直接雇用していない場合の安全配慮義務違反【判例紹介】
労働契約法第5条は「使用者は、労働契約に伴い、労働者がその生命、身体等の安全を確保しつつ労働することができるよう、必要な配慮をするものとする。」と規定しており、会社が労働者に対して健康かつ安全に働けるための配慮を尽くさなければならないことが定めれています。
これは「安全配慮義務」と呼ばれ、使用者の労働者に対して負うべき義務の中でも特に重要なものです。
安全配慮義務には、大きく分けて労働者の健康に関する安全配慮義務と職場環境に関する安全配慮義務があります。
会社が労働者が過労やストレスなどによって心身の健康を害することがないように配慮するもの
(例)健康診断や使用者による労働時間の管理、メンタルヘルスの定期的なチェックなど労働者が快適かつ安全な職場環境の中で職務に従事することができるように配慮するもの
(例)職場で行われている温度・湿度管理や使用物品等の定期的なメンテナンス、機材の取扱いマニュアルの作成、転倒防止に向けた社内物品等の配置の見直し、ハラスメント防止マニュアルの作成、相談窓口の設置など会社の労働者に対する安全配慮義務は、雇用されている従業員であれば、正社員か否か関係なく安全配慮義務の対象となります。
では、会社と直接雇用契約を結んでいない場合はどうでしょうか。
今回は、会社から解体工事を請け負った人の依頼で作業をしていた人(孫請け的立場)が作業中に怪我をした場合の、会社の安全配慮義務違反の有無が問われた事件を紹介します。
金属棚解体事故事件・東京地裁令和4.12.9判決
事案の概要
本件は、Y社から金属製の棚の解体をする工事を依頼されたXさんが、同工事の最中に棚が倒壊したことで傷害を負い、後遺障害が残ったことにより、軽易な労務以外の労務に服することができなくなったと主張し、Y社に対して、安全配慮義務違反に基づく損害賠償の支払い等を求めた事案です。
事実の経過
Y社からの依頼
Y社は、油圧機器の製作、販売及び再生加工等を目的とする業務を行っていたところ、同社の第2工場内に設置された金属性の棚(本件棚)をガスバーナーで溶断して解体する工事をすることを決めました。
そこで、Y社の代表者は、スリランカ国籍のP2さんに対して、本件解体工事を依頼しました。
P2さん、この仕事やってよ
P2さんは、P2さんが経営するC1社には人手がいないとして、同じくスリランカ国籍で義兄弟のXさんの了解がとれれば、本件解体工事をうける旨をYの代表者に伝えました。
今ミンナイソガシイネ。Xサンガイイナラ、ウケラレルヨ
その後、Xさんの了解がとれたため、平成30年7月28日、本件解体工事を行うことになりました。
Xサン、イイッテ。Yサンヨロシク!
本件解体工事
平成30年7月28日、P2さんとXさんは、Y社の本件工場に赴きました。
P2さんは、ガスバーナーを持参してこれを使用することとしていましたが、Xさんは、Y社代表者からY社が購入した新品のガスバーナーを提供され、これを使用することになりました。
Y社代表者は、本件解体工事を行うに当たり、転落した場合の安全対策としての作業床や防網などを設置することはなく、P2さんやXさんに対して安全教育を実施したり、安全帯やヘルメットを装着するように求めたりすることもありませんでした。
また、Y社代表者は、本件解体工事を行うに当たり、次のとおり基本的な作業工程を説明し、1回ごとの切断に当たっては、ワイヤーを括り付けやすいように天板を切断すべき範囲を大まかに説明するなどしました。
仕事の仕方を教えるね
さらに、Y社代表者は、溶断した天板に対応する縦柱の根本部分を溶断する際にワイヤーを括り付けた溶断中の本件棚の一部がワイヤーの伸張等により激しく揺れてP2さんに衝突しそうになったことから、先に立て柱の根本部分を半分程度溶断してはどうかと提案し、P2さんもこれに応じて作業工程が変更されました。
ここはこうしたほうがいいかもね
ワカッタヨ
本件事故
P2さん及びXさんは、変更した作業工程に基づく作業を一巡した後、本件倒壊部分(後に倒壊した部分)の溶断に取り掛かりました。
P2さんは、本件倒壊部分を支える縦柱が1本のみであったものの、その根本部分を一部溶断し、Xさんは、P2さんの上記作業の様子を見ていました。
その後、P2さん及びXさんが天板上に載って、天板の溶断をしていたところ、午後5時10分頃、溶断中の本件棚の一部が倒壊し、Xさんは本件棚から転落しました。
イテテ! オッコチタヨ!!
Xさんの怪我
Xさんは、この転落事故により、脳挫傷、右急性硬膜下血腫、鎖骨骨折等の傷害を負いました。
結局、Xさんには後遺症により左側上下肢の障害が残り、軽易な労務作業以外の労務に従事することはできなくなってしまいました。
訴えの提起
そこで、Xさんは、Y社にはXさんに対する安全配慮義務違反があると主張し、Y社に対し、債務不履行又は不法行為に基づく損害賠償等の支払いを求める訴えを提起しました。
争点
本件では、Y社のXさんに対する安全配慮義務違反の有無が主要な争点となりました。
本判決の要旨
Y社はXさんに対して安全配慮義務を負うか
判断枠組み
労働契約においては、使用者は、労働者が労務提供のため設置する場所、設備、器具等を使用し又は使用者の指示のもとに労務を提供する過程において、労働者の生命及び身体等を危険から保護するよう配慮すべき安全配慮義務を負っているものと解するのが相当である(最高裁判所昭和58年(オ)第152号同59年4月10日第三小法廷判決・民集38巻6号557頁参照)。
また、元請人と下請企業の労働者との間に特別な社会的接触の関係が認められる場合には、元請人は、信義則上、当該労働者に対して安全配慮義務を負うと解するのが相当であり(最高裁判所平成元年(オ)第516号、同年(オ)第1495号同3年4月11日第一小法廷判決・集民162号295頁参照)、特別な社会的接触の関係の有無については、元請人の管理する設備、工具等を用いていたか、労働者が事実上元請人の指揮、監督を受けて稼働していたか、労働者の作業内容と元請人の従業員のそれとの類似性等の事情に着目して判断するのが相当である。
本件の検討
そこで、本件において、XさんとY社との間に労働契約あるいは特別な社会的接触の関係があったと認められるか否かについて検討する。
➣XY社間の労働契約の成否
ここで、Y社代表者は、P2に対して日当を支払うとして本件解体工事を依頼し、P2及びXさんをY社の本件工場内で本件解体工事に従事させ、Xさんにガスバーナーを提供し、Xさんに本件解体工事の作業工程を説明し、1回ごとの切断に当たってワイヤーで括り付けやすいように本件棚の天板を切断すべき範囲を大まかに説明するなどし(前記認定事実(4))、I社から傷害保険契約に基づく保険金の支払を受けている(前記認定事実(8))。これらの事情に照らすと、XさんとY社との間でいわゆる日雇いのアルバイトとして労働契約が締結されたとも考え得る。
しかしながら、(…)Y社代表者としては、本件棚の解体という仕事の完成を求めていた上、Xさんが労災保険の支給申請をするに当たって、当初は労働条件通知書や給与に関する明細書を作成しておらず、Xさんが労災保険の2度目の支給申請をするに当たってXさんから協力を求められてXさんの支給申請手続に協力したにすぎない(前記認定事実(7))。
このように、本件においては、そもそも本件解体工事に関する契約が労働契約であったことや、XさんとY社とが直接労働契約を締結したことを否定すべき事情も認められる。
以上を踏まえると、XさんとY社との間で直接労働契約が締結されたとまでは認め難い。
YとXさんとの間の労働契約が締結されたとは認められませんね
➣Xさんの立場
Xさんは、少なくともP2又はC1社の下請の立場にあったものと認めるのが相当である。そして、上記のとおり、Y社がXさんに対して道具を提供したことや、Y社代表者がXさんに対して本件解体工事の作業工程を指示したことなどを踏まえると、XさんとY社との間には、信義則上、安全配慮義務を認めるべき特別な社会的接触の関係があったと認めるのが相当である(…)。
Y社はXさんに信義則上の安全配慮義務を負う特別な社会的接触の関係がありましたね
➣小括
以上によると、Y社は、Xさんに対し、信義則上、安全配慮義務を負うことが認められる。
Y社の安全配慮義務違反の有無
次に、Y社が安全配慮義務に違反したか否かについて検討する。
本件事故の原因
本件事故に至る経緯(前記認定事実(4))に照らすと、本件事故は、Y社代表者がP2に対して本件解体工事の作業工程の変更を提案したこと、それに従ってP2が本件倒壊部分を支える唯一の縦柱の根元部分を一部溶断したこと、その後にXさんが本件倒壊部分の天板上に乗って天板の溶断作業をしたことによって一部溶断された本件倒壊部分を支える縦柱が本件倒壊部分の天板の重さとXさんの体重に耐えられなくなったことという複数の原因が重なって生じたものであることが推認できる(…)。
労働安全衛生規則の有無
労働安全衛生規則518条は、2mを超える高所作業を行う場合、墜落による危険を及ぼすおそれがあるときは作業床を設けなければならない旨、作業床を設けることが困難なときは墜落による労働者の危険を防止するための措置を講じなければならない旨を定めているものの(前記前提事実(4))、本件解体作業が行われる本件棚の天板の高さは1・97mであって(なお、Xさんは、本件棚の天板の高さは一定ではなく、本件倒壊部分の天板よりも高い部分があり、最も高い部分は4、5mであった旨を供述するが、本件棚の上部に2階足場があったことに照らすと(《証拠略》の「工場内の状況」及び「負傷者が落下した金属製棚の状況」と題する各書面参照)、本件棚の高さは一定であったと認めるのが自然であり、上記Xさんの供述は採用することができない。)、Y社が直ちに労働安全衛生規則に違反したとまでは認められない。
Y社による措置の有無
しかしながら、本件解体作業が行われる本件棚の天板の高さは、労働安全衛生規則518条により墜落による危険を防止するための措置が要求される高さとほぼ同じであるから、これらの措置を採ることが望ましかったといえる上、これらの措置を採らないとしても、一定程度墜落の危険性がある本件解体工事に従事させる以上、Y社には少なくともヘルメットを着用させる、安全教育等の措置を採るなどの義務があったというべきである。それにもかかわらず、Y社は、Xさんに対して何らの措置を採っていない。
小括
そうすると、Y社は、Xさんに対する安全配慮義務に違反したと認めるのが相当である。
以上によると、Y社は、Xさんに対する安全配慮義務に違反したことが認められる。
Y社には安全配慮義務違反が認められますね
結論
よって、裁判所は、以上の検討により、Y法人にはXさんに対する安全配慮義務違反が認められ、Xさんに対して184万6345円及びこれに対する遅延損害金の支払義務があるとの判断をしました。
本件のまとめ
本件は、Y社の工場内で金属製の棚の解体作業をしていた際に、転落して頭部を強打した結果後遺障害が生じてしまい、軽易な労務以外の労務に服することができなくなってしまったXさんが、Y社には安全配慮義務違反があると主張し、Y社に対して不法行為又は債務不履行に基づく損害賠償の支払いを求めた事案でした。
労働契約では、使用者は、労働者が労務提供のために設置する場所、設備もしくは器具等を使用し又は使用者の指示のもとに労務を提供する過程において、労働者の生命及び身体等を危険から保護するよう配慮すべき義務(安全配慮義務)を負っています。
もっとも、XさんとY社との間には直接の労働契約がなく、Y社がXさんに対して安全配慮義務を負うか否かが問題となりました。
もっとも、判例によれば、直接の雇用関係がない場合であっても、労働契約に類する特別な社会的接触の関係が認められる場合には、元請業者は、信義則上、労働者に対して安全配慮義務を負うものとされています。
そして、「特別な社会的接触の関係」の判断に際しては、元請業者の指揮・監督を受けて稼働していたか、元請業者の管理する設備、工具等を用いていたか、その作業内容も元請業者の従業員と類似性があったかなどの事情が総合的に考慮されます。
本件では、Y社がXさんに対して作業道具となるガスバーナーを提供していたことやY社代表者がXさんに対して本件解体工事の作業工程を指示していたことなどを踏まえれば、XさんとY社との間には、信義則上、安全配慮義務を認めるべき特別な社会的接触の関係があったと認められると判断されています。
このように、直接の雇用契約関係にない場合であっても、元請業者側に労働者に対する安全配慮義務が認められることがあることから、事業者としては、常に労働者の生命・身体等に危険が生じないよう注意しなければなりません。
弁護士にご相談ください
本件は転落事故という物理的な事故によって労働者の身体に後遺障害が残った事案でした。
もっとも、近年では、生命・身体に対する危険だけでなく、ハラスメントによる労働者の心身の健康に対する危険についても問題視されるようになってきています。
また、既に説明したとおり、事業者側の安全配慮義務違反が問われるケースは、直接の雇用契約を締結されている場合だけに限られません。もっとも、「特別な社会的接触の関係」という概念については、なかなか解釈をすることも難しく、使用者としていかなる場合にどのような安全配慮義務を負うのかを判断することは困難です。
仮に何らかの事故等が発生し、労働者に損害が生じた場合には、使用者側(元請業者側)に安全配慮義務違反に基づく損害賠償義務が生じることにもなり、会社にとっても大きな負担となります。
そのため、安全配慮義務について不安な点や疑問点がある場合には、顧問弁護士に相談し、改善すべき点がある場合には早期に改善等の対策を進めておくことが大切です。
労働災害に関する事例として、こちらもご覧ください。