労働問題

リハビリ期間にも給料の支払いが必要?【ツキネコ事件】【判例解説】

文部科学省によると、令和4(2022)年度は、うつ病などの精神疾患で昨年度休職した公立学校の教員が、初めて6000人を上回り過去最多の人数となったようです。

また、同年の労働安全衛生調査(実態調査)をみても、過去1年間にメンタルヘルスの不調によって連続1か月以上休業した労働者又は退職した労働者がいた事業所の割合は、13.3%とされており、令和3(2021)年調査よりも増加傾向にあります。

深刻な人手不足によって、一人あたりの業務負荷が相対的に上がっていることが、メンタルヘルスの不調を招く一因にもなっていると考えられます。
一方で、休職した後の復職支援については、多くの事業所で十分に図られておらず、従業員も安心して休職という選択をとれないことから、更なる不調を招いてしまっている現実もあります。

このような心の病による休職に関しては、厚生労働省が「心の健康問題により休業した労働者の職場復帰支援の手引き」を公表しており、各事業所は参考にする必要があります。
同手引きによると、職場復帰に関しては「まずは元の職場への復帰」を原則とし、今後配置転換や異動が必要な場合であっても、まずは元の慣れた職場である程度ペースがつかめるまで業務負担を軽減しながら経過を観察し、その上で配置転換等を考慮した方がよい場合が多いと考えられる等と述べられています。

さて、そんな元の職場への復帰の原則に反して、他の職場への復職を命じられた従業員がこれに応じなかったところ、解雇されてしまった事件がありました。

ツキネコ事件・東京地裁令和3.10.27判決

事案の概要

Aさんは、平成5年2月、スタンプ台等の印判用品の販売、輸出入等を業とするB社に入社し、平成22年4月には取締役と企画・開発部長を兼務、平成25年1月以降は取締役開発部長として勤務し、平成26年11月26日、取締役を退任したものの、その後も従業員として開発部長を務めていました。

ところが、平成29年9月19日、AさんはC取締役工場長とトラブルになり、同月20日に抑うつ状態との診断を受けました。

もうAさんとはやっていけないよ!!

C工場長
C工場長
Aさん
Aさん

もういやだ。うつになってしまった…

その後、Aさんは、同日から有給休暇を取得してB社に出勤せず、同年11月15日から休職していました。

平成30年8月から平成31年3月25日までの間に、B社はAさんとの面談を合計21回行いました。その間、B社からA三に対して退職勧奨が行われました。

Aさん、別の会社に就職した方がいいですよ。再就職支援も検討しますよ。
会社に安全配慮義務があるから、きちんと治療が終わらないと復職は認めませんよ。うちで働くにはインク班しか場所がないけど、お互いしんどくなるかも知れませんよ。

B社
B社
Aさん
Aさん

時間を下さい…

平成31年3月19日、Aさんの主治医は、Aさんが同年4月1日からは復職が可能であるとの診断をしました。

B社は、Aさんに対し、令和元年5月8日、B社の工場インク班製造チームへの勤務を命ずる辞令を交付しました(本件復職命令)。同時に、B社は、平成29年のC取締役工場長とのトラブルに関して、就業規則に基づいて降職により開発部長の職を解く旨の懲戒処分を行いました。

Aさん、もう働けるみたいだから、工場インク班で復職してね。
あとCさんと揉めたので、開発部長からは降職ね。
ただ、働き方は状況に応じて考えますからね。

B社
B社

Aさんは、令和元年5月11日、事務職であれば労務提供をする旨の通知をB社に送りました。

Aさん
Aさん

工場はムリですが、事務職だったら働けます…

B社は、同年10月1日付で、Aさんに対して、復職命令後、約4か月にわたり無断欠勤を続けていることを理由として、同月31日をもって解雇する旨の通知を行いました。

そして、同月31日の経過により、Aさんは解雇されてしまいました。

Aさん、命令に反して復職しないのでクビです。

B社
B社

そこで、Aさんは、B社に対し、復職命令や解雇が無効である等と主張し、労働契約上の権利を有することの確認や賃金の支払い等を求める訴えを提起したという事案です。

争点

本件の争点は、①退職勧奨が違法か否か、②Aさんのリハビリ期間中に賃金等が発生するか否か、③本件復職命令後の未払い賃金が発生しているか否か、④本件解雇が有効か否かです。

本判決の要旨

①退職勧奨の違法性について

➣判断枠組み

使用者は労働者に対して基本的に自由に退職勧奨をすることができ、使用者のする退職勧奨は原則として不法行為に当たらないが、労働者の自由な意思形成を阻害したり、名誉感情を侵害したりした場合は、不法行為となると場合があると解される。

➣本件の検討

本件では、リハビリの経過を観察するほか、リハビリを通じて本人の適性を受け入れさせること、経営母体が変ったことを理解させることを目的として7ヶ月の間にAさんと21回面談を行い、その間、たびたびB社を退職して別の会社で働く選択肢があること、復職したら嫌なこともあると予想されるなどAさんに対して退職勧奨を行っていた。
しかし、Aさんは18回目の面談に至っても、もう少し時間がほしいと回答するなど、明示的に退職勧奨を拒絶したことはなく、B社もAさんの復職に応じない、やめさせるなどと明言したことはない。
これらの事情からすると、面談の回数・退職勧奨の回数はやや多いといえるものの、Aさんの自由な意思形成を阻害したとはいえず、名誉感情を害したともいえない。

➣結論

しがたって、退職勧奨は違法とは認められない。

違法な退職勧奨とは認められませんね

裁判所
裁判所

②リハビリ期間中の賃金発生の有無について

Aさんはリハビリ期間中傷病手当金を受領しているが、傷病手当金は「療養のため労務に復することができないとき」(健康保険法99条1項)に支給されるため、Aさんがこの手当を受給している以上は、リハビリ作業が債務の本旨に従った労務の提供があったとはいえない。
また、AさんとB社との間では、リハビリを経て復職となり、その時点で給与が発生することが話し合われており、リハビリ期間中は無給の合意がされている。
したがって、Aさんのリハビリ期間中の賃金は発生しない。

③復職命令後の未払い賃金の有無について

➣本件復職命令の適法性
Aさんの主治医の意見、Aさんとしてもリハビリ期間から本件復職命令までインク製造チームへの復職が耐えられないと申し出たことがないこと、B社もAさんの体調を配慮すると明言していることに加え、インク製造チームでも軽作業があることからすると、本件復職命令は医学的にも問題があり、Aさんに対する安全配慮義務を無視した違法なものであるとはいえない。

➣賃金発生の有無
Aさんは、本件復職命令が発せられたにもかかわらず、これに応じず、労務の提供をしなかった。
したがって、復職命令後の賃金債権は発生していない。

リハビリ期間中も復職命令後も未払い賃金は認められません

裁判所
裁判所

④本件解雇の有効性について

B社は、本件復職命令を発した後、出勤に応じないAさんに対し、3ヶ月にわたり出勤を求めたり、面談を呼び掛けたりしたにもかかわらず、Aさんは全く応答せず無断欠勤したため、1ヶ月の減給処分を行い、その後も出勤を求め、面談を求めているにもかかわらずAさんは全く応じなかった。
これらの事情に照らすと、本件解雇には客観的合理的な理由があり、社会通念上も相当といえる。
したがって、本件解雇は有効である。

解雇も有効です

裁判所
裁判所

解説

本件のポイント

本件では、退職勧奨や復職命令、解雇の適法性などが問題となりました。
しかし、この事案では、解雇に至るまで、B社がAさんと面談や出勤要請を何度も行い、減給の懲戒処分を挟んでさらに出勤要請や面談の機会を求めるなどのさまざまな手を尽くしたうえで、最終的に解雇に至ったことを踏まえて、有効であるとの判断がなされており、B社の対応は非常に参考になると考えられます。

また、リハビリ期間中の賃金が発生するか否かの点については、Aさんが同期間中に債務の本誌に従った労務の提供をしていたとは認められないこと、またB社との間で同期間中は無給であることが合意されていたことを理由として、Aさんに賃金請求権が認められないと判断されています。

会社が復職の可否を判断するにあたり、リハビリ出勤がなされることがありますが、後に当該リハビリ期間中の賃金請求権の有無が問題になることも多々あります。
本判決に照らして考えると、「債務の本旨に従った労務の提供」に該当するか否か、また、本人との間でリハビリ期間中は無給である旨の合意がなされていたか否かがポイントとなります。

弁護士
弁護士

この件は、会社側が慎重に慎重を重ねて最終的に解雇したと認められた事案です。会社の対応が評価されて解雇が有効とされた点が非常に参考になります。

弁護士にご相談を

冒頭でも述べたとおり、メンタルヘルスの不調によって休職をする従業員の数は増加傾向にあり、これからも心身の健康状態を理由として休職を余儀なくされる従業員はますます増えていく可能性があります。
従業員が復職する際には、リハビリ出勤の期間を設けることが通常であると考えられますが、このようなリハビリ出勤やリハビリ期間中の賃金の取り扱いについては、事前に就業規則に定めておくなどの運用を明らかにしておかないと後に紛争に発展するおそれがあります。
具体的にどのように就業規則を定めたらよいのかわからない、休職した従業員が復職するときの対応の方法がわからない、など従業員の休職や復職をめぐる問題に悩まれた場合にはぜひお気軽に弁護士にご相談ください。