SNS上の投稿を理由に懲戒解雇することはできる?【懲戒解雇の有効性】【判例解説】
近年、SNS上の発信により収拾のつかない「炎上」に発展するケースが増えています。
たとえば、顧客情報の流出や内部情報の漏洩、バイトテロによる問題動画の拡散、内部告発や法律違反、倫理違反、差別的な表現や言動など、炎上を巻き起こす原因はさまざまです。
SNSは誰でも簡単にアクセスし、投稿することができるため、表現の場・表現のツールとしてはとても有効なものですが、一方で特に音声や動画などは、それを目にした人に与えるインパクトや影響も大きい上に、すぐに拡散することもできてしまうため、安易な投稿が大きな炎上にまで発展してしまうのです。
会社としても自社の従業員の投稿によるSNS炎上を防止するため、社内研修を行ったり、就業規則に厳格なルールを設けたりするなど対策を講じていますが、バイトテロによる問題行動などは後を絶ちません。
昨今のSNSをめぐるトラブルは場合によっては組織の生命線すら脅かす重大な問題であり、真剣に取り組まなければならない課題の一つといえます。
さて、そんなSNS上の投稿などをめぐり、懲戒解雇されてしまった教授が、大学側を訴えた事件がありました。
学校法人札幌国際大学事件・札幌地裁令和5.2.16判決
事案の概要
本件は、B法人で勤務していたAさんが、SNS上での投稿を理由などにより懲戒解雇されてしまったことに関して、本件懲戒解雇が無効であり、不法行為にも該当するなどと主張し、雇用契約上の権利を有する地位にあることの確認を求めるとともに、解雇後の賃金や慰謝料の支払支払いなどを求めた事案です。
事実の経過
Aさんの勤務状況
Aさんは、平成19年4月、札幌国際大学等を設置、運営する学校法人であるB法人との間で無期雇用契約を締結しました。
以後、Aさんは常勤の大学教授として札幌国際大学の講義を担当していました。
B法人理事会におけるF学長の指摘
札幌国際大学のF学長は、令和元年7月、8月のB法人の理事会において、札幌国際大学の外国人留学生の約4割が文部科学省および出入国在留管理庁が求める日本語能力レベルに達していないこと、文部科学省へ報告する札幌国際大学の定員充足率には、このような留学生が含まれるため、監督官庁から補助金等の不正受給とみられないか懸念があることなどの指摘をしました。
この大学には問題点があります!
F学長による書面の交付
F学長の任期は令和2年3月末であったところ、令和元年12月23日、B法人はF学長を学長として再任しない旨の方針を示しました。
F学長の再任はしないことにします
F学長は、令和2年1月16日、B法人の外部理事であるH外部理事を訪問し、同理事宛ての書面一式を手交しました。
外部理事さん、この大学の問題点を理解してください!
Aさんは、F学長がこれらの書面一式をH理事に交付する際、F学長に同行していました。
私も同行します
B法人理事会の決定
B法人の理事会は、令和2年3月26日、F学長が上記の言動により、理事会を著しく混乱させ、予定した議案の審議を不能にしたなどとの理由により、F学長への退職慰労金支給を見送ることを決定しました。
F学長の退職慰労金の支払いは見送ります!
記者会見の実施
F学長は、令和2年3月31日、北海道庁内の道政記者クラブにおいて、札幌国際大学の外国人留学性が留学資格として求められる日本語能力を満たしていないことについて、記者会見を行いました。この記者会見を受け、複数の報道機関が、「札幌国際大学が外国人留学生の日本語能力を十分に確認せず入学させた疑いがある、F学長はB号人が留学生の質より数を重視し、日本語能力レベル相当に満たない留学生を入学させたと述べた」などと報道しました。
なお、Aさんは、この記者会見の場にも同行していました。
みなさん、この大学の問題点を理解してください!
(私も同行してします)
Aさんに対する懲戒処分
令和2年6月29日、B法人は、Aさんに対して、懲戒処分告知書を送付し、本件懲戒解雇の意思表示をしました。
Aさん、あなた懲戒解雇ね
それはひどいんじゃないですか? 再雇用まであったはずなのに
B法人の就業規則
B法人の就業規則10条1項では、
大学教員は満63歳・・・に達した日の属する年度の終わりをもって定年とする。ただし、本人が希望し、解雇事由又は退職事由に該当しない者については、学校法人札幌国際大学特任教職員就業規程により、退職日の翌日から1年ごとの雇用契約を更新することにより満65歳まで継続雇用する
と定められていました。
訴えの提起
その後、Aさんは、B法人に対し、本件懲戒解雇が無効であり、不法行為にも該当するなどと主張し、雇用契約上の権利を有する地位にあることの確認を求めるとともに、本件懲戒解雇後の賃金の支払い、不法行為に基づく慰謝料の支払いなどを求める訴えを提起しました。
争点
本件では①本件懲戒解雇の有効性が主たる争点となりました。
また、AさんがB法人の就業規則が規定する満65歳までの再雇用契約を締結するための条件を充足していることを主張したため、②定年後再雇用の成否も争点となりました。
この他にも、③Aさんの給与等の額や④本件懲戒解雇の不法行為該当性およびAさんの損害額も争点となりましたが、以下では争点の①および②について解説します。
本判決の要旨
争点①本件懲戒解雇の有効性について
懲戒事由①(記者会見への同行)及び懲戒事由③(H理事への書面交付への同行)について
仮に本件交付書面や本件記者会見の各内容に一部事実と異なる内容が含まれていたとしても、H外部理事への訪問及び本件記者会見はいずれも専ら当時学長であったF前学長が主体的に行ったものであり、Aさんの同行による精神的な寄与があるとしても、重要なものとはいえず、Aさんの同行によって、B法人の名誉及び信用の毀損及び学内政治的な多数派工作が、具体的に助長促進されたこと等を認めるに足る証拠はない。
以上を踏まえれば、F前学長によるH外部理事への訪問及び本件記者会見にAさんが同行したことが、本件就業規則26条2号、3号、同28条2号に抵触し、同33条3号、4号の懲戒事由に該当するとは認められない。
F学長の記者会見などに立ち会っても、B法人の名誉や信用を毀損したとはいえないので、懲戒事由に当たりませんね
懲戒事由②(ツイッター上の投稿)について
➣判断基準
特定の投稿が他人の社会的評価を低下させるものであるかどうかは、一般の読者の普通の注意と読み方を基準として判断すべきものである(最高裁昭和29年(オ)第634号同31年7月20日第二小法廷判決・民集10巻8号1059頁、最高裁平成22年(受)第1529号同24年3月23日第二小法廷判決・裁判集民事240号149頁参照)。
➣検討
本件各投稿に表示される投稿者は、「J」、「J SIU」であるところ、これらはAさんの本名ではなく、また、これと関連性があるものでもないから、一般の読者の注意と読み方をもっても、本件各投稿がAさんによるものであることを認識することは困難である。
また、B法人は、上記「SIU」という表記から、本件各投稿がB法人に関するものであることを認識できる旨主張するところ、本件各投稿には、本件記者会見に関する報道の投稿や、「大学」、「留学生」等の単語を使用した複数の投稿が含まれることを踏まえれば、これらを手がかりに本件各投稿が札幌国際大学に関するものであると想起させる可能性はある。しかし、「SIU」が札幌国際大学のみを指し示すものであることをうかがわせる事情はなく、「J SIU」のうち「J」と「SIU」がそれぞれ独立した意味を有するのか直ちに明らかでない上、本件各投稿には、主体等が不明確なもの、表現が婉曲的又は抽象的なもの等が複数含まれており、「SIU」及び本件記者会見に関する報道の投稿とその他の投稿との関連性も明らかであるとはいえない。
そうすると、一般の読者の普通の注意と読み方を基準にすれば、本件各投稿が、B法人や札幌国際大学に関する事実を摘示するものであるとは認められず、B法人の社会的評価を低下させたとはいえない。
以上を踏まえれば、Aさんが本件各投稿をしたことが、本件就業規則26条2号、3号、同28条3号に抵触し、同33条3号、4号の懲戒事由に該当するとは認められない。
Twitterの書き込みも、普通の人が見たらAさんによるものかどうかわからないし、B法人や大学のことを言ってるともいえませんね
懲戒事由④(教授会への出席状況)について
Aさんの教授会への欠席は、その一部について、健康上の理由に基づくものであると認められるし、一部に正当な理由のない欠席があったとしても、人事考課等において従前問題とされてこなかったこと等を考慮すると、本件就業規則26条2号、3号に抵触する程度に至ったとは認められない。
小括
以上によれば、本件懲戒解雇は懲戒事由を欠くものである。
また、既述のとおり、懲戒事由①及び懲戒事由③について、Aさんの同行による寄与の程度は限定的であるといえること、懲戒事由②について、本件各投稿の内容は、不明確、婉曲的又は抽象的なもの等が複数含まれており、札幌国際大学との関連性が必ずしも明らかでないこと、懲戒事由④ついて、少なくともAさんの教授会への欠席の一部には正当な理由があり、Aさんの人事考課の内容、Aさんが、B法人から、教授会への欠席を理由として、注意、指導、処分等を受けたことはうかがわれないこと等に照らせば、本件懲戒解雇は相当性も欠くというべきである。
よって、本件懲戒解雇は、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であるとは認められないから、無効である。
懲戒解雇は無効ですね
争点②定年後再雇用の成否について
B法人の就業規則の定め
本件就業規則10条1項本文は、大学教員は満63歳に達した日の属する年度の終わりをもって定年とする旨を定め、同項ただし書は、本人が希望し、解雇事由又は退職事由に該当しない者については、本件特任就業規程により、退職日の翌日から1年ごとの雇用契約を更新することにより満65歳まで継続雇用する旨を定めている。
これに加え、証拠によれば、B法人の理事長は、平成29年3月14日発行の学園報において、教員の定年及び定年後の雇用について、満68歳まで雇用されるのが原則ではなく、例外であり、原則は、満65歳に達した日の属する年度の終わりまでであり、これを周知徹底する旨を述べたことが認められることを踏まえれば、B法人においては、本件就業規則10条1項ただし書の要件を満たす者は、満65歳に達する日の属する年度の終わりまでは、原則として再雇用されるというべきである。
Aさんの事情
そして、Aさんは、本件訴訟係属中である令和4年3月に満63歳に達し、同月31日をもって定年に達したと認められるところ、Aさんは、本件訴訟において、上記定年後は再雇用による雇用契約の継続を希望していたと認められ、既述のとおり、Aさんに解雇事由があるとは認められず、その他退職事由もうかがわれないから、上記再雇用の要件を満たすものと認められる。
小括
以上に鑑みれば、Aさんにおいて、定年による雇用契約の終了後も満65歳まで雇用が継続されるものと期待することに合理的な理由があると認められ、Aさんの人事考課の内容等を踏まえれば、Aさんを再雇用しないことにつきやむを得ない特段の事情もうかがわれないから、再雇用をすることなく定年によりAさんの雇用が終了したものとすることは、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認めることはできない(最高裁平成23年(受)第1107号同24年11月29日第一小法廷判決〈津田電気計器事件〉参照)。
したがって、Aさんは、令和4年4月1日以降は、B法人との間で定年後に再雇用された教職員としての労働契約上の地位にあると認められる。
再雇用も認められますね
結論
以上より、Aさんに対する懲戒解雇は無効であり、AさんはB法人における教職員として労働契約上の権利を有する地位にあると認められました。
解説
本件事案のおさらい
本件では、Aさんが、勤務するB法人のF前学長が行った外部理事への書面交付や記者会見に同行したこと、SNS上にB法人や札幌国際大学に関連する内容を投稿したことなどを理由として懲戒解雇されたため、懲戒解雇を無効であると主張して、B法人に対し、雇用契約上の権利を有することの地位にあることの確認などを求める訴えを提起したものでした。
裁判所は、本件懲戒解雇の有効性(争点①)について、各解雇事由をそれぞれ検討した上で、いずれのAさんの行為もB法人の就業規則に抵触するものではなく懲戒事由を欠くものと判断しました。
また、裁判所は、定年後の再雇用の成否(争点②)については、B法人の就業規則の定めなどによれば、Aさんに定年後も満65歳まで雇用されるものと期待することに合理的な理由があり、人事考課の内容などを踏まえれば、Aさんを再雇用しないことについてやむを得ない特段の事情もうかがわれないため、再雇用することなくAさんの雇用が終了したものとすることは客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当とはいえないと判断しました。
ポイント
SNSへの投稿について
本件では、Aさんがツイッター上に投稿を行い、その内容が札幌国際大学の内部情報を漏洩し、誹謗中傷するものであったことが懲戒事由の一つとなっていました。
この点について、裁判所は、「特定の投稿が他人の社会的評価を低下させるものであるかどうかは、一般の読者の普通の注意と読み方を基準として判断すべきものである」という判断基準を示しています。
そして、Aさんの投稿に表示される投稿者名が「J」や「J SIU」という本名ではないこと、本件各投稿には、主体等が不明確なものや表現が婉曲的又は抽象的なもの等が複数含まれており、「SIU」及び本件記者会見に関する報道の投稿とその他の投稿との関連性も明らかであるとはいえないことなどを指摘したうえで、一般の読者の普通の注意と読み方を基準にすれば、本件各投稿が、B法人や札幌国際大学に関する事実を摘示するものであるとは認められないと判断されています。
B法人としては、昨今のSNS炎上に対する懸念も相まって、Aさんのツイッター上の投稿を理由の一つとして懲戒解雇したものと考えられます。
もっとも、本判決で示されているとおり、SNS上の投稿によって社会的な評価が低下したといえるか否かは、「一般の読者の普通の注意と読み方を基準」として判断されるため、SNS上の投稿を理由とする従業員の処分については、慎重に判断する必要があります。
今回は、一般読者を基準にすると投稿が札幌国際大学に関するものを指すとは限らない、という判断をしています。
しかし、あくまでこの事例における判断と考えたほうがよいでしょう。これを一般化して「誰のことを言っているかわからないように書き込めばいい」ということにはならないことに注意しましょう。
定年後の再雇用について
本件では、AさんがB法人の就業規則が規定する満65歳までの再雇用契約を締結するための条件を充足していることを主張したため、定年後再雇用の成否(争点②)についても争点となっていました。
本判決が参照として掲げている津田電気計器事件は、定年到達後に再雇用契約が締結されていたものの、当該再雇用契約が更新されなかったことについて判断するものであるのに対し、本件は定年到達後初めての再雇用契約が締結されなかった事案でした。
もっとも、裁判所は、定年到達後の再雇用契約が更新されなかった場面と同様に、雇用継続に対するAさんの合理的期待性が認められること、また、再雇用することなくAさんの雇用を終了したものとすることが社会通念上相当であると認めることはできないことを指摘しています。
したがって、本判決に照らして考えると、定年到達後初めての再雇用契約の成否についても、契約更新に対する合理的期待や社会的相当性の有無について慎重に判断する必要性があるといえます。
顧問弁護士にご相談を
SNS上の投稿による炎上は特に社会的な問題となっており、一度炎上の渦に巻き込まれてしまった場合には、会社としても大きな損害を被ることになります。
そのため、従業員が会社の内部情報や関連する投稿などをした場合、それを理由として懲戒解雇をしたいと考えるケースもあるかもしれません。
しかし、投稿の内容や態様などによっては、本件のように懲戒処分が無効であると判断される場合もあります。
従業員に対して日頃からSNSの利用に関する研修や教育を行うことはもちろんですが、実際にSNS上の投稿が行われてしまった場合の対応には、安易に当該従業員を解雇するなどの手段をとらず、まずは顧問弁護士に相談し、適切な措置を講じていくことが肝要です。
懲戒解雇に関しては、こちらの記事もご覧ください。