定年退職後の再雇用嘱託職員の基本給と賞与の待遇差問題【名古屋自動車学校事件】
令和5(2023)年9月に総務省が発表した統計によると、令和4(2022)年の65歳以上の就業者数はなんと912万人と過去最多人数を更新したようです。
就業者数に占める高齢就業者数の割合も過去最高となっており、およそ7人に1人を高齢者が占めています。
働く高齢者の数が増加している背景には、日本の急速な少子高齢化によって生産年齢人口が減少し、高齢者の働き手が深刻な人手不足を補っていることが挙げられます。
また、政府は、経済社会の活力を維持しつつ、高年齢者が活躍できる環境を整備することを目的とした「高年齢者等の雇用の安定等に関する法律」(高年齢者雇用安定法)によって、事業主に対して、
①70歳までの定年の引き上げ
②定年制の廃止
③70歳までの継続雇用制度の導入
④70歳までの継続的の業務委託契約の締結制度の導入
⑤70歳までの継続的な社会貢献事業へ従事制度の導入
のいずれかの措置を講ずるよう努めることなどを求めており、70歳までの就業機会を確保するため、再雇用制度を設ける事業者も増加してきています。
さて、そんな継続雇用制度を導入していた自動車学校において、正職員と定年後継続再雇用嘱託社員の待遇差が争われた事件がありました。
名古屋自動車学校事件・最高裁令和5.7.20判決
事案の概要
A社を定年退職した後、A社と期間の定めのある労働契約を締結して勤務していたBさんらが、A社と期間の定めにない労働契約を締結して勤務している正職員との間における基本給、賞与等の相違が(旧)労働契約法20条に違反するものであると主張して、A社に対し、不法行為等に基づく損害賠償を求める等の請求をした事案です。
事実関係等の概要
A社の就業規則等の定め
A社の就業規則等によると、正職員の賃金は、月給制で基本給と役付手当等で構成され、基本給は一律給と功績給から成り、役付手当は主任以上の役職に就いている場合に支給されることとされていました。
また、正職員に対しては、夏季と年末の年2回、賞与(基本給に所定の掛け率を乗じて得た額に10段階の勤務評定分を加えた額が決定される)が支給されることになっていました。
正職員は、役職に就いて昇進することが想定されており、定年は60歳でした。
再雇用制度
A社では、高年齢者等の雇用の安定等に関する法律に基づく継続雇用制度を導入しており、定年退職後正職員を希望する者については、期間を1年間とする有期労働契約を締結し、原則として65歳まで再雇用することとしていました。
再雇用された嘱託職員の労働条件については、正職員に適用される就業規則等とは別に、嘱託規程が設けられていました。
嘱託規程では、嘱託職員の賃金体系は勤務形態によってその都度定め、賃金額は経歴、年齢その他の実態を考慮して決するとの定めがありました。
また、勤務成績等を考慮して、「臨時に支払う給与」(嘱託職員一時金)を支給することがある旨の定めもありました。
原告らの待遇
①B1さん
B1さんは、平成25年7月12日に定年退職し、再雇用されて嘱託社員としてA社の教習指導員の業務に従事していました。
基本給は定年退職時に月額18万1640円でしたが、再雇用後の1年間は月額8万1738円(その後は月額7万4677円)でした。
また、定年退職前3年間の賞与は1回あたり平均23万3000円でしたが、再雇用後は、正職員の賞与と同時期に嘱託職員一時金の支給を受けており、その額は、平成27年末以降、8万1427円から10万5877円でした。
なお、B1さんは、再雇用後、老齢厚生年金や高年齢雇用継続基本給付金を受給していました。
②B2さん
B2さんは、平成26年10月6日に定年退職し、再雇用されて嘱託社員としてA社の教習指導員の業務に従事していました。
基本給は定年退職時に月額16万7250円でしたが、再雇用後の1年間は月額8万1738円(その後は月額7万2700円)でした。
また、定年退職前3年間の賞与は1回あたり平均22万5000円でしたが、再雇用後は、正職員の賞与と同時期に嘱託職員一時金の支給を受けており、その額は、平成27年末以降、7万3164円から10万7500円でした。
なお、B2さんは、再雇用後、老齢厚生年金や高年齢雇用継続基本給付金を受給していました。
労働条件見直しの要求
B1さんは、平成27年2月24日、A社に対して、自身の嘱託職員としての賃金を含む労働条件の見直しを求める書面を送付し、同年7月18日までの間、A社との間で書面によるやり取りを行っていました。
また、B1さんは、労働組合の分会長として、平成28年5月9日、A社に対して、嘱託職員と正職員との賃金の相違について回答を求める書面も送付していました。
訴えの提起
Bさんらは、嘱託職員と正職員の基本給や賞与等に関する労働条件の相違は、(旧)労働契約法20条に違反するものであると主張して、A社に対し、不法行為等に基づく損害賠償などを求める訴えを提起しました。
(旧)労働契約法第20条(平成30年法71号改正前)
有期労働契約を締結している労働者の労働契約の内容である労働条件が、期間の定めがあることにより同一の使用者と期間の定めのない労働契約を締結している労働者の労働契約の内容である労働条件と相違する場合においては、当該労働条件の相違は、労働者の業務の内容及び当該業務に伴う責任の程度、当該職務の内容及び配置の変更の範囲その他の事情を考慮して、不合理と認められるものであってはならない。
注意点
本件は旧法下での事案であり、現在は短時間労働者及び有期雇用労働者の雇用管理の改善等に関する法律(パートタイム有期雇用労働法)に同様の条文が規定されています。
パートタイム有期雇用労働法第8条(不合理な待遇の禁止)
短時間労働者及び有期雇用労働者の雇用管理の改善等に関する法律(平成五年法律第七十六号)
事業主は、その雇用する短時間・有期雇用労働者の基本給、賞与その他の待遇のそれぞれについて、当該待遇に対応する通常の労働者の待遇との間において、当該短時間・有期雇労働者及び通常の労働者の業務の内容及び当該業務に伴う責任の程度(以下「職務の内容」という。)、当該職務の内容及び配置の変更の範囲その他の事情のうち、当該待遇の性質及び当該待遇を行う目的に照らして適切と認められるものを考慮して、不合理と認められる相違を設けてはならない。
争点
本件では、A社における正職員とBさんら嘱託職員との間における基本給や賞与等の待遇差が、(旧)労働契約法第20条に違反するか否かが争点となりました。
原審の判断
原審は、次のように判断して、Bさんらの請求を一部認めました。
Bさんらについては、定年退職の前後を通じて、主任の役職を退任したことを除き、義務の内容及び当該業務に伴う責任の程度並びに当該職務の内容及び配置の変更の範囲に相違がなかったにもかかわらず、嘱託職員であるBさんらの基本給及び嘱託職員一時金の額は、定年退職時の正職員としての基本給及び賞与の額を大きく下回り、正職員の基本給に勤続年数に応じて増加する年功的性格があることから金額が抑制される傾向にある金属短期正職員の基本給及び賞与の額をも下回っている。
このような帰結は、労使自治が反映された結果でなく、労働者の生活保障の観点からも看過し難いことなどに鑑みると、正職員と嘱託職員であるBさんらとの間における労働条件の相違のうち、Bさんらの基本給がBさんらの定年退職時の基本給の額の60%を下回る部分、及びBさんらの嘱託職員一時金がBさんらの定年退職時の基本給の60%を下回る部分は、労働契約法20条にいう不合理と認められるものに当たる。
本判決の要旨
これに対して、最高裁は基本給及び賞与の点に関して、原審とは異なる判断を示しました。
判断枠組み(旧労働契約法20条と同一労働同一賃金)
労働契約法20条は、有期労働規約を締結している労働者と無期労働契約を締結している労働者の労働条件の格差が問題となっていたこと等を踏まえ、有期労働契約を締結している労働者の公正な処遇を図るため、その労働条件につき、期間の定めがあることにより不合理なものとすることを禁止したものであり、両者の間の労働条件の相違が基本給や賞与の支給に係るものであったとしても、それが同条にいう不合理と認められるものに当たる場合はあり得るものと考えられる。
もっとも、その判断に当たっては、他の労働条件の相違と同様に、当該使用者における基本給及び賞与の性質やこれらを支給することとされた目的を踏まえて同条所定の諸事情を考慮することにより、当該労働条件の相違が不合理と評価することができるものであるか否かを検討すべきものである(最高裁令和2年10月13日第三小法廷判決・メトロコマース事件判決参照)。
本件の検討
基本給の相違について
➣基本給の性質
前記事実関係によれば、管理職以外の正職員のうち所定の資格の取得から1年以上勤務した者の基本給の額について、勤続年数による差異が大きいとまではいえないことからすると、正職員の基本給は、勤続年数に応じて額が定められる勤続給としての性質のみを有するということはできず、職務の内容に応じて額が定められる職務給としての性質をも有するものとみる余地がある。
他方で、正職員については、長期雇用を前提として、役職に就き、昇進することが想定されていたところ、一部の正職員には役付手当が別途支給されていたものの、その支給額は明らかでないこと、正職員の基本給には功績給も含まれていることなどに照らすと、その基本給は、職務遂行能力に応じて額が定められる職能給としての性質を有するものとみる余地もある。
そして、前記事実関係からは、正職員に対して、上記のように様々な性質を有する可能性がある基本給を支給することとされた目的を確定することもできない。
また、前記事実関係によれば、嘱託職員は定年退職後再雇用された者であって、役職に就くことが想定されていないことに加え、その基本給が正職員の基本給とは異なる基準の下で支給され、Bさんらの嘱託職員としての基本給が勤続年数に応じて増額されることもなかったこと等からすると、嘱託職員の基本給は、正職員の基本給とは異なる性質や支給の目的を有するものとみるべきである。
しかるに、原審は、正職員の基本給につき、一部の者の勤続年数に応じた金額の推移から年功的性格を有するものであったとするにとどまり、他の性質の有無及び内容並びに支給の目的を検討せず、また、嘱託職員の基本給についても、その性質及び支給の目的を何ら検討していない。
➣その他の事情
労使交渉に関する事情を労働契約法20条にいう「その他の事情」として考慮するに当たっては、労働条件に係る合意の有無や内容といった労使交渉の結果のみならず、その具体的な経緯をも勘案すべきものと解される。
前記事実関係によれば、A社は、B1さん及びその所属する労働組合との間で、嘱託職員としての賃金を含む労働条件の見直しについて労使交渉を行っていたところ、原審は、上記労使交渉につき、その結果に着目するにとどまり、上記見直しの要求等に対するA社の回答やこれに対する上記労働組合等の反応の有無及び内容といった具体的な経緯を勘案していない。
➣小括
以上によれば、正職員と嘱託職員であるBさんらとの間で基本給の金額が異なるという労働条件の相違について、各基本給の性質やこれを支給することとされた目的を十分に踏まえることなく、また、労使交渉に関する事情を適切に考慮しないまま、その一部が労働契約法20条にいう不合理と認められるものに当たるとした原審の判断には、同条の解釈適用を誤った違法がある。
賞与の相違について
➣賞与等の性質について
前記事実関係によれば、Bさんらに支給された嘱託職員一時金は、正職員の賞与と異なる基準によってではあるが、同時期に支給されていたものであり、正職員の賞与に代替するものと位置付けられていたということができるところ、原審は、賞与及び嘱託職員一時金の性質及び支給の目的を何ら検討していない。
また、上記のとおり、A社は、B1さんの所属する労働組合等との間で、嘱託職員としての労働条件の見直しについて労使交渉を行っていたが、原審は、その結果に着目するにとどまり、その具体的な経緯を勘案していない。
➣小括
このように、上記相違について、賞与及び嘱託職員一時金の性質やこれらを支給することとされた目的を踏まえることなく、また、労使交渉に関する事情を適切に考慮しないまま、その一部が労働契約法20条にいう不合理と認められるものに当たるとした原審の判断には、同条の解釈適用を誤った違法がある。
結論
以上の検討より、原審の判断には労働契約法20条の解釈適用を誤った違法があるとして、Bさんらが主張する基本給及び賞与に係る労働条件の相違が労働契約法20条にいう不合理と認められるものに当たるか否か等について、更に審理を尽くさせるため、最高裁は、本件を原審に差し戻すこととすると判断しました。
解説
本件事案のおさらい
本件は、A社を定年退職後、嘱託職員として再雇用されたBさんらが、賃金や賞与等の労働条件に関して、A社との間で無期労働契約を締結している正職員と相違があることについて、(旧)労働契約法20条違反があると主張して、A社に対して損害賠償を求めた事案でした。
この点について、原審は、基本給及び賞与に関する正職員とBさんら嘱託職員の待遇差について、定年退職前後を通じて、Bさんらが負う義務の内容や業務に伴う責任の程度、職務の内容、配置転換の範囲に変化がなかったことなどを指摘し、Bさんらの基本給が定年退職時の基本給の額の60%を下回る部分、及びBさんらの嘱託職員一時金がBさんらの定年退職時の基本給の60%を下回る部分が、労働契約法20条にいう不合理に当たると判断していました。
これに対して、最高裁は、正職員と嘱託職員であるBさんらとの間の労働条件の相違について、基本給や賞与の性質やこれを支給することとされた目的を十分に踏まえることなく、また、労使交渉に関する事情を適切に考慮しないまま、その一部が労働契約法20条にいう不合理と認められるものに当たるとした原審の判断には、同条の解釈適用を誤った違法があるとして、これを差し戻しました。
ポイント
本判決では、「使用者における基本給及び賞与の性質やこれらを支給することとされた目的を踏まえて同条所定の諸事情を考慮することにより、当該労働条件の相違が不合理と評価することができるものであるか否かを検討すべき」という判断枠組みが示されており、当該事案における基本給や賞与の性質、目的を具体的に明らかにすることなく正社員と嘱託社員間の量的、概括的な比較によって不合理性を判断していた長澤運輸事件判決とは異なる、より明確性の高い判断枠組みを用いています。
また、本件は原審へ差し戻されているため、今後の判断を待たなければなりませんが、基本給や賞与に関する待遇差がまったく違法ではないという判断がなされているわけではなく、最高裁も「労働条件の相違が基本給や賞与の支給に係るものであったとしても、・・・不合理と認められるものに当たる場合はあり得るものと考えられる」と示しており、基本給や賞与に関する待遇差が労働契約法20条に反して違法となる場合もあるとしている点で注目されます。
顧問弁護士への相談が大切
前述のとおり、(旧)労働契約法の内容は、現在パートタイム有期労働法8条に同様の条文が規定されています。
厳密には、同法の規制対象は「処遇」であり、これまでの「労働条件」とは文言上異なるため、同法の解釈論は別途検討する必要があります。
しかし、同法の前身である(旧)労働契約法20条などの解釈や判例解釈については、やはり今後の実務上も非常に大切です。
特に本判決で述べられているような「性質や目的等」については、事業者側の主観的な意図や認識などではなく、それぞれの待遇の実態を踏まえて判断されることになるため、定年退職後の再雇用従業員の基本給などに関して、会社として制度設計を行うにあたっては、制度としての建付けはもちろん、それぞれの実態も踏まえた慎重な判断が必要です。
本判決を踏まえ、定年退職後の再雇用従業員の基本給や賞与等について、いま一度、見直しを図るとともに、後の紛争を未然に防ぐ観点から、制度設計に何らかの問題がないか確認をすることが大切といえるでしょう。