労働問題

職位廃止によって解雇することは許される?【クレディスイス事件】【判例解説】

厚生労働省は、令和2(2020)年5月から新型コロナウイルス感染症の影響による雇用調整の可能性がある事業所数と解雇等見込み労働者数の動向を集計して公表していました。
この集計は令和5(2023)年3月末をもって終了しましたが、同時点までの累積値として、雇用調整の可能性がある事業所は138,659所、解雇等見込み労働者数は144,531人に及んでおり、新型コロナウイルスが雇用に与えた影響の大きさを実感させられます。

解雇は、本来、使用者がいつでも自由に行えるものではなく、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当と認められないような解雇は許されません(労働契約法第16条)。
中でも、会社の経営不振などを理由に解雇せざるを得ないとして、使用者が人員削減のために行う解雇を整理解雇といいますが、これは使用者側の事情による解雇であるため、その有効性については厳しく判断されることになります。

今回は、会社の一部サービスの提供停止に伴う職位の廃止により整理解雇された従業員が、その有効性について争った事件をご紹介します。

クレディ・スイス証券事件・東京地裁令和4.4.12判決

事案の概要

Aさんは、大学卒業後、複数の金融機関での勤務を経てN社で勤務していたところ、平成24年にB社がN社のプライベートバンキング部門の事業譲渡を受けたため、B社に所属することとなりました。

Aさんは、平成26年以降、B社のマルチ・アセット部門で投資一任運用業務を担当しており、その職位は「ヴァイス・プレジデント、プライベートバンキング部門」、初年度の年俸は1850万0400円でした。B社では、平成25年末から投資一任運用サービスであるプライベート・マンデートの提供を開始していましたが、業績が芳しくなく、平成30年1月、プライベート・マンデートの新規顧客の勧誘・受付を停止することを決定しました。

プライベート・マンデートの新規勧誘・受付を停止しますわ

B社
B社

平成30年2月13日、Aさんと上長との面談の機会が設けられ、Aさんは、上記サービスの停止と、それに伴うマルチ・アセット部門の廃止、Aさんの職位の廃止を告げられ、退職勧奨を受けました。

Aさん、ごめん。もう仕事ないから退職してくれる?

B社
B社
Aさん
Aさん

そ、そんなあ

また、上長は、この面談の際に、Aさんに対して、残存業務を別部署の従業員に引き継ぐことを指示し、引継後は自宅で待機することを命じました(本件自宅待機命令)。

Aさん、引き継ぎ終わったら自宅待機ね

B社
B社

その後、AさんとB社は、AさんがB社内で働き続けるためのやり取りやポジション探しなどを行いましたが、話合いはまとまりませんでした。

そして、B社は、平成31年2月18日付けでAさんを解雇しました(本件解雇)。そこで、Aさんは、本件解雇は無効であるとして、労働契約上の地位を有すことの地位確認や解雇後の賃金等の支払い、違法な退職強要を理由とする慰謝料支払い、時間外労働に対する割増賃金の支払い等を求めて訴えを提起したという事案です。

Aさん、申し訳ないけど解雇します

B社
B社

争点

本件では、①本件解雇の有効性、②本件自宅待機命令等についての不法行為の成否、③賞与請求権の有無、④割増賃金請求権の有無などが争点となりました。

本判決の要旨

①本件解雇の有効性について

➣判断枠組み

本件解雇の効力については、
(a)人員削減の必要性
(b)解雇回避努力
(c)被解雇者の選定の妥当性
(d)手続きの相当性
といった要素を総合的に考慮した上で、本件解雇が就業規則所定の「その他前各号に準ずるやむを得ない事由があるとき」に該当し、客観的に合理的な理由が認められるかや、社会通念上相当であると認められるかを検討して判断するのが相当である。

➣本件の検討

まず、(a)人員削減の必要性については、本件解雇当時、プライベート・マンデートの新規受付停止やマルチ・アセット運用部の廃止によって生じた余剰人員を削減する必要性があったことが認められるとしました。

たしかに人員削減の必要はありましたね

裁判所
裁判所

次に、(b)解雇回避努力については、B社は、Aさんと面談してその意向や希望を聴取し、AさんがB社又はそのグループ会社内で働き続けることができるように、その意向や適性をできるだけ合ったポジションを紹介したものであって、解雇回避のために相当な努力をしたものと認められるところ、たしかにB社は平成30年4月12日以降、新たな異動先候補となるポジションをAさんに提案していないが、Aさんが面談を拒否し続ける等の不誠実な対応をしていたことも考慮すると、B社は信義則上要求される解雇回避のための努力を尽くしたと認めるのが相当であるとしました。

解雇回避の努力も尽くしたと認められますね

裁判所
裁判所

さらに、(c)被解雇者の選定の妥当性については、マルチ・アセット運用部の廃止によって生じた余剰人員として残っていたのはAさんだけであったこと、平成29年12月頃に、マルチ・アセット運用部に所属していたPさんをファンド・ソリューションズ部に異動させているが、同部にはPさんの職位や待遇に合うポジションがあった一方、Aさんの職位や待遇に見合うポジションがなかったことに照らすと、B社がAさんを被解雇者として選定したことが不合理であるとは認められないとしました。

Aさんを選定したのもやむを得ませんでしたね

裁判所
裁判所

そして、(d)手続きの相当性については、B社が、マルチ・アセット運用部の廃止を決めた後、Aさんと複数回にわたり面談を行い、廃止決定に至る経緯や理由などを説明し、Aさんの希望や以降も聴取した上で、できるだけのサポートをすることを申し出ており、さらには退職金以外に約1146万円を支払うことなどを内容とする退職勧奨をして、相当期間の生活を保障しながら、外部労働市場を通じてAさんの職歴等や希望に沿うポジションを社外に見つける機会を提供する等していたことから、B社が本件解雇までに履践した手続が不相当であったとも言い難いとしました。

解雇のプロセスも不相当とは言えないですね

裁判所
裁判所
➣結論

したがって、B社が経営上の必要性を理由として行った本件解雇は、就業規則所定の「その他前各号に準ずるやむを得ない事由があるとき」に該当し、客観的な理由があり、社会通念上相当であると認めることができるため、本件解雇は有効であると判断されました。

解雇は有効です

裁判所
裁判所

②本件自宅待機命令等に関する不法行為の成否について

➣判断枠組み

退職勧奨やそのために発せられた自宅待機命令が違法となり、不法行為を構成し得るのは、退職勧奨等が、対象とされた労働者の自発的な退職意思の形成を促すという本来の目的を超えて、社会通念上相当とは認められないほどの執拗さで行われるなど、当該労働者に不当な心理的圧力を加える態様で行われたり、その名誉感情を不当に害するような言辞を用いたりして行われた場合等に限られるというべきである。

➣本件の検討

本件における前記のようなB社の対応によれば、Aさんの自発的な意思形成に不当な心理的圧力を加えたとか、Aさんの名誉感情を不当に害するような言辞を用いたことはうかがわれない。
また、Aさんの職位が消滅していたため、Aさんの異動先等が決まるまでの間、自宅待機命令を命ずる業務上の必要性や合理性があったことも認められる。
したがって、本件自宅待機命令等が不法行為を構成するとは認められないと判断されました。

退職勧奨も違法とは認められませんでした

裁判所
裁判所

③賞与請求権の有無について

Aさんの雇用契約書の記載からは、賞与を支給するか否かやその金額をもっぱらB社の裁量にゆだねており、任意的な給付であることから、Aさんには具体的な賞与請求権が認められないと判断されました。

ボーナスの請求権も認められません

裁判所
裁判所

④割増賃金請求権の有無

Aさんが就いていたヴァイス・プレジデントは固定残業代の規定が適用されるエグゼンプト社員であるとは認められないとして、Aさんの実労働時間等を計算した上、B社に対して約414万円の割増賃金等の支払いを命じました。

裁判所
裁判所

Aさんに固定残業代の適用がないので、割増賃金は支払ってあげて下さい

解説

本件のおさらい

本件では、Aさんの解雇の有効性が問題となりましたが、本件解雇は、Aさんが所属していたマルチ・アセット運用が廃止されたことによって、Aさんの職位がなくなってしまったという経営上の理由から行われた整理解雇でした。

そこで、本判決では、整理解雇の有効性を (a)人員削減の必要性、(b)解雇回避努力、(c)被解雇者の選定の妥当性、(d)手続きの相当性という4つの要素に着目し、これらの事情を総合的に考慮した上で判断するという枠組みを採用しています。

そして、裁判所は、上記各要件について詳細に検討した上で、B社が経営上の必要性を理由として行った本件解が、就業規則所定の「その他前各号に準ずるやむを得ない事由があるとき」に該当し、客観的な理由があり、社会通念上相当であると認めることができると判断しました。

規範に対する見解

もっとも、整理解雇に関する規範は、日本型の雇用システムを採る会社に適した法理であり、本件のような雇用や処遇の場合には適用すべきではないのではないか、という指摘もなされているところです。

この点について、B社も、本件解雇が整理解雇だとしても、Aさんは高度専門職で職種が特定され好待遇を受けている労働者であり、賃金が外部労働市場に適合し、転職によってキャリアアップを重ねてより高い待遇を得ることが想定された労働者であるから、整理解雇の4要素を用いる判断枠組みをそのまま適用して判断するのは妥当でないと反論していました。

Aさんのような高度専門職の従業員に、整理解雇の4要素はなじまない!

B社
B社

しかし、裁判所は、「B社が指摘する本件の特色は、本件解雇が会社側の経営上の必要性から行われたものであるという本件解雇の基本的性質を失わせるものではなく、本件解雇についても、その有効性は上記4要素に照らして慎重に判断するのが相当である。なお、B社が指摘するAさんの職位がなくなった経緯や労働者の性質等の本件の特色については、B社に信義則上求められる解雇回避努力の内容や程度等を検討するに当たっての考慮要素として斟酌することができるから、上記のようないわゆる整理解雇の4要素を総合考慮する判断枠組みを用いても、適切な解決を図ることはできる」と示しています。

裁判所
裁判所

Aさんに整理解雇の4要素を適用しても、適切な解決は可能です!

すなわち、裁判所としては、規範はそのままに事案の特殊性は考慮要素の中で相応の重みをもって判断するという定式を採用しているのです。
本件のAさんは、誰の目から見ても超好待遇の事案でしたが、仮にここまでの超好待遇ではないような事例では、B社側の反論も含めた本判決の射程が及ぶのかどうかは明らかではありません。もっとも、裁判所において採用される規範がどうであろうと、会社が従業員を解雇する場合には、必要な対応を地道に重ねていくことが重要といえます。

弁護士に相談を

従業員の解雇は非常のセンシティブな問題です。

実際に解雇の有効性が争われて裁判などに発展した場合には会社にも大きな損害が生じることになるため、解雇を検討する場合には、最終的な解雇に向けたロードマップを組んでいく必要もあります。

弁護士
弁護士

整理解雇は最後の手段。慎重に行いましょう。

具体的に会社がどのような対応をしていかなければならないのか、という点は会社の状況や当該従業員の職位などさまざまな事情を考慮しなければなりませんので、日ごろから顧問弁護士に相談し、慎重に進めていくことが肝要です。