労働問題

総合職だけが利用できる社宅制度は差別?【AGCグリーンテック事件】

当社は、横浜市に本店がある工業用資材の製造販売を行う会社です。当社には、製造部、営業部、総務部があり、それぞれ総合職、一般職に分かれています。今後、総合職の従業員に対しては全国転勤を予定しており、転勤があり得ることから住宅補助の導入を検討しています。なお現在は、総合職の男女比は100:0、一般職の男女比は2:98となっており、実態として男性が総合職、女性が一般職と分かれてしまっています。住宅補助の導入に当たって法的な問題点を教えてください。
雇用機会均等法では、労働者の配置や住宅資金の貸付その他これに準ずる福利厚生の措置等について、性別に関わりなく均等に機会を与えなければならないとされています。現在の総合職、一般職のそれぞれ男女比がたまたまであったとしても、労働者側から均等法違反を主張されやすい状況にあるといえます。また、こうした実態を背景として、総合職にのみ住宅補助を付与するという制度を導入することは、合理的な理由がないと、間接的な性差別であると認定されるリスクをはらむことになります。詳しくは弁護士にご相談ください。

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ジェンダー・ギャップ指数(GGI)をご存知でしょうか。
GGIとは、スイスの非営利財団「世界経済フォーラム」(WEF)が、各国の男女格差を「経済」「教育」「健康」「政治」の4分野で評価し、ジェンダー平等の達成度を指数(スコア0が完全不平等、スコア1が完全平等)にしたものです。
2006年から毎年公表されています。

令和6(2024年)の日本のGGIの値は0.663であり、146か国中118位でした。

昨年の146か国中125位という過去最低の順位からは少しは持ち直しというところでしょうか。
他方で、やはり分野別で見ると、日本は特に「政治」と「経済」の値が低く、これらの分野における男女格差は深刻です。

真のジェンダー平等の実現にはまだまだ長い道のりを進まなければならないのかもしれません。

さて、今回は、そんな男女格差をめぐり、総合職だけが利用できる社宅制度は差別ではないか?という点が争われた事件をご紹介します。

AGCグリーンテック事件・東京地裁令和6年5月13日判決

事案の概要

本件は、Y社が、社宅制度の利用を総合職に限り認めており、一般職であるXさん(女性)に対しては認めていない措置について、性別を理由とした直接差別または性別以外の事由を理由とした間接差別に当たるか否かが争われた事案です。

事実の概要

Y社の状況

Y社は、別会社の販売事業の買収に伴い、A社の子会社として、平成11年6月23日に設立された会社でした。
Y社は、本社を東京都におき、埼玉県加須市、愛知県豊川市、福岡県久留米市に営業所を有し、それぞれに管理職、営業職、一般職が配置されていました。

Xさんの入社

Xさんは、昭和54年生まれの独身女性であり、短期大学を卒業した後、平成20年7月頃にY社に正社員として採用され、管理室での業務に一般職として従事していました。

総合職と一般職の区分

平成27年改定前の区分

Y社における総合職と一般職の区分については、平成12年8月1日制定の給与規程2条において、それぞれ以下のとおりとなっていました。

平成27年改定後の区分

その後、平成27年4月1日の就業規則の改定により、期間の定めのない従業員について、総合職と一般職の区分が設けられることになり、それぞれ以下のとおり定義されることになりました。

総合職と一般職の割合

総合職の従業員は、各営業所に勤務する営業職が多数を占めていました。
平成23年7月以降、令和2年4月までに在籍した総合職は男性29名、一般職は男性1名、女性5名だけの状況でした。

総合職一般職
男性29名1名
女性0名5名
平成23年7月から令和2年4月まで在籍した従業員の内訳

社宅制度

Y社の社宅制度

Y社は、Y社が命ずる任地への通勤が困難と認められ、転居することとなった総合職を対象に、社宅制度を設けていました。
平成23年7月以降は、この適用対象が転勤に関する事情と無関係な場合にも拡大されました。
平成30年3月16日の改定による社宅管理規程上も、通勤圏に自宅を保有しない60歳未満の総合職に対しては、Y社が必要と認めた場合に社宅制度の適用がある旨が明確にされました。

総合職の社宅制度の利用

そして、Y社が、総合職からの社宅制度適用の申出に対して許可しなかった例は存在していませんでした。
また、Xさんが勤務する管理室に勤務する総合職についても、過去に転勤を経験していないものの、社宅制度の利用が認められていました。

訴えの提起

そこで、Xさんは、Y社が社宅制度の利用を総合職にのみ認め、一般職に認めないことは、雇用機会均等法7条及び民法90条に違反すると主張し、Y社に対して、債務不履行または不法行為を理由とする損害賠償を請求する訴えを提起しました。

争点

本件では、Y社が一般職であるXさんに社宅制度の利用を認めないことが、直接差別または間接差別として違法といえるか否か、が主要な争点となりました。

本判決の要旨

直接差別に当たるか?

Xさんの主張

Xさんは、Y社の社宅制度の利用について、一般職と総合職を区別して取り扱っていることは、直接差別(均等法6条2号均等法施行規則1条4号)であると主張していました。

本判決の判断

本判決は、まず、社宅制度を利用する総合職と一般職との間に待遇格差があったことは認めました。

しかし、

  • ・社宅制度の適用を受けてきたのがLを除き全て男性であったことは、社宅制度の適用対象の大半を占める営業職が、女性からの応募の少ない職種であることが原因であると認めることができ、社宅制度に伴う待遇の格差が性別に由来するものと認めることはできないこと
  • ・Y社の設立当初まで遡っても、総合職にのみ社宅制度の利用を認める制度設計の背景に、男女の差別によって待遇の格差を生じさせる趣旨があったことを推認するに足りる事情は認められないこと
  • 以上からすれば、「社宅制度の適用を受けてきたのがLを除き全て男性であったという外形的事実から、これを男女の差別を理由とする直接差別であると推認することはできない

として、Xさんの主張を排斥しています。

間接差別に当たるか?

Xさんの主張

Xさんは、Y社の社宅制度の利用について、一般職と総合職を区別して取り扱っていることは、間接差別であるとも主張していました。

判断枠組み

まず、裁判所は、均等法7条及び同条を受けた均等法施行規則2条2号を引用し、同号には、住宅の貸与(均等法6条2号、同法施行規則1条4号)が挙げられていないものの

  • ①性別以外の事由を要件とする措置であって
  • ②他の性の構成員と比較して、一方の性の構成員に相当程度の不利益を与えるものを
  • ③合理的な理由がない時に講ずること
  • (=すなわち間接差別)

は、「均等法施行規則に想定するもの以外にも存在し得るのであって、均等法7条には抵触しないとしても、民法等の一般法理に照らし違法とされるべき場合は想定される。」と示しました。

そして、本判決は、

「措置の要件を満たす男性及び女性の比率、当該措置の具体的な内容、業務遂行上の必要性、雇用管理上の必要性その他一切の事情を考慮し、男性従業員と比較して女性従業員に相当程度の不利益を与えるものであるか否か、そのような措置をとることにつき合理的な理由が認められるか否かの観点から、Y社の社宅制度に係る措置が間接差別に該当するか否かを均等法の趣旨に照らして検討し、間接差別に該当する場合には、社宅管理規程の民法90条違反の有無やY社の措置に関する不法行為の成否等を検討すべきである」

との判断枠組みを示しました。

本件の検討

上記の判断枠組みの下で、本判決は、Y社の社宅制度について、以下のとおり検討を行い、間接差別に当たるとの結論を導いています。

措置の要件を満たす男性及び女性の比率

Y社では、実質的に「住宅の貸与」といえる社宅制度の運用について、住居の移転を伴う配置転換に応じることができることが要件とされているが、「実際の運用は、総合職でありさえすれば、転勤の有無や現実的可能性のいかんを問わず、通勤圏内に自宅を所有しない限り希望すれば適用されるというのが実態であり、その恩恵を受けたのは、Lを除き全て男性であった」と判断しました。

措置の具体的内容

措置の具体的内容としては、社宅利用者で総合職は、一般職に支給されていた住宅手当(…)を上回る経済的恩恵を受けており、その格差はかなり大きい」と判断しました。

社宅制度の利用を総合職に限定している理由の合理性

Y社は、社宅制度の利用を総合職に限定している理由として、

  • (ア)営業職には転勤があり得、そのキャリアシステムにおいて、複数のエリアで営業を経験することが必要であること
  • (イ)営業職の採用戦略の一環として、採用競争における優位性を確保するためであること
  • (ウ)労働の対価であること

をあげていました。

しかし、本判決は、

  • ・上記(ア)(イ)は営業職に関する事情であり、社宅制度の利用を総合職に限定している理由の説明とはなり得ないこと
  • ・その点を措いても、Y社の総合職は人事ローテーションの必要性等からの定期的な転勤が予定されておらず、キャリアシステムの点からは説明できない社宅制度の利用者が数多く存在するなど、上記(ア)〜(ウ)は合理的な理由とは認められない、

と判断しました。

まとめ

本判決は、これらの点を総合的に考慮し、
「社宅制度の利用を総合職に限定する必要性や合理性を根拠づけることは困難である。そうすると、平成23年7月以降、Y社が社宅管理規程に基づき、社宅制度の利用を、住居の移転を伴う配置転換に応じることができる従業員、すなわち総合職に限って認め、一般職に対して認めていないことにより、事実上男性従業員のみに適用される福利厚生の措置として社宅制度の運用を続け、女性従業員に相当程度の不利益を与えていることについて、合理的理由は認められない。したがって、Y社が上記のような社宅制度の運用を続けていることは、雇用分野における男女の均等な待遇を確保するという均等法の趣旨に照らし、間接差別に該当するというべきである。」
と判断しました。

結論

裁判所は、以上の検討を踏まえ、社宅制度の利用を総合職にのみ認め、一般職には認めないという社宅制度は、間接差別に該当し、Y社はかかる間接差別の状態を是正すべき義務を負っていたにもかかわらず、これを漫然と継続していたY社の行為は違法であり、過失も認められるとして、Y社のXさんに対する損害賠償義務を認めました。

ポイント

間接差別の禁止

均等法7条は、性別以外の事由を要件とする場合であったとしても、実質的には性別を理由とする差別になる措置を間接差別として禁止しています。

これを受けて規定された均等法施行規則2条は、具体的に、

  • 労働者の募集若しくは採用に関する措置であって、労働者の身長、体重又は体力に関する事由を要件とするもの
  • 労働者の募集若しくは採用、昇進又は職種の変更に関する措置であって、労働者の住居の移転を伴う配置転換に応じることができることを要件とするもの
  • 労働者の昇進に関する措置であって、労働者が勤務する事業場と異なる事業場に配置転換された経験があることを要件とするもの

という3つの場合をあげています。

間接差別はこれらに限られない

もっとも、これまで出された行政通達などにおいては、間接差別は、均等法施行規則2条に規定するもの以外にも存在し得るものであり、司法判断により間接差別法理により違法と判断される可能性があることが示されていました。
本判決は、まさにかかる行政通達などにおける指針も参照した上で、司法判断として間接差別の該当性、また違法性を示しています。
このように、間接差別は均等法に定められた事由に限られないということは確認しておく必要があります。

間接差別の状態を是正しないときは損害賠償義務を負う

また、本判決は、均等法7条及びこれを受けた均等法施行規則2条で定める場合以外の事由に関する会社の措置に関して、間接差別にあたるとして、不法行為責任を認めた初めての判決として注目されています。
このように性別以外の事由を要件とする社宅制度の利用などに関しても、実際には性別を理由とする間接差別に該当すると認められる場合には、会社が損害賠償義務を負うことがあるということは注意が必要です。

弁護士にご相談ください

冒頭でも述べたとおり、いまだに日本の男女差別は解消されておらず、世界的にみても対策の後れが目立ちます。
他方、近年では、男女差別をめぐり、コース別の人事制度に基づく職種制度の運用に関する違法性が争われた事案(巴機械サービス事件)において、総合職は男性、一般職は女性という職種が性別によって例外なく分けられている現状が継続し、固定化されていることを踏まえ、コース別人事制度の運用における男女差別を認めており、裁判所において厳しい判断がなされるようにもなっています。

この機会に、社内の採用基準や職種転換の基準、制度の運用などについて、性別等による不当な差別的取り扱いがなされていないか否か、弁護士にも確認しながら、見直しを進めてみてはいかがでしょうか。

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