法律コラム

会社経営者や役員が受傷したときは会社も休業損害・逸失利益を請求できる? 【企業損害】

高次脳機能障害」という言葉を聞いたことはあるでしょうか。
高次脳機能障害とは、病気や事故によって、注意、記憶、思考、判断といった人間ならではの高度な脳の動きの機能に障害が生じる状態のことをいいます。

高次脳機能障害の代表的な症状としては、
①記憶・記銘障害
→新しいことが覚えられない、最近のことが思い出せない、約束を忘れてしまうなど
②注意・集中力障害
→物事に注意を向けるや注意を持続させることが難しい、気が散りやすいなど
③遂行機能障害
→行動を計画して実行することができない、複数のことを同時に処理できないなど
④社会的行動障害
→感情や行動を抑制できない、気力が低下する、自己中心的になってしまう、衝動的になってしまうなど
があります。

高次脳機能障害の原因として最も多いものは脳卒中(脳梗塞、脳出血、くも膜下出血)ですが、この他にも交通事故や転落事故、スポーツ外傷などにより頭部を損傷し、高次脳機能障害を発症することがあります。
高次脳機能障害は、病気や事故によって、突如として認知障害、行動障害、人格障害などさまざまな症状が現れ、それまでは当然にできていたはずのことが急にできなくなってしまうなどの点で患者本人に対して非常な負担と苦痛を与えるため、周囲の理解とサポートが特に重要になります。

さて、そんな高次脳機能障害をめぐり、交通事故によって会社の代表取締役が高次脳機能障害等を負った場合に、会社も休業損害や逸失利益が認められるか否かが争われた事件がありました。

損害賠償請求事件・鹿児島地裁令和4.2.7判決

事案の概要

本件は、亡Cさんが運転する車とBさんが運転する車が衝突した自動車事故について、Cさんの相続人であるAさんらが、CさんのBさんに対する損害賠償請求権を相続するとともに、本件事故によって固有の損害を被ったと主張し、Bさんに対して、自賠法及び不法行為による損害賠償請求権に基づき、損害賠償金及び自賠責共済金等の支払いを求めた事案です。

事実の経過

交通事故の発生

平成26年8月12日、Cさんが運転する普通貨物自動車とBさんが運転する普通自動車との間で衝突事故が発生しました。
本件事故の発生には、Bさんの前方不注意という著しい過失がありました。

この事故によりCさんは右寛骨臼後壁骨折や左下腿裂創などの傷害を負い、手術や入通院を経ました。
その後、大学病院の医師は、Cさんの後遺障害について、症状固定日を平成27年3月24日として、高次脳機能障害等と診断し、意識障害、失語症、姿勢保持障害、左片麻痺により自立不能な状態にあり、身の回りの動作は全面的に介助が必要である旨の診断をしました。

本件会社の状況

本件事故当時、Cさんは電気工事業、消防施設工事業などを行う特例有限会社(本件会社)の代表取締役でした。
本件会社は、平成11年7月に設立され、発行済み株式総数60株のうち40株をCさんが、残り20株をAさんが有していました。
Cさんは、二種電気工事施工管理技士、第一種電気工事士、消防設備甲種、同乙種の資格を有していましたが、Aさんはこれらの資格を有しておらず、本件会社に他の従業員はいませんでした

Cさんの死亡

Cさんは、平成27年5月21日、肝不全のため死亡しました(本件事故とは無関係)。
Aさんらは、法定相続分により、亡CさんのBさんに対する債権を相続しました。

本件会社の解散

その後、本件会社は、平成30年8月に解散し、令和2年4月に清算結了しました。
清算結了の際、同時点における債権及び債務については、出資者に現物配当する旨の決議がなされ、同時点における出資者はAさん1名でした。

訴えの提起

Aさん及び子らは、Bさんに対して、亡CさんのBさんに対する損害賠償請求権を相続するとともに、本件事故によって固有の損害を被ったと主張して、自賠法及び不法行為による損害賠償請求権に基づき、損害賠償金及び自賠責共済金などの支払いを求める訴えを提起しました。
なお、Aさんは、本件訴えにおいて、Cさんだけでなく、本件会社にも休業損害および後遺障害逸失利益が発生していると主張し、本件会社については、本件事故後に解散されたことにより、株主であるAさんが現物配当を受けているとして、本件会社の休業損害及び後遺障害逸失利益の支払いを求めました

争点

本件では、①亡Cさんの過失の有無及び過失割合、②本件事故と亡Cさんの傷害・後遺障害との因果関係、③賠償すべき損害の発生及び額が争点となりました。

本判決の要旨

争点①亡Cさんの過失の有無及び過失割合について

Bさんは、亡Cさんにも前方不注視の過失があり、1割程度の過失相殺がされるべきであると主張する。
確かに、(…)亡Cさんにも一定の過失があったとみる余地がある。
しかしながら、Bさんは、本件交差点に進入する際、進行方向右側を見ており、Cさん車両を視認する妨げとなる事情があったとはうかがわれないのに、Cさん車両と衝突するまでその存在に気が付いておらず、急制動の措置を取ることもしていない。
本件事故について、Bさんには脇見運転をしていたという著しい過失があり、そのことを踏まえると、亡Cさんに一定の過失があったとみる余地があるとしても、本件事故について亡Cさんに帰責するのは相当ではなく、本件において過失相殺をするのは相当ではないというべきである。
Bさんの主張は採用することができない。

争点②本件事故と亡Cさんの傷害・後遺障害との因果関係について

亡Cさんの高次脳機能障害について、本件大学病院の医師の(…)意見が不合理であるとみるべき事情は見当たらず、また、手術に伴う院内感染の他に原因となるような病変や病巣の存在もうかがわれないので、亡Cの高次脳機能障害は、本件事故後の手術に伴いMRSAに院内感染したことを原因とするものであると認められる。
亡Cさんが本件事故によって負った右寛骨臼骨折は、骨頭壊死を考慮すると早急な手術を要する状態にあると診断される程度のものであり、本件大学病院において手術がされたのも当然の処置であったといえ、同手術に伴いMRSAに院内感染する危険性は、本件事故当時においても極めて低いものであったとは認められず、本件大学病院の院内感染対策に不備があったとうかがわせる具体的な事情もない。
そうすると、本件事故による上記骨折は、その治療の際にMRSAに院内感染する危険性を有するものであり、その危険が現実化して高次脳機能障害に至ったといえるから、本件事故と亡Cさんの後遺障害との間には因果関係があると認められる

争点③賠償すべき損害の発生及びその額について(Aさんの損害)

亡Cさんからの相続:2504万6720円
近親者慰謝料:200万円

前記各事実及び弁論の全趣旨によれば、Aさん固有の慰謝料として200万円と認めるのが相当である。

企業損害:1669万9640円

前記認定事実のとおり、本件会社はその設立時においても本件事故当時においても、社員(株主)は亡Cさん及びAさんであり、本店所在地は亡Cさん及びAさんの住所地と同一で、取締役は亡Cさんの親族により構成されていた。
本件会社は、電気工事業、消防施設工事業等を行っていたところ、工事に必要な資格を有していたのは亡Cさんであり、Aさんではなく、本件会社に他の従業員はいなかった。
これらの事実に照らせば、本件会社は小規模な家族経営の会社であり、その業務の中心を担っていたのは亡Cさんであって、亡Cさんが受傷し就労できなくなれば本件会社は事業活動を行うことができなくなるという関係にあったといえる。
したがって、本件事故によって本件会社が被った損害について、本件事故と相当因果関係にある損害であると認めるのが相当である。

(…)本件会社は、平成30年8月10日に解散し、令和2年4月17日に清算結了しており、その際、同時点における債権及び債務については、出資者に現物配当する旨決議され、同時点における出資者(株主)はAさん1名(60株)であった。
したがって、本件会社に帰属していたBさんに対する損害賠償請求権はAさんに帰属すると認めるのが相当である。

結論

裁判所は、以上の検討により、亡Cさんの損害だけでなく、Aさん固有の慰謝料、本件会社が本件事故により被った損害についても本件事故と相当因果関係がある損害であるとして、Bさんに対して、損害賠償金等の支払い義務があると判断しました。

ポイント

本件のまとめ

本件は、交通事故により受傷し、高次脳機能障害等が残存したが、症状固定後に事故とは無関係の原因によって死亡したCさんの妻Aさんらが、本件事故の相手方であるBさんに対して、自賠法及び不法行為による損害賠償請求権に基づき、損害賠償金等の支払いを求めた事案でした。
特に、本件では、Cさんの受傷により、Cさんが本件事故当時、代表取締役を務めていた本件会社が被った損害についても、本件事故と相当因果関係のある損害といえるか否かが問題となりました。

裁判所は、本件会社の本店所在地はCさんらの住所地と同一であり、取締役はCさんの親族により構成されていたこと、本件会社の事業に必要な資格を有していたのがCさんであり、他の従業員もいなかったことなどに照らし、本件会社が小規模な家族経営の会社であって、業務の中心を担っていたのがCさんであり、Cさんが受傷して就労できなくなれば、本件会社は事業活動を行うことができなくなる関係にあったことから、本件事故により本件会社が被った損害は本件事故と相当因果関係のある損害であるとしています。

これまでの判例において企業損害(事故と会社の利益の逸失との間の相当因果関係)が認められたケースにおいては、
会社の実権が代表者(被害者)個人に集中しており
同被害者に会社の機関としての代替性がなく
経済的に被害者と会社と一体をなす関係にある
ことが理由として挙げられており、本件も同様の判断枠組みによるものと考えられます。

弁護士にもご相談ください

国内には337.5万者(大企業と中小企業の合計)ありますが、そのうち小規模事業者1は285.3万者で84.5%を占めます。ほぼ個人事業主と同じような会社は国内に相当数存在しているのです。

会社の代表者が交通事故などによって損害を負い、休業した場合に会社が、休業中に得られたはずの売上や事業を維持するためにかかった臨時の費用など(いわゆる企業損害)を加害者に対して請求できないかが問題となることがあります。
上述のとおり、会社は加害者との関係では直接の被害者ではないため、企業損害が認められるケースは限られていますが、会社の運営状況等によっては認められる場合もあります。

また、会社が役員や従業員が受傷して休業していた期間に賃金を支払ったり、治療費を支払ったりした場合には、加害者に対して、会社の損害(反射損害)を請求することが考えられます。

弁護士
弁護士

小規模事業者の代表者の損害賠償請求は、 かなり考え方に差が出ます。専門の弁護士に相談することをオススメします。

このように、会社の役員や従業員が交通事故などにより受傷し、会社に損害が生じた場合には、損害の内容に応じて加害者に対して損害賠償請求をすることができる場合もあることから、企業損害や反射損害について少しでもお悩みがある場合には、弁護士に相談されることをおすすめします。

海外での従業員の交通事故と労災の関係についてはこちらの事例もご覧ください。

  1. 小規模企業
    製造業、建設業、運輸業その他の業種:従業者規模20人以下
    卸売業、小売業、サービス業:従業者規模5人以下
    ※宿泊業・娯楽業は、従業者規模20人以下 ↩︎