労働問題

障害者に求められる合理的配慮義務とは?【判例解説】

令和 3 (2021)年に障害者差別解消法が改正され、障害のある人もない人も互いにその人らしさを認め合いながら共に生きることができる社会を実現するため、事業者による障害のある人への合理的配慮の提供が義務化されました。

この法律は、障害手帳を持っている人のみを対象とするものではなく、身体障害のある人、知的障害のある人、難病等に起因する障害のある人など、さまざまな障害によって日常生活や社会生活に制限、バリアがある人すべてを対象としています。

また、法律が求める合理的配慮の内容は、障害の特性や当該配慮が求められる場面、状況などによってそれぞれ異なるため、個別具体的に検討する必要があります。
令和6(2024)年4月1日からの合理的配慮提供の義務化に向けて、事業所内でどのような取り組みがなされているか改めて確認しましょう。

さて、そんな事業者の合理的配慮義務をめぐり、会社が訴えられた事件がありました。

Man to Man Animo事件・岐阜地裁令和4.8.30判決

事案の概要

本件は、高次脳機能障害及び強迫性障害を有するAさんが、勤務先のB社に対して、B社がAさんの障害についての合理的配慮義務に違反したとして債務不履行に基づく損害賠償を求めた事案です。

事実の経緯

Aさんの障害について

Aさんは、平成5年11月の交通事故による脳外傷が原因となり、高次脳機能障害を有するようになりました。
Aさんの高次脳機能障害の主な症状としては、注意障害、遂行機能障害、言語機能障害、記憶障害がみられました。
また、Aさんは、強迫性障害を併発しており、主な症状としては、不潔恐怖、縁起強迫がみられ、これとは別にパニック様症状もみられました。

雇用契約の状況

Aさんは、平成20年6月18日、障害者の雇用促進、活躍の場の創出を前提とした事業として、ウェブ制作事業、行政受託事業及びデジタルアーカイブ事業などを主な目的とするB社との間で、期間の定めのある雇用契約を締結しました。

AさんとB社との間の雇用契約はその後も更新され、最終の雇用契約における契約期間は平成27年3月31日までとなっていました。

Aさんの要望等

Aさんは、B社へ入社する際、B社に対して、各障害の状況を伝えるとともに、B社に対して、配慮が必要な事項について申入れを行っていました。

Aさん
Aさん

次のとおりの配慮をお願いします…

Aさんの退職

AさんはB社で勤務していましたが、平成27年1月20日以降、B社を休職しました。
同年3月24日から平成28年7月28日、AさんはB社の関係者や臨床心理士の主治医、ハローワークの担当者、障害者職業センターの担当者等とAさんの処遇について話し合う機会を持ちました。

ごめんなさい。支援指導していくので、がんばって克服していきましょう

B社
B社

もっとも、話し合いはまとまらず、Aさんは、同年9月20日に退職届を提出し、同月30日にB社を退職しました。

Aさん
Aさん

これ以上働けません…

訴えの提起

その後、Aさんは、B社が障害のあるAさんに対して提供すべき合理的配慮義務に違反したと主張し、B社に対して債務不履行に基づく500万円の損害賠償を求める訴えを提起しました。

争点

本件では、B社が、障害のある労働者であるAさんに対して、障害の特性に配慮した職務の円滑な遂行に必要な援助等の措置を講じなければならない義務を負ったか否かが争点となりました。

本判決の要旨

裁判所は、B社がAさんに対して配慮義務を負っていたか否かを検討した上で、配慮義務の有無を検討するにあたっての判断枠組みを示したうえで、本件の検討を行いました。

B社の合理的配慮義務の有無

障害者雇用促進法にいう障害者とは「身体障害、知的障害、精神障害、その他の心身の機能の障害があるため、長期にわたり、職業生活に相当の制約を受け、又は職業生活を営むことが著しく困難な者をいう。」(同法2条)とされている。
Aさんの場合、「身体障害、知的障害、精神障害、その他の心身の機能の障害」は、高次脳機能障害及び強迫性障害をいうと解されるところ、「腰を痛めている」ことは、高次脳機能障害及び強迫性障害によりもたらされたものとは直ちに認められないから、腰を痛めていることにより履物に関して配慮を求めることが、障害者雇用促進法の求める合理的配慮の対象になるとは直ちに解されない。
もっとも、Aさんは、入社当初から、履歴書にも履物に関する配慮を求める旨を記載し、運動靴しか履けない旨を申し出ており、B社も、これを認識してAさんを雇用したと認められるから、本件においては、履物に対する配慮は、障害者雇用促進法の求める合理的配慮に準じるものとして扱うのが相当である

裁判所
裁判所

会社はAさんの申し出を分かった上で雇用しているので、配慮する必要がありますね

配慮義務違反の有無を判断するにあたっての判断枠組みとは

障害者雇用促進法が、「障害者である労働者は、職業に従事する者としての自覚を持ち、自ら進んで、その能力の開発及び向上を図り、有為な職業人として自立するように努めなければならない。」(同法4条)、「すべて事業者は、障害者の雇用に関し、社会連帯の理念に基づき、障害者である労働者が有為な職業人として自立しようとする努力に対して協力する責務を有するものであって、その有する能力を正当に評価し、適当な雇用の場を与えるとともに適正な雇用管理を行うことによりその雇用の安定を図るように努めなければならない。」(同法5条)と規定していることに照らせば、Aさんの雇用主であるB社が障害者であるAさんに対して自立した業務遂行ができるように相応の支援、指導を行うことは、許容されているというべきであり、このような支援、指導があった場合は、Aさんは、業務遂行能力の向上に努力すべき立場にあるというべきである。

よって、B社が、Aさんの業務遂行能力の拡大に資すると考えて提案(支援、指導)した場合については、その提案(支援、指導)が、配慮が求められている事項と抵触する場合であっても、形式的に配慮が求められている事項と抵触することのみをもって配慮義務に違反すると判断することは相当ではなく、その提案の目的、提案内容がAさんに与える影響などを総合考慮して、配慮義務に違反するか否かを判断するのが相当である。

Aさんの求める配慮を文字どおり聞くのではなく、会社の提案の目的や内容を見て配慮義務に違反しているかどうかを判断するべきです。

裁判所
裁判所

本件の検討

まず、Aさんは、ブラウス着用の強要やくしゃみの際に手を当てることの強要、業務指示者の突然の変更、業務の突然の変更、スーツ着用の強要、ビニール手袋着用の禁止、革靴使用の強要、バスでの移動の強制があり、これらがいずれもB社に配慮義務違反に当たると主張するが、Aさんの主張するような強要の事実は証拠上も認めがたく、B社に配慮義務違反があったとはいえない。

Aさんがいうような会社の「強要」は認められませんね

裁判所
裁判所


また、Aさんは、B社に職場環境を改善する義務の懈怠があったことを主張するが、本件の事情を総合的に考慮すれば、B社に職場環境を改善する義務の懈怠があったと認めるに足る証拠もない。

B社が職場環境改善を怠ったとは認められませんね

裁判所
裁判所

結論

よって、Aさんの請求は認められないと判断されました。

解説

本件事案のおさらい

本件は、交通事故によって高次脳機能障害を有するに至り、強迫性障害も併発しており、さらにパニック様症状もみられるAさんが、勤務するB社に対して、入社時に配慮してほしい事項を要望していたにもかかわらず、B社が障害のあるAさんに行うべき合理的配慮義務に違反したと主張して、損害賠償請求をしたという事案でした。

裁判所は、まずB社の合理的配慮義務の有無に関して、Aさんが腰を痛めていることによって履物に関して配慮を求めることについては、障害者雇用促進法が求める「合理的配慮」の対象になるとは直ちにはいえないとしつつも、Aさんが履歴書にも履物に関する配慮を求め、現に運動靴しか履けないことを申し出ており、B社もこれを認識してAさんを雇用していたことから、障害者雇用促進法の求める合理的配慮に準じるものとして扱うべきであるとしました

弁護士
弁護士

障害者雇用促進法が求める「合理的配慮」といえない要望であっても、会社の認識次第では配慮が求められることがありえます。

また、裁判所は、雇用主であるB社には、障害者であるAさんが自立した業務遂行ができるように相応の支援、指導を行うことが許容されており、AさんとしてもB社から支援、指導を受けた場合には、業務遂行能力の向上に努力すべき立場にあることから、B社がAさんの業務遂行能力の拡大に資すると考えて提案したことについては、たとえ配慮を求められている事項と形式的に抵触したとしても、抵触の事実をもって配慮義務に違反すると判断するべきではなく、提案の目的や内容、Aさんに与える影響等を総合的に考慮すべきであると判断しました。

その上で、本件の具体的事情について詳細な検討を加えましたが、Aさんとの関係において、B社に配慮義務違反は認められないという結論がとられています。

ポイント

本件のポイントとしては、B社に対して「合理的配慮義務」を直接的には認めていないものの、Aさんが配慮を申し出ていた状況等に照らし、B社に対して「合理的配慮に準ずる義務」を認めた点で注目されます。

従来、障害者に対する合理的配慮義務は事業者の努力義務とされていましたが、障害者差別禁止法の改正に伴って、令和6(2024)年4月1日からは事業者の義務とされることから、裁判所は、同法の改正経緯や趣旨も踏まえたうえでの判断であったと考えられます。

他方で、裁判所は、雇用者側には障害者である労働者に対して、当該労働者が自立して業務遂行をしていくことができるように支援や指導を行うことが許容されており、形式的に支援や指導が、当該労働者が要望する配慮と抵触してしまったとしても、抵触の事実のみをもって合理的配慮義務に違反するものではないとしています。

すなわち、障害者を雇用する事業者としては、障害を有する従業員から何らかの配慮を求められた場合、従業員に対して“配慮”しなければならないからという理由で何も指導をしてはならないということではないということです。
したがって、雇用者としては、合理的な支援、指導であり、当該従業員に対して必要な内容のものであれば、当然に指導等をすることも許されますし、その際に当該従業員が求める配慮と衝突してしまう場面があったとしても、必ずしも障害者に対する合理的配慮義務に違反してしまったと焦る必要はありません

弁護士
弁護士

形式的にご本人のいうことを聞くのではなく、客観的にご本人のためになる提案や指導をしたかがポイントであると思われます。

ただし、その場合には、なぜ当該指導等を行っているのかを十分に説明した上で、求められている配慮との関係で異なる角度からのフォローやアプローチができないか否かについては改めて検討する必要があるといえます。

弁護士
弁護士

ご本人にその点をしっかりと説明し納得が得られれば、紛争化は避けられたかも知れません。

弁護士にご相談を

冒頭でも述べたとおり、令和6(2024)年4月1日からは、障害者差別禁止法の改正によって、事業者には障害のある人に対する合理的配慮の提供が義務化されます。政府広報もぜひご確認ください。

合理的配慮は、画一的に捉えることができる問題ではなく、個々の事情を有する障害者と事業者との間で相互にコミュニケーションを図り、理解を醸成していく中で真に提供されるべき内容が明らかになっていく性質のものです。
まずは障害のある人との建設的対話を心がけ、ニーズや必要な配慮の内容等について聴くことから始める必要があります。

特に初めて障害のある従業員と雇用したり、お話をしたりする事業者にとっては、ハードルが高いと感じられる部分もあるかもしれません。

このような場合には、ぜひ弁護士にご相談いただき、ともに悩みながら、具体的な対応について検討していくことがとても重要です。