労働問題

【判例解説】死亡により退職した社員に賞与は支払われない?【死亡退職による賞与不支給と支給日在籍要件の有効性】

多くの人にとって楽しみな賞与(ボーナス)。
賞与とは、定期の給与とは別に支払われる給与等で、賞与、ボーナス、夏期手当、年末手当、期末手当等の名目で支給されるものその他これらに類するものをいうとされています。
法律上は、会社が賞与を支払わなければならない義務を負うものではなく、就業規則等に定めることによって支払義務が生じます。
一般的には年2回支払われることが多いですが、支払時期や回数などについて法的な定めはありません。
では、賞与は支給するけれども、「賞与支給日に在籍する従業員」に限って賞与を支給する旨の要件を設けることは許されるのでしょうか。
そんな賞与と在籍要件をめぐって争いが生じた事件がありました。

医療法人佐藤循環器内科事件・松山地裁令和4.11.2判決

事案の概要

本件は、Aさんの子Bさんが、C医療法人循環器内科(C法人)に正職員として雇用され、C法人の運営する施設に勤務していたところ、令和元年の夏季賞与支給日の20日前に病死し、C法人を退職したため、当該夏季賞与の支払いがなされなかったことについて、Bさんの相続人であるAさんが、C法人に対し、未払夏季賞与の支払いを求めた事案です。

事実の経過

Bさんの勤務状況

Bさんは、診療所や有料老人ホーム等を運営するC法人に正職員として雇用され、C法人の運営する有料老人ホーム等で勤務していました。

C法人の賃金規程

C法人の賃金規程には、
医院は、毎年夏季(考課対象期間:10/16~4/15)及び冬季(考課対象期間:4/16~10/15)の賞与支給日に在籍する従業員に対し、委員の業績、従業員の勤務成績等を勘案して支給する。

という定めがありました(支給日在籍要件)。

C法人の賞与支給に関する運用

C法人においては、賞与の支給の有無と金額をC法人理事長の査定を経て決定し、夏季賞与の査定は毎年6月10日頃から同月16日頃に行われていました。

また、C法人では、毎年12月に、その年の冬季賞与の支給額と内訳を記載したC法人理事長名義の書面がC法人の従業員に交付されるところ、同書面において、翌年の夏季賞与の見込み額が記載されており、その見込み額は基本的に翌年の月額基本給の1.5倍の金額に固定されていました(本件運用)。
そして、C法人における夏季賞与の支給額は、前年の12月に通知された見込み額に増減を加えるべき事情がない限り、見込み額のとおりに決定されており、過去にC法人の業績を原因として見込み額と異なる金額の夏季賞与が支給されてことはありませんでした。

Bさんの死亡

Bさんは、令和元年の夏季賞与の考課対象期間である平成30年10月16日から翌年4月15日までの間、C法人において継続して勤務していました。
C法人は、平成30年12月、Bさんに対し、本件運用に従って本件夏季賞与の見込み額を通知していました。
しかし、Bさんは、急性骨髄性白血病にり患し、令和元年6月9日に腸管穿孔によって亡くなり、C法人を退職しました。

夏季賞与の支給

本件夏季賞与にかかるC法人理事長の査定は、Bさんの死亡後である令和元年6月20日に所定の手順通り行われ、同月28日に本件夏季賞与の支給日を迎えました。
もっとも、Bさんについては、本件夏季賞与が支払われませんでした。

訴えの提起

そこで、Bさんの相続人であるAさんは、C法人に対して、未払いとなっている本件夏季賞与の支払いを求める訴えを提起しました。

争点

本件では、主に、Bさんが死亡した時点において、本件夏季賞与にかかる賞与支払請求権が発生していたといえるか否かが争点となりました。

本判決の要旨

①賞与支払請求権の発生要件について

判断枠組み

一般に、賞与は、その時々の経済状況や業績等によって支給額が変動し得るものであり、支給対象期間の勤務に対応する賃金の後払いとしての性格を有すると共に、功労報償的な意味合いや、将来の貢献を期待する勤労奨励的な性格も併せ持つものであると解するのが相当である。また、賞与は、あらかじめ支給額が定められておらず、具体的な算定方式や支給額の決定に当たっては、勤続年数、職種、出勤年数等の客観的要素のほか、勤務実績、人事考課等の使用者の評価も考慮されることが多いものと解される。
そうすると、賞与の支払請求権が認められるためには、当該賞与の支給額が、使用者の決定等を経て具体的に確定したものと評価することができることを要するというべきである。

C法人における賞与の性質

C法人における賞与は、本件規程に根拠を持つ金銭給付であるところ、本件規程は、賞与は、毎年夏季及び冬季の賞与支給日に在籍する従業員に対し、医院の業績、従業員の勤務成績等を勘案して支給すること、経営状況の著しい悪化、その他止むを得ない事由がある場合には、支給日を変更するか、又は支給しないことがあることなどを定めている。
このような定めに照らすと、C法人における賞与は、査定の過程を経て、C法人の経営状況等を含む諸般の事情を踏まえて支給の可否及びその額が確定されるものであって、一般に賞与が有するとされる複合的な性格、すなわち、賃金の後払いとしての性格に加えて、功労報償的な意味合いや、将来の貢献を期待する勤労奨励的な性格も併せ持つものであると解される。

Bさんの賞与が具体的に確定していたか

➤C法人における賞与の運用
本件規程によれば、C法人理事長の査定を経て賞与の支給の可否や支給額が定まる建前にはなっているものの、C法人において、夏季賞与額は、原則として、その支給される年の基本給1か月分の額に1.5を乗じた額にて算定される取扱いが定着しており、このように算定された夏季賞与の支給見込み額は、前年の12月に従業員にC法人理事長名にて通知される運用(本件運用)とされ、考課対象期間に産休や育休などで長期欠勤していた等の事情で当該通知額と実際の支給額とに差異が生じることはあったものの、業績を原因としてその金額が変動したことはなかったと認められる。
また、考課対象期間満了後、賞与の支給前に予定されているC法人理事長の支給決定手続は、考課対象期間中における当該従業員の勤務実績や人事考課等に関する評価といった実質を伴うものではなく、むしろ支払のための形式的な事務手続としての側面が大きかったものと考えるのが合理的である。

➤賞与の具体的な確定
これらによれば、考課対象期間中にC法人に在籍し、かつその期間中、長期欠勤などの夏季賞与の支給額が上記通知額を下回るような事情の存しない従業員の夏季賞与の支給額は、当該考課対象期間満了日の経過をもって、具体的に確定したと評価されるものと認められる。

➤小括
Bさんは、本件夏季賞与にかかる考課対象期間中、C法人において継続して勤務しており、Bさんに長期欠勤などの本件夏季賞与の支給額が前年の通知額を下回るような事情は存しないから、本件夏季賞与の支給額は、本件夏季賞与の考課対象期間満了日である平成31年4月15日の経過をもって、具体的に確定したものと認められる

②本件支給日在籍要件の効力

支給日在籍要件の合理性

賞与は、毎月1回以上の期日に支払われる月例給与に加えて支給されるものであり、使用者は、賞与を支給する義務を当然に負うものではないから、賞与についていかなる支給基準を設けるかは個別の労働契約等によることとなり、賞与の受給資格のある者の範囲を明確な基準で定めることの必要性を一般に否定することはできない。
また、C法人における賞与は、賃金の後払いとしての性格、功労報償的な意味合いのみならず、将来の貢献を期待する勤労奨励的な性格も併せ持つものであると解されることから、考課対象期間より後の在籍の有無を考慮することも認められる。
これらに加えて、支給日在籍要件によって、賞与の支給要件が明確な基準で定められることにより、労働者は、自らが予定ないし企図する退職時期と賞与の支給予定日とを比較対照することで、自らが賞与の支給対象となるか否かを予測することができ、労働者に不測の損害が生じることを避けることができるという利点があることも考慮すれば、支給日在籍要件には合理性が認められ、この点について当事者に争いはない。

支給日在籍要件の射程

もっとも、本件のような病死による退職は、整理解雇のように使用者側の事情による退職ではないものの、定年退職や任意退職とは異なり、労働者は、その退職時期を事前に予測したり、自己の意思で選択したりすることはできない。
このような場合にも支給日在籍要件を機械的に適用すれば、労働者に不測の損害が生じ得ることになる。
また、病死による退職は、懲戒解雇などとは異なり、功労報償の必要性を減じられてもやむを得ないような労働者の責めに帰すべき理由による退職ではないから、上記のような不測の損害を労働者に甘受させることは相当ではない。
そして、賞与の有する賃金の後払いとしての性格や功労報償的な意味合いを踏まえると、労働者が考課対象期間の満了後に病死で退職するに至った場合、労働者は、一般に、考課対象期間満了前に病死した場合に比して、賞与の支給を受けることに対する強い期待を有しているものと考えるのが相当である。

Bさんの賞与支給に対する期待の程度

本件においては、Bさんが、本件夏季賞与に係る考課対象期間中、長期欠勤等なく稼働することによって、本件夏季賞与の支給額は、上記考課対象期間満了日の経過をもって既に具体的に確定していたものと評価される状態にあったのであるから、Bさんの本件夏季賞与の支給を受けることに対する期待は、単なる主観的な期待感の類いのものではなく、法的な保護に値し得るだけの高い具体性を備えたものであったといえる
また、Bさんが病死によりC法人を退職したのが本件夏季賞与の支給日の20日前であったという事情も考慮すれば、本件夏季賞与について、本件支給日在籍要件を機械的に適用して、本件夏季賞与に係る賞与支払請求権の発生を否定することは、Bさんにとって、あまりに酷であるといわざるを得ない

まとめ

以上のことを考慮すると、Bさんに対する本件夏季賞与についての本件支給日在籍要件の適用は、民法90条(平成29年法律第44号による改正前のもの)により排除されるべきであり、Bさんが本件夏季賞与の支給日においてC法人に在籍していなかったことは、本件夏季賞与に係る賞与支払請求権の発生を妨げるものではないと認められる

結論

以上によれば、Bさんにつき、Bさんの死亡した時点において、本件夏季賞与に係る賞与支払請求権が発生していたと認めることができる

よって、Aさんの請求は認められると判断されました。

解説

問題の所在

本件は、夏季賞与の考課対象期間満了日を経過して勤務していたBさんが、査定前、かつ、支給日前に死亡退職となったところ、Bさんが勤務していたC法人の賞与支給要件には、支給日在籍要件が定められていたことから、Bさんの死亡時において、本件夏季賞与にかかる賞与支払請求権が発生していたといえるか否かがが問題となりました。

本判決のポイント

まず、本判決は、①賞与の支払請求権の発生について、これが認められるためには、当該賞与の支給額が、使用者の決定等を経て具体的に確定したものと評価することができることを要するとしたうえで、Bさんは、本件夏季賞与にかかる考課対象期間中、C法人に在籍して継続的に勤務しており、長期欠勤などの本件夏季賞与の支給額が前年の通知額を下回るような事情は存しないことなどを挙げ、Bさんの本件夏季賞与支払請求権は具体的に確定したものと評価されると判断しています。

また、本判決は、②支給日在籍要件の効力については、その合理性を認めた上で、病死による退職のような場合にも機械的に支給日在籍要件を適用することは、労働者に不足の損害を生じさせ得るものであることなどを指摘し、考課対象期間の満了後に病死退職するに至った場合は、考課対象期間満了前に病死した場合に比べて、賞与の支給を受けることに対する強い期待を有していると考えるのが相当であるとして、Bさんに対する本件支給日在籍要件の適用を民法90条(公序良俗)により排除しました。

この結果、Bさんについては、死亡時において本件夏季賞与に係る賞与支払請求権が発生していたと認められ、Bさんの相続人であるAさんのC法人に対する請求が認められました。

弁護士へのご相談を

本判決はBさんとの関係における事例判断ではあるものの、査定前であっても具体的な賞与額を確定することができることを具体的に示した点や死亡退職などの労働者にとって事前に予測したり自己の意思で選択したりできない事情により退職した場合には支給日在籍要件の適用が否定され得る余地があることを示した点において注目されています。
本判決に照らして考えると、仮に支給日在籍要件について合理性が認められたとしても、場合によっては、この要件を機械的に運用することが公序良俗に反すると判断されることもあります。

この機会に賞与を含む賃金規程について改めて見直し、現状の定めに何らかの問題はないか、また、規程の運用上どのようなリスクが考えられ得るかなどについて弁護士に相談してみることもおすすめです。