【判例解説】この雇止めは無期転換ルール逃れ?【日本通運事件】
平成25年4月1日に施行された無期転換ルール。
同一使用者との間で有期労働契約が更新され、通算5年を超えたときには、労働者の申込みにより、期間の定めのない労働契約(無期労働契約)に転換できるというルールです。
労働契約法18条によれば、原則として有期労働契約の通算契約期間が5年を超える全ての労働者が対象とされており、その名称が契約社員、パート、アルバイトなどであっても、このルールは適用されます。
そのため、人件費の高騰などの観点から、無期転換前に労働契約を終了させたいと考える会社も少なくありません。
しかし、厚生労働省も事業者向けに告知しているとおり、無期転換ルールを潜脱する意図で無期転換申込権が発生する前に雇止めをしたり、有期労働契約期間中に解雇をしたりすることは労働契約法の趣旨に照らして望ましいものではありません。
雇止めや無期転換ルールをめぐる労働者との争いは、会社にも多大な負担とコストを与えことになるため、日頃から関連する裁判例を押さえておく必要があるでしょう。
今回は、契約期間5年10か月で雇止めされてしまった社員が会社を訴えた事件を取り上げます。
日本通運事件 東京高裁令4. 11. 1判決
事案の概要
Aさんは、平成22年12月から派遣社員として、運送事業や倉庫業等を営むB社のQ1支店Q1事業所で倉庫事務に従事していました。
Aさんは、平成24年6月1日、B社との間で同年8月31日までのフルタイム有期労働契約を締結しました(労働契約1)。
この契約書には、「契約更新有無なし。ただし、更新する場合には労働条件の内容を変更することがある」などの記載がありました。
その後、同契約は数次の更新を経ました(労働契約2~労働契約4)が、平成27年7月1日から平成28年6月30日までの有期契約(労働契約5)では、契約更新について、発注者C社の業務が消滅、縮小した場合は契約を終了すること、平成25年4月1日以降、最初に更新した雇用契約の始期から通算して5年を超えて更新することがないことが記載されていました。
そして、平成28年6月30日の契約更新(労働契約6)を経た後、平成29年6月30日、有期契約(労働契約7)が締結されましたが、この契約には、平成29年8月31日を超えて契約を更新することはないことが記載されていました。
まあ、そうはいってもこれまでも契約更新されてきたし。
平成29年8月31日、AさんとB社は契約期間を同年9月1日から平成30年3月31日までとする有期契約(労働契約8)を締結しましたが、この契約には、勤務場所はQ2事業所Q2課、業務内容は倉庫業務全般とし、業務の都合により変更する場合があること、また、平成30年3月末日を超えて契約を更新することはないことが記載されていました。
その後、B社は、平成30年1月31日付けで、平成30年3月31日をもってAさんと労働契約を満了し、以降更新しないことを通知しました(本件雇止め)。
あ、こんどこそ契約終了ね。
Aさんは、B社に対して、平成30年3月12日、労働契約の更新の申込みをする意思表示をしましたが、B社は承諾しませんでした。
そこで、Aさんは、B社との労働契約は労働契約法19条1号又は2号の要件を満たしており、本件雇止めの客観的合理的な理由、社会通念上相当性を欠くため、従前の労働契約の内容で契約は更新されたと主張して、労働契約上の権利を有する地位にあることの確認などを求める訴えを提起したという事案です。
➤労働契約法第19条
有期労働契約であって次の各号のいずれかに該当するものの契約期間が満了する日までの間に労働者が当該有期労働契約の更新の申込みをした場合又は当該契約期間の満了後遅滞なく有期労働契約の締結の申込みをした場合であって、使用者が当該申込みを拒絶することが、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められないときは、使用者は、従前の有期労働契約の内容である労働条件と同一の労働条件で当該申込みを承諾したものとみなす。
一 当該有期労働契約が過去に反復して更新されたことがあるものであって、その契約期間の満了時に当該有期労働契約を更新しないことにより当該有期労働契約を終了させることが、期間の定めのない労働契約を締結している労働者に解雇の意思表示をすることにより当該期間の定めのない労働契約を終了させることと社会通念上同視できると認められること。
二 当該労働者において当該有期労働契約の契約期間の満了時に当該有期労働契約が更新されるものと期待することについて合理的な理由があるものであると認められること。
争点
本件の争点は、
①AさんとB社との間の有期労働契約を、平成30年3月31日をもって更新せずに終了させることが、期間の定めのない労働契約を終了させることと社会通念上同視できるか否か(労働契約法19条1号)、
②Aさんが、平成30年3月31日時点で、B社との有期労働契約が更新されるものと期待することについて、合理的な理由が認められるか否か(労働契約法19条2号)、
また、
③本件雇止めが、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められないものであるか否か(労働契約法19条柱書)
です。
本判決の要旨
①AさんとB社との間の有期労働契約を、平成30年3月31日をもって更新せずに終了させることが、期間の定めのない労働契約を終了させることと社会通念上同視できるか否か(労働契約法19条1号)について
➤労働契約法19条1号に当たる場合とは
労働契約法19条1号に該当するといえるには、有期労働契約の期間の満了ごとに厳密な更新処理がされない状況下で多数回の契約が更新され、これまで雇止めがされたこともないといった事情などから、当事者のいずれかから格別の意思表示がなければ当然更新されるべき労働契約を締結する意思であったと認められる場合であることを要し、そのことによって、期間の満了ごとに当然更新を重ねてあたかも期間の定めのない契約と実質的に異ならない状態であると認められる場合であることを要するものと解される。
➤AさんとB社における労働契約
AさんとB社との労働契約は、更新処理が形骸化していたとはいえず、いずれかから格別の意思表示がなければ当然更新されるべき労働契約を締結する意思であったと認められる場合には当たらない。
したがって、AさんとB社との労働契約が実質的に期間の定めのない契約と異ならない状態に至っていたとは認め難く、当該有期労働契約を更新しないことにより同契約を終了させることが、期間の定めのない労働契約を解雇により終了させることと社会通念上同視できると認められる場合(労働契約法19条1号)には該当しないと判断されました。
実質的に「期間の定めのない契約になっている」とはいえませんね
②Aさんが、平成30年3月31日時点で、B社との有期労働契約が更新されるものと期待することについて、合理的な理由が認められるか否か(労働契約法19条2号)について
➤期待の合理性の判断基準とは
労働契約法19条2号の要件に該当するか否かは、当該雇用の臨時性・常用性、更新の回数、雇用の通算期間、契約期間管理の状況、雇用継続の期待をもたせる使用者の言動の有無などの客観的事実を総合考慮して判断されるべきものである。
また、同号の「満了時」とは、最初の有期労働契約の締結時から雇止めされた労働契約の満了時までの間における、すべての事情が総合的に勘案されることを示すものと解される。
➤労働契約5から8までの不更新条項、更新限度条項
強行法規によって与えられた権利を事後に放棄することは一般的に可能であり、雇用継続の期待が発生した場合にこれを放棄することを禁止すべき根拠はないから、不更新条項等を公序良俗に反し無効とすることはできない。
契約書に不更新条項等が記載され、これに対する同意が更新の条件となっている場合には、労働者としては署名を拒否して直ちに契約関係を終了させるか、署名して次期の期間満了時に契約関係を終了させるかの二者択一を迫られるため、労働者が不更新条項等を含む契約書に署名押印する行為は、労働者の自由な意思に基づくものか一般的に疑問があり、契約更新時において労働者が置かれた状況を考慮すれば、更新条項等を含む契約書に署名押印する行為があったことをもって、直ちに不更新条項等に対する承諾があり、合理的期待の放棄がされたと認めるべきではなく、労働者の自由な意思に基づいてされたものと認めるに足りる合理的な理由が客観的に存在する場合に限り、労働者により更新に対する合理的な期待が放棄されたと認めるべきである。
そして、労働契約6から8までの不更新条項等の存在は、Aさんの雇用継続の期待の合理性を判断するための事情の1つにとどまるというべきところ、労働契約8の満了時において、当初の契約時から満了時までの事情を総合してみれば、AさんはB社との間の有期労働契約が更新されると期待することについて合理的な理由がある(労働契約法19条2号)とは認められない。
➤無期転換権の潜脱
Aさんは、本件雇止めが労働契約法18条の無期転換権の潜脱である旨主張するが、同条は、有期契約の利用自体は許容しつつ、5年を超えたときに無期雇用へ移行させることで、有期契約の濫用的利用を抑制し、労働者の雇用の安定を図る趣旨の規定である。
Aさんは、5年を超えて雇用されておらず、労働契約法19条2号の適用により5年を超えて雇用されたことになるともいえないため、労働契約法18条の保護が及ぶことはなく、本件雇止めが無期転換権の潜脱に当たるとはいえない。
➤まとめ
したがって、労働契約8の終了時において、当初の契約時から満了時までの事情を総合してみれば、AさんがB社との間の有期労働契約が更新されると期待することについて合理的な理由がある(労働契約法19条2号)とは認めらないと判断されました。
Aさんの更新の期待に合理的な理由がある、ともいえませんね
③本件雇止めが、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められないものであるか否か(労働契約法19条柱書)について
判断されませんでした。
④結論
以上の検討より、Aさんの請求は認められませんでした。
解説
本件は、労働契約5に書いてあるとおり、無期転換ルール(労働契約法18条)の適用がない契約でした。Aさんは、この点について、B社による雇止めが、無期転換権の潜脱であるとの主張をしていましたが、裁判所において一蹴されています。そのため、争点としては、専ら労働契約法19条の適用が問題となりました。 AさんとB社の更新契約には、不更新条項がついていましたが、実際には更新が繰り返されています。この点について、判決を見てみると、「不更新条項がついた契約書に署名をしているから、更新への期待はないはずだ」という判断はなされておらず、実態を見て、個別に更新への期待を考慮するという判断枠組みがとられており、参考になります。 なお、通常、訴訟では事件番号の他に一般的な「事件名」(損害賠償請求事件や貸金返還請求事件など)が付されるものですが、本件の事件名は「無期転換逃れ地位確認等請求事件」とされており、非常に特徴的です。この事件名がつけられている時点で、どんな結論であっても最後まで戦うぞ、という意気込みを感じます。 冒頭でも述べたとおり、雇止めや無期転換ルールをめぐる労働者との争いは、会社にとって大きな負担となります。少しでもリスクを減らす観点からは、労働関係法令や裁判例、厚生労働省のパンフレットなどにも目を通しながら、社内の労働契約の運用をいま一度確認してみる必要があるかもしれません。