規約の記載方法で権利行使できなかった例【三多摩合同労働組合元組合員事件】
労働組合法第2条1項によると、「労働組合」とは、労働者が主体となって自主的に労働条件の維持改善その他経済的地位の向上を図ることを主たる目的として組織する団体またはその連合団体をいうとされています。
労働組合が、労働者の労働条件の維持改善や経済的地位の向上を図るためには、労働組合の自主性・独立性である一方、このような自主的な活動には当然ながら費用(経費)がかかります。
もっとも、団体の運営のための経費支出について使用者の経理上の援助を受けるような団体や共済事業その他福利事業のみを目的とするような団体については、「労働組合」として認められないとされています。
そのため、労働組合は、活動資金を組合員から徴収することによって運営していかなければなりません。
そこで、各労働組合では、組合規約などにおいて組合員に組合費や賦課金を納める義務があることを定め、これを徴収しています。
今回は、組合規約において、組合員が組合費や賦課金をいくら払えばいいか明確に書いていなかったことから、脱退した組合員から賦課金の支払義務を争われてしまった事案を紹介します。
三多摩合同労働組合元組合員事件・東京地裁令和4.5.18判決
事案の概要
本件は、X組合が、Yさんに対して、Yさんは、X組合の主導の下、勤務先であったA社に対して解雇撤回を求める交渉を行い、地位確認訴訟において勝訴してA社から1457万円余りの支払を受けたことから、Yさんには、X組合の組合規約に基づき、賦課金をX組合に対して支払う義務があると主張して、140万円及び遅延損害金の支払いを求めた事案です。
事実の経過
X組合とYさんの関係
X組合は、立川市を所在地として三多摩地域を中心に労働組合活動を行う労働組合でした。
Yさんは、平成13年2月以降、X組合の組合員になっていました。
YさんがX組合に加入した平成13年2月当時の組合規約6条2号には、組合員の義務として、「組合費及び機関で決定したその他の賦課金を納める義務」が定められていました。
A社とYさんの労働紛争
平成17年頃、Yさんは、X組合の主導のした、勤務先であったA社を被告として解雇が無効であるとして、雇用契約上の地位にあることの確認、賃金及び慰謝料の支払を求める訴えを提起しました。
そして、平成18年9月29日、裁判所はA社がYさんの解雇を撤回したとして、Yさんの雇用契約上の地位にあることの確認の訴えおよび口頭弁論終結日の翌日以降の未払賃金の請求の訴えを却下するとともに、A社に対して、口頭弁論終結日までの未払い賃金等を支払うよう命ずる判決をしました。
この判決に基づき、A社は平成18年10月13日にYさんに対して未払賃金等を支払いました。
X組合規約の改定
X組合は、平成22年9月5日、定期大会において組合規約を改正しました。
この改正により、新規約6条2号において、組合員の義務として、「組合費及び機関で決定したその他の賦課金を納める義務」があるとされた上で、「なお、その他の賦課金とは、一時金(賞与)、労働争議により争議相手方から名称の如何に関わらず勝ち取った未払い賃金、解決金、和解金、慰謝料などをいい、一時金に置いてはその1%以上、その他はその10%以上を活動資金として組合に拠出する義務を負う。また、その支払いは一時金に置いては1年度以内、その他は争議相手方支払日より3年以内に組合の口座等に振り込むことによって行う」と定められました。
YさんのX組合脱退
A社に対する判決後、X組合は、Yさんの復職後の就労場所や労働条件について、A社に対して団体交渉を申し入れ、YさんもX組合とともに交渉を行いました。
もっとも、平成24年8月23日になっても、解決には至りませんでした。
Yさんは同日、X組合に対して脱退届を提出しました。
その後、Yさんは、ユニオンB・北多摩支部に加入しました。
本件訴えの提起
X組合は、Yさんには組合規約に基づき、140万円(本来はA社から支払われた解決金の20%に相当する290万円の支払い義務があるとしていたが、その後、X組合において140万円に減額する旨を決定)の賦課金をX組合に対して支払う義務があると主張し、Yさんに対して同額及び遅延損害金の支払いを求める訴えを提起しました。
争点
本件では、①X組合の新規約6条2号が適用されるか否かや②旧規約6条2号により、Yさんが労働争議の解決ときにA社から支払われた解決金の20%に相当する賦課金を支払う義務を負うか、③X組合とYさんとの間に賦課金を支払う合意が成立していたか否かが争点となりました。
原審の判断
原審は、
①X組合の平成13年2月当時の組合規約には、賦課金について、組合員の義務として、「組合費及び機関で決定したその他の賦課金を納める義務」が定められているが、賦課金の内容についての定めがなく、
②過去に納付された個々の賦課金の金額を証する帳簿など、組合員は労働争議などにより獲得した金員の20%を賦課金としてX組合に納付する旨が定められたと認められる証拠もなく、
③X組合代表者であるBは、YさんがX組合に加入する際に、Yさんに対して上記組合規約の内容について説明しなかったなどとして、Yさんが、上記組合規約又は平成22年9月に改正された組合規約に基づく義務として、労働争議の解決時に使用者から支払われた解決金の20%に相当する賦課金を納める義務を負うとはいえないと判断し、X組合の請求を棄却した。
本判決の要旨
争点①本件に新規約6条2号が適用されるか否か
X組合は、新規約への改正に関して、Yさんが平成22年9月3日に行われた執行委員会で議論及び検討に加わり、これに同意したこと、同月5日の定期大会で執行委員として上記改正案を提案する立場にあり、また、同改正案に自ら賛成票を投じたことを指摘し、Yさんの執行委員としての責務に照らせば、本件についても新規約6条2号が適用され、Yさんは新規約に基づいてX組合に対して賦課金を支払うべきであると主張していました。
もっとも、裁判所は以下の通り述べて、本件には新規約6条2号が適用されず、X組合の主張は認められないと判断しました。
「しかし、労働組合の組合規約は、労働組合という団体の自治的法規範又は労働組合と全組合員との契約と解され、全組合員に対して一律に同内容の規約が適用されるものであるところ、X組合の新規約は平成22年9月5日より効力を有するものとされ、賦課金の支払も争議相手方支払日以降とされているから(…)、これより前の別件判決に基づきA社からYさんに未払賃金が支払われた(平成18年10月13日)という本件に新規約が遡って適用されることはない。このことは、X組合が指摘するYさんの執行委員としての責務等を踏まえても左右されない。
したがって、新規約が本件に適用されることを前提とするX組合の主張は採用することができない。」
争点②旧規約6条2号により、Yさんは労働争議の解決時にA社から支払われた解決金の20%に相当する賦課金を支払う義務を負うか
また、X組合は、YさんがX組合に加入した平成13年2月当時、旧規約6条2号は、組合員の義務として組合費及び機関で決定したその他の賦課金を納める義務があると定めており、Yさんもかかる義務があることを了承してX組合に加入していることから、旧規約6条2号に基づき、Yさんは賦課金を支払うべきであると主張していました。
もっとも、裁判所は以下の通り述べて、X組合の主張は認められないと判断しました。
「旧規約6条2号は、組合員の義務として「組合費及び機関で決定したその他の賦課金を納める義務」と定めている(…)が、賦課金納付の条件や額についての規約の定めはなく、組合規約を団体の自治的法規範と解しても、組合と全組合員との契約と解しても、上記規定では納付義務の具体的な内容が特定されているとはいえないし、本件では、上記規定と一体となる賦課金規程等も存在せず、機関で具体的な納付義務の内容が決定されたともいえないから、X組合の組合員が旧規約6条2号に基づき、労働争議の解決時に使用者から支払われた解決金の20%に相当する賦課金を支払う義務を負うとは認められない。
(…)そもそも、組合規約は、全組合員との間で一律に同内容の規約が適用されるものであり、個々の組合員の認識等によって内容が決せられるものではない。また、X組合代表者であるBは、YさんがX組合に加入する際に、規約を交付し、読んで分からないことがあれば聞くようにと述べただけで、逐一読み上げたり、賦課金の内容を説明したりすることはなかった(…)。
したがって、旧規約6条2号に基づきYさんが賦課金を支払う義務を負うというX組合の主張も採用することはできない(…)。」
争点③X組合、Yさん間で賦課金を支払う旨の合意が成立したか
裁判所は、X組合がYさんとX組合間での個別合意を理由として賦課金の支払いを求めているようにも解されるとして、「念のため」として、X組合、Yさん間で賦課金を支払う旨の合意が成立したか否かについて検討しました。
もっとも、裁判所は以下の通り述べて、X組合、Yさん間で賦課金を支払う旨の合意が成立していたとはいえないと判断しました。
「仮にYさんがしかるべき時期に解決金カンパを支払う旨の発言をしたとしても、(…)Yさんの発言は任意のカンパを検討する趣旨の発言と解され、これによってYさんがX組合に対し賦課金を支払う旨の約束をしたとは認められない。
したがって、X組合の上記主張は採用することができない。」
結論
よって、裁判所は、以上の検討により、X組合の請求は認められないと判断しました。
ポイント
本件は、労働組合が同組合の元組合員に対して、組合規約に基づき賦課金の支払いを求めた事案でした。
裁判所は、X組合の請求を組合規約(新規約6条2号または旧規約6条2号)に基づく請求と理解したうえで、X組合がYさんとの個別合意に基づく請求をしているとも解し得るとして、争点①から争点③まで検討したうえ、結局はX組合の請求には理由がないと判断しています。
中でも旧規約6条2号に関する判断において、裁判所は、組合規約を団体の自治的法規範であると解しても、賦課金の納付の条件や額についての具体的な定めがなく、納付義務について具体的に特定されているとはいえないことから、同規約に基づきYさんが賦課金を支払う義務は認められないとしている点で注目されます。
すなわち、組合が組合員に対して賦課金の支払義務を負わせる場合には、その額や納付の条件などについて具体的に定めておかなければならないといえます。
現に新世紀ユニオン(組合費等請求)事件(大阪地裁平成22.9.10判決)では、「組合員や労働争議により勝ちとった慰謝料および未払賃金・和解金・解決金等の10%を活動資金として当ユニオンに拠出する義務を負う」旨の組合規約がおかれており、同規定に基づいて組合員が組合に対して賦課金の支払義務を負うことが認められています。
弁護士に相談しましょう
今回の事例は、労働組合内部の問題に限りません。
規約や契約によって、誰かに義務を課す必要があるときには、その義務の内容が明確になっていないと裁判では認められません。
規約等のルールを作成するときは、弁護士に相談し、「この内容で権利行使できるか」を事前に確認することをオススメします。