労働問題

懲戒解雇は退職金を支払わなくていい?【小田急電鉄(懲戒解雇)事件】

多くの企業では、従業員が会社を辞める際、退職金が支払われています。
退職金制度は必ず設けなければならないというものではありませんが、仮に会社がこの制度を設けた場合には、適用される労働者の範囲(対象)や支給要件、退職金の支給額(支給率や計算方法)、支払方法、支払時期などを、就業規則やこれに付属する退職金規程において具体的に定めておく必要があります。

たとえば、退職金の支給については、次のような規定がおかれることがあります。

厚生労働省労働基準局監督課:モデル就業規則(令和5年7月版)を参照

また、仮に就業規則などに明文の定めがない場合であっても、従来から明確な基準に基づいて退職金が支払われており、退職金の支払いに関する慣行が社内で確立しているとみられような場合には、使用者に退職金支払いの義務が生じることもあるため、注意が必要です。

今回は、そんな退職金の支給をめぐり、懲戒解雇された従業員に対する退職金の全部不支給が許されるか否かが問題となった事案を取り上げます。

小田急電鉄(懲戒解雇)事件・東京地裁令和5年12月19日判決

事案の概要

本件は、令和4年7月7日付でY社を懲戒解雇されたXさんが、Y社に対して、退職金の支給等を求めた事案です。

事実の経過

XさんとY社について

Xさんは、平成7年4月、鉄道事業等を業とするY社に雇用され、主に車両検査業務に従事していました。
そして、令和4年当時、XさんはA車両所の車両検査主任として勤務していました。

Xさんの覚醒剤の使用

Xさんは、平成29年頃から、密売サイトを通じて覚醒剤を購入し、1か月に4回、休前日である金曜日や土曜日に吸引して使用するようになりました。
そして、令和4年6月4日、Xさんは覚醒剤取締法違反の容疑で逮捕され、同年9月28日、懲役2年執行猶予3年の有罪判決を受け、確定しました。

懲戒解雇

Y社は令和4年7月7日、覚醒剤所持及び使用(本件犯罪行為)を理由として、Xさんを懲戒解雇する旨の意思表示をしました。

退職金の全部不支給

Y社の従業員就業規則第78条では、「社員は、退職に際して、別に定める退職金支給規則によって、退職金を支給される」と定められていました。
また、Y社の退職金支給規則第12条では、「懲戒解雇により退職する者、または在職中懲戒解雇に該当する行為があって、処分決定以前に退職する者には、原則として、退職一時金は支給しない」と定められていました。
これに基づき、Xさんについては、退職金全部が不支給となりました。

訴えの提起

そこで、Xさんは、Y社に対して、退職金の支給等を求める訴えを提起しました。

争点

本件では、Xさんの退職金請求権の有無、すなわち、本件犯罪行為が、永年勤続の功を抹消または減殺するほどの重大な不信行為といえるか否かが争点となりました。

本判決の要旨

判職金全部不支給が許されるか

Y社の退職金支給規則(…)及び弁論の全趣旨によれば、Y社においては従業員の資格及び役割に応じて1年を単位に月割で付与される退職金付与ポイントを基礎として退職一時金、確定給付企業年金等の額が定められる仕組みとなっており、退職金は賃金の後払的性格を有していると認めることができる。こうした退職金の性格に鑑みれば、(…)退職金支給規則等に基づき退職金を不支給とすることができるのは、当該従業員のそれまでの勤続の労を抹消してしまうほどの不信行為があった場合に限られると解すべきである。

本件の検討

本件犯罪行為の重さ

本件犯罪行為は、覚醒剤取締法41条の2第1項(所持)、同法41条の3第1項1号、同法19条(使用)により、いずれも10年以下の懲役に処すべきものとされる相当重い犯罪類型に該当する。直接の被害者は存在しないとはいえ、覚醒剤の薬理作用による心身への障害が犯罪等の異常行動を誘発すること、密売による収益が反社会的組織の活動を支えていること等の社会的害悪は、つとに知られているところである。

Y社の対応

約5年にわたる使用歴(…)を有するXさんの覚醒剤への依存性、親和性は看過し得ない水準にあったといえる。この間、Xさんは大野総合車両所の車両検査主任の立場にあって、管理職ではないとはいえ、首都圏の公共交通網の一翼を担うY社の安全運行を支える極めて重要な業務を現業職として直接担当していた。摂取から少なくとも数日は尿から覚醒剤が検出されるという調査結果(書証略)等に照らせば、ほぼ毎週末(…)覚醒剤を摂取していたXさんが、業務への具体的影響は不明であるものの、身体に覚醒剤を保有した状態で車両検査業務に従事していたことは明らかである。この事態を重く見たY社が、延べ758名に対し延べ211時間10分もの時間をかけて再発防止のための教育措置をとったこと(…)は相当であり、これを過大な措置だとするXさんの主張は失当である。

対外的な影響

以上の社内的影響に加え、Y社は監督官庁に本件を報告しており(…)、限られた範囲ではあるが外部的な影響も生じている。なお、車掌や運転士等の鉄道会社やバス会社の従業員の薬物犯罪が報道され、社会的反響を呼んだ例は珍しくないのであって(…)、本件が報道等により社会に知られるには至っていないことは偶然の結果というほかなく、これをXさんに有利に斟酌すべき事情として重視することはできない。

Xさんについて

Xさんは(‥)本件以外に上記の課長訓戒以外の処分歴や犯罪歴は認められないものの、27年間勤務を続けていたという以上に、特に考慮すべき功労を認めるに足りる証拠は見当たらない(…)。

まとめ

以上によれば、本件犯罪行為は、Xさんの永年勤続の功労を抹消するほどの不信行為というほかなく、退職金の全部不支給は相当である。

結論

裁判所は、以上の検討より、本件において、Y社がXさんの退職金を全部不支給としたことは相当であり、Xさんの請求は認められないと判断しました。

ポイント

何が問題となったか

覚醒剤取締法違反の容疑で逮捕され、懲役2年執行猶予3年の有罪判決を受けたXさんについて、Y社が本件犯罪行為を理由としてXさんを懲戒解雇した上、退職金を全部不支給としたところ、XさんがY社に対し、退職金の支払いを求める訴えを提起した事案でした。

冒頭でもご紹介したとおり、多くの企業では、退職時に従業員等に対して退職金を支給されていますが、その場合であっても、就業規則や退職金規程などにおいては、懲戒解雇等により退職する場合は退職金を全部または一部支給しないことがある、という定めが置かれているケースがほとんどです。

本件Y社においても、退職金支給規則に「懲戒解雇により退職する者、または在職中懲戒解雇に該当する行為があって、処分決定以前に退職する者には、原則として、退職一時金は支給しない」という定めがありました。
そこで、本件では、懲戒解雇の場合に退職金を不支給とすることができるか否かが問題となったのです。

裁判所の判断

本判決において、裁判所は、Y社の退職金は賃金の後払的性格を有していると認められるところ、このような退職金の性格に鑑みれば、退職金支給規則等に基づき退職金を不支給とすることができるのは、「当該従業員のそれまでの勤続の労を抹消してしまうほどの不信行為があった場合に限られると解すべき」との判断組みを示しました。

その上で、本件の懲戒解雇の理由となった行為の重大性、Xさんの状況、Y社の対応、対外的な影響、Xさんの功労の有無、結果の程度などの事情を詳細に検討し、Xさんの本件犯罪行為は、「Xさんの永年勤続の功労を抹消するほどの不信行為というほかな」いと判断しています。

検討のポイント

近年では、懲戒解雇の場合の退職金支給制限が争われる事案が増えています。
例えば、公務員の事案ではあるものの、高校教員が酒気帯び運転で衝突事故を起こし、懲戒免職となった事案において、退職手当の全額不支給処分が適法であると判断された最高裁判決もあります(宮城県・県教委(県立高校教諭)事件・最高裁令和5年6月27日判決)。

一般企業においても、コンプライアンスの姿勢が強く求められる中、特に重大な懲戒事由がある場合に、退職金の不支給について検討を迫られることもあるでしょう。

本判決に照らして考えると、このような退職金の不支給の相当性を検討する場合には、

  • 当該従業員の行為の重大性
  • 当該従業員の行為と業務の関係性や程度
  • 当該行為による社内・社外への影響の程度や内容
  • 当該従業員の功労の程度

などの事情から、当該行為がそれまでの当該従業員の永年勤続の功労を抹消するほどのものであったか否かなどを慎重に検討していく必要があるといえます。

弁護士にもご相談ください

退職金の法的性質については、賃金の後払い的性格であるという見解や功労報償的性格であるという見解、退職後の生活保障的性格であるという見解などさまざまな考え方があるところです。
しかし、就業規則などにおいて支給基準が明確に定められている場合には、労働の対償であるとして、賃金に該当するため、使用者側に支払いの義務が生じます(労働基準法第24条1項)。

また、冒頭でも述べたとおり、明確な基準が置かれていなかったとしても、退職金の支払いに関する慣行が社内で確立している場合には、使用者側に退職金支払いの義務が生じることがあるため、この点にも注意しなければなりません。

退職金の支給などについてお悩みがある場合には、ぜひ弁護士にご相談ください。