労働問題

不適切行動を重ねる問題社員に対する解雇は有効?【近畿車輛事件】【判例解説】

企業の人手不足に関する調査によると、全業種の従業員の過不足について、2024年1月時点で正社員が不足していると感じる企業は約52、6%にも上るといわれています。
近年では人手不足や後継者不足によって倒産や解散等を余儀なくされる企業も増加しており、人手不足は深刻な課題となっています。

他方で、多くの企業では、いわゆる問題社員とよばれる従業員に対する対応に頭を抱えています。
問題社員に対する適切な対応を遅らせてしまうと、他の従業員の生産性が下がるだけでなく、社内の円滑なコミュニケーションが阻害されるなど、会社の組織全体に悪影響を及ぼしかねません。

もっとも、問題社員だからといって、会社が一方的に退職を迫ったり、解雇してしまったりすると、裁判所からは解雇権濫用と評価され、問題社員を復職させることや復職までの賃金の支払いを命じられてしまうこともあります。
したがって、問題社員に対する対応は適時かつ慎重に行わなければなりません。

さて、不適切行動を立て続けに行い、注意をしても一向に聞く耳をもたない問題社員に対して、安全作業心得の筆写指示や解雇を行ったところ、当該社員から、会社が訴えられた事件がありました。

近畿車輛事件・大阪地裁令和3.1.29判決

事案の概要

本件は、B社に勤務していたAさんが、B社によるAさんの解雇が解雇権を濫用したものとして無効であると主張して、労働契約上の権利を有する地位にあることの確認及び解雇翌日からの賃金の支払い等を求めるとともに、Aさんの上司がAさんに対して安全規則の筆写作業を指示したことが裁量権の逸脱濫用した違法な業務命令であるとして、使用者責任に基づく損害賠償金等の支払いを求めた事案です。

事実の経過

Aさんの勤務状況

Aさんは、平成20年12月1日、鉄道車両の製造・販売等を業とするB社との間で労働契約を締結し、配属された設計部門の設計室において設計業務に従事していました。
その後、Aさんは、平成27年2月1日、技術本部研究開発部に異動となりましたが、平成28年8月頃には、研究開発部所属のまま、応援として設計室での勤務を命じられ、以後、設計室において設計業務に従事していました。

不適切行動

Aさんは、平成25年6月から平成26年5月にかけて、社員間でスケジュール等の共有を目的で使用されているB社のグループウェア上の自身のスケジュール欄に「寝坊しなければ出勤」「帰省 関東で就活」「会社に来たくないから休み」「交通費不足の為出勤不可。欠勤」「出勤 仕事が嫌いでさっさと帰る」「ある上司が嫌いなので、一人ストライキ」「就活 近車のような残虐非道なところを探す。」「交通費節約の為、有休」「欠勤?出勤?」などの書き込みを行いました。

Aさん
Aさん

「寝坊しなければ出勤」「帰省 関東で就活」「会社に来たくないから休み」「交通費不足の為出勤不可。欠勤」「出勤 仕事が嫌いでさっさと帰る」「ある上司が嫌いなので、一人ストライキ」「就活 近車のような残虐非道なところを探す。」「交通費節約の為、有休」「欠勤?出勤?」

また、Aさんは、平成27年11月26日、部内連絡会のスピーチで「勤務しているのは会社を辞めるまでの時間つぶし」との趣旨の発言を行いました。

Aさん
Aさん

勤務しているのは会社を辞めるまでの時間つぶしです

さらに、Aさんは、同年10月6日、パンダのぬいぐるみを持って工場に行こうとしたり、平成28年2月8日の研究開発部の部内連絡会にパンダの被り物をかぶって出席した上、同年3月4日にも勤務時間中にパンダの被り物をかぶってB社内を歩行するなどしました。

Aさん
Aさん

これで仕事します!

このほかにも、Aさんは平成31年3月15日、平成31年分の給与所得の扶養控除等申告書の源泉控除対象配偶者欄に「甲野ヨメ」、16歳未満の扶養親族欄に「甲野パンダ」「甲野ラスカル」等と記載してB社に提出し、同月22日には、年次休暇届の欄に「応援先の部署に行きたくない為」「応援先の部署で仕事をすると考えたら生きていたくなくなった為」「会社に行こうとすると死にたくなってきた為」と記載してB社に提出しました。

これらの不適切行為について、Aさんは度々B社から注意指導を受け、譴責の懲戒処分を受けましたが、Aさんは反省改善の意思を示さず、また、B社が産業医との面談やカウンセリング等の提案をしても拒絶する返答をするのみでした。

Aさん、カウンセリング受けてみようよ…

B社
B社
Aさん
Aさん

いやっす!

B社による人事考課とAさんの態度

このような経緯の末、B社における、平成27年以降のAさんの人事考課は、平成29年を除き、協調性についてD評価またはE評価、規律性についてD評価またはE評価のみとなっていました。

平成31年4月11日、B社はAさんとフィードバック面談を行ったところ、Aさんは、人事評価に不満を抱き、事実上の最低評価であるD評価が目標であり、設計業務に必要なCADの操作方法が分からなくなったなどと述べて、勤務意欲の喪失を明らかにしました。

Aさん
Aさん

やる気なくなっちゃいました!

また、同月12日及び15日には、Aさんは指示された業務を行わず、同月15日及び17日には、故意に転落事故や転倒事故を起こすなどの行為に及びました。

Aさん
Aさん

事故っちゃいました!

安全規則の筆写作業

B社設計室のF課長は、Aさんが前記事故の際に、救急車を呼ぶとともに、F課長に対して会社側の安全不備である大声で喚くなどしていたことを踏まえ、事故後、Aさんに対して、安全作業心得の内容を知らないのかと尋ねたところ、Aさんは知らないと答えました。
そこで、平成31年4月19日、F課長はAさんに対して、B社の安全規則である「安全作業心得」の筆写作業を指示しました。
この指示に基づき、Aさんは、平成31年4月19日及び同月22日ないし同月24日の4日間、安全作業心得の筆写作業を行いました。

「安全作業心得」知らんの? 筆写してなさい!

B社
B社
Aさん
Aさん

しょうがねえなあ

解雇の告知

B社は、平成31年4月24日、Aさんに対して、同日付け解雇予告通知を交付し、同社の服務規則を適用して、令和元年5月25日付けで解雇する旨の意思表示をしました。

もう、解雇です!

B社
B社

訴えの提起

その後、Aさんは、B社に対して、B社による解雇は解雇権の濫用により無効であると主張し、労働契約上の権利を有する地位にあることの確認及び解雇日翌日から判決確定日までの賃金等の支払いを求めるとともに、F課長が安全規則の筆写作業を指示したことは裁量権を逸脱濫用した違法な業務命令であると主張し、使用者責任(民法715条)に基づく損害賠償金の支払い等を求める訴えを提起しました。

争点

本件では、①本件解雇が有効か否か、また、②F課長による安全作業心得の筆写指示が不法行為に該当するか否かが争点となりました。

本判決の要旨

争点①本件解雇の有効性について

まず、B社によるAさんの解雇について、裁判所はAさんの問題行動の事実を認定した上で、Aさんの懲戒処分歴、これを含めたB社の注意・指導に対するAさんの反省・欠如。一連のAさんの言動から窺われるB社への反発や勤務意欲の低下・喪失及びその顕在化の程度及び態様等を併せ鑑みれば、B社がAさんについて、勤務成績又は業務能率が著しく不良で技能発達の見込みがなく、他の職にも転換できない等、就業に適せなさい、あるいはこれに準ずるものとしてした本件解雇には、客観的に合理的な理由があり、かつ、社会通念上も相当なものであったと認められるとして、本件解雇は有効である判断しました。

こんなことがあったら、解雇は有効です!

裁判所
裁判所

争点②筆写作業指示の不法行為該当性について

次に、裁判所は、F課長による筆写作業指示について、次のとおり判示した上で、不法行為には該当しないと判断しました。

この点、本件筆写指示が、Aさんの本来の担当業務ではなく、単純な筆写作業のみを命じたものであること、Aさんが4日間にわたり手書きで筆写作業を行い、作成した紙面の枚数が合計306枚に上っていることは、Aさんの指摘するとおりであり、このことからすれば、その相当性に疑問が生じ得るところではある。

しかし、その一方で、B社が本件筆写指示を行うに至った経過(…)及び事情に照らせば、Aさんが指摘するように同月16日及び17日には従来の設計業務に従事したことがあったとしても、同日以降、Aさんによって本来の業務が正常に遂行・継続されることは期待し難く、また、B社としては、上記2件の事故が偶然発生したことについては疑いを抱きつつも、Aさんが故意に惹起したものであったとの確信にまでは至っておらず、Aさんが不注意等により更なる事故を起こす危険性は否定できない状況にあったということができる。

そうすると、このような状況下において、B社がAさんに対して安全作業心得の筆写を指示したことについては、相応の業務上の必要性及び合理性が認められる。また、このことに加えて、Aさんの述べる手の怪我が筆写作業に困難を来す状態であることが明らかであったとは認められず、筆写作業に時間的制約を課したものでもなかったことを踏まえると、同指示が相当性を欠くものであったとまではいえない。

そして、以上の点からすると、本件筆写指示がAさんに対する肉体的苦痛を与える私的制裁として行われたものであったとは認められない。

以上によれば、B社による本件筆写指示が、業務命令権を逸脱・濫用した違法なものであったと評価することはできない。
したがって、本件筆写指示について不法行為が成立するとは認められず(…)Aさんの損害賠償請求には理由がない。

筆写もAさんには必要で合理的な作業でした。不法行為には当たりません。

裁判所
裁判所

結論

以上の検討より、AさんのB社に対するいずれの請求も認められないと判断されました。

解説

本件のおさらい

➣ポイント①解雇の有効性が認められるためには、会社側にも相応の努力が必要であること

本件において、Aさんは、B社による解雇が解雇権の濫用であり無効であるとして、本件解雇の有効性を争っていました。
これに対して、裁判所は、
✔Aさんにはグループウェア上の多数の書き込みや部内スピーチにおける勤務意欲を欠く内容の発言、パンダのぬいぐるみや被り物の着用などさまざまな不適切かつ非常識な行動が認められ、客観的に本来の担当業務が正常に遂行・継続されることが期待し難い状態になっていたこと
✔B社がAさんに対して、注意・指導、譴責の懲戒処分を行っていたにもかかわらず、それ以後も反省・改善の態度を示さず、かえって反発や勤務意欲の低下尾を示す行動等を繰り返していたことから、B社において更なる段階的な懲戒処分によってAさんの勤務成績等が改善した可能性が明らかであったとは認めがたく、B社がAさんに対して与えた反省の機会が不十分であったとは認められないこと
✔B社は、Aさんの一連の行動等を踏まえて、適時、産業医との面談を勧め、Aさんもこの面談を行っていることからすれば、B社の措置が不十分であったとも認められないこと
などを指摘した上で、本件における解雇には客観的に合理的な理由があり、かつ、社会通念上も相当なものであったとして、解雇の有効性を認めています。

本件はAさんの問題行動が非常に特殊であり、ここまで明らかな問題行動が繰り返し行われるという同種の場面は少ないかもしれません。
もっとも、問題行動をとる社員に対する解雇を考える上では、B社が、問題行動を繰り返すAさんに対して適時の注意や指導、懲戒処分などを行い、Aさんのその後の行動の改善の有無を見守りつつ、産業医との面談を勧めるなど採るべき措置を講じていたことは、非常に参考になるポイントといえます。

弁護士
弁護士

問題行動に対して、具体的にタイムリーな注意や指導、懲戒処分を行ったか、その後の改善の見込などを見極めることが重要です。

➣ポイント②筆写指示という作業は業務命令権の逸脱・濫用に当たる可能性もあること

本件において、Aさんは、B社のF課長がAさんに対して安全作業心得の筆写作業を指示したことが不法行為に該当するとして、慰謝料等の支払いを求めていました。
これに対して、裁判所は、Aさんの具体的状況の下においては、安全作業心得の筆写を指示したことについても、相応の業務上の必要性及び合理性が認められ、また相当性も認められると判断しています。
他方で、裁判所は、判決の中で、本件筆写指示がAさんの本来の担当業務ではなく、単純な筆写作業のみを命じたものであり、Aさんが4日間にわたり手書きで306枚もの筆写作業を行っていることからすると、このような筆写指示の相当性には疑問が生じ得るとも指摘しています。

会社は労働者に対して業務命令を行うことができますが、いかなる内容の業務命令であっても全く無制約に認められるわけではなく、業務上の必要性を欠く命令であったり、不当な動機・目的を有する命令であったりするような場合には、業務命令は会社側の裁量権の範囲を逸脱又は濫用として無効なものとなる場合があります。
安全作業心得の筆写作業という本来業務とは異なる単純作業を4日間にわたり継続して求めることは、本件のような特段の事情がない限り、業務上の必要性や相当性を欠く違法なものであると判断されるケースが多いと考えられます。

したがって、問題行動を示す従業員であるからといって、安易にF課長のような指示を行うことのないように注意が必要です。

弁護士
弁護士

業務命令は合理的かつ相当なものであることが必要です。内容や程度については慎重に判断しましょう。

弁護士にご相談を

問題社員に対する対応に頭を悩ませている場合、一刻でも早く退職勧奨や解雇をして関係を断ち切りたいと考える方も多いのではないでしょうか。

しかし、労働契約法第16条は、「解雇は、客観的に合理的な理由を⽋き、社会通念上相当であると認められない場合は、その権利を濫⽤したものとして、無効とする。」と規定しており、仮に労働者に何らかの問題行動が見られるとしても、一足飛びに解雇まで至ることは事実上不可能です。
仮に裁判において解雇が無効であると判断されてしまうと、当該労働者が復職する可能性が非常に高い上、解雇日以降の賃金についても支払うことになるだけなく、再び解雇という方法を採り難くなってしまうという弊害もあります。
そのため、問題社員対応については、問題行動の把握からスタートし、指導や注意、懲戒処分などの必要なステップを適時かつ適切に行っていく必要があります。

また、問題社員と一言でいっても、自らが問題行動を起こしているという自覚のないまま、会社にとって目に付いてしまうような行動をとっているケースもあります。
そのため、問題社員だからといって必ずしも解雇の対象と考えるのではなく、会社の人材として、問題社員が行っている問題行動に着目して対応を検討し、当該問題行動の改善を目指していくというアプローチも考えられます。

このように問題社員対応は、個々の事案に応じて適切な対処方法が異なりますので、日ごろから顧問弁護士に相談しながら、慎重に対応方法を検討していくことが重要です。