記載された下部に「(管理職契約社員)」と記載されていました。

Aさんの経験を活かしてください

B法人
B法人
Aさん
Aさん

がんばります!

有期雇用契約の更新

その後、AさんとB社は、平成28年、平成29年、平成30年にそれぞれ期間以外の点については、上記と同じ雇用条件が記載された雇用契約書を交わし、有期労働契約を更新しましていました。
なお、各雇用契約の期間は、
・平成28年3月31日付けの雇用契約書
 期間:平成28年4月1日から平成29年3月31日まで
・平成29年3月28日付けの雇用契約書
 期間:平成29年4月1日から平成30年3月31日まで
・平成30年2月28日付けの雇用契約書
 期間:平成30年4月1日から平成31年3月31日まで
とされていました。

Aさん
Aさん

毎年更新されているのでがんばらないと!

雇止め

B社の代表であるC代表取締役は、平成31年2月18日、Aさんに対し、口頭で、社員の年齢の若返りを図りたいという理由を伝えるとともに、同年4月1日以降は本件労働契約を更新しないことを通知しました(本件雇止め)。
また、B社は、後日、Aさんに対し、監査業務へのクレーム、一部部署(債権回収を担当する部署である回収部)への監査不実施、親会社への相談、居眠り及び年齢等を理由に雇止めする旨を記載した平成31年3月4日付け雇止め理由証明書を交付しました。

Aさん、雇い止めすることにします

B法人
B法人
Aさん
Aさん

それは困ります!

契約更新の申込

これに対して、Aさんは、直接又は労働局や代理人を通じて、B社に対して契約更新を申し入れました。
もっとも、B社は契約更新に応じず、そのまま、平成31年3月31日が経過しました

訴えの提起

そこで、AさんはB社に対して、AさんとB社間の雇用契約は労働契約法19条2号に該当し、B社がAさんの更新申込を拒絶することは客観的合理的な理由を欠き社会通念上相当とは認められないため、B社がこれを承諾したものとみなされると主張して、労働契約に基づき、労働契約上の権利を有する地位にあることの確認などを求める訴えを提起しました。

争点

本件では、①本件労働契約が労働契約法19条2号に該当するか否か、また②本件雇止めが客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められないか否かが主要な争点となりました。

本判決の要旨

争点①本件雇用契約が労働契約法19条2号に該当するか否かについて

前記前提事実(…)のとおり、Aさんは、B社との間で本件労働契約を合計3回にわたり更新し、3年2か月の間、おおむね週5日、1日8時間の勤務を継続していた。また、(…)Aさんに適用される就業規則には年齢による更新上限や定年制の規定はなく、Aさんは本件雇止め当時70歳には至っていなかった。そして、本件労働契約締結時及び更新時並びに最後の更新後本件雇止めまでの間に、B社からAさんに対し、更新上限及び最終更新並びに業務の遂行状況による雇止めの可能性等に関する具体的な説明があったとは認められない。これらの事情からすれば、(…)Aさんにおいて本件労働契約の契約期間の満了時(平成31年3月31日の満了時)に同契約が更新されるものと期待することがおよそあり得ないとか、そのように期待することについておよそ合理的な理由がないとはいえず、本件労働契約は労働契約法19条2号に該当する。

裁判所
裁判所

Aさんにとって更新の期待がありえないということはなく、本件契約は労契法19条2号にあたりますね

ただし、(…)本件労働契約の各契約書には更新の基準として勤務成績、態度、健康状態、能力、能率、作業状況等を総合的に判断する旨記載されているのであるから、これらについて問題がある場合には更新されない可能性があることはAさんにとっても十分に認識可能であることに加えて、Aさんの周りに現に70歳を超えてフルタイムの契約社員として勤務している者が存在したわけではないことからすると、Aさんが、平成31年3月31日の満了時に同契約が更新されることについて強度な期待を抱くことにまで合理的な理由があるとは認められず、また、平成31年3月31日の契約満了時以降当然に複数回にわたって契約が更新されるという期待を抱くことに合理的な理由があるとも認められない

以上を前提に、争点②について判断する。

ただ、Aさんに更新に対する期待を抱く合理的な理由があるとまではいえませんね

裁判所
裁判所

争点②本件雇止めが客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められないか否かについて

Aさんの勤務成績、態度、能力、能率及び作業状況等

前記認定事実(…)のとおり(…)Aさん自身が自分のコミュニケーションについて改善すべき点があることを認識し、工夫が必要であることを認識していたことが明らかである。
また、前記認定事実(…)のとおり、Aさんは、E取締役から監査対象部署の立場に立って考えるようになどと指摘を受け、B社代表者からは、今後はE取締役をうまく活用して監査を実施するよう言われていた。それにもかかわらず、AさんがE取締役の活用や自身のコミュニケーションの改善工夫等の対処を十分に行ったと認めるに足りる証拠は見当たらず(…)Aさんは、Aさんの改善提言の内容そのものについて、Aさんからの指摘事項として挙げる項目の記載内容や表現を工夫すれば監査を進められるとも思わないと述べている。
このような状況からすれば、さらに時間をおいたとしても、Aさんが回収部に対する監査を実施できる状況に至る可能性があったとは考え難く、仮にB社がAさんとの本件労働契約を更新した場合には、回収部に対する監査を実施できない状況が継続する可能性が高かったというべきである。このことだけでも、Aさんの勤務成績、態度、能力、能率及び作業状況等に相当重大な問題が生じているといえる。

その他の事情

上記の点に加えて、(…)Aさんが一定程度勤務時間中に居眠りをしていたことが認められること、証拠及び弁論の全趣旨によればAさんが平成31年3月15日に会社の物品を無断で持ち出そうとしたことが認められること、(…)AさんとB社の間でAさんが監査業務以外の業務を担当することは想定されていなかったこと、前記2で判断したとおりAさんが平成31年3月31日の契約満了時に同契約が更新されることについて強度な期待を抱くことにまで合理的な理由があるとは認められないことなどを併せ考えると、Aさんが血糖値が若干高いこと以外に健康上重大な問題を抱えていたと認めるに足りる事情は見当たらないことを加味しても、B社がAさんに対して本件雇止めをし、Aさんの更新申込みを拒絶することが、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められないとはいえない。

Aさんの更新申込みを拒絶することが、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であるとは認められませんね

裁判所
裁判所
Aさんの主張に関して

Aさんは、
・平成29年11月の時点において、回収部への監査は、事務監査や面接は終わり、Aさんと回収部の間で改善提言のすり合わせを行う監査の最終段階まで進んでいたが、訴外DがAさんからの改善提言書を見て「おい、A、これ何じゃい、おまえは文句つけるだけでいい商売だな」と言って監査忌避をしたため最終日に監査が延期となった
・B社代表者からは回収部への監査を一旦中断延期するように、社内で解決するからと言われた
・平成30年3月にも再度B社代表者から回収部の監査に関する延期の要請があった
・その後はAさんが延期を判断して事前にB社代表者に口頭又はメールで連絡して監査計画の変更を提出して承認を得た
・E取締役から回収部の監査のやり方について指導を受けたことはない
旨述べる。

しかしながら、(…)Aさんは、Aさん自身として、冷却期間を置いたうえで回収部と対話の機会を見出し定期報告までに解決する必要があると考えていたことが推認され、さらに、B社代表者から、E取締役経由で回収部と接触するよう指示されていたことを十分認識していたことが推認されるから、仮にAさんが、B社代表者が社内で解決すると発言したと認識し、E取締役から回収部の監査について指導を受けたと認識していなかったとしても、Aさんは、回収部に対する監査実施の必要性とそのための工夫等の必要性を十分に認識していたというべきである。
そして、(…)Aさんは、一定の時期以降、回収部の監査について、なんらの具体的な対応策も取らないままに延期を繰り返していたといわざるを得ない。Aさんは、Aさんによる回収部の監査の延期自体がB社代表者に対する問題提起であり、B社代表者が社内で解決すると言っていたことが実現されるのを待っていたという趣旨のことを述べるが、仮にB社代表者が社内で解決するという発言をしていたとしても、前述のとおりそもそもAさんの認識によってもB社代表者はAさんに対しE取締役を介して回収部とやり取りをするよう指示していたのであるから、Aさんが一方的にそれを実行せずに黙示的にB社代表者へ直接の対応を求めていたというのは、B社代表者からすればおよそ理解不能なものである。

また、Aさんは、B社からAさんに対する業務改善指導がなかったから本件雇止めには相当性がない旨主張するが、(…)本件においては、B社代表者やE取締役から事細かな業務改善指導がなかったとしても、前記認定事実(…)に認定した程度の注意指導がなされれば、社会通念上相当な注意指導がなされたものといえると解するのが相当である。

さらに、Aさんは、本件雇止めがパワハラ隠しを目的とするものである旨主張するが、むしろ証拠によれば、訴外Dは、平成30年3月ころ社内で暴行事件を起こし同年4月ころ降格処分になったことが認められ、そのほかにB社が訴外Dの行為を何らか隠蔽しようという目的で本件雇止めをしたと認めるに足りる証拠はない。

小括

以上によれば、本件労働契約は、労働契約法19条2号に該当するものの、B社がAさんの更新申込みを拒絶することが客観的に合理的な理由を欠き社会通念上相当であると認められないとはいえないから、Aさんの更新申込みをB社が承諾したものとはみなされない。
したがって、本件労働契約は平成31年3月31日をもって終了したから、Aさんは、同日以降、労働契約上の地位を失い、賃金支払請求権も有しない。
AさんのB社に対する請求はいずれも理由がない。

結論

よって、裁判所は、以上の検討により、Aさんの請求は認められないと判断しました。

本件のまとめ

本件は、B法人と有期雇用契約を締結し、B社の監査室において勤務していたAさんが、複数回の契約更新後に雇止めされてしまったことから、Aさんが本契約は労働契約法19条2号に該当し、B社がAさんの更新申込み拒絶することが客観的に合理的な理由を欠き社会通念上相当であると認められず、これを承諾したものとみなされるとして、労働契約上の権利を有する地位にあることの確認等を求めた事件でした。

裁判所は、本件労働契約が労働契約法19条2号に該当するとしつつも、勤務態度等に問題があれば契約更新されないこと、Aさんの周りに現に70歳を超えてフルタイムの契約社員として勤務している者が存在していたわけではないことからすると、Aさんが平成31年3月31日の満了時に契約更新されることについて強度な期待を抱くことにまで合理的な理由があるとは認められず、契約満了時以降当然に複数回にわたり契約が更新されるという期待を抱くことに合理的な理由があるとは認められないと判断しました。

その上で、Aさんの勤務成績、態度、能力、能率、作業状態等に相当重大な問題が生じているといえ、Aさんが健康上重大な問題を抱えていたと認めるに足りる事情は見当たらないことを加味しても、B社がAさんに対して本件雇止めをし、Aさんの更新申込みを拒絶することが、客観的に合理的理由を欠き、社会通念上相当であるとは認められないとはいえないとされました。

本件では、B社がAさんの有期雇用契約の更新申込みを承諾したものとはみなされないと判断されましたが、仮に不当な雇止めであると判断された場合には、会社は未払いの賃金や遅延損害金の支払い義務を負うことになります。
したがって、有期契約労働者の雇止めについては慎重に判断する必要があります。

弁護士にご相談ください

近年、雇止めの有効性が争われる事案が増えていますが、雇止めの適否を判断するにあたっては、契約締結時の労働条件や実際の勤務状況、契約更新の有無、更新の数、雇止め予告の有無や期間、雇止めの実質的な理由などさまざまな事情が総合的に考慮されます。
既に述べたとおり、雇止めが無効であると判断された場合には、会社としては未払い賃金等の支払義務を負うほか、他の従業員の雇止めの際にも類似の紛争が生じるおそれも高まります。
そのため、雇止めを検討している場合には、事前に弁護士にも相談し、リスクの有無や対策について十分に検討しておくことがおすすめです。

また、有期労働契約については、雇止めの問題のほかにも、雇用条件の明示や無期転換権をめぐる問題などさまざまな紛争の種が隠れているため、有期労働契約に関してお悩みがある場合には、ぜひ弁護士にご相談ください。

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