【判例解説】シフトを入れなければ退職意思が認められてしまうのか【リバーサイド事件】
働き方改革により、多種多様な働き方を導入する企業が増えているようです。
日本の少子高齢化は深刻な問題ですが、従業員ひとりひとりが個々の価値観や状況に合わせた働き方を選択できるような環境を企業側が整えていけば、従業員の離職を防ぐとともに優秀な人材を確保することができ、また、従業員のモチベーションと生産性の向上にもつながると考えられます。
最近では、コロナウイルス感染症の流行に伴い、多くの企業で導入されたテレワークやフレックスタイム制、業務委託、短時間正社員などの働き方に特に注目が集まっています。
このような新しい働き方では、勤務時間の複雑化によって懈怠管理が難しくなったという声や従業員間の勤務態度の差によって不公平感が生まれてしまったという声も聞かれます
しかし、人事評価制度の見直しや従業員とのコミュニケーションの活性化、意識・目標の共有などを通じて、新たな働き方に伴う課題も少しずつ改善していうことができるのではないでしょうか。
さて、多様な働き方の一つであるシフト制アルバイトの従業員が、会社を訴える事件がありました。
リバーサイド事件 東京高裁令4. 7. 7判決
事案の概要
Aさんは、平成20年8月頃、飲食店等を営むB社と雇用契約を締結し、時給制のアルバイト従業員として勤務するようになりました。
Aさんは、平成30年12月頃までは週6日程度の勤務をしていましたが、平成31年1月以降は勤務希望日が激減し、同年3月13日以降のシフトを提出しませんでした。
シフトは入れません
平成31年4月10日、Aさんが勤務していた店舗の店長がAさんに架電し、同年3月末で社会保険を停止する旨を伝えましたが、Aさんは「辞めるとは言っていない。今は休むが復帰するつもりである。」旨を述べました。
シフト入れないなら社会保険止めるよ
辞めるとは言ってません。今は休むけど復帰します
令和元年7月頃、B社はAさんに対し、退職年月日として平成31年3月31日等と記載された令和元年7月12日付退職証明書を交付しました。
来ないのでAさんは3月末で退職ね
同年8月、Aさんは、労働組合に加入してB社に対して復職等を要求し、B社との団体交渉が開始されましたが、交渉は決裂しました。
復職させてください!
そこで、Aさんは、B社に対し、Aさんが意思表示をしていないにもかかわらず、B社はAさんが合意退職したものとしてAさんによる労務の受領を拒絶したものであると主張し、雇用契約上の権利を有する地位にあることの確認と労務の受領拒絶後の賃金等の支払いを求める訴えを提起しました。
争点
本件の争点は、①合意退職が成立しているか否か、②解雇が有効か否か、また、③Aさんが就労していないことがB社の責めに帰すべき事由によるものと認められるか否かです。
本判決の要旨
①合意退職の成否について
Aさんによる退職の意思表示について何ら書面が作成されていないところ、B社によるAさんの退職の意思の確認も明確には行われておらず、退職時期が判然としない。
その上、Aさんは最終出勤日の勤務以降も勤務する店舗の鍵を所持し、同店舗に私物を置いたままにしていたこと、平成31年4月10日に店長と電話した際や令和元年5月7日に店長に送信したLINEメッセージにおいて、退職の意思表示をしたことを強く否定し、一時休職するっものの復職の意思がある旨述べていたことからすれば、Aさんの最終出勤日の勤務前後の言動からAさんがB社に対して確定的な退職の意思表示をしたと認めることは困難であり、同様に黙示の退職の意思表示があったと認めることもできない。
したがって、合意退職の成立は認められないと判断されました。
退職の合意は認められませんね
②解雇の有効性について
本件通知書面などにはAさんを解雇する旨の記載はない上、B社は労働組合との交渉から第一審の口頭弁論終結に至るまで合意退職を主張していたのであり、B社がAさんを解雇する旨の意思表示をしたと認めることはできない。
また、B社は新型コロナウイルス感染症の影響による事業の縮小を理由としてAさんを解雇したとの主張もしているが、Aさんの勤務していた店舗や系列店においてアルバイト従業員を新規採用していること、新店舗を開店していることなどからすれば、人員削減の必要性は認められない。
したがって、解雇は無効であると判断されました。
解雇としても無効ですね
③Aさんが就労していないことがB社の責めに帰すべき事由によるものか否かについて
Aさんは、平成31年8月9日頃までは復職時期を明確にしていなかったことが認められるところ、この間、B社はAさんが勤務する店舗の人員を補充するため、新たなアルバイト従業員を雇い入れるなどしていたため、Aさんから復職等の要求書の送付を受けた後、直ちにAさんを復職させなかったとしても、B社の責めに帰すべき事由によりAさんが就労することができなかったとまでは認められない。
当初はAさんもいつ復帰するかはっきり言ってなかったのでしかたないですね
もっとも、Aさんは、同年8月9日頃、労働組合を通じて、B社に対して要求書を送付し、復職を求めた上、同年10月1日から令和2年1月17日までの団体交渉においても復職を求めていたことが認められるところ、B社は、Aさんに復職の意思があることを明確に認識しながら、Aさんが勤務する店舗の新規アルバイト従業員2名を雇用しており、同月以降はAさんを就労させることが可能であったといえるから、B社の責めに帰すべき事由により就労できなかったと認められる。
でもそのあとはAさんは復帰することをはっきり言ってましたね。B社は他のアルバイトも雇ってるくらいだからAさんを復帰させることはできましたよね。
したがって、令和2年3月以降については、AさんはB社の責めに帰すべき事由により就労することができなかったものであると判断されました。
④結論
本件において、合意退職は成立しておらず、また解雇も無効であることから、Aさんは、B社に対し、雇用契約上の権利を有する地位にあると認められました。
また、Aさんは、令和2年3月以降はB社の責めに帰すべき事由により就労できなかったものであるとして、Aさんの賃金請求権が認められました。
なお、賃金額については、新型コロナウイルス感染症拡大の影響により、B社は休業や営業時間の短縮を余儀なくされ、深夜営業ができない時間が長期に及んでいることなどを考慮し、Aさんの平成30年12月から平成31年3月までの平均労働時間を基準に計算すべきであるとされました。
解説
本件では、Aさんが明示又は黙示に退職の意思表示をしたとは認められないとして合意退職の成立を否定した上、B社の帰責事由の存否については、Aさんがシフトを減少し始める頃から休職の意思表示をしつつ、復職の時期について具体的に明らかにしていなかったこと、B社が新規従業員の募集や雇用をしたこと、AさんがB社に対して要求書を提出して交渉をしていたことなどの各事情に着目しながら、不就労期間の一部に限定してB社の帰責事由を認めています。
シフトを出さずに出社しない従業員がいる場合、会社としてはその穴埋めのために新しい従業員の募集や雇用をしなければなりませんが、やはり当該従業員が途中で復職の意思を示したとなると、新たに雇用した人材の配置や人件費等に悩むことになるため、会社にとってシフトすら出さない従業員という存在は頭の痛い問題です。
そのため、バックペイを認めた本判決に疑問が残らないわけではありません。
他方で、今回、B社はAさんの明確な退職の意思表示の確認をすることなく、社会保険や雇用保険の資格喪失手続を進め、退職証明書を送付してしまったために、このような事態に陥ってしまったと考えられます。
働く意思がはっきりしないアルバイトの人であっても、退職の合意はしっかり取っておく必要があります。
本判決に照らして考えれば、B社としては、まずはAさんの明確な退職の意思表示の有無を確認し、仮に退職の意思があるのであれば書面で提出してもらい、提出がなければ勤務命令を出した上で懲戒の流れに載せていくという対応をとる必要があったといえるでしょう。