労働問題

海外出張中の事故の責任の所在【伊藤忠商事・シーアイマテックス事件】

コロナウイルスの流行によって隔地間取引についてもオンラインによる商談やミーティングによって代替されることが増加しましたが、やはり今でも国内外問わず出張を要する事業に従事する方が多数存在します。

では、出張の際に事故に遭って怪我をしてしまった場合などについて、労災の認定を受けることはできるのでしょうか。
たしかに出張中は、労働者は事業主の施設管理下には存在していないため、労働災害には当たらないようにもみえます。
しかし、労働者は、事業主の指示により、労働契約に基づいて業務を行っている以上、一般的にみて当該出張に通常伴う行為であれば、その出張過程全般について、労働災害として認められると考えられます。

他方で、国外出張については国内出張よりも慎重に考える必要があります。
なぜなら、海外での業務が「海外出張」として取り扱われる場合には国内での災害と同様に労災保険給付を受けることができますが、「海外派遣」とみなされる場合には、海外派遣者として特別加入をしていない限り、労災保険給付を受けることができないからです。
海外「出張」なのか海外「派遣」なのかは、海外勤務期間の長短ではなく、労働者の海外における労働関係によって判断されるため、いかなる事業所に所属し、いかなる事業所からの指揮命令権限に服しているか否かがポイントとなります。

さて、今回はそんな海外出張に関連して、海外出張中に起きた交通事故について会社の安全配慮義務違反が問われた事件を紹介します。

伊藤忠商事・シーアイマテックス事件・東京高裁令和5.1.25判決

事案の概要

本件は、出張先で交通事故に遭って傷害を負い後遺障害が残ったAさんが、出向先企業であるB1社と出向元であるB2社に対して、雇用契約の債務不履行(安全配慮義務違反)ならびに民法715条の使用者責任および自動車損害賠償保障法3条の責任(運行供用者責任)に基づき損害賠償金の支払い等を求めた事案です。

事実の経過

Aさんの勤務状況

Aさんは、B1社や上海にある同社関連会社において勤務した後、平成25年2月にB2社に雇用され、入社と同時にB1社に出向して同社の東京本社で勤務していました。
B2社は、農材、肥料、建装、土木等を事業内容とする会社であり、後述する本件事故当時、同じく日本法人で総合商社であるB1社が97.6%の株式を保有するI社の100%子会社でした。

マレーシア出張

Aさんは、平成25年7月14日にB1社の業務のため、マレーシアに出張しました。
この出張は、B1社が、C社およびそのグループ会社がマレーシアに特殊肥料工場の建設計画を検討していることを受け、平成25年7月14日から同月21日までの日程で計画されていました。

この視察には、Aさんのほか、B1社の孫会社の従業員であるDさん(マレーシア国籍)のほか、B1社の関連会社であり肥料製造販売会社であるマレーシア法人にB1社から在籍出向していたEさんの合計3名が参加していました。

AさんとEさんの関係性

Eさんは、平成4年に総合職としてB1社に入社して以降、主に同社の東京本社で勤務しており、平成24年9月からのマレーシア法人への出向前は、東京本社P第一課の課長でした。
EさんとAさんとは同一勤務先で直属の上司と部下の関係になったことはなかったが、B1社が当時採用していたアジア圏肥料ビジネスについては、東京本社が主たる当事者となって一元管理する方針の下、Aさんは、B2社所属前からEさんに状況を報告して指示を仰ぎ、EさんがAさんに指導・指示をしていました。
そして、Eさんのマレーシア法人への出向後もAさんとEさん間では同様のことが行われたこともありました。

視察のスケジュール

本件視察のスケジュールの企画立案、視察先の選定およびアポイントメントの取得、移動手段や宿泊先の手配はEさんが行っていました。
EさんはAさんへの視察日程の連絡や確認依頼をメールで行っていましたが、当該メールはB1社東京本社のP第一課の共有アドレスにもCCで送信されていました。
そのため、B1社は本件視察のスケジュール等を把握していました。

本件事故

平成27年7月17日、Aさんは本件視察のため、Eさんが手配した2台の乗用車(いずれも職業運転手付き)で視察先方面に向かおうとしていました。
もっとも、C社らの担当者の荷物が多かったことから乗り切れず、自宅から車で向かっていたDさんを呼び戻して、AさんがDさんが運転する同人所有の自動車(本件D車)に同乗することになりました。
ところが、本件D車は視察先に向かう途中で交通事故を起こしました。
この事故により、Dさんは死亡、Aさんは傷害を負い、後遺障害等級第1級が残りました。

訴えの提起

そこで、Aさんは、出張先で交通事故に遭って傷害を負い、後遺障害が残ったことから、B1社及びB2社に対して、安全配慮義務違反ならびに使用者責任および運行供用者責任に基づき、損害賠償等の支払いを求める訴えを提起しました。

自動車損害賠償保障法
(自動車損害賠償責任)
第三条 自己のために自動車を運行の用に供する者は、その運行によつて他人の生命又は身体を害したときは、これによつて生じた損害を賠償する責に任ずる。ただし、自己及び運転者が自動車の運行に関し注意を怠らなかつたこと、被害者又は運転者以外の第三者に故意又は過失があつたこと並びに自動車に構造上の欠陥又は機能の障害がなかつたことを証明したときは、この限りでない。

自動車損害賠償保障法(昭和三十年法律第九十七号)

争点

本件では、①B1社らの運行供用者責任の有無、②B1社の使用者責任の有無、③B2社の使用者責任の有無、④B1社らの安全配慮義務違反の有無などが争点となりました。
このほかにも使用者責任および運行供用者責任の準拠法、Aさんの損害額なども争点となりましたが、本解説では省略します。

本判決の要旨

争点①B1社らの運行供用者責任の有無について

自賠法は、自動車の運行によって人の生命又は身体が害された場合における損害賠償を保障する制度を確立することにより、被害者の保護を図り、あわせて自動車運送の健全な発達に資することを目的とし(同法1条)、その目的を達成するため、自動車損害賠償責任保険又は自動車損害賠償責任共済の契約が締結されていない自動車を運行の用に供してはならないと定め(同法5条)、これに違反した場合の罰則の定めがあること(同法86条の3第1号)に照らすと、自賠法3条にいう自己のために運行の用に供する「自動車」は、上記のような制度の下、日本国内で運行の用に供されている自動車であり、上記のような保険契約の締結が罰則で担保されていない日本国外で運行の用に供される自動車は、同条の「自動車」に当たらないと解するのが相当である。
したがって、マレーシアにおいて運行の用に供された本件D車は、自賠法3条の「自動車」に当たらないから、その余の判断をするまでなく、B1社らは運行供用者責任を負わない。

争点②B1社の使用者責任の有無について

Dさんの不法行為の成否

本件事故が不可抗力により発生したことはうかがわれないことに照らせば、Dさんには、高速道路を走行中に、適切なハンドル操作を怠った過失があると推認するのが相当である。
したがって、Dさんが本件事故を起こしてAさんに重傷を負わせたことは、同人の過失による不法行為に当たり、DさんはAさんらに生じた損害を賠償する責任を負う

事業執行性の有無

本件視察をB1社側で企画立案し、行程を統括し、本件視察を円滑に進める役割を担っていたのはEさんであったと認められる。Eさんは、本件視察において、マレーシア法人の立場だけではなく、実質的に、B1社の立場も兼ねており、B1社としても、Eさんには、実質的にB1社を代表させ、その意向を実現すべく、(…)本件視察の対応に当たることを求めていたと評価される。(…)また、本件事故当日は、Eさんが手配した2台の乗用車に乗り切れなかったことから、EさんがAさんと協議した上、Dさんを呼び戻して本件D車にAさんが同乗することを決めたが、EさんとAさんは、同一の会社の上司と部下の関係にはなかったが、東京一元管理の方針の下、EさんがAさんが行う取引を指導し、指示するという関係にあったことに照らし、実質的に見て、上司と部下と評価し得る関係にあったことからすれば、上記協議は、Eさんが、実質的な上司であり、本件視察をB1社の立場でも統括する立場から、B1社に本件D車への同乗を打診し、B1社がこれを了解したと評価されるのであって(Aさんが実質的な上司であるEさんの提案に異を唱えるのは困難であったと推認される。)、EさんとAさんが対等の立場で協議したといえるものではない。(…)そして、Dさんの運転行為は、B1社の立場を代表するEさんの指示を受けて、同社のために行った側面が強いと評価できる。(…)以上のことからすれば、Dさんの運転行為は、実質的にB1社の立場を代表するEさんの指示に基づき、B1社の事業の執行について行われたと認めるのが相当である。

免責事由の有無

そして、既に説示した本件事故に至る経緯、Eさんの役割、Dさんの立場等に照らすと、Eさんの指示によりDさんが本件D車にAさんを同乗させたことについて、B1社が相当の注意をしたこと、又は相当の注意をしても損害が生ずべきであったと認めることはできない

小括

以上によれば、Dさんの運転行為(不法行為)は、B1社の事業の執行について行われたものであり、同社は使用者責任を負い、Aさんらに生じた損害を賠償する責任を負う

裁判所
裁判所

B1社は使用者責任を負います

争点③B2社の使用者責任の有無について

B2社は、本件事故当時、B1社が97.6%の株式を有するI社の100%子会社であったが、B2社が本件視察の企画等に具体的に関与していたことはうかがわれないから、Dさんの運転行為が、同社の事業の執行について行われたとは認められず、同社は使用者責任を負わない。

裁判所
裁判所

子会社B2社は使用者責任を負いません

争点④B1社らの安全配慮義務違反の有無について

Dさんは職業運転手ではないものの、同人が適切な運転技量を備えていないことや、本件D車が整備不良車であったことなどはうかがわれない。また、(…)本件事故発生時に運転に適さない心身状況にあったことまでを認める証拠はない。さらに、本件事故時の本件B車の走行速度は不明であり、DさんがEさんの指示により交通事故発生の危険性の高まる運転を余儀なくされていたとは認められない。そして、一般的に、新興国や発展途上国において交通事故発生の危険性が日本よりも高いとしても、そのこと自体から、直ちに、本件事故の発生を具体的に予見し、対応策を講ずるべきであったとはいえない。したがって、EさんがAさんに本件D車の同乗を命じたことについて、B1社に安全配慮義務違反があったとは認められない

また、B2社の関係では、Aさんの出向中、日常業務はB1社の指揮、命令、監督に基づき行われており、本件視察もB1社の提案によるものであって、B2社が具体的に関与していたことはうかがわれないから、同社に安全配慮義務違反があったとも認められない

以上によれば、B社らには、Aさんとの関係で、雇用契約上の債務不履行(安全配慮義務違反)があるとは認められない。

裁判所
裁判所

B1社、B2社とも、安全配慮義務違反は認められません

結論

裁判所は、以上の検討より、B1社はAさんに対して使用者責任に基づき損害を賠償すべき義務があると判断しました。

本件のポイント

本件は、マレーシア出張中に交通事故に遭い、傷害を負ったAさんが、出向元および出向先会社に対して、損害賠償の支払い等を求めた事案でした。
本件では、主にB1社らの運行供用者責任の有無、使用者責任の有無、安全配慮義務違反の有無が問題となりましたが、裁判所はB1社の使用者責任についてのみこれを認めました

特にB1社の使用者責任について、Aさんに対する不法行為自体はB1社とは直接雇用関係にない孫会社の従業員であるDさんにより行われたものであるにもかかわらず、グループの親会社であるB1社に同責任が認められたという点で注目されます。
他方で、裁判所がB1社の使用者責任を認めた背景としては、B1社の東京一元管理方針の下、在籍出向中であるとはいえ、Aさんと同じB1社の直接の契約関係にあるEさんが実質的な上司と認められ、同人が本件視察を統括する立場にあったことなどが挙げられます。

必ず孫会社の従業員によって行われた不法行為について、グループの親会社が使用者責任を負うということではありませんが、本判決のように、背景事情や従業員の立場、役割等に照らして事業執行性が認められる場合には、親会社も責任を負い得ることがあることには注意が必要です。

弁護士にご相談ください

民法715条1項は、従業員が他人に損害を発生させた場合に、会社も当該従業員と連帯して被害者に対して損害賠償の責任を負うべきことを定めています。

民法第715条(使用者等の責任)

1 ある事業のために他人を使用する者は、被用者がその事業の執行について第三者に加えた損害を賠償する責任を負う。ただし、使用者が被用者の選任及びその事業の監督について相当の注意をしたとき、又は相当の注意をしても損害が生ずべきであったときは、この限りでない。
2 使用者に代わって事業を監督する者も、前項の責任を負う。
3 前2項の規定は、使用者又は監督者から被用者に対する求償権の行使を妨げない。

民法(明治二十九年法律第八十九号)

本件のような従業員の過失による交通事故や、業務執行中の事故などのほかにも、近年ではセクハラやパワハラといったハラスメントの場合にも会社の使用者責任が問われるケースが増えてきています
一般的に従業員よりも会社の方が資力が大きいため、従業員による加害行為が起きてしまった場合には、会社が被害者に対して全額の賠償をするケースが多いのが現実です。
仮に使用者が被害者に対して損害を賠償した場合には、民法715条3項に基づき、従業員に対して求償することができることが定められていますが、同項は損害の公平な分担という見地から信義則上相当と認められる限度に限定されると解されています。
したがって、使用者としては、従業員によって第三者への加害行為が行われないように、日ごろから必要な指導や監督等を怠らないようにしなければなりません。

弁護士
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会社の使用者責任が問われるケースが増えています

従業員によって取引先や顧客、第三者に対して加害行為が行われた場合には、使用者としての信用を失わないためにも被害者に対する賠償や謝罪等を含む迅速な対応が求められます。
使用者責任についてお悩みがある場合には、ぜひ弁護士にご相談ください。

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