就業規則に違反したことを理由に定年後の再雇用契約を解除することは許されるのか【判例解説】
内閣府が発表した<令和5年版高齢社会白書>によれば、わが国の総人口に占める65歳以上人口の割合(高齢化率)は29.0%と、先進諸国の中でも最も高い水準となっています。
今後の予想としては、わが国の高齢化率は上昇を続け、令和19年には33.3%となって国民の3人に1人が65歳以上になると見込まれています。
このような少子高齢化を背景に、最近では、高齢者の再雇用や定年の後倒しを行う企業も増えているようです。
そんな高齢者の再雇用契約をめぐり、就業規則違反などがあった場合には再雇用契約を破棄し、再雇用の可否等を再度検討する旨の条項の解釈や、同条項に基づく再雇用契約の解除の有効性が問題となった事件がありました。
ヤマサン食品工業事件・富山地裁令4. 7. 20判決
事案の概要
Aさんは、平成24年に缶詰製造や水煮加工などを業とするB社に入社しました。
令和2年2月20日、B社は、Aさんが令和2年7月20日に60歳に達するのに先立ち、Aさんとの間で定年後の再雇用契約(本件合意)を締結しました。
この再雇用契約の中には、契約期間の間に、就業規則の定めに抵触するなどの事情があった場合には、本件合意を破棄し、再雇用の可否及び再雇用する場合には労働条件を再度検討するものとする旨の規定(本件就業規則抵触条項)がありました。
B社は、令和2年4月7日、コロナウイルス感染症の拡大に伴う緊急事態宣言が東京都ほか6府県に出されたことを受け、在宅勤務や自宅待機の実施を周知するとともに、Aさんに対しても、週1回程度の出社を除いて、在宅勤務や自宅待機をするように指示していました。
ところが、Aさんは、自宅待機命令に反して、令和2年4月14日と同月16日に外出し、B社の関連会社に赴いて、合計80Lもの除菌水を持ち帰りました。
令和2年4月27日、B社はAさんに対して、自宅待機中の私用外出が業務命令違反に当たり、就業規則に抵触することを理由に、譴責処分とする旨の通知をしました。
Aさんは、始末書を提出しましたが、B社は、令和2年7月8日、譴責の懲戒処分を理由として、本件就業規則抵触条項に基づき、再雇用契約を解除し、Aさんと再雇用契約を締結しない旨を通知しました。
Aさんは、B社が就業規則違反を理由として再雇用契約を解除したことは、「高齢者の雇用の安定に関する法律」の趣旨に反して無効であるなどと主張し、B社に対して、再雇用契約上の地位の確認や不法行為に基づく損害賠償等を求める訴えを提起したという事案です。
争点
本件の争点は、①本件就業規則抵触条項に基づく再雇用契約の解除が有効であるか否か、また、②かかる解除が不法行為に該当して損害賠償請求権が認められるか否かです。
判決の要旨
①再雇用契約の解除の有効性について
➤本件就業規則抵触条項の解釈と評価
高齢者雇用の安定等に関する法律(高年法)が平成24年に改正され、原則として継続雇用の希望者全員を再雇用制度の対象とするように義務付けた趣旨や、「高齢者雇用確保措置の実施及び運用に関する指針」の内容を踏まえると、心身の故障のため業務に耐えられないと認められることや、勤務状況が著しく不良で引き続き従業員としての職責を果たし得ないこと等の就業規則に定める解雇事由又は退職事由(年齢に係るものを除く。)に該当する場合に限り、例外的に継続雇用しないことができるが、労使協定又は就業規則において、これと異なる基準を設けることは、高年法改正の趣旨を没却するものとして,許されない。
そして、B社における継続雇用制度は,高年法改正の趣旨を踏まえ、就業規則3- 7別表1に定める基準年齢に達するまでは、本件労使協定に定める基準を適用することなく、解雇事由または退職事由に該当する事由かがない限り再雇用し、基準年齢に達した後は、本件労使協定に定める基準を満たす者に限って65歳まで再雇用する旨定めるものと解釈すべき。 また、本件就業規則抵触条項は、解雇事由または退職事由に該当するような就業規則違反があった場合に限定して、本件合意を解除し、市阿雇用の可否や雇用条件を再検討するという趣旨であると解釈すべき。
➤本件就業規則抵触条項に基づく本件合意の解除の有効性
たしかにAさんは、少なくとも2日にわたり自宅待機命令に反して外出しており、業務命令に違反していることが認められる上、一度に大量の持ち帰りを遠慮する注意文書にもかかわらず合計80Lもの除菌水を持ち帰った行為は配慮を欠いたものであった。
しかし、Aさんの行為は、職場の秩序を乱したとか情状が悪質であるなどの就業規則に定める解雇事由に相当するほどの事情とはいえない。
また、定年前約2年間におけるAさんの人事評価の結果を全体としてみると、B社の人事評価制度やそれに基づく査定を前提としても、せいぜい標準をやや下回っている程度て、解雇事由や退職事由に相当するほど著しく不良であるとはいえない。
したがって、B社が、本件就業規則抵触条項に定める解除条件を充足したとして本件合意を解除し、Aさんを再雇用しないことは、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当とは認められない。
よって、B社による本件再雇用契約の解除は無効である。
②損害賠償請求権の成否について
本件再雇用契約の解除が有効か否かは、高年法の趣旨などを踏まえ、本件就業規則抵触条項をどんおように解釈、評価すべきかと密接に関連し、同条項の解釈、評価が一見して明白かつ一義的に決まるものとはいえないことからすれば、結果として本件解除が無効であったとしても、B社が本件就業規則抵触条項を適用して、Aさんとの再雇用契約を解除したことが、不法行為に該当すると当然にいえるものではない。
したがって、Aさんの不法行為に基づく請求は認められない。
解説
本判決は、再雇用契約をめぐる紛争ではありますが、会社が従業員の再雇用を当初から拒んだというものではなく、一度は再雇用に関する有効な合意が成立していたものの、会社が就業規則違反を理由として再雇用契約を解除したという事案であり、再雇用契約の解除の有効性が争われている点に特徴があります。
そして、B社の本件就業規則抵触条項について、裁判所は、平成24年改正高年法の趣旨を踏まえ、「解雇事由又は退職事由に該当するような就業規則違反があった場合」に限定して、本件合意を解除し、再雇用の可否や雇用条件を再検討する趣旨であると解釈しています。
今回、Aさんは自宅待機命令に違反して私用で外出した上、大量に除菌水を持ち帰るという配慮に欠く行為をしていますが、このような譴責処分の原因となった懲戒事由はいずれも軽微なものであり、B社におけるAさんの人事評価の結果を踏まえても、解雇事由に相当するほどではないため、本件再雇用契約の解除は無効であると判断されました。
この裁判所の判断に照らして考えると、就業規則違反などを前提として、当該従業員に対して譴責のような軽微な懲戒処分がなされたからといって、再雇用契約の継続を拒絶することは許されないことになります。
令和3年4月1日には、高年齢者雇用安定法が改正され、70歳までの就業確保措置を講じることが努力義務となりましたが、今後も少子高齢化を背景に、高齢者の再雇用や継続雇用に関する規制はますます変化していくことが考えられます。
この機会に、再雇用(継続雇用)に関する社内規定を見直してみてはいかがでしょうか。
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