労働問題

【判例解説】自由な意思決定が困難ではなくても、競業禁止契約の効力が否定され得る?【REI事件】

コロナウイルス感染症の流行に伴い、多くの企業でリモートワークが導入されました。
コロナ禍が過ぎ去った今では、当時は賛否両論あったリモートワークも新しい働き方の一つとして定着しつつあります。
一方で、従業員が、会社貸与のノートパソコンやスマートフォンを所持し、遠隔で容易に社内イントラにアクセスできるようになった分、情報漏洩も心配です。
そんな中で、従業員が突然退職すると言い出したら…。
経営者としては、営業秘密や取引先情報などが従業員個人のデバイスに複製されていないか、従業員が機密情報を基に競業他社に乗り換えるのではないか、競業事業を営もうとしているのではないか、そんな不安におそわれるのではないでしょうか。
このような会社の懸念に対しては、従業員との間で誓約書を交わしたり、競業禁止契約を締結したりすることが考えられます。
さて、そんな競業禁止契約をめぐり、会社が元従業員に対して、競業避止義務違反に基づく損害賠償を求める事件がありました。

REI事件・東京地裁令和4・5・13判決

事案の概要

Bさんの職務従事

Bさんは、令和元年5月、システムエンジニアの派遣会社であるA社との間で、労働契約を締結し、令和元年11月から令和2年9月までの間、N社でシステムエンジニアとして従事していました。

Bさん
Bさん

N社で仕事してます!

秘密保持契約書の内容

Bさんは、令和2年8月頃、同年9月末日をもって退職する旨をA社に伝え、退職後の令和2年10月9日、秘密保持契約書と題する書面(本件合意書)に署名押印しました。

Bさん
Bさん

辞めますね。秘密保持契約書にもサインします。

本件合意書には、

第4条
私は、前各条項を遵守するため、退職後1年間にわたり次の行為を行わないことを約束いたします。
(1)貴社との取引に関係ある事業者に就職すること
(2)貴社のお客先に関係ある事業者に就職すること
(3)貴社と取引及び競合関係にある事業者に就職すること
(4)貴社と取引及び競合関係にある事業を自ら開業または設立すること」

第5条
前各条項に違反して、法的な責任を負うものであることを十分に理解し、これにより会社が被った一切の損害(損害賠償請求に関連して出費した調査費用、弁護士費用および訴訟費用等)、ならびに第三者が被った損害に対する賠償金等について、賠償することを誓約いたします。

第6条
退職後1年間にわたり、貴社と取引、及び競合関係にある事業者、貴社のお客先に関係ある事業者に就職する場合に、3か月分給与(最後の3カ月の平均額を月額の基準とする)の賠償金を賠償することを誓約いたします。

との記載がありました。

Bさんの契約違反

ところが、Bさんは、A社を退職した後、令和2年10月1日以降、C社と業務委託契約を締結してN社に通うなどしました。

C社と契約して、おなじN社の仕事を見つけたぞ

いやいや、おなじ取引先で仕事しちゃダメでしょ!契約違反でしょ!

A社
A社

A社の訴え提起

そこで、A社は、Bさんに対して、本件合意書に定める競業避止義務に違反し、或いは自由競争の範囲を逸脱した違法な競業を行ったと主張して、約定損害金等の支払いを求める訴えを提起しました。

争点

本件の争点は、

①BさんがA社に対して、A社を退職した後に競業避止義務を負うことを約したか否か、
②A社とBさんの競業避止義務の合意が公序良俗に反して無効といえるか否か、
③Bさんは、A社と約した競業避止義務に違反したか否か、
④Bさんは、自由競争として許容される範囲を逸脱した違法な競業を行ったか否か

です。

本判決の要旨

①BさんがA社に対して、A社を退職した後に競業避止義務を負うことを約したか否か

Bさんは、既にA社を退職した後、かつC社と業務委託契約を締結した後に、本件合意書に署名押印したものであり、使用者と被用者という関係にはなく、その立場差によって自由な意思決定が困難であったとする事情はないから、本件合意書の成立が認められる。
したがって、BさんはA社に対して、本件合意書に基づきA社を退職した後に競業避止義務を負うことを約したものと判断されました。

Bさんは自分の意思で競業避止義務を負う合意をしましたね

裁判所
裁判所

②A社とBさんの競業避止義務の合意が公序良俗に反して無効といえるか否か

➤判断枠組み

従業員の退職後の競業避止義務を定める特約は、従業員の再就職を妨げてその生計の手段を制限し、その生活を困難にする恐れがあるとともに、職業選択の自由に制約を課すものであることに鑑みると、
・これによって守られるべき使用者の利益
・これによって生じる従業員の不利益の内容及び程度ならびに代償措置の有無及びその内容等を総合考慮
し、
・その制限が必要かつ合理的な範囲を超える場合
には、公序良俗に反して無効であると解するのが相当である。

➤本件合意書に関する検討

≪競業禁止の必要性≫
A社がシステム開発、システム運営その他に関する独自のノウハウを有するものとはいえないし、Bさんがそのようなノウハウの提供を受けたと認めるに足りる証拠もない。
したがって、A社において、本件合意書が退職後の競業避止義務を定める目的・利益は明らかとはいえない。

裁判所
裁判所

競業避止義務を負わせるまでもありませんでしたね

≪職種の限定の有無≫
転職先の業種・職種の限定はなく、A社の取引先のみならず、A社の客先の取引先と関係がある事業者まで含まれており、禁止される就業先は極めて広範なものになっている。

≪地域の限定の有無≫
地域・範囲の定めもない。

≪代償措置の有無≫
手当、退職金その他退職後の競業禁止に対する代償措置は講じられていない。

≪制限の期間≫
1年間。

裁判所
裁判所

職種の限定や地域の限定もないのは広すぎますね。それに見合うお金も支払われませんね

➤結論

A社の本件合意書により達しようとする目的は明らかではないことに比して、Bさんが禁じられる転職等の範囲は広範であり、その代償措置も講じられていないことからすると、競業禁止義務の期間が1年間にとどまることを考慮しても、本件合意書に基づく合意は、その制限が必要かつ合理的な範囲を超える場合に当たるものとして公序良俗に反する。
したがって、A社とBさんの競業避止義務の合意は無効であると判断されました。

裁判所
裁判所

この競業避止義務合意は無効ですね

③Bさんは、A社と約した競業避止義務に違反したか否か

本件合意書に基づく合意は無効であるため、Bさんが本件合意書に基づく合意に違反したとはいえないと判断されました。

④Bさんは、自由競争として許容される範囲を逸脱した違法な競業を行ったか否か

A社を退職した後に認められる職業選択の自由を踏まえ、Bさんにおいて収入を得て生活を維持する必要があることからすると、本件合意書を作成する前であり、退職後、間断なく他企業に就業したことが自由競争の範囲を逸脱する違法な競業行為に当たると解する余地はない。
したがって、Bさんは、自由競争として許容される範囲を逸脱した違法な競業を行ったとはいえないと判断されました。

裁判所
裁判所

Bさんも生活していかないといけないわけなので、今回の転職は自由競争の範囲ですね

⑤結論

以上の検討より、A社のBさんに対する請求は認められませんでした。

解説

本件の注意点

本件は、Bさんがシステムエンジニアとして独立し、個人事業主になった後でC社を通じてN社の仕事を受け始めたという事情があり、退職後にA社は「本件合意書」を作成したものの、この時点では、Bさんが既にN社で働いていたという点で事案の特殊性があります。

協業避止義務と公序良俗違反

会社法等の範囲を超えて競業避止義務を課すことは元従業員の職業選択の自由を侵害することになり、生計の道を奪いかねないので、その目的が単に競争者の排除・抑制にとどまるような場合は原則として公序良俗違反として無効と考えられています。
公序良俗に反するか否かを判断するに当たっては、制限の期間、場所的範囲、制限の対象となる職種の範囲、代償の有無などについて、会社の利益、元従業員の不利益、社会的利害などが総合的に考慮されます。

弁護士に相談を

実務上、従業員や役員が退職する際、競業避止義務違反の合意書を作成するべきか否かというご質問を頂くことがありますが、上記のような公序良俗違反のハードルを越えることは極めて難しいといわざるを得ず、「書いてもらうのはいいけど、おまじないくらいの効果しかありません」というアドバイスにならざるを得ない部分もあります。
しかし、合意書などを作成する場合には、せっかくの合意が公序良俗に反して無効になることがないよう、本判決を含む裁判所の判断基準に沿って、慎重に合意内容を検討する必要があります。

弁護士
弁護士

競業避止義務を完全に認めさせるのは難しいといわざるを得ませんが、絶対にやってもらいたくないことに限定することや、それに相応する対価を払うなどによって実現できる可能性もあります。

日頃から弁護士に相談しできる限りの対策を進めておくことが肝要です。