求人情報と採用内定通知書の記載が異なる場合に労働契約は成立するのか?【判例解説】
7月14日は「求人広告の日」だそうです。
なんと日本初の求人広告は乳母の求人で、明治5年7月14日、『東京日日新聞』に「乳母雇い入れたきに付心当たりの者は呉服橋内、元丹波守邸内、天野氏へお訪ねくださるべく候。乳さえよろしく候へば給金は世上より高く進ずべし。」という求人広告が掲載されています。
1962年には大学新卒向けの求人情報誌が創刊され、時代の変遷とともに、新卒向けの合同セミナーが開催されたり、求人雑誌が創刊されたりするようになりました。
そして、1990年代になると、インターネットの普及とともにwebサイト求人が始まり、今では求職者が求人サイトで求人情報を探すことは当たり前の時代になりました。
最近では、AIを用いたマッチングも行われており、人と会社の出会いの方法はますます進化しているように感じられます。
さて、そんな求人広告をめぐり、労働契約の成否が問題となる事件がありました。
プロバンク事件 東京高裁令4. 7. 14判決
事案の概要
B社は、経営コンサル、不動産売買・賃貸・管理・仲介などを業としていましたが、新たに施工部門を立ち上げることし、施工管理業務の十分な経験を有し、部下育成等のマネジメント業務もこなす責任者となり得る人材が必要となりました。
そこで、B社は、令和3年8月、インターネット求人サービスを利用し、求人情報(本件求人情報)を掲載しました(本件求人サイト)。
本件求人情報の給与額は「月給46万1000円から53万8000円及び賞与年1回」などの記載がありました。
いいひと来るといいなあ
Aさんは、令和3年9月11日、本件求人サイトを通じてB社の求人募集に申込み、同月20日にB社の採用面接を受けました。
よろしくお願いします!
面接終了後、B社はAさんに対して、採用内定通知書を交付しましたが、この通知書には、「月額総支給額40万円(45時間相応分の時間外手当を含む)賞与120万円」と記載されていました。
月額総支給額40万円(45時間相応分の時間外手当を含む)賞与120万円
Aさんは、令和3年9月22日、B社に対して、採用内定通知書の月額総支給額40万円に45時間相応分の時間外手当が含まれるか否かを確認した後、同年10月1日、出社日を同月21日とすることを提案し、B社から了承を得ました。
Aさんは、令和3年10月7日、B社の本社にて労働契約書等の交付を受け、その内容等について説明を受けましたが、その場で署名押印せず、これを持ち帰りました。
労働契約書はこれです
持ち帰らせていただきます
労働契約書の給与額の欄には、「賃金月給30万2337円 時間外勤務手当9万7763円(時間外労働45時間に相当するもの)」「賞与あり。ただし、支給の有無、時期、金額は会社の判断による」と記載されていました。
その後、B社本部長は、Aさんに対して複数回にわたり入社意思の確認が行いましたが、Aさんからは、「お話ししたとおり出社はいたします。他手当…の内訳がわからないのでこの内訳を教えてください」との返信があっただけでした。
入社するんですか?しないんですか?
出社はします。「他手当」の内容を教えて下さい
ところが、令和3年10月21日、AさんはB社に出社し、労働契約書の月給欄「302,337円」等の記載を二重線と訂正印で削除した上、「400,000円」と加筆したものをB社に提出しました。
労働契約書を修正しました!
B社本部長は、Aさんに対し、B社が提示した給与条件をAさんが了承できない以上、労働契約は成立していないとの認識の下、労働契約の申込みを撤回する旨をメールで伝えました。
労働契約の申込みは撤回しますね
そこで、Aさんが、B社との間で労働契約が成立したとして、労働契約上の地位にあることを仮に定めることを求めるとともに、令和3年10月21日以降の賃金等の仮払いを求めたという事案です。
争点
本件の争点は、①AさんとB社との間の労働契約が成立しているか否か、また、②保全の必要性が認められるか否かです。
本判決の要旨
①労働契約の成否について
➤本件求人情報記載の条件による労働契約の成否(主位的主張)
まず、Aさんは、B社が本件採用内定通知書を交付した以上、本件求人情報とおりの条件で労働契約が成立したと主張していました。
Aさんが、本件求人サイトを通じて応募したことは、本件求人情報通りの条件による契約締結の申込み(本件申込み)といえるため、これに対するB社の承諾の有無が問題になるところ、契約締結の際の重要な考慮要素としての給与額についての本件申込みと採用内定通知書の内容が食い違っているため、B社が本件申込みを承諾したとはいえない。
したがって、B社から採用内定通知書が交付されたことをもって、AさんとB社との間で本件求人情報通りの条件による労働契約が成立したとは認められないと判断されました。
求人情報どおりの条件での労働契約は成立していませんね
➤信義則違反の主張について
Aさんは、B社が本件求人サイトに本件求人情報を掲載しながら、本件採用内定通知書において月給額を一方的に減額し、これに応じないAさんの主労を拒否することは信義則に反するという主張もしていました。
しかし、使用者には契約締結の自由があり、採用面接の内容を考慮した結果、求人情報と異なる条件を内容とする採用内定通知書を交付することもあり得るので、これ自体が信義則に反するとはいえないと判断されました。
信義則にも反しているとはいえませんね
➤採用内定通知書記載の条件による労働契約の成否(予備的主張)
Aさんは、予備的に、本件採用内定通知書記載の条件で労働契約が成立したと主張していました。
B社による採用内定通知書通知書の交付は、新たな申込みとみなされるため(民法528条)、これに対するAさんの承諾の有無が問題になるところ、Aさんは採用内定通知書記載通りの月給額が記載された労働契約書に署名押印してB社に提出することなく、B社からの複数回にわたる問い合わせにも回答しないまま、同契約書の月給額を自ら加筆修正した書面をB社に提出しており、Aさんが承諾の意思表示をしたとはいえない。
したがって、AさんとB社との間で本件採用内定通知書記載の条件で労働契約が成立したとは認められない判断されました。
内定通知書どおりの労働契約も成立したとはいえませんね
➤労働契約法1条、6条違反の主張について
Aさんは、労働契約法6条において賃金の額に関する合意は労働契約成立の不可欠の要件とされておらず、本件で労働契約が成立していないとすることは労働契約法1条及び6条に違反するとも主張していました。
しかし、本件では、AさんとB社との間の交渉過程において、賃金額の合意がなされておらず、Aさんも就労するに至っていないため、「労働者が使用者に使用されて労働し、使用者がこれに対して賃金を支払うこと」(労働契約法6条)についての合意があったとは認められず、本件で労働契約が成立していないとすることが労働契約法1条及び6条に違反するとはいえないと判断されました。
労働契約法にも違反していませんね
➤職業安定法5条の3に関する主張について
Aさんは、B社が本件求人情報で当初明示した労働条件を採用面接の過程で変更しているところ、職業安定法5条の3に規定する労働条件の変更の明示が適切に行われていないため、労働条件の変更がされていないことが推定され、当初明示された条件で労働契約が成立するとも主張していました。
しかし、本件では、本件求人情報の条件による労働契約が成立したとは認められないため、職業安定法5条の3に規定する労働条件の変更の明示が適切に行われたか否かという事情は、労働契約の成否に直接影響を及ぼさないと判断されました。
職業安定法にも違反していませんね
②保全の必要性について
判断されませんでした。
③結論
以上の検討により、Aさんの主張はいずれも認められないため、Aさんの仮処分命令申立てを却下した原決定が相当であると判断されました(抗告棄却)。
解説
求人情報と実際の内定通知書の雇用条件が明確に異なっている場合、どのような労働条件になるのかという点が争いになるケースをよく耳にします。 本件では、Aさんが内定通知書記載の条件で労働契約を成立させることを明確に拒絶していることがうかがわれ、そもそも労働契約そのものが成立しないという判断がなされているため、この点に関する深堀りはあまりなされていません。 先行判例では、労働条件の一部に明確性が欠けるとしても、労働契約の成立を妨げることはないという認識の下、求人情報に記載された労働条件を基礎として、補充的な意思解釈を通じて労働条件を確定させる事案が多くみられます。
本件は仮処分の申立てであったため、労働契約の成否に対する判断に止まっていますが、訴訟においては、仮に労働契約が成立していない場合の予備的主張として、B社に対して契約締結上の過失に基づく損害賠償請求がなされることも考えられます。
本判決においても述べられているとおり、会社側には契約締結の自由があるため、採用面接などの過程を通じて、求人情報と異なる条件を内容とする採用内定通知書を交付すること自体は許されますが、後に募集活動の合理性を含めて争われる可能性があることには十分留意する必要があるといえるでしょう。