労働組合からの脱退を求めることは違法?【JR東日本(組合脱退勧奨)事件】
労働者には、労働組合に加入する自由があり、そもそも加入するか否か、また、加入するとしても、いずれの労働組合に加入するかは労働者が自由に決めることができます。
そのため、使用者が労働者に対して、労働組合に加入しないように強制したり、特定の労働組合への加入を強制したり、既に加入している労働組合からの脱退を強要したりすることは許されません。
労働組合法第7条3号は、使用者が「労働者が労働組合を結成し、若しくは運営することを支配し、若しくはこれに介入すること」を禁止しているところ、使用者が、労働者に対して労働組合からの脱退を勧奨等することは、同号前段の支配介入に該当します。
労働組合法がこのような規定を設けているのは、労働組合に対する使用者の影響力の行使を排除し、労働組合の自主性を保持するためのものであり、仮に労働組合や労働者が、使用者による不当労働行為を受けたとして、労働委員会に対して救済申立てを行い、不当労働行為の事実が認められた場合には、使用者は労働委員会から支配介入の禁止等の救済命令を受けることになります。
では、使用者による直接的な支配介入ではなく、使用者の幹部等により支配介入が行われた場合は、使用者はいかなる責任を負うことになるのでしょうか。
今回は、会社幹部により支配介入が行われた場合における会社の使用者責任の有無が争われた事件を紹介します。
JR東日本(組合脱退勧奨)事件・東京令和5.8.10判決
事案の概要
本件は、Y社に勤務していたXさんらに対して、労働組合の組合員らに対する組織的な脱退工作の一環として、不当労働行為に該当する脱退強要等の違法な行為を行い、これによりXさんらが精神的な苦痛を被ったと主張し、Y社に対し、慰謝料等の支払いを求めた事案です。
事実の経過
Xさんらについて
Xさんらは、旅客鉄道事業等を営むY社の従業員であり、Y社の従業員で構成される本件組合の組合員でした。
X1さんは、平成25年4月にY社に社会人採用されて本件組合に加入し、平成29年頃はG駅分会の執行委員を務めていました。
X2さんは、平成9年4月にY社との間で期間の定めのない労働契約を締結して本件組合に加入し、平成28年頃からH1支部書記長を務めていました。
X3さんは、平成11年4月にY社に社会人採用されて本件組合に加入し、保温兼当時L駅分会長を務めていましたが、平成31年4月にM駅に異動になりました。
X4さんは、平成13年4月にY社との間で期間の定めのない労働契約を締結して本件組合に加入し、平成27年にP運輸区の車掌に異動するまでの間、組合青年部役員を務めていました。
賃金制度改定に関する労使間の見解の相違
Y社は、平成24年4月、従前の等級・号俸による基本給制度とは異なる賃金制度を導入し、平成26年昇給額を基礎とするベースアップ(ベア)を実施しました。
これに対して、本件組合は、平成29年2月、当該ベアでは、職務給の低い若年層のベア幅が低くなる「格差ベア」が生じるとして反対を表明し、格差ベア解消に限定した争議権を確立しました。
本件組合による争議行為予告
平成29年、平成30年の賃金交渉において、Y社と本件組合双方の見解が平行線をたどる中、本件組合は平成30年2月、Y社に対して、格差ベアが解消されるまでは全組合員による本来業務以外の自己啓発活動等に対する非協力という争議行為をするが、これによる列車運行への支障はない旨の争議行為予告を通知しました。
本来業務以外で争議行為を検討しています。ただし、列車運行への支障は生じさせるつもりありません。
これに対して、Y社は争議行為の中止を申し入れるとともに、本件組合を非難しました。
争議行為は中止してください
そして、本件組合は、同月23日のY社との団体交渉において、算定基礎を所定昇給額にこだわらないことを確認したとして、同月24日に争議予告を解除しました。
所定昇給額にこだわらないのであれば、争議行為はやめることにしましょう
Y社の対応
もっとも、Y社は毎年労使で協議をして決めるという回答をしていたにもかかわらず、本件組合がこれまでと異なる新しい回答がされたように周知したとして、今後も議論を続ける意向である旨、社員に対して周知しました。
そして、同月26日の団体交渉において、Y社は、本件組合が事実に反する交渉内容にかかる見解を喧伝したとして、労使間の問題はあうまで平和裡に話合いにおいて自主解決を図る等を合意していた昭和62年以来の労使共同宣言は失効したと通知しました。
組合が事実に反する交渉内容を喧伝したのであれば、労使共同宣言は失効したといわざるをえませんね
訴えの提起
このような中、Xさんらは、Y社により行われた行為が大量の組合員の脱退につながった組織的な脱退勧奨に当たる支配介入であり、その一環であるXさんらに対する各行為も不法行為等に当たるとして、Y社に対して、慰謝料等の支払いを求める訴えを提起しました。
会社のせいで大量の組合員が脱退した!
なお、Xさんらが問題視したY社による行為とは、以下の①から⑨の行為を指します。
項目 | 日時 | 行為者 | 行為の内容 |
① | H30.2.28 AM8:30頃 | U総務部長 | 【X2さん関係】 ●組合員に対する威嚇発言 「東労組によって労使共同宣言が踏みにじられたということで、大変遺憾に思っている」 「ストの予告通知によって労使共同宣言は地に落ちた、失効した」 「会社は考え方を変えることは一切ない。後戻りしないと決めた」 「抜いてはいけない刃を抜いたのだから、会社として考え方を変えなければいけないと強く思っている」 「労組組合に入る、抜けるなどの類の話しに対しては会社は一切かかわる気はない。トラブルが発生するのであれば、弁護士、警備会社、警察とも連携して職場秩序を維持することを約束する」 |
② | H30.2.28 PM10時頃 | G1駅長 F1副駅長 | 【X2さん関係】 ●X2さんの悪評を吹聴しての脱退勧奨等 F1「で、気持ちは固まった?E2もW1もD2も言わないから。(I1に)盗聴器とかもってない?」 F1「X2にメールしろよ。だったらX2呼んでこいよ。」 F1「地雷踏んで東京戻りたいなって気持ちあるからさ。強制強要でもしたいよ。お前らの将来に関わる事だと思う。(「会社掲示の社員の皆さまへ」に)書かれていることはどっちに行くか?ねぇD2さん」 D2「はい」 F1「はい、じゃねーよ」 G1「どういう思いで読んで判断してるか。どっちが正しいとは言わない。お互い(会社と組合)の主張を読んで判断すればいい」 F1「判断したら会社の判断と組合の判断があるだけだから、簡単な話だよ。簡単な話。言ってあげようか?」 F1「共済から銀婚式で二万もらいました。(大爆笑)」 F1「非組なのに(イェーイ)」 F1「F2(分会執行部)が会計やってて「組合の共済の関係なんですけど仕事中だとあれかなって思って」って休憩中に持ってくんだよ。だから言ってやったの!「何言っちゃってんのって。オレは組合じゃなくて共済に入ってんだからって」バカなんだよ。履き違えてるんだよ!物事判断できないのがダメ。会社員としてダメ」 G1「絶対強制強要しない」 F1「オレは顏は強制強要みたいな顏してますよ!ビラに書いとけよ!X2に行って。副駅は強制強要してるみたいな顏してるって!メール流しちゃえよ!ラインがなんかで!情報共有した方がいいよ!」 |
③ | H30.3.29 | G駅 J1駅長 | 【X1さん関係】 ●社会人採用社員セミナーの発言等 Y社が主催・招集した社会人採用社員セミナーにおいて、労使共同宣言を失効したのは、①労使間協議を行ってきた状況において本件組合が事実に反する労使間の交渉内容に関する内容の見解を喧伝したこと、及び②争議行為を予告したことに原因があると発言した。 |
④ | H30.3.29 | 内勤総括助役K1 | 【X1さん関係】 ●社会人採用社員セミナーの発言等 Y社が主催・招集した社会人採用社員セミナーにおいて、本件組合との関係について、もう同じ方向は向けない、労使共同宣言は紙くずになったと指摘したうえで、社会的な判断力を持っている社会人採用の労働者は、世間からどう見られているかを考えて判断すべきと発言した。 |
⑤ | H30.5-8月 | L駅助役L1 | 【X3さん関係】 ●不参加の呼びかけ 新入社員の非組合員に対して、LINEを利用して組合が関与しているとL1助役が考えた懇親会やレクリエーションへの不参加を呼び掛けた。 |
⑥ | H30.5月頃 | L駅助役L1 | 【X3さん関係】 ●X3の落選に対する発言 X3さんが、平成30年度及び平成31年度のY社における36協定等の各種協定締結のための労働者の過半数代表者に立候補したことに対して、L1助役が、Y社の意を汲んだ立候補者を擁立し、当該立候補者に投票するように呼びかけ、「誰に投票するかわかっているよな」という旨の威圧行為を行っていたこと、平成30年5月18日頃、X3さんではなく非組合員であるP1助役に投票するように新入社社員らに呼びかけ、結果としてX3さんが落選すると「おかげさまで、社員代表選が無事に終わりました。本当にありがとう!!」などと伝えていた。 |
⑦ | H30.9上旬-9.25 | L駅助役L1 | 【X3さん関係】 ●X3さんに対する発言 平成30年9月上旬、X3さんが、同年11月にL駅の出札・改札業務に従事する従業員ら向けのバスツアーがL1助役により企画されていると同僚から聞いたため、X3さんはL1助役に対して、バスツアーの日程を尋ね、予定が合えば参加する旨を伝えたが、L1助役は日程が決まっていない旨を回答した。 同月25日L1助役はX3さんに対し、「11月のレクは一杯だからパスしてほしい」旨を述べた上で「別に差別してるわけじゃないよ。差別できないから」と述べ、その場を立ち去った。 |
⑧ | H30.11.20 | U1口調及びV1署長 | 【X4さん関係】 ●T1地区サービス品質研究会の会議後の懇親会においてU1口調及びV1所長がX4さんに対して、組合からの脱退を求める発言を繰り返した行為(本件脱退勧奨) 「まだ組合やめないの? 「いつやめんだ?」 「早くやめろよ。」 「録音していないよな。」 「お前が必要だ。お前の力を貸してくれ。どうでもいい奴には言わない。お前に期待している。」 「賃金控除停止依頼書を出せ。」 「東労組は国労みたいになる。」 「転勤希望があったら、やめてなきゃ出せない。」 「やめない理由を教えてくれ。」 「でさ、いつ(組合)辞めるの。」 また、平成30年10月31日、G2人材育成助役によるH2に対する「残ったまま、駅や指導センターに行っても村八分にされるだけ」などと脱退勧奨をし(村八分発言)また、掲示が話題に上った際、U1区長が「組合の情報は騒ぎすぎている」と発言した。 |
⑨ | H31.4.15 | Y社 | 【X3さん関係】 ●X3さんへの配点命令 Y社は、X3さんをL駅からM駅に異動させる配転命令を発令した。これは、組合員であることを理由とした不利益取扱であり、本件組合L駅分会の弱体化を図ったものであるから、本件組合に対する支配介入として不当労働行為に当たる。 |
争点
本件では、本件行為①~⑨がY社主導の組織的な脱退勧奨の一環として行われたか、また、本件行為①~⑨が支配介入に当たるかが主要な争点となりました。
本判決の要旨
裁判所の判断
裁判所は、本件行為①~⑨がY社主導による組織的行為の一環であるとのXさんらの主張を退けたうえで、次のように述べて、本件行為①から⑨のうち、本件行為⑧についてのみ支配介入に当たり、Y社は使用者責任を負うと判断しました。
以下、本件行為⑧が支配介入に当たると判断された点に絞って、判決の要旨を紹介します。
本件行為⑧について
不法行為に当たるか
本件脱退勧奨は、X4さんが明示的に拒絶しているにもかかわらず、複数人により、複数回にわたって直接的に本件組合を脱退するよう求めるものであり、その具体的な態様、回数、内容等に照らすと、本件組合への支配介入に当たり、社会的相当性を逸脱して精神的苦痛を与えるものといえ、U1区長及びV1所長のX4さんに対する不法行為に当たる。
使用者責任の有無
そして、本件懇親会は、研究会での発表を慰労するためにY社の負担で開催されたものであって、同研究会の出席者は本件懇親会に全員出席し、時間的にも場所的にも業務に接着して行われたことからすれば、本件懇親会への出席は「業務の執行に関して」されたものであり、そこでされた本件脱退勧奨も、「業務の執行に関して」されたというべきである。
そうすると、Y社は、本件脱退勧奨について、使用者責任(民法715条)を負うものというべきである。
Y社の反論について
➤Y社の主張
これに対し、Y社は、本件懇親会は、業務時間外で行われたものである上、本件懇親会の最中、常に本件脱退勧奨が繰り返されていたわけではなく、家族や芸能人等の雑談もされていたこと、X4さんは、U1区長も同席した2次会に自ら積極的に参加したり、本件懇親会当日に、副駅長に御礼のメッセージを送信したりするなどしているから、本件脱退勧奨による困惑した精神状態についても、当日中に解消できたといえること、懇親会の翌日、X4さんは、U1区長に抗議したものの、一言述べたにとどまり、その後も体調不調に陥ることなく、休日出勤するなどしていたことなどからすれば、金銭的に慰謝すべき損害は発生していないと主張する。
➤裁判所の判断
しかし、本件脱退勧奨は、本件懇親会の間、終始されたものではないが複数の上司から直接的かつ20回以上にわたってされたことからすれば、たとえ短時間であっても、社会相当性を逸脱するものといえ、上記結論を左右するものではないし、副駅長にメッセージを送信した事実や、2次会に参加した事実をもって、X4さんが被った精神的損害が回復したことを推認させるとまではいえない。むしろ、X4は、本件懇親会の翌日にU1区長に抗議をし、本件組合に報告をしているのであるから(…)、X4さんは、本件懇親会の翌日になっても、本件脱退勧奨について不快に思っていたことは明らかであって、その後、体調に不調を来さなかったとしても、それは不法行為の成否や損害の有無そのものを左右するものではない。
なお、Y社は、本件脱退勧奨に関し、U1区長及びV1所長に対し、厳重注意をしたから、十分な被害回復措置をしたと主張するが、そもそも同事実をX4さんに伝えておらず、この厳重注意によりX4さんの精神的苦痛が軽減されたと認めることができない。
したがって、いずれもY社の反論は採用できない。
結論
(…)以上のとおり、Y社は、本件脱退勧奨について使用者責任を負うところ、本件脱退勧奨により慰謝されるべき精神的苦痛の額は、上記のとおりの本件脱退勧奨の態様や、その後のX4さんと上司との関係、本件脱退勧奨を受けたことはX4さんが本件組合を脱退した原因でないと本人が述べていること等の一切の事情を考慮し、5万円が相当である。そして、本件脱退勧奨と相当因果関係の認められる弁護士費用相当額は5000円である。
ポイント
本件は、Y社が、本件労働組合の組合員に対する組織的な脱退工作の一環として、Xさんらに対し不当労働行為に該当する違法行為を行い、Xさんら精神的苦痛を被ったとして、Y社の不法行為または使用者責任ないし債務不履行に基づく損害賠償を求めた事案でした。
裁判所は、本件行為①~⑨がY社主導による組織的行為の一環であるとは認められないとしたうえで、さらに幹部・職制の言動が支配介入にあたるか否かを個別に検討しています。
使用者の言動に関する支配介入の問題については、当該言動がなされた労使の状況、労働組合に及ぼした影響、使用者の意図などを総合的に検討し、支配介入の成否を判断するという判断枠組みが確立しているといわれており、単なる使用者の意見や理解を求める表明にとどまる限りは支配介入には当たらないと解されています。
もっとも、仮に使用者の直接的な関与がある支配介入ではなくとも、幹部・職制による支配介入行為であり、「使用者の意を体した」ものであると判断された場合には、使用者の責任が認められます。
したがって、日ごろから、使用者自身が不当労働行為に注意するだけでなく、幹部・職制による言動にも留意する必要があります。
弁護士にもご相談ください
労働組合法7条は、支配介入のほかにも、特定の労働組合に対して経済的な便益を図ることや、正当な理由のない団体交渉の拒否、労働組合の組合員であることや組合活動をしたことを理由とする不利益な取扱いなどを禁止しています。
不当労働行為を行った場合は、労働委員会からの救済命令を受けるだけでなく、労働者に対して不当行為責任や債務不履行責任、使用者責任を負うことにもつながります。
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労働組合との関係や団体交渉等についてお悩みがある場合には、ぜひ弁護士にご相談ください。