労働問題

職場におけるパワハラやセクハラをどう防ぐか?【高松高裁令和4年8月30日】

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昨今、職場におけるハラスメントは大きな問題となっています。
ニュースでも有名人のハラスメントなどが取り沙汰されており、心を痛めておられる方も多いのではないでしょうか。

厚労省をはじめとする多くの機関が、職場におけるハラスメント防止に向けたさまざまな取り組みを行なっていますが、依然としてハラスメントはなくなりません。
この原因の一つとしては、「うちではハラスメントは起きないから大丈夫」という漠然とした経営者層の思い込みが大きく影響しているかもしれません。

改めて職場におけるハラスメントについて強く認識し、考えてみる機会を設けることが大切です。

職場の5大ハラスメントについては、こちらの記事で詳しく解説していますので、ハラスメントの予防、対策のためにも、ぜひご参照ください。
また、ハラスメント対策について、ASK通信第14号でもご紹介しておりますので、簡単に読みたい!という方はぜひご覧ください。

裁判例のご紹介(国家賠償請求控訴事件・高松高裁令和4年8月30日判決)

今回は、同僚の職員や上司からパワハラ、セクハラを受け、うつ病を発症して自殺未遂を経験した刑務所の職員が、職場環境整備義務(安全配慮義務違反)などを主張して、国に対して、損害賠償を求めた裁判例をご紹介します。

どんな事案?

本件は、刑務所職員であるXさんが、α刑務所処遇部処遇部門に勤務していた際に同僚の職員や上司からパワハラ、セクハラを受け、これを申告したにもかかわらず、国がXさんの心情に配慮した適切な措置を採らなかったことなどを主張して、国に対し、国賠法1条1項又は債務不履行(安全配慮義務違反)による損害賠償の支払いを求めた事案です。

何が起きた?

α刑務所について

α刑務所には、総務部、処遇部、分類教育部、医務部が設置されており、処遇部は処遇部門と作業部門に分かれ、処遇部門と作業部門には、それぞれに首席矯正処遇官1名が配置されていました。
今回の事案の原告となったXさんが処遇部門に配属されていた当時、同部門には、首席矯正処遇官の下に4名の統括矯正処遇官(第1担当~第4担当)が配置されていました。

Xさんについて

α刑務所に採用されるまで

Xさん(昭和58年生、裁判の口頭弁論終結時点では38歳。)は、平成21年4月~平成23年3月に徳島県内の高等学校において常勤講師として勤務し、平成25年1月~同年3月にAで非常勤職員として勤務しました。

刑務官としての採用

その後、Xさんは、同年4月1日、α刑務所において刑務官(法務事務官看守部長)として採用されました。

α刑務所での業務従事

Xさんは、同日から平成26年2月16日の間、処遇部門に配属され、統括矯正処遇官(第三担当)の下で、主として拘置区女区における業務に従事していました。
(※拘置区:主として未決の被収容者の処遇を担当する部署。女区は拘置区の一部であり、未決及び移送前の既決の女性の被収容者の処遇を担当する班。)

その後

その後、Xさんは、平成26年2月17日に総務部庶務課に、同年12月17日に処遇部の作業部門に配置換えになった後、平成27年4月1日、女子少年院である「B」に転任し、法務教官になりました。

Xさんの同僚等
C主席

C首席は、平成25年4月1日~平成26年3月31日の間、α刑務所の処遇部門において首席矯正処遇官を務め、処遇部門で勤務する職員の監督業務を担当していました。

Dさん

また、Dさんは、平成20年9月1日からα刑務所で刑務官(法務事務官看守)として勤務を開始し、処遇部門の統括矯正処遇官(第一担当)の下に置かれた処遇事務係を経て、平成25年2月14日~同年10月27日の間、同統括矯正処遇官の下に置かれた訟務係に勤務し、同月28日からはXさんと同じ拘置区女区で勤務していました。

Eさん

Eさんは、Xさんがα刑務所に勤務していた当時、同刑務所に刑務官(法務事務官看守)として勤務しており、処遇部門の統括矯正処遇官(第一担当)の下に置かれた警備係を経て、平成25年10月1日~同月27日の間、Xさんと同じ拘置区女区で勤務し、同月28日からはDさんと交代して訟務係で勤務していました。

うつ病等の発症と報告

Xさんは、平成26年1月23日、Fクリニックを受診し、うつ病と診断されました。
そして、同日、Xさんは、当時の処遇部門統括矯正処遇官(第三担当)であるG統括に対し、自身がうつ病と診断された旨報告しました。

職場におけるパワハラ・セクハラ行為の申告

Xさんは、同年2月7日午後2時頃、人事院四国事務局に苦情相談を行い、同日午後5時頃、人事院四国事務局の職員から、当時の庶務課長であるH庶務課長対して、Xさんから職場の人間関係やうつ病の発症等に関する相談があった旨が伝えられました。

Xさんは、平成26年8月4日、当時の庶務課長であるI庶務課長及び庶務係長との面談において、平成25年12月20日にC首席からセクハラ行為を受けた旨申告しました。
また、Xさんは、平成26年8月6日、J総務部長及びI庶務課長との面談においても、同様の申告をしました。

C首席への処分

高松矯正管区は、Xさんのセクハラ等の申告を受け、申告に係る事実を調査し、その結果を踏まえ、高松矯正管区長は、平成27年11月7日付けで、C首席に対し、減給1月100分の10の懲戒処分を行いました。

Xさんの自殺企図

Xさんは、平成27年4月1日から、女子少年院である「B」で法務教官として働いていたところ、同月7日、高松市内のホテルで服薬による自殺を図り、K病院に救急搬送され、急性薬物中毒との診断を受けました。

Xさんの休職

Xさんは、平成27年4月7日~同月13日の間は年次休暇を取得し、同月14日~同年6月12日の間は病気休暇を取得し、同月13日~平成30年3月31日の間、休職しました。

そして、平成30年4月1日付けでβ刑務所に転任し、約1年間勤務しました。
しかし、その後は病気休暇を取得し、現在は、午前8時30分~午前11時30分で、週4日間稼働している状況にありました。

Xさんの公務災害認定

Xさんは、平成28年2月2日付けで、うつ病及び気分障害の発症につき、国家公務員災害補償法に基づく公務災害の認定請求をしました。
そして、法務大臣は、平成30年10月31日付けで、Xさんのうつ病の発症について公務上の災害と認定し、Xさんに対してその旨通知しました。

訴えの提起

そこで、Xさんは、平成30年4月6日、刑務所処遇部処遇部門に勤務していた際に同僚の職員や上司からパワハラ、セクハラを受け、これを申告したにもかかわらず、国がXさんの心情に配慮した適切な措置を採らなかったことなどを主張して、国(Y)に対し、国賠法1条1項又は債務不履行(安全配慮義務違反)による損害賠償の支払いを求める訴えを提起しました。

問題になったこと

Xさんが主張していたこと

Xさんは、この訴えにおいて、上司や同僚らからのパワハラ・セクハラについて申告をしたにもかかわらず、Y(国)がXさんの心情に配慮した適切な措置を採らなかったことなどが、国の安全配慮義務違反であるなどと主張していました。

争点

そこで、本件では、Y(国)に安全配慮義務(職場環境整備義務)違反があったのかどうか?が主要な争点となりました。
※なお、その他の争点については、本解説記事では省略します。

α刑務所長は職員への職場環境整備義務を負っている

まず、裁判所は、以下のように述べて、α刑務所長が、同刑務所に所属する職員から被害申告を受けた場合、具体的事情に応じた適切な職場環境整備義務を負っているとしました。

「Yと国家公務員との間にも、雇用契約類似の関係があるから、Yは、国家公務員に対し、一般的な安全配慮義務を負っているところ、α刑務所長は、α刑務所に所属する職員の管理者的立場に立ち、Yの履行補助者として、生命、身体等への危険から職員の安全を確保して被害発生を防止すべき信義則上の義務(安全配慮義務)を負うから、職場の加害行為により他の職員が被害を受けた場合には、具体的事情に応じて、当該被害職員の出勤・復職等に向けた適切な職場環境を整備すべき義務を負うと解するのが相当である(…)。」

うつ病発症後の配置換えや転任には職場環境整備義務違反がある

そして、裁判所は、XさんがG統括やC主席にうつ病発症について伝えた後に、配置換えや転任を行ったことについて、職場環境整備義務違反が認められると判断しました。

Xさんの配置換えと転任

「(…)α刑務所は、Xさんがα刑務所のG統括やC首席に対し、うつ病発症を伝えた後、Xさんを、①平成26年2月17日に庶務課に配置換えし、②同年12月17日に処遇部の作業部門に配置換えし、③平成27年4月1日に「B」に転任させたことが認められる。」

①庶務課への配置換えはXさんに精神的負担をかけるものであった

「Xさんは、Dとの人間関係につき苦情を申し出ていたのであるから、α刑務所がXさんさんの職場を変えようとしたこと自体は適切であるといえる。しかしながら、前記認定のとおり、庶務課への配置換えにおいては、H庶務課長からは、Xさんに対し、Dとの接触をなるべく避けるため、戒護区域内には極力入らないこと、残業は基本的にしないこと、電話対応は難しいため、積極的に電話に出る必要はないことなどの指示がされたが、Xさんの異動は増員扱いだったためXさんにはほとんど仕事が与えられず、Xさんは疎外感を感じたこと、他の職員に対しては、H庶務課長等から、Xさんに対して上記のとおり職務上の制限等が加えられていることについて、十分な周知がされていなかったため、Xさんが、上記指示に従い、女区で応援が必要となったときにこれに対応しないでいたりすると、他の職員から、非難されることがあり、Xさんは、そのことで精神的に負担を感じたことが認められる。」

②作業部門への配置換えもXさんに苦痛を与えるものであった

「次いで、作業部門への配置換えについても、Xさんは、工場には入らないように指示されていたため、疎外感を感じるとともに、約10か月で新たな部署に異動になり、新しい環境に慣れねばならず、頻繁に部署を換えられることなどに苦痛を感じたことが認められる。」

③不安を有するXさんを「B」へ転任させている

「さらに、「B」への転任については、控訴人が転任の打診の時点で、α刑務所で実績を積みたいことや、うつ病なのに少年院という新しい環境に耐えられるかどうか不安であるとして、「B」には異動したくないとの異議を述べ、さらに転任直前の平成27年3月2日~同月31日の間、「適応障害」で病気休暇を取得した直後の同年4月1日に、転居を伴う異動である、「B」への転任が命じられたことが認められる。」

うつ病発症後のα刑務所の一連のXさんの配置換えや転任は心理的負担を増大させる行為であり、職場環境整備義務違反に当たる

「以上のように、うつ病に罹患しているXさんに対し、仕事をあまり与えないようにして疎外感を与えたり、短期間で職場を転々と移動させたり、Xさんが反対しているにもかかわらず、転居を伴う異動であり、法務教官というこれまでの刑務所職員と大きく環境が変わる職場に異動させた行為は、Xさんの心理的負担をより増大させる行為であったことは明らかであり、現に、Xさんは、そのため、自分はα刑務所から邪魔者扱いされ、見放されたとの思いを強め、絶望的な気持ちになり、平成27年4月7日に自殺を試みるに至っているのであって、うつ病発症後のα刑務所の一連のXさんの配置換えや転任は、α刑務所長が、職員の人事配置等について一定の裁量権を有していることを考慮しても、裁量権を逸脱したものであって、職場環境整備義務違反に当たると認めるのが相当である(…)。」

結論

「したがって、Yは、Xさんからうつ病の申告を受けた後の異動につき、職場環境整備義務という安全配慮義務に違反したと認めるのが相当である。」

弁護士法人ASKにご相談ください

今回ご紹介した裁判例は、同僚の職員や上司からパワハラ、セクハラを受け、うつ病を発症して自殺未遂を経験した刑務所の職員が、職場環境整備義務(安全配慮義務違反)を主張して、国に対する損害賠償の支払いを求めていた事案でした。

国は、いわゆる使用者として、公務員に対して安全配慮義務を負っています。
ただ、その具体的な内容は、当該公務員の職種や地位、安全配慮義務が求められる具体的な状況などにより大きく異なるところです。

本件においては、たしかに、裁判所も、XさんがDとの人間関係につき苦情を申し出ていた以上、α刑務所がXさんの職場を変えようとしたこと自体は適切であるとしつつも、やはり庶務課へ配置転換はXさんに精神的負担を感じさせるものであり、その後に行われた配置転換や転任もXさんの不安などに照らせば、心理的負担を増大させるものであって、このような人事異動等は職場環境整備義務違反に当たる、と判断されています。

ハラスメントの申告を受けた場合、使用者側としては、とりあえず被害者と加害者とを分離しなければ、加害者を処分しなければ、ということに注視してしまうかもしれません。
しかし、小手先の対応だけで終始してしまうと、結局更なる被害を生み出してしまうことにもなりまねません。

迅速な対応はもちろん大切ですが、具体的な対応をとるべきなのか?という点についても弁護士などに相談しつつ慎重に検討を進めていくことが大切です。

職場のハラスメントについてお悩みのある場合には、弁護士法人ASKにご相談ください。

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