労働問題

【判例解説】仕事のミスで1分間分減給?これって許される?

仕事に忙殺される毎日。

1日が50時間ならもっといろんなことができるのに…なんて思うことがあります。
とはいえ、1日24時間という非情な定めはすべての人に適用されています。
まさに「時は金なり」です。
「時間の無駄はコストの無駄」をスローガンに掲げたいところですが、従業員にコスト意識を持たせるのもなかなか難しいものです。

さて、そんな時間とコストをめぐり、会社がミスをした従業員の1分間分の賃金を差し引いたという事件がありました。

JR西日本事件(岡山地裁令4. 4. 19判決)

事案の概要

Aさんは、B社(JR西日本)で運転士として勤務していました。
Aさんは、回送列車を移動させる作業を行う際、待機すべきホームの番線を間違えたため、B社から指定された時刻より2分遅れて乗継ぎ作業を開始し、1分遅れてその後の作業を開始・完了しました。
B社は、乗継ぎが遅れた2分間は勤務を欠いたものであるとして、当該2分間分のAさんの賃金を控除しました。
その後、1分間分の賃金はAさんに返還されたものの、残る1分間分の賃金は支払われませんでした。

そこで、Aさんが、B社に対して、1分間分の未払賃金56円と慰謝料220万円(弁護士費用含む)の支払いを求めたという事案です。

争点

本件の争点は、①Aさんに対する未払賃金があるか否か、②Aさんに対して1分間分の賃金を支払わなかったことが不法行為に該当するか否かです。

本判決の要旨

①未払賃金の有無について

➤判断枠組み
賃金請求権の発生根拠は、労働者と使用者との間の合意(労働契約)に求められるところ、労働者が債務の本旨に従った労務の提供をしていない場合であっても、使用者が当該労務の受領を拒絶することなく、これを受領している場合には、使用者の指揮命令に服している時間として、賃金請求権が発生するものと解される。

➤B社がAさんの労務の提供を受領したといえるか
労務の提供が人間の活動である以上、一定の割合で、その遂行過程の一部に過失による誤りや遅れ等が生じ得ることは、B社においても通常想定されるものである。

いかに乗務員の所定の作業が分刻みで指定されているとしても、B社がそれに反する労務の受領を一律に拒絶しているものとは解されず、むしろそれに反する労務を行った場合は、直ちに所定の労務内容への修正を求めているものと解するのが合理的である。

そうだとすれば、修正するための労務も含めてB社の指揮命令に服しているのであって、乗務員の過失による誤った労務やその修正のための労務をB社が受領していないなどとみるのは相当でない。

したがって、B社は、Aさんの労務を受領したものといえ、当該労務の提供が、債務の本旨に従ったものであったか否かにかかわらず、当該労務について、B社の指揮命令に服している時間としてAさんに賃金請求権が発生すると認められる。

②不法行為の成否について

たしかに、B社が、Aさんに対して未払賃金を支給せず、Aさんらの申入れや労基署の是正勧告を受けてもなお支払いを拒んだことは、不適切であったといえる。

しかし、B社は、労働契約上の金銭債務を履行しなかったにすぎず、当該不履行によりAさんが被る不利益は一般には金銭的なものにとどまり、この不利益自体は未払賃金が支払われれば回復すること、未払賃金の額も少額であること等に鑑みれば、別途金銭を以て慰謝しなければならない程度に違法な行為であるとまではいえない。

したがって、B社が1分間分の賃金を支払わなかったことは、不法行為には該当しない。

③結論

よって、B社は、Aさんに対して、未払賃金56円及び遅延損害金を支払わなければならないと判断されました。

解説

本件では、Aさんが、待機すべきホームの場所を間違えたという人為的なミスにより、B社から受けた指示の時刻通りに乗継ぎの業務を遂行できず、遅延した時間分の賃金が控除されたという事案において、Aさんの未払賃金請求権が認められました。

本判決は、裁判所が未払賃金請求権の有無を判断するに際して、労働者の労務の提供が本旨に従った労働といえるか否かではなく、使用者側が労働者の遂行した労務の提供の受領を拒絶したといえるか否かに着目して検討している点で、大きな特徴があります。

たしかに、B社が旅客鉄道事業を営んでおり、1分1秒単位の運行時刻の正確性が求められる事業であることからすれば、Aさんのミスによる乗継ぎ作業の遅れに対して、敏感な態度を示すことが全く理解できないわけではありません。

しかし、B社の常務員に対する過度な時間管理と1分単位の賃金控除という姿勢は、むしろ乗務員の勤労意欲を阻害するとともに、安全性確保等に対する意識を低下させる根本的な要因になってしまうものと考えられます。

従業員のミスがあったからといって、分刻みで賃金を控除する企業があるとはなかなか考え難いですが、「労務の提供が人間の活動である以上、一定の割合で、その遂行過程の一部に過失による誤りや遅れ等が生じ得ることは、…通常想定されるものである」という点は改めて確認し、心にとどめておく必要がありそうです。

従業員のミスに対する対応を間違えないために、普段から顧問弁護士に相談することが大切ですね。顧問弁護士のご相談は弁護士法人ASKまで遠慮なくお申し付けください。