労働問題

私傷病による休職期間満了により自然退職させることの可否

医療関連データを基に行われた調査によると、平成30(2018)年から令和4(2022)年までの5年間で、適応障害と診断された患者数は約1.7倍にまで増加しているようです。
特に適応障害の患者数は年々増加傾向にあり、その背景には職場での不適応が一因にあるのではないかという指摘もあります。

適応障害については、うつ病と混同されることが多いですが、適応障害は、日常生活の中で、何かのストレスが原因となって心身のバランスが崩れ、社会生活に支障が生じるようになるものであり、原因が明確である点でうつ病とは異なります。
症状としては、情緒的な症状(抑うつ、不安、焦り、緊張、意欲の低下、イライラ、悲壮感、神経の過敏、思考力や集中力の低下)、身体的な症状(倦怠感、不眠、急に涙が出て止まらない、動悸、めまい、発汗、過呼吸、食欲不振、肩こり、頭痛)、行動的な症状(早退、遅刻、無断欠勤、対人関係の悪化、アルコールの多飲、暴食、無謀な運転、ひきこもり)などが挙げられますが、人によってさまざまです。

適応障害の対応においては、ストレス原因を取り除くことが最も重要ですが、ストレス原因の内容によって対処法も異なるため、慎重な検討が必要です。

さて、適応障害を発症して休職命令を受けていた従業員が、産業医から復職可能と判断された後も休職命令が続く中で、会社から休職期間満了による自然退職の通知を受けた事件がありました。

シャープNECディスプレイソリューションズほか事件(横浜地裁令和3.12.23判決)

事案の概要

Aさんの様子

Aさんは、平成26年4月、映像表示装置・ソリューションの開発、製造、販売等を目的とするB社に総合職正社員として入社し、製品輸出のための作業やデザインレビュー会議等への出席などの業務に従事していました。
Aさんの採用当時、Aさんのコミュニケーション能力は特に問題ないとされていましたが、B社に入社して間もない時期から、Aさんには無届残業などの上司の指示に反する言動や職場で度々涙を流してしまうなどの業務遂行能力の欠如、同僚・上司とも会話せずに独自のやり方に固執するなどのコミュニケーション能力の欠如などの様子が見られるようになりました。
B社は、Aさんと面談を行った産業医のアドバイスを受け、平成27年9月7日、Aさんの両親と面談を行い、両親からAさんに対して受診を働きかけることになりましたが、Aさんは拒否的な対応によって受診にはつながりませんでした。

Aさんの連れ出し

その後もAさんの状態は悪化していたところ、Aさんの父がB社に、メンタルクリニックの受診予約を取ったことを伝え、受診の前日にB社までAさんを車で迎えにいくことになりました。平成27年12月18日、B社は、Aさんを迎えに来た両親と産業医と交えて面談し、Aさんも同席しましたが、Aさんは自宅で療養に専念することに納得せず、社内の自席に戻って立ち上がることを拒みました。
そこで、B社の従業員2名は、Aさんの両脇を抱えるようにして移動させ、Aさんがパーティションにしがみついて拒んだところからは4人掛かりでAさんの四肢を抱え、両親の車に乗せました(本件連れ出し措置)。

診断の状況

Aさんは、本件連れ出し措置の翌日、メンタルクリニックを受診し、「適応障害」「現時点では労務の継続は困難な状態」との診断を受けました。
平成28年1月8日、Aさんが再び同メンタルクリニックを受診した際、医師はAさんの気持ちを尊重し、「適応障害」「改善傾向にあり、本人の復職の医師を確認したため、…復職が可能な状態である」との診断書を作成しましたが、これはB社の判断に委ねる趣旨で書かれたものでした。
Aさんは、年次有給休暇取得(平成28年1月28日以降)を経て、B社から、同年3月26日から平成29年7月25日までの間の私傷病休職を命じられました。

その後、B社は障害職業センターでAさんがリワークプログラムを受講するように準備し、同センターの職員の勧めにより、平成28年5月、Aさんが別のメンタルクリニックを受診したところ、医師は「適応障害」「復職可能な状態といえる」との診断書を作成しました。
Aさんは、平成28年8月から同年11月30日までリワークプログラムを受講し、診療クリニックに通院するようになりました。
平成29年3月6日、Aさんが障害職業センターのカウンセラーと同診療クリニックを受診した際、カウンセラーは医師Cに対して、B社の態度が変化し、B社におけるAさん向けのポジションへの復職を目指していることを伝え、一度は復職させたい意見を述べました。
そこで、B医師は、「能力発達に元々特性があり、業務に支障をきたす人」という記載とともに、Aさんが他部署への移動の可能性を受け入れていることを踏まえて、復職に適した業務内容の助言、業務時に理解が必要なAさんの特性、配慮事項の3項目からなる同月31日付の診療情報提供書(本件診療情報提供書)を作成しました。

B社の対応

ところが、B社は、社内では復職先として適した仕事が見つからないとして、Aさんに対して、グループ会社への障害者雇用ならば推薦するが、B社は退職になることを伝え、その後、B社内での復職を不可と判断した旨を通知しました。
平成29年6月、B社は、労働局からAさんの復職に向けての対応について助言を受けたことから、休職期間を約15か月延長し、平成30年10月までとしました。
平成29年7月28日、産業医はAさんと面談し、複数の診断書を総合的に考慮し、同日以降の職場腹筋を「可」、超過勤務は「否」、作業内容等に必要な配慮はC医師の診療情報提供書のとおりとの意見を述べました。

もっとも、その後もAさんの自宅待機は続き、休職期間満了が近づいた平成30年9月、B社はAさんに対し、C医師の診断書とB社が指定するQクリニックの医師の診断書の2つの提出を求めました。
これに対して、AさんがQクリニックの医師による「復職可能な状態にある」旨の診断書だけをB社に提出したところ、B社は、他の1名の医師の診断書を提出しないまま休職期間を徒過したとして、Aさんに対して自然退職した旨を通知しました(本件自然退職)。

B社の従業員就業規則

B社の従業員就業規則には、

  • 病気欠勤に関しては、届出と診断書の提出義務があること
  • 休職に関しては、原則として休職中は無給で、業務外の傷病で長期療養を要するときは休職が命じられること、毎月の診断書の提出義務、休職期間は欠勤開始から所定労働日数40 日後を始期として16か月、特別の事情があるときはさらに16か月内の延長がされ得ること
  • 復職に関しては、休職理由が消滅した者は復職させること、ただし、その際にB社の指定する医師の診断を受け、かつ、B社の許可を得ること
  • 休職期間が満了した者は自然退職とすること

がそれぞれ規定されていました。

訴えの提起

そこで、Aさんは、B社に対して、本件連れ出し措置がAさんの身体の自由及び人格を侵害する不法行為に当たるとして、慰謝料の支払いを求めるとともに、復職可能と診断を受けた平成28年5月には休職理由が消滅していたもので、同月時点でAさんを復職させる義務があったとして、雇用契約上の地位の確認と同年6月以降の賃金等の支払いを求める訴えを提起しました。

また、Aさんは、C医師に対して、B社の意を汲んでAさんが発達障害であるかのように誤導する診断をしたことが、診療契約上の債務不履行または不法行為に当たるとして、慰謝料の支払いを求める訴えを提起しました。

争点

本件の争点は、①本件連れ出し措置が不法行為に該当するか否か、②Aさんの休職理由消滅の有無・時期と本件自然退職が有効であるか否か、また、③本件診療情報提供書作成等にかかるC医師の債務不履行または不法行為に該当するか否かです。

本判決の要旨

争点①本件連れ出し措置の不法行為該当性について

裁判所は、Aさんが頻繁に泣いたり、上司に無断で長時間離席したり、職場とのコミュニケーションを避けたりする状況が続く中、Aさんの意思に反していたとはいえ、Aさんを診療内科に受診させるために帰宅させること自体に問題があったとは認められず、また、当時のAさんの状態からすれば、本件連れ出し措置はやむを得なかったものと認められることから、本件連れ出し措置が不法行為に該当すると評価することはできないと判断しました。

争点②Aさんの休職理由消滅の有無・時期と本件自然退職の有効性について

裁判所は、争点②について次のように検討し、B社が従業員就業規則に基づき平成30年10月31日付けでAさんを自然退職としたことは無効であり、Aさんは、B社に対し、雇用契約上従業員としての地位を有しており、平成29年8月分以降の賃金請求権が認められると判断しました。

判断枠組み

B社の従業員就業規則に定める私傷病休職及び自然退職の制度は、業務外の傷病によって長期の療養を要するときは休職を命じ、休職中に休職の理由が消滅した者は復職させるが、これが消滅しないまま休職期間が満了した者は自然退職とするというものであるから、私傷病による休職命令は、解雇の猶予が目的であり、復職の要件とされている「休職の理由が消滅した」とは、AさんとB社との労働契約における債務の本旨に従った履行の提供がある場合をいい、原則として、従前の職務を通常の程度に行える健康状態になった場合をいうものと解するのが相当である。
もっとも、職務を通常の程度に行える労働能力を欠くことは、いわゆる普通解雇の解雇理由ともなり得るところ、従業員が私傷病により休職したときに、その復職の要件である「従前の職務を通常の程度に行える健康状態」を、当該従業員が私傷病により労働能力を欠くことになる前のレベル以上の労働が提供できることになったことを意味するとし、私傷病発症前の職務遂行のレベル以上のものに至っていないことを理由に休職期間の満了により自然退職とすることは、いわゆる解雇権濫用法理の適用を受けることなく、休職期間満了による雇用契約の終了という法的効果を生じさせることになり、労働者の保護に欠けることになる。
したがって、ある傷病について発令された私傷病休職命令に係る休職期間が満了する時点で、当該傷病の症状は、私傷病発症前の職務遂行のレベルの労働を提供することに支障がない程度にまで軽快したものの、当該傷病とは別の事情により、他の通常の従業員を想定して設定した「従前の職務を通常の程度に行える健康状態」に至っていないようなときに、労働契約の債務の本旨に従った履行の提供ができないとして、休職期間の満了により自然退職とすることはできないと解される。

本件の検討

本件において、Aさんの休職理由はあくまで適応障害の症状、すなわち、B社における出来事に起因する主観的な苦悩と情緒障害の状態であり、人格構造や発達段階での特性に起因するコミュニケーション能力、社会性等の問題は、後者の特性の存在が前者の症状の発症に影響を与えることがあり得るとしても、相互に区別されるべき問題である。
B社の従業員就業規則に基づきAさんの復職が認められるための要件(休職の理由の消滅)としては、適応障害の症状のために生じていた従前の職務を通常の程度に行うことのできないような健康状態の悪化が解消したことで足りるものと解するのが相当である。
そして、主治医であるC医師が診断した平成29年4月24日頃には、Aさんの適応障害は寛解したものと認められるものの、B社におけるAさんの業務を知りうる立場にある産業医が、Aさんの復職を可能と判断したのが同年7月28日となっていることからすると、Aさんの休職理由となった、適応障害の症状のために生じていた従前の職務を通常の程度に行うことのできないような健康状態の悪化が解消したといえる時期は、同年7月28日であると認めるのが相当である。

よって、B社は、この産業医の診断が出た翌月の同年8月1日以降、従業員就業規則に基づき、Aさんを超過勤務に従事させず段階的に復職させるべきであった。

小括

したがって、B社が従業員就業規則に基づき平成30年10月31日付けでAさんを自然退職としたことは無効であり、Aさんは、B社に対し、雇用契約上従業員としての地位を有しており、平成29年8月分以降の賃金請求権が認められる。

争点③本件診療情報提供書作成等にかかるC医師の債務不履行または不法行為該当性について

裁判所は、C医師が平成29年7月10日付けの診療情報提供書に、傷病名「適応障害、能力発達に偏り?」、「それまでの経過、休職前の問題から発達障害を疑うが、本人が精査を拒否し検査はできておらず診断はされていない」と記載していることからみても、本件診療情報提供書の作成時点で、C医師がAさんを発達障害であると診断したとみることは困難であり、本件診療情報提供書作成等にかかるC医師の債務不履行または不法行為該当性は認められないと判断しました。

弁護士にご相談ください

私傷病休職は、従業員につき業務外の傷病が理由で労務に従事させることが不能又は不適当となった場合に、使用者がその従業員に対して労働契約を維持させながら労務への従事を免除又は禁止することをいい、会社が雇用契約で定めるべき事項です。
本件では、休職理由が「適応障害」であるところ、その復職可能性の判断に当たっては、「適応障害」の改善の程度などを考慮すべきであり、それとは異なる、適応障害の背景にある「本来的にもつ人格構造や発達段階での特性や傾向」に起因するコミュニケーションや社会性の問題(C医師が抱いたAさんのASD傾向といった事情)とは区別して判断をしなければならないと示されました。

たしかに、復職の判断に当たり、休職の理由となった事由とは異なる事由を捉えて「治癒に至っていない」といった判断を許せば、本判決が示すように解雇権濫用の法理を潜脱する結果となりかねません。

会社側としては、私傷病休職として休職命令を出したり、休職後復職の可否を判断したりする際には、従業員からの申出をそのまま受け入れるのではなく、産業医の意見はもちろん、診断書の提出、従業員、その関係者や家族、主治医等からの聴取など情報を集め、休職の要否や復職の可否を詳細に検討することが求められます。
私傷病休職の運用は会社側でイニシアチブを取りやすい制度であるため、まずは休職に関する規定をしっかり定めるとともに、関係者からの情報収集を徹底するなど、丁寧な対応をとることが重要です。

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