労働問題

上司への誹謗中傷と降格処分の有効性【セントラルインターナショナル事件】

職場における3大ハラスメントの一つとしてパワーハラスメントがあります。

労働施策総合促進法(労働施策の総合的な推進並びに労働者の雇用の安定及び職業生活の充実等に関する法律。通称「パワハラ防止法」)改正によって事業者がパワハラ防止措置を講ずることが義務化されました。

厚生労働省によれば、「パワハラ」とは、職場において行われる
①優越的な関係を背景とした言動であって
②業務上必要かつ相当な範囲を超えたものにより
③労働者の就業環境が害されるもの
であると定義されています。

この定義からするとパワハラは上司から部下に対して行われるものだ、とイメージされますが、実はそれだけではありません。
たとえば、部下が業務上必要な知識や豊富な経験を有しているため、その人の協力なしには業務を円滑に進めることが困難である場合や部下から集団による行為でこれに抵抗又は拒絶することが困難な場合なども「優越的な関係を背景とした言動」に当たります。

このような部下から上司に対して行われるパワハラは「逆パワハラ」と呼ばれています。
会社が逆パワハラを放置してしまうと、企業秩序が維持できなくなって、組織の健全な運営が阻害されたり、職場環境の悪化によって人材が流出してしまったり、上司の心身の健康が害されたりするおそれなどがあります。
そのため、会社としては、いわゆる上司から部下へのパワハラだけでなく、部下から上司への逆パワハラにも留意しなければなりません。

では、上司を誹謗中傷したり業務拒否などをする従業員を降格させることは許されるのでしょうか。

セントラルインターナショナル事件・東京高裁令和4.9.22判決

事案の概要

本件は、Y社と労働契約を締結しているXさんが、Y社がXさんに対して行った降格処分およびこれに伴う基本給の減額が無効であるなどと主張して、労働契約に基づき、減額前の賃金と差額月額の割合による未払い賃金等の支払いを求めるなどした事案です。

事実の経過

XさんとY社の雇用契約

Xさんは、物流アウトソーシングをメイン業務とする生産加工業務、マタニティ・ベビー市場のマーケティング等を行うY社との間で雇用契約を締結し、平成25年12月13日から、Y社の正社員としてメディア企画事業部(宣伝広報部)において稼働するようになりました。
Xさんの基本給月額は、平成27年3月31日までは21万円とされ、優秀社員表彰を受け次長職に就いた同年4月1日から平成28年7月1日までは35万円とされていました。

Xさんの抗議・不満

Xさんの上司であるA部長は、昼前に出勤することや早い時間に退社することが多かったため、Xさんは、A部長の勤務態度等につき、A部長本人やY社の役員(D専務)に抗議するなどしていました。
もっとも、特別改善などが見受けられず、Xさんは不満を募らせていきました。
このような中、A部長とXさんとの関係は悪化し、平成27年12月頃から、嘔吐、下痢、胃痛などの症状が出現しました。
そして、この頃のXさんは、A部長に対して人間不信を通り越して怒りで一杯の状態になっていました。

Xさん
Xさん

くそ、A部長のせいで体調が最悪だ

第1降格処分

Y社は、Xさんに対して、平成28年5月6日付「労働条件変更通知書」をもって、次長職を解き、営業職から事務職に配置転換をし、給与を28万円とするなど労働条件を変更すると通知し、同意書に捺印するように要求しました(第1降格処分)。

Xさん、事務職に配置転換ね

Y社
Y社

Xさんの代理人弁護士が、労働条件変更を受け入れない旨通知したところ、B社の代理人弁護士は「回答書」をもって、第1降格処分を撤回した旨の回答をしました。

Xさん
Xさん

いやですよ

わかりました。撤回します。

Y社
Y社

第2降格処分

その後、Y社はXさんに対して、平成28年7月7日付「通知書」をもって、就業規則23条2号、4号および15号、ならびに44条2号~5号、10号、15号及び16号に該当する10件の各事実(本件処分事由①~⑩)が認められるとして、Xさんを次長職から解き、始末書の提出を命じる旨の懲戒処分を行いました(第2降格処分)。

Xさん、就業規則違反で懲戒して、次長職を解任します。

Y社
Y社

そして、第2降格処分に伴うものとして、賃金が28万円に減給されました。

その後の対応

平成28年12月26日、Y社はXさんに対し、平成29年1月をもってXさんを解雇する旨を記載した解雇予告通知書を交付しました。
XさんはY社に対し、解雇予告通知は受け入れられない旨などを伝えました。

Xさん、解雇します。

Y社
Y社
Xさん
Xさん

冗談じゃない

平成29年1月12日頃、XさんはY社に対し、休職期間を同月16日から同年2月28日までとする休職届を提出しました。
そして、Xさんは労災保険給付の申請をしていたところ、平成30年9月25日、休業給付の支給決定さなされました。

また、平成29年1月24日、XさんはY社を相手方として労働審判を申立て、平成29年7月3日、XさんはY社に対して、雇用契約上の権利を有する地位にあることを相互に確認することなどの内容で調停が成立しました。

Xさん
Xさん

労働審判だ

わかりました。雇用関係を認めて調停しましょう。

Y社
Y社

訴えの提起

Xさんは、Y社に対し、①Y社がXさんに対して平成26年7月7日付で行った降格処分およびこれに伴う基本給の減額は無効であるなどと主張して、労働契約に基づき、同月16日から平成29年1月15日まで減額前の賃金との差額減額7万円の割合による未払い賃金42万円などの支払いを求め、②また、業務過重、上司との関係悪化、Y社がこれらを放置したことなどにより、平成29年1月16日から同年6月15日まで就業不能になったなどと主張して、Y社の安全配慮義務違反に基づき損害賠償の支払いを求め、③さらに、Y社がXさんの復職に関する団体交渉を拒否し、復職条件を提示せず、復職時期を平成29年10月16日まで引き延ばしたなどと主張して、損害賠償の支払いを求める訴えを提起しました。

争点

本件では、①差額賃金の請求の可否、②安全配慮義務違反に基づく損害賠償請求権の有無、③復職時期引き延ばしによる損害賠償請求権の有無が争点となりました。

裁判所の判断

争点①差額賃金の請求の可否について

一審判決(原審)の判断

一審判決は、本件処分事由は複数あるうえ、
・本件処分事由③(平成27年12月に上司を中傷するメールを得意先に送信した事実)はY社における部長職にある者の能力に疑義を生じさせかねないものであること
・本件処分事由④(平成28年3月~4月に取引先とのミーティング中に「新規開拓は部長の担当で、自分は関係ない」旨発言した事実)は、Y社の信用を損なう非違行為であるといえること
・本件処分事由⑥(平成27年12月に上司に対して「自分の保身のためにお仕事されるんですね」「最低な人間」などと申し向けて誹謗中傷した事実)にかかるメールの表現は、人格攻撃にわたっていること
などの諸事情に鑑みれば、Y社において、就業規則に規定された懲戒処分のうち、降格処分を選択したことについては、相当性を有すると判断していました。

本判決の判断

これに対して、本判決は、事実の存在を肯定することができる本件処分事由は複数あるところ、一審判決の判断のうち本件処分事由④を除いては、就業規則上の懲戒事由に該当すると判断しました。

Xさんの懲戒事由は認められますね

裁判所
裁判所

もっとも、
・Xさんは、平成27年12月頃には、Y社の業務に起因して遷延性抑うつ反応を発病していたところ、XさんはA部長の業務執行のあり方に不満を抱いており、業務の改善を繰り返して要望するなどしていたものの、同人らによって十分な対応がなされた事実は認められず、この反応の不備等が要因となってXさんの遷延性抑うつ反応が引き起こされたと認められること
・A部長、D専務が、Xさんが平成27年12月頃までにXさんの心身の異常やその原因となる事情について現に認識し又は認識し得る状況にあったことが、XさんとA部長又はD専務との間でやりとりされたメールの内容等から明らかであること
・本件処分事由⑦(平成28年2月に命じられたHメンバーズクラブの新規開拓を拒否した事実)及び⑩(平成28年2月に得意先の担当変更を伝えたところ激高して大声で騒いだ事実)に関する録音内容に照らせば、Y社において、平成28年7月に第2降格処分をする際、Xさんの心身の更なる異常等について認識し得たものというべきであること
などからすれば、「第2降格処分は、重きに失し、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められず、懲戒権を濫用したものとして無効であるというべきである」と判断しました。

裁判所
裁判所

第2降格処分は重すぎて、懲戒権の濫用です。

よって、第2降格処分は無効であり、これに伴うXさんの基本給の減額は効力を生じないため、賃金の未払分として42万円の支払いを求めるXさんの請求が認められました。

争点②安全配慮義務違反に基づく損害賠償請求権の有無について

本判決は、Xさんが、平成27年12月頃には、Y社の業務に起因して遷延性抑うつ反応を発病していたところ、これは、メディア企画事業部におけるG部長の業務執行の在り方、Xさんの業務上の要望に対するG部長やH専務の対応の不備等が要因となって引き起こされたものであることを指摘したうえで、「遅くとも平成27年10月頃までの時点において、Y社は、既に悪化していたXさんとG部長との関係、Xさんの業務内容等を改善するための具体的な対策を講じ、Xさんの精神疾患発症を防止する注意義務があったにもかかわらず、これを怠ったものというべきであり、Xさんの遷延性抑うつ反応の発病自体が、Y社の安全配慮義務違反によるものと認められる」。と判断しました。

また、「平成27年12月頃以降、現在も継続するXさんの医療機関への通院についても、Y社の安全配慮義務違反によるものと評価すべき」ものであると判断しました。

裁判所
裁判所

Xさんに対する安全配慮義務違反が認められます

争点③復職時期引き延ばしによる損害賠償請求権の有無について

一審判決(原審)の判断

一審判決は、「団体交渉の申入書に、団体交渉開催場所はY社が用意するよう記載され、場所について条件は特につけられていなかったことから、Y社は代理人弁護士の事務所の会議室を団体交渉開催場所として指定したところ、Xさん側(さいたまユニオン)が、同指定場所に拒否的態度をとり、そのため、団体交渉が早期に開催できなくなったことが認められる。」として、Y社の対応が不法行為ないし雇用契約上の労務の提供を違法い拒絶したものということはできず、復職時期引き延ばしによる損害賠償請求は認められないと判断していました。

本判決の判断

本判決は、第一審判決に加えて、「さいたまユニオンは、平成29年6月5日付け団体交渉申入書において、Xさんの復職を前提として、事前に復職についての希望及び条件(通勤・勤務時間、業務内容、給与等)につきY社と協議を行うことを申し入れるものであり、労働審判手続における調停成立後も、協議の対象となる事項について特段の変更があったとは認められないことからすれば、Y社が、団体交渉において復職条件を提示しようとしたことをもって、Xさんに対する不法行為又は労働契約上の労務提供の違法な拒否当たるということはできない」として、復職時期引き延ばしによる損害賠償請求は認められないと判断しました。

Y社が復職時期を引き延ばしたとは言えません

裁判所
裁判所

結論

裁判所は、以上の検討より、Aさんの請求のうち、第2降格処分に基づく減給が無効であることを前提とする未払賃金の請求とY社の安全配慮義務違反に基づく損害賠償請求についてのみ認められるとしました。

まとめ

本判決のポイント

本件は、上司の勤務態度等について不満を募らせ、上司や役員に対して抗議するなどしていたXさんに対して、Y社が就業規則に抵触する処分事由が認められたとして、Xさんを次長職から解き、始末書の提出を命ずる旨の懲戒処分を行ったところ、この降格処分に伴ってXさんの賃金も減給とされてしまったことから、XさんがY社に対して未払賃金等の支払いを求めるなどした事案でした。

裁判所は、Xさんが上司に対する誹謗中傷等を行ったことは、就業規則上の懲戒事由に該当するとしています。
もっとも、Xさんが遷延性抑うつ字反応を発症しており、この発症原因が、XさんがA部長の業務思考のあり方に不満を抱き、業務改善を繰り返し要望する等していたにもかかわらず、A部長らによって十分な対応がされなかったことにあること、A部長らがXさんの心身の異常や原因事情について認識し、認識し得る状況にあったことなどに照らして考えれば、第2降格処分は重きに失するとして、同処分が無効であると判断されています。

これまでの裁判例においても、精神的な不調によって欠勤などの業務に支障が出ている労働者に対して懲戒処分を行った事案において、使用者側において精神科医による健康診断を実施したうえで、その結果などに応じて必要な場合には治療をすすめて休職等の処分を検討し、その後の経過を観察するなどの対応を行うべきであり、そのような対応をすることなく懲戒処分を敢行することは、精神的な不調を抱える労働者に対する使用者の対応として適切であるとはいえないと判断されたものがあります。
精神的な不調の有無は非常にデリケートな問題であり、使用者として認識が難しいものではありますが、使用者側は必ずしも労働者からの申告がなかったとしても、労働者の心身の健康に注意を払う安全配慮義務があるため、日頃のストレスチェックや定期的な面談などを通じて、常に心身の健康状態の把握に努める必要があるといえます。

弁護士にもご相談ください

本件では、裁判所も認定するとおり、Xさんの言動等がY社の就業規則に抵触するものであり、懲戒処分事由に該当するものでした。
しかしながら、Xさんが遷延性抑うつ状態を発症していた事実を考慮したうえで、処分が重きに失し、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められず、懲戒権を濫用したものとして無効であると判断されています。

このように、たとえ労働者の言動等が社内就業規則に定める懲戒事由に該当するとしても、処分事由との間のバランスを欠いた懲戒処分をしてしまったり、懲戒処分に向けたステップを踏み誤ってしまったりすると、懲戒事由があるにもかかわらず懲戒処分が無効であるという帰結に陥ってしまうおそれがあります。

弁護士
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懲戒処分は処分の選択も慎重に検討する必要があります

従業員の懲戒処分を検討される際は、弁護士に相談し、慎重に手続を進めていくことがおすすめです。