労働問題

割増賃金は夜勤時間は実作業がなかったとしても発生するか?【宿泊を伴う勤務と割増賃金の関係性】【判例解説】

医労連・日本医療労働組合連合会が公表した2023年介護施設夜勤実態調査によると、介護施設の職場単位の集計において、2交替制勤務による夜勤(2交替夜勤)の職場は91.4%にのぼる一方、3交替制勤務による夜勤(3交替夜勤)の職場はわずか8.5%にとどまっています。

2交代夜勤の場合、2日分の労働を連続して行う長時間の夜勤の形態となり、その勤務時間は16時間にも及びます。

介護施設では、業態ごとに夜勤配置の要件が定められていますが、利用者数に応じて配置要件が定められているのは特養と短期入所に限られ、老健では最低限の人数しか定められていないため、結局は職員が複数階を掛け持ちしたり、実質的な1人夜勤が生じたりしている状況です。
このような夜間勤務が恒常的に続けば、夜勤職員の作業能力が低下するだけでなく、職員の心身の健康を害するおそれもあり、介護施設における人員配置や勤務形態の改善は喫緊の課題であるといえます。

さて、グループホームにおける夜間勤務をめぐり、割増賃金の支払いが問題となった事件がありました。

社会福祉法人A会事件・千葉地裁令和5.6.9判決

事案の概要

本件は、社会福祉法人A会の従業員として勤務していたBさんが、C法人に対して、労働基準法37条の割増賃金請求権に基づき、平成31年2月から令和2年11月までの夜勤時間帯の就労にかかる未払割増賃金合計および労働基準法114条所定の賦課金と遅延損害金の支払いを求めた事案です。

労働基準法第37条
使用者が、第三十三条又は前条第一項の規定により労働時間を延長し、又は休日に労働させた場合においては、その時間又はその日の労働については、通常の労働時間又は労働日の賃金の計算額の二割五分以上五割以下の範囲内でそれぞれ政令で定める率以上の率で計算した割増賃金を支払わなければならない。ただし、当該延長して労働させた時間が一箇月について六十時間を超えた場合においては、その超えた時間の労働については、通常の労働時間の賃金の計算額の五割以上の率で計算した割増賃金を支払わなければならない。
2 (略)

労働基準法

事実の経過

BさんとC法人の雇用契約

Bさんは、平成14年7月、複数の福祉サービス事業所を運営しているC法人との間で期間の定めのない雇用契約を締結し、C法人の4か所のグループホームにおいて入居者の生活支援を行っていました。

Bさんの勤務形態

Bさんの勤務形態は、午後3時から午後9時まで勤務し、そのままグループホームにおいて宿泊し、翌日の午前6時から午前10時まで勤務するというものでした。

Bさんの業務内容

Bさんの日中における業務の主な内容は、入居者が外部通所施設から帰所したときの出迎え、入浴介助、洗濯、入居者の部屋の片づけ、食事支援、就寝支援、朝食準備、清掃、外部通所施設への送り出し、日用品等の書類作成、入居者家族との連絡でした。

また、C法人では、夜勤時間帯に行われた業務の内容等について、夜勤を担当した生活支援員が翌朝の勤務終了時に所定の夜間支援記録に記載する運用となっていたところ、Bさんに関する夜勤の記録では、「安全管理」「見回り」「居室チェック」の定型文言にチェックされていることがほとんどでした。

もっとも、特記事項としてグループホームHで2日連続での台風対応や空調タイマー操作(15回程度)の記載やグループホームJで複数の入居者の頻繁な深夜または未明の起床への対応の記載がありました。

Bさんによる未払賃金の請求と訴えの提起

Bさんは、令和3年2月19日付の内容証明郵便により、C法人に対し、夜勤時間帯の就労にかかる未払割増賃金請求にかかる催告をしました。

Bさん
Bさん

夜間時間帯の未払い割増賃金を支払ってください

これに対して、C法人は、令和3年8月6日付の解雇通知書によりBさんを懲戒解雇したため、Bさんはその効力を争うとともに、C法人に対して、平成31年2月から令和2年11月までの夜勤時間帯の就労にかかる未払割増賃金等の支払いを求める訴え(本件訴え)を提起しました。

Bさん、解雇ね

C法人
C法人
Bさん
Bさん

訴訟します!


なお、Bさんは、その後、同月24日付の退職願をC法人に提出し、同月31日をもって退職しました。

争点

本件では、①夜勤時間帯が全体として労働時間に該当するか否か、また、②割増賃金の基礎となる賃金単価はいくらとなるかが争点となりました。

本判決の要旨

争点①夜勤時間帯が全体として労働時間に該当するか否か

判断枠組み

労基法32条の労働時間とは、労働者が使用者の指揮命令下に置かれている時間をいい、上記の労働時間に該当するか否かは、労働者の行為が使用者の指揮命令下に置かれたものと評価することができるか否かにより客観的に定まるものであるから、労働者が実作業に従事していない時間であっても労働からの解放が保障されていない場合には労基法32条の労働時間に当たる
そして、実作業に従事していない時間であっても労働契約上の役務の提供が義務付けられていると評価される場合には、労働からの解放が保障されているとはいえず、労働者は使用者の指揮命令下に置かれているというのが相当である。(最高裁平成7年(オ)第2029号同12年3月9日第一小法廷判決・三菱重工業長崎造船所事件、最高裁平成9年(オ)第608号・第609号同14年2月28日第一小法廷判決・大星ビル管理事件参照)。

本件の検討

前記の認定事実によれば、C法人の運営するグループホームにおいては、その性質上、毎日、午後9時から翌朝6時までの夜勤時間帯にも生活支援員が駐在する強い必要性があり、各施設につき1人の生活支援員が宿泊して勤務していたこと、入居者の多くは、知的障害を有し、中にはその程度が重い者や強度の行動障害を伴う者も含まれていたこと、特にグループホームJにおいては複数の入居者が頻繁に深夜又は未明に起床して行動し、その都度生活支援員が対応していたこと、Bさんは生活支援員としてJほか3か所のグループホームで勤務してきたことが認められる。
以上によれば、Bさんが夜勤時間帯に生活支援員としてグループホームに宿泊していた時間は、実作業に従事していない時間を含めて、労働契約上の役務の提供が義務付けられていると評価することができるから、労働からの解放が保障されているとはいえず、使用者であるC法人の指揮命令下に置かれていたものと認められる。

裁判所
裁判所

夜間時間帯の宿泊時間も、実質的には労働から解放されていたとはいえないので、C法人の指揮命令下に置かれていたものと認めます。

小括

よって、夜勤時間帯は全体として労働時間に該当する。

争点②割増賃金の基礎となる賃金単価はいくらとなるか

割増賃金の基礎額

労基法37条の割増賃金は、「通常の労働時間又は労働日の賃金」を基礎にして計算されるところ、前記前提事実のとおり、本件雇用契約においては、基本給のほかに、1日当たり6000円の「夜勤手当」が支給されていたほか、基本給の6%に相当する夜間支援手当が支給されていたことが認められ、これによれば、本件雇用契約においては、夜勤時間帯については実労働が1時間以内であったときは夜勤手当以外の賃金を支給しないことが就業規則及び給与規程の定めにより労働契約の内容となっていたものと認められる。
そして、このように1回の泊まり勤務についての賃金が夜勤手当であるとされていたことに照らすと、夜勤手当の6000円は、夜勤時間帯から休憩時間1時間を控除した8時間の労働の対価として支出されることになるので、その間の労働に係る割増賃金を計算するときには、夜勤手当の支給額として約定された6000円が基礎となるものと解される。
したがって、C法人における夜勤時間帯の割増賃金算定の基礎となる賃金単価は、750円であると認めるのが相当である。

裁判所
裁判所

夜間時間帯の割増賃金の単価は、「夜勤手当」を8時間の労働で割った750円とするのが相当です。

Bさんの主張に対して

これに対しBさんは、Bさんの勤務は、泊まり勤務の後に午前10時まで勤務することを基本としていたが、Bさんが更に続けて勤務したときは、その超過時間数に応じ、給与明細書に記載された時間数に応じた「時間外手当」が支給され、その時間数及び額によれば、Bさんの割増賃金算定の基礎となる賃金単価は、そのときの基本給の額に応じて1528円、1540円又は1560円となると主張する。
しかしながら、夜勤時間帯が全体として労働時間に該当するとしても、労働密度の程度にかかわらず、日中勤務と同じ賃金単価で計算することが妥当であるとは解されない。
労基法37条が時間外、休日又は深夜の労働について使用者に割増賃金の支払を義務付けている趣旨は、これによって、時間外労働等を抑制し、もって労働時間に関する同法の規定を遵守させるとともに、労働者への補償を行おうとすることにあるものと解されるが、日中勤務と比べて労働密度の薄い夜勤時間帯の勤務について、契約において特に労働の対価が合意されているような場合においては、割増賃金算定の基礎となる賃金単価について前記のように解することが労基法37条の上記の趣旨に直ちに反するものとは解されない。

夜間時間帯は日中勤務に比べて労働密度が薄いので、日中勤務と同じ賃金単価で計算することが妥当とはいえません。

裁判所
裁判所
小括

以上によれば、C法人における夜勤時間帯の割増賃金算定の基礎となる賃金単価は、750円となる。
なお、最低賃金に係る法規制は全ての労働時間に対し時間当たりの最低賃金額以上の賃金を支払うことを義務付けるものではないから、泊まり勤務に係る単位時間当たりの賃金額が最低賃金を下回るとしても、直ちに泊まり勤務の賃金額に係る合意の効力が否定されるものとは解されない。

最低賃金法はすべての労働時間に対し時間あたりの最低賃金額以上の賃金を支払うことを義務付ける者ではありません

裁判所
裁判所

結論

よって、Bさんは、合計69万5625円の割増賃金権および同額の付加金の請求権が認められると判断されました。

解説

本件のおさらい

➣ポイント①実作業に従事していない場合も労働時間に該当し得ること

本件において、Bさんは、夜勤時間帯の就労にかかる未払割増賃金等の支払いを求めていたことから、まず前提として、夜勤の労働時間該当性が問題となりました。

C法人は、グループホームにおいて夜間勤務時間帯にC法人が指示し、生活支援員が具体的に行うべき業務はほとんど存在せず、また、C法人は夜勤時間帯の労働時間を1時間に限定し、Bさんもこれを理解していたことなどから、労働時間に該当しないと主張していました。

もっとも、裁判所は、これまでの最高裁判例も参照しつつ、「実作業に従事していない時間であっても労働契約上の役務の提供が義務付けられていると評価される場合には、労働からの解放が保障されているとはいえず、労働者は使用者の指揮命令下に置かれている」ものとして、労働時間に該当すると判断しています。

したがって、たとえば夜間勤務時間帯における不活動仮眠時間のように、労働者が実際に作業に従事していない場合であっても、当該時間帯において労働契約上の役務の提供が義務付けられていると評価されるような場合には、労働者は、なお使用者の指揮命令下に置かれているものとして、労働基準法にいう「労働時間」にあたると判断される可能性があります。

弁護士
弁護士

労働時間に当たるかどうかは、使用者の指揮命令下に置かれているといえるかどうかがポイントです。

➣ポイント②割増賃金算定基礎が夜勤手当の額に求められていること

本件では、Bさんの夜間勤務時間が労働基準法上の労働時間として認められたため、割増賃金の算定基礎額がいくらとなるかが問題となりました。
Bさんは、割増賃金算定の基礎となる賃金単価は、基本給に応じるべきであると主張していました。

もっとも、裁判所は、BさんとC法人との間の雇用契約において、夜勤時間帯について実労働が1時間以内であったときは夜勤手当以外の賃金を支給しないことが定められていたこと、労働密度の程度にかかわらず、日中勤務と同じ賃金単価で計算することは妥当とはいえないことなどを指摘し、割増賃金算定基礎を夜勤手当の額に求めています。
したがって、労働契約の内容(就業規則などの定め方)次第では、割増賃金の算定基礎が基本給ではなく、約定の夜勤手当となる可能性もあります。

弁護士
弁護士

1日の勤務のうち、労働密度の違いによって賃金単価が違ってもよいと認めたことになります。

弁護士にご相談を

近年、不活動仮眠時間や待機時間などの労働者が実作業に従事していない時間帯が、労働基準法32条にいう「労働時間」に該当するか否かが争われるケースが増えています。

会社側からみれば、従業員が現に作業を行っていなければ、会社の指揮命令の下にあるとはいえないであろう、と言いたいところかもしれません。
しかし、労働時間に当たるか否かは、“労働者が実際に作業をしているかどうか”ではなく、“当該時間においても労働契約上の役務の提供が義務付けられていると評価されるかどうか”、すなわち労働者が労働から解放されているかどうかがメルクマールとなります。

結局は、当該時間における労働者の状況や所在場所などを総合的に検討した上で判断せざるを得ないため、それぞれ事案ごとの判断とはなってしまいますが、安易に「待機」などを命じてしまったなどの場合には、割増賃金を請求されるおそれもあります。

また、割増賃金の算定基礎額について、本判決は労働契約の内容に照らして、夜勤手当の額に求めていますが、従来の裁判例では基本給に求めたものもあり、就業規則や賃金規程等の定め方によっても、割増賃金の額が大きく変わってくることになります。

労働時間性や割増賃金請求権などについてお悩みがある場合には、ぜひ弁護士にご相談ください。