労働問題

【判例解説】有期から無期への契約転換の際に労働条件を引き下げることは許される?

2024年(令和6年)4月から、企業の労働条件明示のルールが変わります。

具体的には、
①全ての労働契約の締結時と有期労働契約の更新時に、就業場所・業務の変更の範囲を明示すること
②有期労働契約の締結時と更新時に、更新上限の有無と内容を明示すること
③無期転換ルールに基づく無期転換申込権が発生する契約の更新時に、無期転換申込機会を明示すること
④無期転換ルールに基づく無期転換申込権が発生する契約の更新時に、無期転換後の労働条件を明示すること
が必要となります。

また、④については、併せて、無期転換後の労働条件を決定するに当たって、就業の実態に応じて、正社員等とのバランスを考慮した事項について、有期契約労働者に説明するよう努めなければならないこととなります。

アンスティチュ・フランセ事件(東京地裁令4. 2. 25判決)

事案の概要

Aさんらは、フランス語の語学学校でフランス政府の公式機関であるB社において、非常勤講師として勤務し、報酬は時給制とされていました。
Aさんらは、B社との間で、期間を6か月又は1年とする雇用契約(旧契約)を締結し、更新をしてきました。
平成30年2月、Aさんらは、B社に対し、B社から提示されていた新時給表が適用される期間の定めがない雇用契約(新無期契約)の契約書の署名をし、これを送付しました。
本件新無期契約では、年間勤務時間数は、前年に実施された時間数の7割を下回らないものとするが、講師自ら個人的な都合を理由とする申出があり、B社に求められた場合等には、講師に1コマも託されないことがあり、この場合は、賃金や手当は一切支払われない旨の規定(新時間数規定)が定められていました。
しかし、Aさんらは、契約期間が無期限である部分については受け入れるとしつつも、新時給表の適用については留保して承諾することを明らかにしていました。
Aさんらは、平成30年4月1日以降もB社で勤務しており、B社は、Aさんらに対し、新時給表に基づき算出した報酬を支払っていました。
その後、Aさんらは、B社に対し、旧時給表に基づく報酬を受けるべき雇用契約上の権利を有する地位にあることの確認等を求めて訴えを提起したという事案です。

争点

本件の争点は、①旧契約が民法629条1項に基づき更新されたといえるか否か、また、②旧契約が労働契約法19条に基づき更新されたといえるか否かです。

➤民法629条1項

雇用の期間が満了した後労働者が引き続きその労働に従事する場合において、使用者がこれを知りながら異議を述べないときは、従前の雇用と同一の条件で更に雇用をしたものと推定する。この場合において、各当事者は、第627の規定により解約の申入れをすることができる。

➤労働契約法19条

有期労働契約であって次の各号のいずれかに該当するものの契約期間が満了する日までの間に労働者が当該有期労働契約の更新の申込みをした場合又は当該契約期間の満了後遅滞なく有期労働契約の締結の申込みをした場合であって、使用者が当該申込みを拒絶することが、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められないときは、使用者は、従前の有期労働契約の内容である労働条件と同一の労働条件で当該申込みを承諾したものとみなす。(略)

本判決の要旨

①   旧契約の民法629条1項に基づく更新の有無について

民法629条1項は、期間の定めのある雇用契約について、期間満了後も労働者が引き続きその労働に従事し、使用者がこれを知りながら異議を述べない場合に、労働者と使用者の従前の雇用関係が事実上継続していることをもって従前と同一の条件で雇用契約が更新されたものと推定する趣旨の規定である。
しかし、B社は、本件旧各契約の期間満了後の平成30年4月1日以後のAさんらの報酬を新時給表に基づき算出して支払っていた上、同日以後に行われた労働組合とB社の間の団体交渉においても、B社が旧時給表を適用することについて一貫して明示に異論を述べていた。
したがって、B社が、旧契約の期間満了後もAさんらが引き続きその労働に従事することを知りながら異議を述べなかったとはいえず、旧契約が民法629条1項により更新されたということはできない。

②   旧契約の労働契約法19条に基づく更新の有無について

Aさんらは、本件新無期契約の契約書に署名して、B社に返送する際、契約期間の定めがない部分は承諾するとした上、契約書に添付されていた新時給表の内容については異議をとどめる旨通知していた。
このようなAさんらの行為は、B社による本件新無期契約の締結の申込みに対し、Aさんらがその重要部分である賃金の定めについて異議をとどめた上で承諾したものとして、その申込みを拒絶するとともに、期間の定めがなく、かつ、旧時給表が適用される雇用契約の新たな申込みをしたものとみなすのが相当である(民法528条)。
そして、労働契約法19条の更新とは、期間の定めのある雇用契約と次の期間の定めのある雇用契約が接続した雇用契約の再締結を意味するところ、このようなAさんらの新たな申込は、期間の定めのない雇用契約の申込みであるから、同条による更新の申し込みには当たらない。

したがって、旧契約が労働契約法19条により更新されたということはできない。

③結論

よって、旧時給表が適用される旧契約が民法629条1項又は労働契約法19条に基づき更新されたとはいえないため、旧契約が更新されたことを前提とするAさんらの請求は認められないと判断されました。

解説

本件は、使用者側が期限の定めのない契約が成立すること自体は認めており、その契約に適用される時給が旧規定によるか新規程によるかという点が争われている点で珍しい事件であるといえます。
B社側の主張を見る限り、組織改編や公的資金の削減、フランス語講座の需要の構造的な減少に伴う受講者数の減少により、公的資金に頼らない講座収入に見合う合理的な管理運営を行う経営上の必要があり、要するに講師は確保したいが、給料は合理化したいという背景事情があったようです。
無期転換については、雇止め自体の有効性が問題となるケースが多く、本件はあまり前例のない判断になっていますが、民法629条1項や労働契約法19条の解釈が展開されている点や労働条件の引き下げが争われている点などにおいては、参考になると思われます。

雇用条件の変更については、さまざまな角度からの検証が必要です。きめ細かい制度設計を行うためにも、普段から気軽に相談できる顧問契約がオススメです。