年休取得申請に対する時季変更権行使は違法?【JR東海(年休)事件】
年次有給休暇(年休)は、労働者が心身の疲労を回復し、明日への活力と創造力を養い、ゆとりある勤労者生活を実現するための制度であり、使用者は、労働者が年休を取得しやすい就業環境を整えることが求められています。
労働基準法第39条第5項により、年休は、原則として、「労働者が請求する時季」に与えなければなりません。
ただし、「請求された時季に有給休暇を与えることが事業の正常な運営を妨げる場合」には、他の時季に年休を与えることもできます(同項ただし書)。
このように、使用者は「正常な運営を妨げる場合」に限り、時季変更権を行使することが許されますが、正常な運営が阻害されるか否かは、その事業の規模や業務内容、当該労働者の職務内容、繁忙度、代替要員確保の困難度、代替による事業への影響の程度、休暇期間の長短などの諸事情を総合的に検討することが求められます。
また、冒頭で述べた年休の趣旨に照らして考えれば、やはり使用者は、ワークライフバランスの実現の観点からも、労働者が希望した時季に年休を取得することができるよう、可能な限り配慮する必要があるといえます。
さて、今回は、そんな年休の時季変更権行使の違法性が争われた事案をご紹介します。
JR東海(年休)事件・東京高裁令和6.2.28判決
事案の概要
本件は、旅客運送業等を営むY社との間で労働契約を締結していたXさんらが、平成27年4月1日から平成29年3月31日までの期間において、労働基準法39条所定の年次有給休暇の取得を申請したのに対して、Y社から同条5項ただし書に基づく時季変更権を行使されて就労を命じられたことについて、Y社の時季変更権の行使は労働契約に違反するものであり、これにより年休を取得できずに精神的苦痛を被ったと主張して、Y社に対し、労働契約の債務不履行に基づく損害賠償請求として慰謝料等の支払いを求めた事案です。
事実の経過
Xさんらの勤務
Xさんらは、旅客運送業等を営むY社との間で労働契約を締結し、東海道新幹線の乗務員として勤務していました。
Y社では、旅客需要変動への対応から弾力的な列車本数の設定が行われており、定期列車を担当する行路(定期行路)と臨時列車等を担当する行路(臨行路等)に区分した勤務体制が組まれていました。
これに伴い、Xさんらは、主に定期行路を担当する交番担当乗務員と、主に臨行路などを担当する予備担当乗務員に分かれて勤務を行なっていました。
年休の届出と運用
Xさんらは、Y社において年休を取得しようとする際、前月20日までに年休申込簿に記載して届け出るものとされていました。
そして、Y社は、前月25日にXさんらの勤務割を指定した表(勤務指定表)を発表し、これをもって就労義務がある日や公休(労働基準法35条に基づく休日)及び特休(労働協約等に基づく休日)と呼ばれる各休日が決められていました。
しかし、旅客需要の変動を受けて臨時列車等を組む場合があったことから、各勤務日の5日前に発表される日別勤務指定表において、具体的な勤務日が確定される取り扱いがY社の設立以来続いていました。
Y社の時季変更権の行使
そして、Y社における時季変更権の行使も上記の運用によって確定されていました。
なお、ノウハウの蓄積や作業の効率化により、この方式は、令和2年1月以降、前月15日までに年休申込簿に記入し、前月25日に発表する勤務指定表において時季変更権の行使が確定される取扱へと変更されました。
訴えの提起
Xさんらは、平成27年4月1日から平成29年3月31日までの期間において、労働基準法39条所定の年次有給休暇の取得を申請したのに対して、Y社から同条5項ただし書に基づく時季変更権を行使されて就労を命じられたことについて、Y社の時季変更権の行使は労働契約に違反するものであり、これにより年休を取得できずに精神的苦痛を被ったと主張して、Y社に対し、労働契約の債務不履行に基づく損害賠償請求として慰謝料等の支払いを求める訴えを提起しました。
争点
本件では、
①年休申込簿への記入・届出による年休の時季指定の効果の有無
②Y社の時季変更権行使に関する債務不履行の有無
(ア)Y社の時季変更権の行使が不当に遅延してなされたものであったか
(イ)Y社の時季変更権の行使が恒常的な要因不足に陥った状態のままなされたものか
が争点となりました。
本判決の要旨
争点①年休申込簿への記入・届出による年休の時期指定の効果の有無
Xさんらの主張
Xさんらは、「労働者は、あらかじめ免除されていない限り、就労義務を負っているから、先の時期に予定を入れるため、早期に時季指定を行うことは保護されるべき権利であり、このような場合にも可能な限り年休の付与に努めることが使用者の責務であるから、労働者は時季指定をすることによって使用者に対し当該日に就労義務を課さないよう求めることができるとして、具体的な就労義務の内容が決まる前にした時季指定によって時季指定権行使の効力が発生する」と主張していました。
裁判所の判断
これに対して、本判決は、「時季指定権の行使時期とその効力発生時期が常に一致するものではない」とする一審判決を引用した上で、「就労義務の消滅という時季指定権行使による法律効果は、年休使用日につき就労義務があることを前提とするものであるから、勤務指定表の発表によって当該年休使用日につき就労義務があることが確定して初めて発生すると解するのが相当」であるとし、Xさんらの主張は認められないと判断しました。
争点②Y社の時期変更権行使に関する債務不履行の有無
(ア)Y社の時季変更権の行使が不当に遅延してなされたものであったか
Xさんらの主張
Xさんらは、「Y社は乗務員による年休の時季指定に対して合理的期間内に時季変更権を行使する労働契約上の義務(債務)を負っていたから、Xさんらが年休の時季指定をした当該日(年休使用日)の5日前の日別勤務指定表の発表によって初めて時季変更権を行使するというY社の運用は、労働契約上の債務不履行を構成する」と主張していました。
判断枠組み
まず、裁判所は、全林野白石営林署未払賃金請求事件(最高裁昭和48年3月2日 第二小法廷判決)を参照し、「労基法は、健康で文化的な生活の実現に資するための労働者の心身疲労を回復させ、休息をとる権利を確保し、労働力の維持培養を図るため、労働者について・・・年次有給休暇(年休)の制度を設けており・・・年休の成立要件として、労働者による「休暇の請求」や、それに対する使用者の「承諾」の観念を容れる余地はないものと解すべきである」とした上で、「使用者が事業の正常な運営を妨げる事由の存否を判断するのに必要な合理的期間を超えて、不当に遅延して行った時季変更権の行使については、労働者の円滑な年休取得を合理的な理由なく妨げるものとして信義則違反又は権利濫用により無効になる余地があるものと解される」との判断枠組みを示しました。
本件の検討
そして、裁判所は、「Y社には、需要に応じた東海道新幹線の列車の運行を確保することが、・・・社会的使命として強く期待されていた」というY社の事業の社会的重要性を指摘した上、「Xさんらが従事していた事業(東海道新幹線の運行)の性格やその内容、Xさんらの業務(東海道新幹線の乗務員)の性質、時季変更権行使の必要性、Xさんらの被る不利益等を考慮すると、本件期間において、Y社が勤務日の5日前に時季変更権を行使したことについては、事業の正常な運営を妨げる事由の存否を判断するのに必要な合理的期間を超えてされたものということはできない」とし、Xさんらの主張は認められないと判断しました。
(イ)Y社の時季変更権の行使が恒常的な要因不足に陥った状態のままなされたものか
Xさんらの主張
Xさんらは、「Y社は年休の時季指定をしたXさんらに対して時季変更権を行使するに当たり、恒常的な要員不足の状態のまま時季変更権を行使することのないようにする労働契約上の義務を負っていたにもかかわらず、恒常的な要員不足の状態のまま時季変更権を行使した」として、Y社の行為が労働契約上の債務不履行に当たると主張していました。
判断枠組み
この点について、裁判所は、「使用者による時季変更権の行使は、他の時季に年休を与える可能性が存在していることが前提となっているものと解されることを踏まえると、使用者が恒常的な要員不足に陥っており、常時、代替要員の確保が困難な状況にある場合には、たとえ労働者が年休を取得することにより事業の運営に支障が生じるとしても、それは労基法39条5項ただし書にいう「事業の正常な運営を妨げる場合」に当たらず、そのような使用者による時季変更権の行使は許されないものと解するのが相当である」とし、「使用者の無効な時季変更権の行使によって労働者が年休を取得できなかった場合、使用者は労働者に対し、労働契約上の債務不履行責任を負うことになる」との判断枠組みを示しました。
本件の検討
そして、裁判所は、本件において問題となっている平成27年度及び平成28年度の各期間について、恒常的な要員不足の状態にあったか否かを分析し、いずれの年度も「恒常的な要員不足の状態に陥っていたものと認めることはできない」とし、Xさんらの主張は認められないと判断しました。
結論
裁判所は、以上の検討により、Xさんらの請求はいずれも認められないと判断しました。
本件のポイント
どんな事案だったか?
本件は、Y社との間で労働契約を締結していたXさんらが、平成27年4月1日から平成29年3月31日までの期間において、労働基準法39条所定の年次有給休暇の取得を申請したのに対して、Y社から同条5項ただし書に基づく時季変更権を行使されて就労を命じられたことについて、Y社の時季変更権の行使は労働契約に違反するものであり、これにより年休を取得できずに精神的苦痛を被ったと主張して、Y社に対し、労働契約の債務不履行に基づく損害賠償請求として慰謝料等の支払いを求めた事案でした。
何が問題となったか?
本件では、
①年休申込簿への記入・届出による年休の時期指定の効果の有無
②Y社の時季変更権行使に関する債務不履行の有無
(ア)Y社の時季変更権の行使が不当に遅延してなされたものであったか
(イ)Y社の時季変更権の行使が恒常的な要因不足に陥った状態のままなされたものか
が問題となりました。
ポイント
本件において、裁判所は、使用者の時季変更権の行使については、無効になると解されると余地があり、「無効な時季変更権の行使によって労働者が年休を取得できなかった場合、使用者は労働者に対し、労働契約上の債務不履行責任を負うことになる」との判断を示しています。
また、裁判所は、Y社の時季変更権の行使が合理的期間内に行われたか否かについて、Y社の営む事業の社会的重要性やXさんらが従事していた事業の性格、内容、Xさんらの業務の性質、時季変更権行使の必要性、Xさんらの被る不利益等の各事情を総合的に考慮しており、使用者による時季変更権の行使について考える上で非常に参考になります。
弁護士にご相談ください
近年、会社の時季変更権の適法性が争われるケースが増えています。
本件は、雇用契約期間中における年休の取得が問題となっていましたが、年休が問題となるのは、このような場合だけではありません。
たとえば、事業譲渡に伴って退職をするに際して、年休すべてを取得しようとした労働者に対して、使用者が行った年休取得の拒否に関して、その適法性が争われるといった事案もあります(社会福祉法人警和会事件)。
このように年休の取得をめぐっては、さまざまな問題がありますが、年休の取得は労働者が心身の疲労を回復するために特に重要なものです。そのため、使用者としては、やはり労働者が希望する時季に取得できよう会社側が整えることが望ましいといえるでしょう。
年休取得と時季変更権に関してお悩みがある場合には、ぜひ弁護士にご相談ください。