学校教員の安全配慮義務とは?【大阪高裁令和5年1月12日判決】
日本スポーツ振興センターが公表している「学校等の管理下の災害 [令和5年版]」によると、学校等において発生した災害(死亡、障害)を場合別に見た場合、最も多いのは、休憩時間での災害(46.7%)なのだそうです。
そして、次に多いのが各教科での災害(32.8%)です。
休憩時間中は、なかなか教員側の目が届きにくい傾向にある上、子供にとっては学校生活のメインイベントともいえる楽しみな時間帯であることもあって、事故の発生率が高いことも頷けます。
他方で、各教科での災害については、発生しやすい事故の状況や内容を事前に予測し、綿密に準備することで予防することができます。
そのため、実際にそれぞれの学校等において発生した事例については、できる限り情報を収集し、対応を検討していくことが大切です。
さて、今回は、公立小学校の正課授業として実施された図画工作の作業中に同級生が木材に打ち込まれた釘を抜くためマイナスドライバーを用いた際に、その先端が向かい側で木材を押さえていた児童の眼に当たり負傷した事故について、安全配慮義務違反が認められた事案をご紹介します。
損害賠償請求事件・大阪高裁令和5.1.12判決
事案の概要
本件は、Yが設置する小学校の生徒であったXさんが、同小学校の図画工作の授業を受けていた際に、Yの同級生が木材に打ち込まれた釘を抜くために使用していたマイナスドライバーの先端が同木材を押さえていたXさんの左目に当たるという事故が発生し、これによって負傷したことから、授業を担当していた教諭(公務員)の安全配慮義務違反を主張し、Yに対し、国家賠償法1条1項に基づく損害賠償金の支払いを求めた事案です。
事実の経過
図工の授業
令和元年11月当時、Yが設置する市立小学校の4年生であったXさんは、図画工作の正課授業として、教諭であるAさんの指導により、図工室で金づちで釘を打ち付ける作業を含む木工作品を作製する授業を受けました。
Aさんによる実演
Aさんは、同年10月の授業において、木材に打ち込まれた釘を抜くための方法として、釘抜きを用いる方法のほか、釘抜きの割り込みを釘の頭と木材の間に差し込めない場合には、一方の手で木材を押さえ、もう一方の手でマイナスドライバーの先端を釘の頭と木材の間にこじ入れ、手首を左右にひねって釘の頭を起こした上で釘抜きを使用する方法(本件方法)を児童の前で実演して説明していました。
本件事故の発生
同年11月の事故発生当日、Xさんは、木材をベニヤ板に釘で打ち付けたところ、釘の頭が木材にめり込めんでしまったため、Aさんが説明した本件方法により釘の頭を起こそうとしました。
しかし、マイナスドライバーの先端を釘の頭と木材の間に差し込むことができなかったことから、同級生のBさんがXさんに代わって本件作業に取り組みました。
ところが、Bさんもマイナスドライバーの先端を釘の頭と木材の間に差し込むことができず、マイナスドライバーが前方にすべり、その先端が向かい側で木材を押さえていたXさんの左眼に刺さってしまいました(本件事故)
後遺障害
本件事故により、Xさんは、左外傷性角膜穿孔等の傷害を負い、視力が低下したほか、コンタクトレンズを使用して矯正しても複視が残存する後遺障害が残りました。
訴えの提起
そこで、Xさんは、Aさんには
①マイナスドライバーの使用自体を指導してはならない義務
②マイナスドライバーの使用方法に関する説明義務及び指導義務
③マイナスドライバーを使用する際の配置について注意すべき義務
④児童の行動等を監視すべき義務
に違反した過失があると主張して、小学校を設置するYに対し、国家賠償法1条1項に基づく損害賠償請求の訴えを提起しました。
争点
本件では、Aさんの各注意義務違反(安全配慮義務違反)の有無が主要な争点となりました。
原審の判断
原審(神戸地裁姫路支令和4年5月9日判決)は、学習指導要領の記載等及び本件事故の経緯を検討した上で、
・学習指導要領の記載等は本件方法を禁止するものではないこと
・釘抜きが差し込めない場合にくぎを抜く方法は本件方法以外にないこと
・本件方法は指導通りに行えば危険が生じるものではないこと
・Aさんは一般的に作業中の児童の近くに顔を近づけないよう注意していたこと
・Aさんが図工室を離れることはあったが長時間に及んでいないこと
などを指摘し、Xさんが主張するAさんの各注意義務違反は認められないとして、Xさんの請求を棄却しました。
本判決の要旨
これに対して、本判決は、Aさんは本件方法を行う際には、以下のとおり、周囲に他の児童がいないことを確認した上で行うように説明するなどの義務があるところ、Aさんはこれを怠り、また、監視義務を怠らなければ本件事故の発生を防ぐことができたなどとして、Xさんの請求を一部認める旨の判断を示しました。
小学校の正課としての図工の授業における注意義務の内容
国家賠償法1条1項にいう「公権力の行使」には、公立学校における教諭の行為も含まれ、教育活動を担う小学校の教諭においては、教育活動に際し、児童を指導監督し、学校事故の発生を防止して生徒の生命及び身体を保護する注意義務を負う(最高裁判所昭和62年2月6日第二小法廷判決・判例タイムズ638号137頁参照)。
特に、工具を使う図工の授業においては、工具それ自体が児童の生命や身体に危害を及ぼす危険性のある刃物類や工具の通常の使用によっては危険性を生じさせないとしても、その使用方法によっては危険を生じさせる可能性のある金属類が含まれているから、児童がこれらを適切に使用することができるように、児童の理解度や習熟度に応じて、教諭が適切に指示した上これを監督すべき注意義務がある。小学生は、一般に工具に対する理解度や習熟度が低く、その危険性を認識せずに工具を使用し、また工具を使用する場所で行動するおそれが高くなるから、教諭は、より一層児童に対する指導監督に配慮すべき注意義務を負うことになると解される。
マイナスドライバーの使用方法に関する説明義務・指導義務およびマイナスドライバーを使用する際の席の配置に注意すべき義務について
A教諭の注意義務の内容
(…)教諭がマイナスドライバーを本来の用い方ではない用途に用いる場合には、その用途で用いる必要性を十分に検討した上で、児童の年齢、経験、理解力に応じて、その危険性とともに、安全に用いるための方法について十分に説明し、不用意に接近した他の児童にマイナスドライバーが当たるなどの事故が起きないように、児童を指導したり、児童の動静を監視する義務があるというべきである。
A教諭が指導した本件方法は…児童がマイナスドライバーの先端を釘の頭と板の間に差し込もうとして力を入れた結果、釘の頭の上をマイナスドライバーの先端が滑る危険がある。特に、マイナスドライバーの使い方に習熟しているということができない小学4年生の場合、どの程度の力加減で作業をすればよいのか、経験を重ねていないため判断が困難であり、必要以上に力を入れた結果、マイナスドライバーの先端部分が前方に滑る危険性は十分にあったというべきである(…)。
したがって、本件方法によってマイナスドライバーを用いて釘の頭を起こす作業は、微妙な力の入れ加減を必要とする難易度の高い作業であるから(…)、本件方法を指導するA教諭としては、本件方法を説明するに当たっては、本件作業を行っている場合には、周囲、特に前方に近づくことがないよう説明して注意を喚起するとともに、本件方法を行う際には周囲に他の児童がいないことを確認した上で行うよう説明すべき注意義務があったというべきである。
A教諭の注意義務違反
しかしながら、A教諭は、本件方法を説明するに当たり、本件方法を行っている場合には、周囲、特に前方に近づかないことや本件方法を行う際には周囲に他の児童がいないことを確認した上で行うことなどを説明せず、また、本件方法を行っている児童の周囲に他の児童が近づかないよう指導することもなかった(…)。
その結果、Bさんが控訴人の作業を手伝うために近づき、向かい合った状態で、交互に本件方法に取り組んでいたため、Bさんの手に持ったマイナスドライバーが滑って控訴人の左眼に当たるという本件事故を発生させた。
したがって、(…)A教諭にはマイナスドライバーの使用方法に関する説明義務及び指導義務を怠った注意義務違反がある。
児童の行動及び立ち位置を監視すべき義務
A教諭の注意義務の内容
本件方法は、(…)小学4年生の児童にとっては難易度が高く、他の児童の身体に対する危険性を伴うものである。
したがって、本件方法を小学4年生に指導する教諭としては、釘の頭と木材との間にマイナスドライバーを差し込むことができない児童がいないか、また、本件方法による作業をしている児童の周辺や正面に児童が近づいていないかを監視するべき注意義務があったというべきである。
A教諭の注意義務違反
XさんとBさんは、向かい合って、一方が木材を押さえ、一方が片手でマイナスドライバーを持って本件方法による作業に取り組み、しかも、本件方法によって釘の頭を起こすことができなかったため、本件方法を交互に複数回行っていたにもかかわらず、A教諭は、XさんとBさんの上記の行動に気付かなかったものである。本件事故そのものが発生したのは一瞬のことであったとしても、A教諭が、図工室全体の児童の動静を注視していれば、XさんとBさんとが向き合って本件方法による作業を行っていることに気付くことは可能であり、本件方法による作業の中断を指示するか、向き合って作業をしないよう指示することによって本件事故の発生を防ぐことができたと認められる(…)。
以上によれば、A教諭は、児童の行動及び立ち位置を監視すべき注意義務に違反したことが認められる。
ポイント
どんな事案だったか?
本件は、Yが設置する小学校の生徒であったXさんが、同小学校の図画工作の授業を受けていた際に、Yの同級生が木材に打ち込まれた釘を抜くために使用していたマイナスドライバーの先端が同木材を押さえていたXさんの左目に当たるという事故が発生し、これによって負傷したことから、授業を担当していた教諭(公務員)の安全配慮義務違反を主張し、Yに対し、国家賠償法1条1項に基づく損害賠償金の支払いを求めた事案でした。
何が問題になったか?
本件では、Aさんの各注意義務違反(安全配慮義務違反)の有無が問題となりました。
本判決のポイント
本判決は、「特に、工具を使う図工の授業」においては、「使用方法によっては危険を生じさせる可能性のある金属類が含まれているから、児童がこれらを適切に使用することができるように、児童の理解度や習熟度に応じて、教諭が適切に指示した上これを監督すべき注意義務がある。小学生は、一般に工具に対する理解度や習熟度が低く、その危険性を認識せずに工具を使用し、また工具を使用する場所で行動するおそれが高くなるから、教諭は、より一層児童に対する指導監督に配慮すべき注意義務を負うことになると解される」として、児童の安全性についてより慎重な配慮を要することを明らかにしています。
また、本判決は、Aさんが、XさんとBさんの動静に気付かずに本件事故が発生するに至ったことを指摘し、Aさんの監視義務違反も認めており、児童の行動等を監視すべき注意義務が教諭の重要な安全配慮義務の一内容であることを改めて示しています。
弁護士にもご相談ください
学校等における事故は、教諭や職員がちょっと目を離した隙に起きてしまうことが多々あります。もちろん児童全員から目を離さないようにすることは大切ですが、それでも一人の教諭がすべての児童の動静を完璧に把握し尽くすことは難しいといえます。
このような観点からは、教諭のほかに安全面を監督できる補助者をおくなど、複数人による監視体制を整える必要があるのかもしれません。
また、本判決も指摘するように、注意すべき点については、あらかじめ児童に説明を行い、避けなければならない行動の例も具体的に説明しておくことが大切です。
安全配慮義務違反をめぐる争いは近年増加傾向にあります。
子供と関わる施設を設置する運営者の方は、改めて安全配慮義務の内容、程度、設備上の問題点、職員や教員への指導状況などを見直しておくことも重要です。
会社内における安全配慮義務に関する記事はこちらをご覧ください。
職員に対してどのような指導等を行えばよいか、安全配慮義務とはどのようなものか、施設運営において注意すべき点はなにかなどについてお悩みがある場合には、ぜひ弁護士にご相談ください。