【判例解説】歩合給を廃止して固定残業代に相当する運行時間外手当を新設する給与規程の変更は許されるのか
令和5年度の賃上げは、企業の84.8%が実施したようです。
物価上昇に見舞われて高まった賃上げ機運と深刻な人手不足によるものとは思われますが、日本経済の長期低迷の下、大幅な売上増加と利益拡大の期待は小さく、多くの企業にとって、賃金の算定・支給は頭の痛い問題です。
そんな中で、旧給与規程の歩合給と家族手当を廃止して,割増賃金に該当する運行時間外手当を新たに創設した会社に対して、従業員が訴えを提起した事件がありました。
栗田運輸事件・東京高裁令3. 7. 7判決
事案の概要
A社は、経営状況の悪化に伴い、給与規程を改定し、歩合給と家族手当を廃止し、歩合給に代えて割増賃金の支給するものとして運行時間外手当を創設しました。
しかし、A社の給与規程の改定によって、従業員3人の通常の労働時間に基づく賃金は、約28.6%から32.5%も減額されてしまいました。
そこで、従業員3名は、A社の給与規程の改定が「労働者の不利益に労働契約の内容である労働条件を変更」(労働契約法9条、10条)したものであり、無効であると主張し、改定前の給与規程で算定した賃金と支給済みの賃金との差額分の支払いを求めた事案です。
争点
本件の争点は、A社の給与規程の変更による賃金に係る労働条件の変更(本件変更)の効力が、従業員らに対して及ぶか否か。すなわち、旧給与規程の歩合給および家族手当を廃止し、歩合給に代えて運行時間外手当を創設する旨の新給与規程の有効性です。
判決の要旨
本件変更による不利益の程度は著しいといわざるを得ないところ、本件変更の必要性が高かったとは認め難いことに加え、本件変更当時に特段の代償措置もなかったことからすれば、労働組合等との交渉における承諾や新給与規程の内容が相当ではないとはいえないことを踏まえたとしても、本件変更が、このような不利益を法的に受忍させることもやむを得ない程度の高度の必要性に基づいた合理的な内容のものであると認めることはできないとして、新給与規程の改定が無効であるとし、旧給与規程による賃金制度に基づく賃金と支払済みの賃金との差額の支払いを求める従業員等の請求を認めました。
解説
本判決は、まず、A社による給与規程の変更が、「旧給与規程の歩合給及び家族手当を廃止し,歩合給に代えて割増賃金に該当する賃金として支払うとする運行時間外手当を創設するもの」と整理した上で、「通常の労働時間の賃金を減額し、家族手当を廃止するものであるから、労働条件の不利益変更(労働契約法9条、10条)に当たる」としました。
そして、通常の労働時間の賃金には、基本給、勤続給、精勤手当、無事故手当が該当すると解されるところ、歩合給を廃止して運行時間外手当が創設され、運行時間外手当全額について割増賃金としての性格が与えられることになると、従業員らの通常の労働時間の賃金の減額分と家族手当を合わせた減額分が28.6%~32.5%にのぼり、給与規程の変更に伴う不利益の程度は著しいといわざるを得ないと判断しました。
裁判所は、これに加えて、本件変更の必要性や新給与規程の相当性、代償措置の有無、労働組合等との交渉経過を考慮した上で、本件変更に基づく賃金に係る労働条件の不利益変更は無効であり、A社は従業員らに対して、旧給与規程に基づき算定した賃金との差額を支払う義務があるとして結論付けています。
なお、A社は、本件変更後に従業員らにほとんどの時間外労働が発生しておらず、所定労働時間よりも相当早く業務を終えていることなどから、不利益の程度は大きくない上、A社の経営状況の悪化に伴って本件変更の必要性があったなどと反論していましたが、裁判所は、賃金の減額に対し、労働時間が減少したことをもって直ちに不利益が小さいとはいえない上、A社の経営状況からは、従業員の給与水準を大幅に下げる内容の本件変更をすべき高度の必要性があったとは認められなどとして、A社の主張を否定しています。
固定残業代の実施について
このように固定残業代実施における不利益変更については、裁判所においてシビアに判断がされています。しかし、会社経営においては、旧来の人事制度の変更、給与規程の改定を余儀なくされるケースも多々あります。
本判決に照らして考えるに、会社としては、従業員に生じる不利益の程度を具体的に検討した上で、会社の経営状況等に照らして真に給与規程の変更を要するのか、新給与規程は内容として相当性を有するものか、段階的な変更や激変緩和措置などがあるか否かなどを踏まえた十分なシミュレーションをして、慎重に進めていく必要があるといえるでしょう。
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