雇止めとは?吸収合併後も再雇用契約は更新される?【東光高岳事件】
- 川崎市でシステム開発の会社を経営しています。当社は、A社を吸収合併したのですが、A社のもとで有期雇用契約を締結していた従業員について、契約期間満了後は当社の基準で再雇用を希望した人のみ契約したいと考えています。なにか注意点はありますでしょうか?
- ①過去に反復して更新されたことがあり、契約期間満了時に当該有期労働契約をせずに終了させることが、無期雇用契約を終了させる(解雇)と社会通念上同視できること、または②契約期間満了時に、当該労働者が契約が更新されるものと期待することについて合理的な理由があること、のいずれかに該当する場合は、従業員の契約の申込みを承諾したものとみなされることがあります。
ご相談の件においては、「労働者が契約が更新されるものと期待することについて合理的な理由がある」と評価されると従業員の更新の申込みに承諾したとみなされる可能性があります。
詳しくは労務関係に強い弁護士にご相談ください。
弁護士法人ASKの弁護士相談・顧問契約をご希望の方はこちらまで
雇止めとは
有期労働契約とは
有期労働契約とは、契約期間が定められている労働契約のことです。
有期労働契約が締結されると、会社は、契約期間の間は、やむを得ない事由がある場合を除いて、労働者を解雇することができません。
労働条件明示ルールにも注意を
令和6(2024)年4月1日から施行された労働条件明示ルールでは、有期労働契約については、通算契約期間または更新回数の上限がある場合、契約の締結時と契約の更新のタイミングごとに、更新上限の内容について具体的に明示しなければならないなど、新しいルールが定められました。
詳しくはこちらの記事をご覧ください。
雇止めには雇止めの予告が必要な場合も
有期労働契約は、契約期間の満了日が設定されていますが、契約を更新することもできます。
また、有期雇用契約を更新せずに終了させる「雇止め」も、直ちに違法になるものではありません。
しかし、使用者は、次のいずれかに該当する有期労働契約を締結している労働者について、雇止めをする場合、少なくとも契約の期間が満了する30日前までに、その予告をしなければなりません(あらかじめ契約を更新しない旨が明示されている場合を除く。)。
① | 3回以上更新されている場合 |
② | 1年以下の契約期間の有期労働契約が更新または反復更新され、最初に有期労働契約を締結してから継続して通算1年を超える場合 |
③ | 1年を超える契約期間の有期労働契約 |
雇止め法理が適用されると契約が更新されたものとみなされる
このように有期労働契約については、契約を更新せずに終了することもできます。
しかし、「有期」であるとはいえ、雇用契約の更新が繰り返されていた場合には、労働者側には、「次も契約は更新されるはずだ」という期待が生じてきます。
そこで、労働契約法19条は、このような労働者の期待を保護する観点から、雇止めについても解雇に準じて考えるという「雇止め法理」が規定されています。
具体的には、以下の場合には、使用者は、従前の有期労働契約の内容である労働条件と同一の労働条件で労働者申込みを承諾したものとみなされます。
① 前提(次のいずれか) | 有期労働契約が過去に反復して更新されたことがあり、契約期間満了時に当該有期労働契約をせずに終了させることが、無期雇用契約を終了させる(解雇)と社会通念上同視できること(1号) | 使用者は、従前の有期労働契約の内容である労働条件と同一の労働条件で労働者申込みを承諾したものとみなされる |
契約期間満了時に、当該労働者が契約が更新されるものと期待することについて合理的な理由があること(2号) | ||
② 労働者が | 有期労働契約の期間が満了する前または期間満了後遅滞なく、有期労働契約の締結を申し込んだとき | |
③ 使用者が | ②の申し込みを拒否することが客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であるとは認められない場合 |
有期労働契約の締結は慎重に
有期労働契約においては、特に「雇止め」をめぐりトラブルが生じることが多くあります。
上述のとおり、雇止めには労働契約法上、雇止め法理が適用され、従前と同様の労働条件で有期労働契約が更新されたものとみなされることもあります。
また、使用者が、契約を1回以上更新し、かつ、1年を超えて継続して雇用している有期契約労働者との契約を更新しようとする場合には、契約の実態および労働者の希望に応じて、契約期間をできる限り長くするように努めるなどすることも求められています、
したがって、有期労働契約を締結する場合には、有期契約労働者の雇用安定に配慮することが大切です。
東光高岳事件・東京地裁令和6年4月25日判決
さて、今回は、会社の吸収合併後の再雇用契約更新の成否が問題となった事案(東光高岳事件)をご紹介します。

事案の概要
本件は、A社との間で期間1年の有期労働契約(本件契約1)を締結したXさんが、同社を吸収合併したY社に対し、同契約満了時、契約更新の合理的期待があり、本件契約1と同一条件によるXさんの更新申込みをY社が拒絶したことは、客観的合理的な理由を欠き、社会通念上相当といえないため、労働契約法19条に基づき、本件契約1と同一条件で有期契約が成立・反復更新されたと主張して、未払賃金等の支払い、および労働契約上の地位の確認を求めた事案です。
事実の経過
XさんとA社の有期労働契約の締結
A社は、システム事業とソフトウウェア事業等を営んでいました。
Xさんは、A社との間で無期労働契約を締結していたところ、令和2年9月に60歳定年を迎え、同年10月1日、A社との間で、以下の内容を条件とする有期労働契約(本件契約1)を締結しました。

A社継続雇用制度規程
A社は、60歳定年後の再雇用について、高齢者継続雇用規程を作成しており、本件契約1は、これに沿って締結されていました。
この規程では、
①原則として希望者は65歳まで再雇用し、その契約期間は1年ごととすること
②再雇用社の労働条件については、同社が個別に決定すること
などとされていました。
A社とY社の吸収合併契約
令和3年7月30日、経常赤字の状態が続くA社を、完全親会社のY社が吸収合併する合意が成立し、同年10月1日、本件合併が行われました。
なお、Y社の連結決算をみると、令和3年3期は、経常利益34億200万円、純利益14億800万円であり、本件合併後の令和4年3月期は、経常利益41億7200万円、純利益32億7900万円であり、業績は堅調、資産は健全でした。
従業員への説明
A社は、令和3年4月以降、本件合併に関する全従業員向け説明会を開き、定年後再雇用者については、同年8月20日に、A社継続雇用規程をY社の定年後再雇用規程と同内容に変更する方針等を説明しました。
Xさんの更新申込み
Xさんは、令和3年7月1日、A社に対し、本件契約1と同一条件で労働契約を更新する旨の申込みをしました。
A社の役員らは、同年8月23日、Xさんと面談し、本件契約1の期間満了後のY社との労働契約の条件を、本件提案1または2のいずれかとすることを提案しました。
なお、これらの提案内容は、当時のY社の規程に沿ったものでした。
《本件提案1》

《本件提案2》

Xさんの拒絶と新しい提案
しかし、Xさんは、本件提案1及び2は、本件契約1と比較して労働条件の低下が大きい等として、これを受け入れられない旨を回答しました。
これを受けて、A社及びY社は、令和3年9月13日、Xさんに対して、
・本件提案1の業務内容を「システム事業のソフトランディング、システム製品の営業に関する管理補助業務」と改めた案(本件提案3)
・本件提案2の業務内容を「システム事業のソフトランディング、システム製品の営業業務ならびに付随的業務」と改めた案(本件提案4)
を提案しました。
契約期間の満了
しかし、Xさんは、やはり同意せず、これに代わる提案が提示されないまま、本件契約1の期間は満了しました。
Xさん以外の労働者とY社の雇用契約締結
Y社は、Xさん以外のA社の定年後再雇用者にも本件各提案(本件提案1〜4)と同様の提案をし、有期労働契約を締結しました。
令和3年12月31日当時、Y社の定年後再雇用者は計125名いたところ、いずれもY社の規程に基づく条件で労働契約を締結しており、これと異なる労働条件で契約を締結した者はいませんでした。
本件訴えの提起
その後、Xさんは、本件契約1の満了時、契約更新の合理的期待があり、本件契約1と同一条件によるXさんの更新申込みをY社が拒絶したことは、客観的合理的な理由を欠き、社会通念上相当といえないため、本件契約1と同一条件で有期契約が成立・反復更新されたと主張して、Y社に対し、未払賃金等の支払い、および労働契約上の地位の確認を求める訴えを提起しました。

本件の争点
Xさんの主張
Xさんは、本件契約1の満了時、Xさんには契約更新の合理的期待があり、本件契約1と同一条件によるXさんの更新申込みをY社が拒絶したことは、客観的合理的な理由を欠き、社会通念上相当といえないとして、労働契約法19条2号に基づき、本件契約1と同一条件で有期契約が成立・反復更新されたと主張していました。

問題になったこと
そこで、本件では、
・本件契約1の期間満了の時点において、Xさんが、本件契約1が更新されると期待したことについて、合理的な理由があるかどうか(労働契約法19条2号)
などが問題となりました。
本判決の判断
争点(本件契約1の期間満了の時点において、Xさんが、本件契約1が更新されると期待したことについて、合理的な理由があるかどうか)について
労働契約法19条2号の定める「更新」とは
まず、裁判所は、労働契約法19条2号の定める「更新」の意味について、同号は、「従前の有期労働契約(…)と同一の労働条件で労働契約を成立させるという法的効果を生じさせるものであるから」「要件としての「更新」の合理的期待は、法的効果に見合う内容であることを要すると解される」として、「更新」とは、「直近に締結された労働契約と同一の労働条件で契約を締結することをいう」と定義しました。
契約更新の期待に合理的な理由があるか
その上で、裁判所は、XさんがY社との間で本件契約1と同一条件で労働契約が締結されると期待することについて、合理的な理由があるか否かを検討し、
・本件契約1は1回目の定年後再雇用契約であり、再雇用契約の通算期間も1年を経過したに過ぎないこと
・A社継続雇用規程によれば、1回目の契約と同一条件での労働契約の締結が保障されていないこと
・本件合併の経緯からすれば、Xさんは今後の再雇用契約の相手がY社であり、Y社の定年後再雇用制度の労働条件が本件契約1の水準よりも低いと認識していたこと
・Y社の定年後再雇用者はY社の定年後再雇用制度に従って労働契約を締結しており、それ以外の条件で雇用された者はいないこと
などを指摘し、本件において、Xさんが「Y社との間で本件契約1と同じ労働条件で労働契約が締結されると期待することについて、合理的理由があるとは認められない」と判断しました。
※予備的な判断※
なお、裁判所は、「念のため」として、本件において、Y社が本件更新申込みを拒絶したこと(=Y社が本件更新申込みを承諾せず、本件契約1の条件を下回る提案をしたこと)について、客観的合理的な理由があり、社会通念上相当であるといえるかどうか、についても、「本件各提案に合理性があるかという観点から検討」しています。
そして、裁判所は、①上記争点の判断において示した事情のほか、②公平性等の観点から、XさんらA社に所属していた定年後再雇用者とY社の定年後再雇用者の労働条件と同一とする必要性が高いことを指摘した上、これらの事情を「考慮すると、本件提案1及び3が、本件契約1(…)と比較して、勤務日が週4日から週5日に増加する一方、基本賃金は約15%減少するものであり、本件提案2及び4は、賃金額は月額換算で約51%減少するものであり(…)賃金の不利益が著しいこと、Y社の業績は堅調であり、経費削減の必要性はないこと(…)を考慮しても、本件各提案には合理性がある」と結論付けています(=Y社が本件更新申込みを拒絶したことについて、客観的合理的な理由があり、社会通念上相当であるといえる)。
結論
よって、裁判所は、以上の検討より、Xさんの請求は認められないと判断しました。
ポイント
事案のおさらい
本件は、A社との間で期間1年の有期労働契約(本件契約1)を締結したXさんが、同社を吸収合併したY社に対し、同契約満了時、契約更新の合理的期待があり、本件契約1と同一条件によるXさんの更新申込みをY社が拒絶したことは、客観的合理的な理由を欠き、社会通念上相当といえないため、労働契約法19条に基づき、本件契約1と同一条件で有期契約が成立・反復更新されたと主張して、未払賃金等の支払い、および労働契約上の地位の確認を求めた事案でした。
何が問題となったか
本件では、
・本件契約1の期間満了の時点において、Xさんが、本件契約1が更新されると期待したことについて、合理的な理由があるかどうか(労働契約法19条2号)
が問題となりました。
判決のポイント
裁判所は、労働契約法19条2号の「更新」の意味について、「更新」とは、「直近に締結された労働契約と同一の労働条件で契約を締結することをいう」と定義した上で、本件の具体的な検討を行っています。
本件では、A社とY社の合併契約が行われ、Y社の定年後再雇用制度の労働条件に沿った本件各提案が、本件契約1の水準よりも低くなっていたところ、かかる事情を踏まえても、Xさんが「Y社との間で本件契約1と同じ労働条件で労働契約が締結されると期待することについて、合理的理由があるとは認められない」と判断している点で注目されます。
弁護士にもご相談ください
吸収合併などの組織再編が行われる場合、これを契機として、従業員の労働条件の変更が行われることも多々あります。
しかし、労働者にとって労働条件の変更(特に不利益な変更)は生活にも大きな影響を来すものであり、使用者側とのトラブルを生じさせるリスクがあります。
組織再編を行う場合には、特に労働者の労働条件や勤務環境の変化などにも注意が必要です。
M&Aや組織再編に伴う労働契約の承継などの人事労務問題についてお悩みがある場合には、ぜひ弁護士にもご相談ください。
弁護士法人ASKの弁護士相談・顧問契約をご希望の方はこちらまで