労働問題

【判例解説】自宅待機期間中の出勤指示は不法行為?【関西新幹線サービック事件】

令和2年頃に始まったコロナ禍。

ようやくマスク生活からも解放され、人と人の距離感を気にせず会話やお出かけを楽しめるようになりました。

また、訪日外国人も増加傾向にあり、インバウンド需要も回復してきています。

ポストコロナの様子を見ていると、「緊急事態宣言」によって外出自粛が呼びかけられていたことが遠い過去のように感じられますが、思い返してみると、当時は多くの企業で、従業員の出社をめぐり、在宅勤務や自宅待機命令の発出などの対応に追われていました。

今回は、そんな自宅待機命令に関連して、従業員が会社を訴えた事件について取り上げます。

関西新幹線サービック事件・大阪高裁令5.3.16

事案の概要

 Aさんらは、新幹線車両の清掃整備業務等を行うB社に勤務していました。

 令和2年4月20日、B社は、新型コロナウイルス感染症の拡大に伴い、新幹線の輸送量が減少するため、「一定の勤務が指定されている日を自宅待機とする」こと、「自宅待機を命じられた社員等については、…有給休暇として取り扱う」こと、「自宅待機が命じられた社員は、知識向上及び業務改善のため配布した資料に自らが記入して次回出勤日に必ず提出する」こと(課題)などが記載された文書を発出しました。

みなさん、自宅待機して下さい。課題も出してください。

 ところが、Aさんらは本件文書において指示されている課題を提出しませんでした。

Aさん
Aさん

いやいや、課題なんて出せません!

 その後、Aさんらは、勤務指定表上では、本件文書で自宅待機とされる勤務が指定されていた4日間(本件指定変更日)について、B社から勤務変更通知書の交付を受けて、出勤を要する別の勤務を指定され、本件指定変更日のいずれの日についても、事業所に出勤して勤務に従事しました。

では、出勤して作業してください。

 そこで、Aさんらは、自宅待機が命じられるべき日に出勤を命じられて不必要に新型コロナウイルス感染症への感染の危機にさらされたなどと主張して、B社の出勤命令を不法行為として、B社らに対し、慰謝料の支払いを求めた事案です。

争点

本件の争点は、B社がAさんらに対して、本件指定変更の各日、事業所への出勤を要する勤務を命じたことに不法行為上の違法性が認められるか否かです。

本判決の要旨

①判断枠組み

 B社の就業規則によれば、従業員の業務内容(勤務)は、B社が指定するものとされているから、B社には、Aさんらに対し、労働契約上、業務の具体的内容を決定する人事上の裁量権を有するものと解される(最高裁判所第二小法廷昭和61年7月14日判決参照)。

 そうすると、B社が従業員に対して一定の業務への従事を指示することが、他の従業員との間で不利益な取扱いをするものとして、不法行為上、違法性を有するのは、B社が一定の業務への従事を指示することによって前記裁量権の範囲を逸脱し、又はこれを濫用したと評価されることを要するものと解するのが相当であり、この判断に当たっては、
①当該業務指示に係る業務上の必要性
②当該業務に従事することによって当該従業員に生ずる不利益の程度、
③従業員間における業務内容に関する負担又の相違の有無、程度及び合理性
といった観点から検討するのが相当である。

②B社の指示は裁量権の逸脱・濫用にあたるか

➤業務の必要性

Aさんらに対して、本件出勤指示がされた当時、新幹線の運行本数は減少していたものの、なお相当の本数が運行を継続しており、出勤して清掃業務等に従事する必要があったことが認められる。

現にAさんらも本件指定変更日に出勤して指定された業務に従事している上、Aさんらに割り当てられた業務は、いずれも新幹線の旅客運行に当たって必要不可欠な業務であるといえる。

したがって、本件出勤指示は、本来は不要な業務をあえてAさんらに割り当てたのではなく、B社の業務上の必要に基づいて発せられたものである。

Aさんたちの業務の必要性は認められますね。

裁判所
裁判所
➤不利益の程度

本件出勤指示で指示された業務は、いずれもB社の主要な業務内容の一つであり、多くの従業員がこれに従事していたものと考えられ、この業務が特に負荷が大きいものであることを認めるに足りる証拠はない。

また、本件出勤指示は、事業所への電車等による通勤を要するものであるが、これは、本件事業所に勤務する従業員に対して一定の業務を命じた場合に等しく必要となる行為であって、新型コロナウイルス感染症が拡大していた時期であったことを考慮しても、これを特別な負荷と評価することまではできない。

これらの点に照らせば、本件出勤指示が、Aさんらに対して、特別に重い負担や不利益を課す業務への従事を指示するものと評価することはできない。

Aさんたちにとっても、特別に重い負担や不利益とまではいえませんね。

裁判所
裁判所
➤従業員間の負担の公平性
a 負担の相違の有無

 本件勤務指示は事業所への通勤を要し、新幹線車両の清掃等を行わなければならないのに対し、自宅待機を命じられた従業員は通勤・清掃を行う必要がないため、本件勤務指示は従業員間に業務上の負担の程度に相違を生じさせる措置であるといえる。

b 相違が生じる理由と評価

 本件勤務指示はAさんらが課題を提出しなかったことによるものであるが、課題は「ハラスメントとはなにか」など、B社の従業員としての資質の向上や知識の定着を図るものであったことが認められる。
 B社が人事権を行使して各従業員に対して業務の具体的内容を割り当てるにあたっては、各従業員の労働時間内における勤務の成果や態度のみを考慮しうるのではなく、勤務時間外における言動や家族事情その他の幅広い事情を考慮することができると解される。
 B社が求めた課題の内容に照らすと、従業員はこれに取り込むことにより、資質の向上や知識の定着を期待できるのであって、B社が自宅待機を命じる者の人数が限られる場合において自宅待機中に課題を作成して自ら資質向上や知識の定着といった能力の開発を行うことが期待できる者に対し優先的にこれを割り当てることとしたことには一定の合理的理由があったとえる。

c 相違の程度と公平性

 Aさんらが労働契約上、自宅待機を命じられるべき権利を有していたものではないことや課題提出者にも出勤を命じられた者があったこと、課題の分量や所要時間が乏しいものであったこと等を考慮すると、B社の運用が従業員間に一定の業務上の負担の相違を生じさせるものであったとしても、相違の程度が著しいとはいえず、従業員間の公平を害するものとはいえない。

他の従業員との不公平も、「程度が著しい」とまではいえませんね

裁判所
裁判所
➤まとめ

以上の検討によると、本件出勤指示が、B社の業務内容の指定に関する裁量権の範囲を逸脱し、又はこれを濫用するものとはいえない。

③結論

よって、B社がAさんらに対して、本件指定変更の各日、事業所への出勤を要する勤務を命じたことに不法行為上の違法性は認められないと判断されました。

解説

 本件は、会社が従業員に対して、有給の自宅待機を命じたにもかかわらず、その後に、従業員が在宅勤務中の簡単なレポート課題を出さなかったことを理由として、出社勤務を命じたことが、不法行為に該当するか否かが問題となりました。

この点について、裁判所は、会社には労働契約上業務の具体的内容を決定する人事上の裁量権を有するものと解される(最高裁判所第二小法廷昭和61年7月14日判決)という最高裁判例をもとに、会社が従業員に対して一定の業務への従事を指示することが、ある従業員と他の従業員を不利益な取扱いをするものとして不法行為上の違法性を有するのは、会社が当該指示によって、前述した人事上の裁量権の範囲を逸脱・濫用したと評価されることが必要であると判断しています。

さらに、裁判所は、この判断に際して、①当該業務指示に係る業務上の必要性、②当該業務に従事することによって当該従業員に生ずる不利益の程度、③従業員間における業務内容に関する負担又の相違の有無程度及び合理性といった観点から検討するのが相当であるという要件も提示した上で、各要件に照らした具体的な検討を行っています。

 すなわち、労働契約に基づいて従業員に対して指示や命令をするに当たっては、会社側に広範な裁量が認められるものの、この裁量権を逸脱又は濫用した場合には、不法行為上の違法と評価されてしまうということです。

 上記①から③の各要素をみる限り、なかなか会社の業務命令が裁量権を逸脱・濫用するものとして違法であると判断されることは難しいようにも思えますが、会社としては、従業員との間のトラブルを未然に防ぐ観点からも、日頃から従業員間の公平に配慮し、それでもなお生じてしまうような“差”については合理性があるか否かを十分慎重に検討しておく必要があるといえるでしょう。