労働問題

労働保険審査会に対する審査請求には請求期限に注意【国・むつ労基署長(検査開発)事件】【判例解説】

よく耳にする労災(労働災害)や労災保険という言葉。

労働者の業務上の事由または通勤による労働者の傷病等に対して必要な保険給付を行うとともに、被災労働者の社会復帰の促進の事業などを行うことによって、労働者の福祉の増進に寄与することを目的とする制度です。

適用対象となる労働者は、広く事業に使用される者で、賃金を支払われる者とされているため、アルバイトやパートタイマー、派遣社員、契約社員などの雇用形態であっても対象となります。

実際に労働者が労働災害の被害を受けた場合には、労災認定を受けたることによって労災保険から保険給付を受けることができます。

さて、そんな労災保険の不支給決定をめぐり、審査請求期間の徒過が問題となった事件がありました。

国・むつ労基署長(検査開発)事件・東京地裁令和5.1.26判決

事案の概要

長男の死と遺族補償給付の不支給決定

Aさんの長男は、平成4年4月に検査開発株式会社に採用され、放射線管理業務に従事していましたが、平成27年2月1日に亡くなりました。
Aさんは、労働基準監督署長(本件処分庁)に対して、長男の死亡原因となった精神障害は業務による疾病であると主張し、令和元年12月25日付けで労災保険法に基づく遺族補償一時金の支給を請求しました。
もっとも、本件処分庁は、令和2年10月16日付で、長男の死亡原因となった精神障害は業務により発症したものではないとの理由で、遺族補償給付を支給しない旨の処分(本件処分)をしました。

Aさんによる審査請求

令和2年10月26日に本件処分の通知を受けたAさんは、令和3年4月30日付で、本件処分を不服とする審査請求(本件審査請求)をしました。
同年6月16日、青森労働者災害補償保険審査官は、本件審査請求は、労働保険審査官及び労保険審査会法8条1項所定の法定請求期間を経過してから行われたものであり、同項ただし書の「正当な理由」を疎明したものとは認められないため、本件審査請求は不適法なものであるから却下する旨の決定(本件決定)をしました。

労働保険審査官及び労働保険審査会法
第8条(審査請求期間)
1 審査請求は、審査請求人が原処分のあつたことを知つた日の翌日から起算して三月を経過したときは、することができない。ただし、正当な理由によりこの期間内に審査請求をすることができなかつたことを疎明したときは、この限りでない。

労働保険審査官及び労働保険審査会法

Aさんによる再審査請求

これに対して、Aさんは、令和3年7月20日付で、労働保険審査会に対して、本件決定を不服として再審査請求をしました。
もっとも、同審査会は、同年9月29日、本件再審査請求は適法要件を欠く審査請求を基礎とする不適法なものであるから、同再審査請求も却下する旨の裁決をしました。

訴えの提起

そこで、Aさんは、令和4年3月28日、遺族補償給付を支給しない旨の処分(本件処分)の取消しを求める訴えを提起しました。

争点

本件では、主にAさんによる訴えが、労災保険法40条に定める審査請求の決定を経た後に提起されたものであるといえるか否かが争点となりました。

労災保険法
第40条 第三十八条第一項に規定する処分の取消しの訴えは、当該処分についての審査請求に対する労働者災害補償保険審査官の決定を経た後でなければ、提起することができない。

労働者災害補償保険法

本判決の要旨

審査請求前置との関係

労災保険法に基づく保険給付に関する処分の取消しの訴えは、当該処分についての審査請求に対する労働者災害補償保険審査官の決定を経た後でなければ、提起することはできない(同法40条。審査請求前置。)。

取消の訴えは「審査請求」の後でしなければなりません

裁判所
裁判所

そして、審査請求が不適法であり、それを理由に却下された場合には、同条の決定を経たものとはいえないと解される(最高裁判所昭和30年1月28日第二小法廷判決・民集9巻1号60頁参照)。

審査請求が不適法で却下された場合には「審査請求を経た」とはいえません

裁判所
裁判所

本件では、青森労働者災害補償保険審査官は、本件審査請求は労審法8条1項の法定請求期間を経過した後にされたものであり不適法であると判断して却下しているから、原則として、労災保険法40条の決定を経たものとはいえない。
しかし、青森労働者災害補償保険審査官の上記判断が誤りであるときは、その誤りをAさんに帰責することは許されないから、同条の決定を経たと認めることができるというべきである。

ただし、却下の判断が誤りだった場合は「審査請求を経た」と認めます

裁判所
裁判所

本件審査請求の適法性

法定請求期間の徒過

Aさんは、本件処分の通知を受けた令和2年10月26日に本件処分のあったことを知ったと認められるところ、本件審査請求は、同日の翌日から起算して3か月を経過した後に行われたものであるから、法定請求期間を経過した後にされたものである。
したがって、本件審査請求は、Aさんが法定請求期間内に審査請求をすることができなかったことについて正当な理由を疎明しない限り(労働保険審査官及び労働保険審査会法8条1項ただし書)、不適法となる(同項本文)。

正当な理由とは

そして、労働保険審査官及び労働保険審査会法8条1項ただし書の「正当な理由」とは、審査請求をする者の主観的事情では足りず、その者が審査請求をしようとしてもこれが不可能と認められるような客観的な事情が存在することをいうと解される。

3か月以内に審査請求できなかった正当な理由が必要です。「正当な理由」は、その人が請求しようとしてもそれが不可能である客観的な事情があることが必要です。

裁判所
裁判所
本件の検討

(…)しかし、本件決定の通知書には、本件処分に不服がある場合、本件処分があったことを知った日の翌日から起算して3か月以内に、労働者災害補償保険審査官に対して審査請求をすることができる旨記載されており、上記通知書を見れば、Aさんが法律に疎遠な素人で、適切な助言を得られない立場であったとしても、本件処分に対する審査請求を上記の法定請求期間内に行う必要があることは理解できるものと認められる。また、証拠によれば、むつ労働基準監督署は、Aさんからの問合せに対する返答として、令和2年12月23日付け文書によって、Aさんに対し、本件処分の法定請求期間について上記と同旨の教示を行った事実が認められる。
したがって、Aさん主張の事実をもって、審査請求が不可能と認められるような客観的な事情があったとは認められない。

(…)その他、本件全証拠によっても、Aさんについて、本件処分の審査請求を法定請求期間内に行うことを不可能とするような客観的な事情があるとは認められない。
したがって、本件審査請求について、労審法8条1項ただし書の「正当な理由」があるとは認められず、本件審査請求は、法定請求期間を経過してからされたものであって、不適法である。

Aさんには「正当な理由」が認められません

裁判所
裁判所

結論

以上の検討より、本件訴えは、労災保険法40条の適法な決定を経た後に提起されたものとは認められないから、不適法であるとしてAさんの訴えは却下されました。

解説

本件事案のおさらい

本件は、長男を亡くしたAさんが、労働基準監督署長に対して、労災保険法に基づく遺族補償一時金を請求したところ、これを支給しない旨の決定がなされたため、本件処分を不服として審査請求をしましたが、すでに労働保険審査官及び労働保険審査会法8条1項所定の審査請求期間が経過していたことから、同審査請求が不適法却下され、その後の再審査請求も却下されてしまったため、Aさんが裁判所に対して本件処分の取消しを求める訴えを提起したという事案でした。

裁判所は、労災保険法に基づく保険給付に関する処分の取消しの訴えは、当該処分に関する審査請求に対する労働者災害補償保険審査官の決定を経た後でなければ提起することができず(労災保険法40条)、審査請求が不適法却下された場合には、同条に定める決定を経たものとはいえないとしつつも、仮に労働者災害保険審査官の判断に誤りがある場合には、その誤りをAさんに帰責すべきではないことから、Aさんが法定された請求期間内に審査請求をすることができなかった「正当な理由」があるか否かを検討する必要があるとして、正当事由の有無を判断しました。

そして、「正当な理由」とは審査請求者の主観的な事情ではなく、審査請求をしようとしてもこれが不可能であったと認められるような客観的な事情が必要であるところ、本件のAさんについては正当な理由が認められないため、本件訴えは不適法却下となるとの帰結にいたりました。

ポイント

労災保険法に基づく保険給付に関する処分の取消しの訴えについては、審査請求前置主義が採用されており、訴えの提起前に審査請求を行って適法な決定を得る必要があります。
労働保険審査官及び労働保険審査会法第8条1項本文によれば、原則として、審査請求は、審査請求人が処分があったことを知った日の翌日から3か月以内に行わなければならないとされており、この期間内に審査請求をすることができなかった「正当な理由」を疎明した場合には例外的に3か月を超えることも許される場合があります。
本件において、Aさんが審査請求を行った時点では、本件処分の通知を受けてから約5か月が経過しており、上記3か月の審査請求期間が経過してしまっていました。

Aさんとしては、本件処分の通知を受けた当時に弁護士に相談しておらず、法律の勉強もしたことがなかったことなどから「正当な理由」があると主張していましたが、ここでいう「正当な理由」とは客観的な事情を指すのであって、Aさんの主観的な事情は該当しません。

たとえば、仮に、処分庁が「本件処分に不服がある場合には3か月以内に審査請求をすることができる」旨の告知をし忘れていたなどのような場合には、「正当な理由」が認められる余地はあるでしょう。

弁護士にご相談を

本件は、労災保険をめぐる問題ではありましたが、行政庁の処分においては、審査請求前置が採用されていることが多く、適法な審査決定を経ていなければ、後に取消の訴えを提起することができなくなってしまいます。

また、通常、審査請求期間も法律によって厳格に限定されており、その期間を徒過してしまった場合には、原則として審査請求は不適法なものとして却下されます。

審査請求期間を経過してしまった場合であっても、例外的に正当な理由があれば、法定審査請求期間後も審査請求を行うことができる可能性はありますが、本件において裁判所も述べているとおり、法律の素人であったことなどは理由になりません。

弁護士

行政手続は厳格な期限の制限があります。「わからない」といって迷っているうちにあっという間に時間切れになってしまうケースがかなりあります。迷ったらまずは急いでご相談下さい。

したがって、何らかの行政処分を受けた場合には、速やかに弁護士に相談し、その後に採るべき対応について早期に協議することが重要です。