職場の「パワハラ」口コミ投稿は違法か?【ICT・イノベーター事件】
- 当社は川崎市内でIT企業を経営しています。ある従業員が、役員面談の際の当社役員の発言に傷ついたとして、転職サイトに当社の悪口を書き込んでいることがわかりました。この従業員に対して慰謝料請求や書き込みの削除などを求めることはできるでしょうか。
- ある発言等が名誉棄損にあたるかどうか(社会的評価を低下させるかどうか)は、「一般の読者の普通の注意と読み方を基準として解釈した意味内容に従って判断すべき」が基準となります。転職サイトに書き込まれた「悪口」を読んだ一般の読者を基準に貴社の評価を低下させるような内容であれば、名誉棄損に当たる可能性があります。
もっとも、この「悪口」の書き込みが、①公共の利害に関する事実に係り、かつ、②その目的が専ら公益を図ることにあった場合に、③その重要な部分について真実であることの証明があったとき、または事実を真実と信ずるについて相当の理由があれば、その故意又は過失は否定され慰謝料請求が認められないこともありえます。
詳しくは、企業側労働問題に詳しい弁護士法人ASKにご相談ください。
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パワハラ(パワーハラスメント)をはじめとする職場のハラスメントに悩む社員の方々がたくさんいます。
近年では、職場内部におけるハラスメントだけでなく、職場内にとどまらないカスハラ(カスタマーハラスメント)や就活ハラスメントなども大きな問題になっています。
政府は、これらのハラスメントに関する規制を強化しており、事業者に対して対策の義務付けも行われています。
職場における5大ハラスメントについては、こちらの記事でご紹介しておりますので、詳しくはこちらをご覧ください。
ハラスメントは被害者の心身を傷つけるたけでなく、会社でともに働く他の社員の方々や会社それ自体にも大きな影響を及ぼします。
まずは会社としてハラスメントを絶対に許さない職場環境を醸成することが大切ですが、万が一発生してしまった場合の対応も慎重に見極める必要があります。
ハラスメントについてお悩みがある場合には弁護士に相談することがおすすめです。
裁判例のご紹介(ICT・イノベーター事件・東京地裁令和7年1月15日判決)
さて、今回は、職場における「パワハラ」口コミ投稿の違法性などが争われた裁判例をご紹介します。

どんな事案
この事案は、X社が、Yさんによるインターネット上の電子掲示板への2件の記事の投稿によりXさんの名誉が毀損されていると主張して、Yさんに対し、不法行為に基づき、損害賠償金の支払いなどを求めるとともに、各記事の削除を求めるなどした事案です。
何が起きた?
X社とYさんの関係
X社は、人材派遣業及びITソリューション事業を営む会社でした。
Yさんは、令和元年8月1日、Xさんとの間で雇用契約を締結し、以降はX社において勤務していましたが、令和2年8月31日、X社を退職しました。
X社代表者のYさんに対する発言
X社代表者は、令和2年4月17日の面談の際に、Yさんに対して、次のような発言をしました。
| 本件発言1 | 「毎月、食事にいくら使いました。何に使いましたよって、家賃いくら・・・返済にいくらだのって。それを公開してもらうことはできないでしょうか。細かなことはいいよ。」 |
| 本件発言2 | (Yさんが実際には通勤定期券を購入していないにもかかわらずその代金の精算を申請したことについて)「それでそういう虚偽の申請して、これはだって犯罪だよ。分かってる。」 |
また、X社代表者は、令和2年6月29日の面談の際には、睡眠時無呼吸症候群を患うYさんに対して、次のような発言をしました。
| 本件発言3 | 「何でもね、どっかが何か悪いとか、でも自責じゃないんだよ。分かります。会社が悪い、どっかが悪い、そんな感じの話なんだよね。自分が悪いんですよ。全てのことに。まず、自責から考える。何でも・・・・のせいにしない。そんなことに、毎日の発展もないから。今後、自分の自分、自責で考えて、それで初めて成長があるんですよ。無呼吸症も、首の長さもあるかもしれないけど、でも明らかに平均体重より太ってるんだからね、そうでもないんですか。平均体重ですか。」 |
Yさんによる記事の投稿
Yさんは、令和3年1月22日、株式会社A社が運営する、会社の口コミや求人情報等を掲載する転職総合サイトである転職会議という名称の電子掲示板において、X社について、本件記事1を投稿しました。
【本件記事1の内容】

また、Yさんは、令和3年10月26日にも、X社について、別の投稿内容の記事(本件記事2)を投稿しました。
【本件記事2の内容】

訴えの提起
そこで、X社は、Yさんによるインターネット上の電子掲示板への2件の記事の投稿によりX社の名誉が毀損されていると主張して、Yさんに対し、不法行為に基づき、損害賠償金の支払いなどを求めるとともに、各記事の削除を求める訴えを提起しました。

問題になったこと(争点)
この裁判では、さまざまな点が問題になりました。
その中でも、Yさんが投稿した記事のうち、本件記事2のパワハラに関する部分がX社の名誉を毀損するものであるのかどうか?が大きな問題(争点)となりました。
なお、そのほかの争点については、本解説記事では省略しています。
裁判所の判断
裁判所は、本件記事2のパワハラに関する部分がX社の名誉を毀損するものであり、削除の必要性も高いとして、Yさんに対し、削除を命じる判断をしました。
本判決の要旨(ポイント)
なぜ裁判所はこのような判断をしたのでしょうか?
以下では、本判決の要旨(ポイント)をご紹介します。
名誉毀損の判断枠組み
まず、裁判所は、これまでの最高裁判例を参照して、名誉毀損に当たるかどうかの判断枠組みを、次のように示しています。
「ある表現が他人の社会的評価を低下させるものであるか否かは、当該表現が記事であれば、一般の読者の普通の注意と読み方を基準として解釈した意味内容に従って判断すべきである(最高裁昭和29年(オ)第634号同31年7月20日第二小法廷判決・民集10巻8号1059頁参照)。事実を摘示しての名誉毀損と意見ないし論評による名誉毀損とでは、不法行為責任の成否に関する要件が異なるところ、上記基準は、これらの区別に当たっても妥当するというべきであり、また、証拠等をもってその存否を決することが可能な他人に関する特定の事項を主張するものと理解されるときには、同部分は、事実を摘示するものとみるのが相当である(最高裁平成6年(オ)第978号同9年9月9日第三小法廷判決・民集51巻8号3804号参照)。」
本件記事2のパワハラ部分について
その上で、裁判所は、本件記事2のパワハラ部分がX社の社会的評価を低下させるものであるとして、名誉毀損に当たると判断しました。
「一般の読者の普通の注意と読み方を基準とすれば、本件記事2パワハラ部分は、X社には職場内に長期間の精神的な治療を要する程度の強度のパワハラが存在するとの事実(以下「本件摘示事実」という。)を摘示したものであると解される(…)。
他方、Yさんは、本件記事2パワハラ部分は、X社にはパワハラや偏見等が存在し、長期間の精神疾患の治療が必要になる従業員が出る可能性があるような職場環境であったという趣旨の意見ないし論評であると主張する。
しかし、本件記事2パワハラ部分においては、具体的な言動の内容を示すことなく、単に原告の職場内にパワハラ等がある旨が記載された上で、そのために「場合によっては精神的な治療が長期間必要になる可能性も充分にある」とパワハラ等により生ずる結果に関する記載がされている。そうすると、一般の読者の普通の注意と読み方を基準とすれば、本件記事2パワハラ部分において、精神的な治療が長期間必要になる程度のパワハラ(すなわち何らかの言動等)が存在する旨が記載され、これは証拠等をもってその存否を決することが可能な事項であると理解されるものと解される。したがって、本件記事2パワハラ部分について、単にX社におけるパワハラや偏見等により長期間の精神疾患の治療が必要となる従業員がいたという事実を前提とした意見ないし論評を表明したにとどまると解することはできず、Yさんの上記主張は採用することができない。
そして、本件摘示事実は、その内容に照らし、X社の社会的評価を低下させるものと認められる。したがって、本件記事2パワハラ部分はX社の名誉を毀損するものである。」
違法性阻却の成否
他方で、事実を摘示した名誉毀損は、公益性、公益目的性と真実性、真実相当性が認められた場合に違法性が阻却されるところ、裁判所は、本件記事2のパワハラ部分については、真実性・真実相当性が認められず、違法性は阻却されないと判断しました。
▶️判断枠組み
「事実を摘示しての名誉毀損にあっては、その行為が公共の利害に関する事実に係り、かつ、その目的が専ら公益を図ることにあった場合に、摘示された事実がその重要な部分について真実であることの証明があったときには、上記行為には違法性がなく、仮に上記事実が真実であることの証明がないときにも、行為者において上記事実を真実と信ずるについて相当の理由があれば、その故意又は過失は否定される(最高裁昭和37年(オ)第815号同41年6月23日第一小法廷判決・民集20巻5号1118頁、最高裁昭和56年(オ)第25号同58年10月2024年12月8日第一小法廷判決・集民140号177頁参照)。」
▶️公共性、公益目的性
「(…)本件記事2は、転職活動を行っている者が本件掲示板を見て原告に転職するか否かを判断するにあたり参考となる事実を摘示するものといえるから、公共の利害に関する事実を摘示したものといえる。また、(…)本件記事2は、転職活動をする者の職業選択の参考とするという公益を図る目的の下にされた投稿といえる。」
▶️真実性、真実相当性について
「(…)しかし、(…)X社代表者の本件各発言は長期間の精神的な治療を要するほどの強度のものであるどころか、そもそもパワハラにすら該当しないものであるから、たとえYさんが令和2年8月からうつ状態ないしうつ病の治療のため通院を継続しているとしても、本件摘示事実が真実であるとは認められないし、Yさんにおいて真実であると信ずるにつき相当な理由があるともいえない。」
▶️違法性は阻却されない
「したがって、本件記事2パワハラ部分による名誉毀損について、真実性、真実相当性の抗弁はいずれも認められないから、違法性は阻却されない。」
記事の削除について
そして、裁判所は、X社の名誉の回復のためには、本件記事2のパワハラ部分を削除する必要性が高いとして、Yさんに対し、削除を命ずることが相当であるとの判断をしています。
「本件記事2パワハラ部分は、投稿から3年以上が経過した現在も、誰でも閲覧できるインターネット上に掲載され続けており、X社の名誉毀損の状態が継続しているといえることからすれば、X社の名誉の回復のために、その削除の必要性は高いといえる。(…)
したがって、Yさんに対し、本件記事2パワハラ部分の削除を命ずるのが相当である(…)。」
弁護士法人ASKにご相談ください
さて、今回は、会社代表者の発言を契機として行われた従業員によるパワハラなどの記事投稿について、会社の名誉毀損に当たるのかどうか?が問題になった事案をご紹介しました。
最終的に裁判所は削除や損害賠償を認める判断をしていますが、会社にとってインターネット上のサイトでパワハラなどの投稿をされてしまうことは大きな痛手であることに間違いはありません。
いまは誰でも簡単にSNSなどで発信ができる時代です。もちろん名誉を毀損する投稿は良くありませんが、他方で会社側も従業員の方に対する発言には注意が必要です。
職場におけるパワハラ対策などについてお悩みがある場合には、ぜひ弁護士法人ASKにご相談ください。
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