時給制契約社員には寒冷地手当を支給しなくて良い?【同一労働同一賃金】
寒冷地手当をご存じでしょうか。
多くの寒冷地域では、冬季における暖房用燃料費等が、その他の地域に比べて非常に高額なものとなります。
そこで、会社によっては、勤務地域が異なることによって増加してしまう生計費の負担を緩和し、社員相互間の公平を図る観点から、寒冷地域に勤務する社員に対しては、暖房用燃料費等にかかる生計費の増加の程度に応じて手当を支給しています。
このような手当が寒冷地手当、あるいは暖房手当です。
公務員の場合には、国家公務員の寒冷地手当に関する法律によって、支給額や支給条件などが定められています。
他方、民間企業では、寒冷地手当を廃止するケースが増加しており、このような動きを踏まえて、今後は公務員も寒冷地手当が廃止されるのではないかとの見解もあります。
さて、そんな寒冷地手当について、正社員に対しては支給する一方、時給制契約社員に対しては支給しないとする労働条件の相違が、旧契約法20条に違反するか否かが争われた事件がありました。
日本郵便(寒冷地手当)事件・東京地裁令和5.7.20判決
事案の概要
本件は、B社と有期労働契約を締結している時給制契約社員のAさんが、B社と無期労働契約を締結している労働者に寒冷地手当を支給する一方、Aさんに同手当を支給しないことが、旧労働契約法20条に違反すると主張し、B社に対して損害賠償を求めた事案です。
事実の経過
Aさんの勤務状況
Aさんは、平成19年3月26日、B社との間で有期労働契約を締結し、以後、B社との間で更新を繰り返している時給制契約社員でした。
Aさんは、B社のb郵便局に在籍し、郵便外務事務(郵便物の配達等の事務)に従事していました。
時給制契約社員と正社員との労働条件の相違
B社に雇用される従業員には、無期労働契約を締結する労働者(正社員)と有期労働契約を締結する期間雇用社員が存在し、それぞれに適用される就業規則及び給与規程が異なっていました。
正社員の給与は、社員給与規程に基づき、基本給と諸手当で構成されていました。
諸手当のうち寒冷地手当は、毎年11月から翌4月までの各月の初日において、寒冷地手当支給地域または寒冷地手当支給局所に在籍する正社員に支給され、地域区分や世帯主の別、扶養親族の有無により金額が定まっていました。
他方、期間雇用社員の給与は、期間雇用社員給与規程に基づき、基本賃金と諸手当で構成されていました。
そして、期間雇用社員については、寒冷地手当は支給されないこととなっていました。
訴えの提起
そこで、Aさんは、B社が無期労働契約を締結している労働者に対しては寒冷地手当を支給する一方、有期労働契約を締結しているAさんに対しては寒冷地手当を支給しないことは、旧労働契約法20条に違反するものであると主張して、B社に対して、寒冷地手当相当額等の支払いを求める訴えを提起しました。
旧労働契約法第20条
有期労働契約を締結している労働者の労働契約の内容である労働条件が、期間の定めがあることにより同一の使用者と期間の定めのない労働契約を締結している労働者の労働契約の内容である労働条件と相違する場合においては、当該労働条件の相違は、労働者の業務の内容及び当該業務に伴う責任の程度、当該職務の内容及び配置の変更の範囲その他の事情を考慮して、不合理と認められるものであってはならない。
争点
本件では、時給制契約社員に対して寒冷地手当を支給しないことが不合理な労働条件の相違に該当するか否かが争点となりました。
本判決の要旨
判断枠組み
労働契約法20条は、有期労働契約を締結している労働者(以下「有期契約労働者」という。)と同一の使用者と無期労働契約を締結している労働者(以下「無期契約労働者」という。)との労働条件に相違がある場合に、労働者の業務の内容及び当該業務に伴う責任の程度(以下「職務の内容」という。)、職務の内容及び配置の変更の範囲その他の事情を考慮して、その相違が不合理と認められるものであってはならないとするものである。
そして、有期契約労働者と無期契約労働者との個々の賃金項目に係る労働条件の相違が不合理と認められるものであるか否かを判断するに当たっては、両者の賃金の総額を比較することのみによるのではなく、当該賃金項目の趣旨を個別に考慮すべきものと解するのが相当である。
また、ある賃金項目の有無及び内容が、他の賃金項目の有無及び内容を踏まえて決定される場合もあり得るところ、そのような事情も、有期契約労働者と無期契約労働者との個々の賃金項目に係る労働条件の相違が不合理と認められるものであるか否かを判断するに当たり考慮されることになるものと解される(最高裁判所平成30年6月1日第二小法廷判決・長澤運輸事件参照)。
本件の検討
正社員の賃金について
正社員の基本給は、①担当する職務の内容による分類(職群、又はコース・役割グループ)、②職務の複雑困難性及び責任の度合による区分、又は社員に期待される役割による区分(職務の級、又は役割等級)並びに③前年度の勤務成績が良好であることを必要条件として上位に変更され得る賃金階層(号俸)によって定められており、勤務地域による差異は設けられていない。
そして、寒冷地手当は、正社員が毎年11月から翌年3月までの各月1日という冬期の基準日に所定の寒冷地域に在勤することを条件として支給され、その額は、地域の寒冷及び積雪の度による区分並びに世帯主か否か及び扶養家族の有無による区分に応じて定められている。
そうすると、寒冷地手当は、正社員の基本給が上記①から③までの要素によってのみ決定され、勤務地域による差異が設けられていないところ、寒冷地域に在勤する正社員は、他の地域に在勤する正社員と比較して、寒冷地域であることに起因して暖房用燃料費等に係る生計費が増加することから、寒冷地域に在勤する正社員に対し、寒冷地域であることに起因して増加する暖房用燃料費等に係る生計費をその増加が見込まれる程度に応じて補助することによって、勤務地域を異にすることによって増加する生計費の負担を緩和し、正社員間の公平を図る趣旨で支給されているものと解される。
時給制契約社員の賃金について
これに対し、時給制契約社員の基本賃金は、所属長によって地域ごとに定められるものであり、その一部を構成する基本給は、その勤務地域における地域別最低賃金に相当する額に所定の加算をしたものを下限額とし、募集環境を考慮して、既達予算の範囲内で定めることができるものであり、勤務地域ごとに異なる水準で決定されている。
そして、基本給の下限額の基礎となる地域別最低賃金は、「地域における労働者の生計費」が考慮要素の一つとされ(最低賃金法9条2項)、これを決定する過程において、各都道府県の人事委員会が定める標準生計費が参照されている。
このように、時給制契約社員の基本賃金は、勤務地域ごとに必要とされる生計費も考慮された上で、勤務地域ごとに定められているのであるから、勤務地域を異にする者の間に、基本賃金に勤務地域による差異がないことに起因する不公平が生じているとはいえず、寒冷地手当の支給により公平を図る趣旨が妥当するとはいえない。
まとめ
そうすると、正社員、とりわけ郵便の業務を担当する新一般職と郵便の業務を担当する時給制契約社員との間には職務の内容、職務の内容及び配置の変更の範囲につき相応の共通点があることを考慮しても、正社員に対して寒冷地手当を支給する一方で、時給制契約社員に対してこれを支給しないという労働条件の相違は、不合理であると評価できるものではない。
結論
以上から、正社員に対して寒冷地手当を支給する一方で、時給制契約社員に対してこれを支給しないという労働条件の相違は、労働契約法20条にいう不合理と認められる労働条件に当たらないと解するのが相当である。
よって、Aさんの請求は認められないと判断されました。
解説
本件のポイント
本件は、B社が、正社員に対しては寒冷地手当を支給するのに対し、時給制契約社員に対しては寒冷地手当を支給しないという労働条件の相違が、旧労働契約法20条に違反する不合理なものであるか否かが問題となりました。
裁判所は、「有期契約労働者と無期契約労働者との個々の賃金項目に係る労働条件の相違が不合理と認められるものであるか否かを判断するに当たっては、両者の賃金の総額を比較することのみによるのではなく、当該賃金項目の趣旨を個別に考慮すべき」との判断枠組みを示したうえで、B社における正社員と時給制契約社員の賃金の定め方や寒冷地手当の趣旨などを詳細に検討しています。
このように、手当の支給について、正社員と時給制契約社員との間に差異を生じさせる場合に、相違が合理的なものであるといえるか否かは、それぞれの賃金規程の内容や当該手当を支給する趣旨・目的に照らして判断されることになります。
したがって、寒冷地手当に限らず、手当の支給を検討する場合には、まず当該手当を導入する趣旨・目的を十分に検討したうえで、正社員に対してのみ当該手当を支給することが制度趣旨との関係で合理性を有するものといえるのか否かについても慎重に考慮する必要があります。
なお、旧労働契約法20条に相当する規定は短時間労働者及び有期雇用労働者の雇用管理の改善等に関する法律(パートタイム有期雇用労働法)に引き継がれています。
パートタイム有期雇用労働法第8条(不合理な待遇の禁止)
短時間労働者及び有期雇用労働者の雇用管理の改善等に関する法律(平成五年法律第七十六号)
事業主は、その雇用する短時間・有期雇用労働者の基本給、賞与その他の待遇のそれぞれについて、当該待遇に対応する通常の労働者の待遇との間において、当該短時間・有期雇労働者及び通常の労働者の業務の内容及び当該業務に伴う責任の程度(以下「職務の内容」という。)、当該職務の内容及び配置の変更の範囲その他の事情のうち、当該待遇の性質及び当該待遇を行う目的に照らして適切と認められるものを考慮して、不合理と認められる相違を設けてはならない。
弁護士にご相談を
手当の支給は多くの従業員だけでなく、就活生にとっても大きな魅力の一つです。
最近では、人材の確保、従業員のモチベーションアップ、社会的信用の向上の観点から、さまざまな形で手当を導入する会社が増加しています。
たとえば、住居手当や家賃手当の他にも、食事補助手当も従業員に特に人気のある手当があり、社内のニーズや状況に応じて最もふさわしい手当を新設することも検討してみてもよいかもしれません。
他方で、手当の導入に際しては、当該手当の趣旨や目的がとても大切です。
特に手当の支給が一定の労働者のみを対象とする場合には、他の労働者との間の公平の観点からも、相違を合理的に説明できるようにしなければなりません。
正社員と非正規社員に差異のある手当てを設けるときは、その趣旨と合理性を説明できるようにしておく必要があります。
また、手当を導入する場合には、賃金規程等の見直しも必要となってくるため、規程の記載事項として問題がないか否か、制度設計が合理的なものであるか否かなどについて、顧問弁護士に相談しながら、慎重に進めていくことがおすすめです。
有期雇用労働者に対しては、2024年4月から労働条件の明示も必要になっています。あわせて確認してみてください。