妊娠等を理由とする業務指示はマタハラ?
職場内における3大ハラスメント(パワハラ、セクハラ、マタハラ)の中でも、マタハラ(マタニティハラスメント)は被害者や胎児の生命を脅かす特に危険なハラスメントです。
男女雇用機会均等法や育児介護休業法ではマタハラを防止するための措置を講ずることを各事業者に対して義務付けていますが、なかなか十分な対応がとられていない状況が続いています。
マタハラは、妊娠中の健康状態が非常に悪い最中で行われるなど、被害者が弱い立場にあることをいわば利用して行われているため、その他のハラスメントと比較しても、被害者が泣き寝入りさせられているケースが非常に多いという問題があります。
使用者としては、日ごろから職場内におけるマタハラの実態を調査し、マタハラを許容しない社風作りや職場環境整備、社内研修等に努めなければなりません。
また、その他のハラスメントについても、十分な予防措置や万が一ハラスメントが発生してしまった場合に備えた対応体制などが整えられているか否かについても改めて確認をしておく必要があります。
さて、今回は、ある歯科医院で歯科医師として勤務していた女性が、妊娠等を理由として同歯科医院がとった対応や言動がハラスメントに該当すると主張し、慰謝料等の支払いを求めた事案を紹介します。
医療法人社団Bテラスほか事件・東京高裁令和5.10.25判決
事案の概要
本件は、B法人が開設・経営する歯科医院に勤務しているAさんが、B法人の前理事長兼同歯科医院の前院長であるCさんからハラスメントを受けたと主張し、B法人とCさんに対して慰謝料の支払い等を求めた事案です。
事実の経過
本件歯科医院の状況
Cさんは、平成15年に本件歯科医院を開業し、Cさんの長女や次女も歯科医師として勤務していました。
本件歯科医院は元々女性が多い職場であり、Cさん自身も歯科医師として勤務しながら長女や次女を出産して仕事と育児を両立していたほか、Cさんの次女も妊娠出産を経て令和5年5月から本件歯科医師に復職していました。
Aさんの勤務
令和元年5月、Aさんは本件歯科医院の歯科医として採用されました。
Aさんは、かねて妊娠を希望しており、産婦人科を受診して不妊治療を受けていましたが、令和2年7月、Cさんに対して、検査を受ける等の妊娠に向けた活動のため、これまでより受診回数を増やす必要があるとして勤務日数を週5日から週4日に減らすよう求めたところ、Cさんはこれを了承しました。
不妊治療のため勤務日数を減らしたいのですが
もちろんよ。
Aさんによる休職の申出
Aさんは、令和2年9月18日、妊娠した旨をCさんに報告するとともに、体調不良を理由に翌日から休職したいと申し出ました。
急な申出ではありましが、Cさんは自分の身体を一番に考えるようAさんに伝えてその申出を了承し、すでに入っていたAさんの診療予約を他の医師に変更する等の調整を行いました。
Aさんは、令和2年9月19日から同月29日まで休職し、同月30日は同人の強い希望で出勤しましたが、同年10月1日から同月31日までは再び休職しました。
妊娠することができました。体調不良で休職させてください。
なんとか調整するわ
本件病院による予約受付システムの調整
本件歯科医院における予約受付は、通常、電話またはPC上の予約受付システムによって行われており、電話予約は、電話に応対した受付職員や歯科衛生士が予定の空いている歯科医院に適宜割り振りを行い、PC上の予約は、予約受付システムによって各歯科医師の空き時間に機械的に配点された。
Cさんは、Aさんが休職を申し出た以降は、同人に対して患者が機械的に配点されないよう、PC上の予約受付システムを調整しました。
Aさんに配点されてしまうシステムもなんとかしないと
Aさんの復職
令和2年11月1日、Aさんは、勤務に復帰しましたが、休職中に代わりの医師が行った診療の内容、自由診療を希望する患者の配点等をめぐって、院長であるCさんと対立し、関係が悪化しました。
復帰したけど、いろいろ納得いかないわ
それはあんまりじゃない?
そして、復職後、再び体調を崩したAさんは、令和3年1月18日、産婦人科医石から、神経性胃炎、食堂裂孔ヘルニアのため、同月22日から同年3月29日までの間、休職・自宅安静が必要である旨の診断を受けました。
この診断を受けて、Aさんは令和3年1月22日から同年3月29日まで休職をし、同月30日からは産前休業に入り、同年5月14日に出産した後は、産後休暇に入り、同年7月10日から育児休業に入りました。
訴えの提起
その後、Aさんは、B法人とCさんが、Aさんの妊娠等を理由とするハラスメントを行ったと主張して、Cさんに対しては民法709条に基づき、B法人に対しては医療法46条の6の4、一般社団法人及び一般財団法人に関する法律78条に基づき、慰謝料等および遅延損害金の連帯支払いなどを求めて訴えを提起しました。
なお、Cさんは、令和5年5月1日、B法人の理事長を辞任し、同日Cさんの次女が同理事長に就任しました。
争点
本件では、①不法行為(ハラスメント等)の成否や②Aさんの精神的損害などが主要な争点となりました。
本判決の要旨
争点①不法行為(ハラスメント等)の成否
Aさんは、Cさんの種々の言動は、Aさんの妊娠を契機とする不利益な取扱い又はいわゆるハラスメントであり、不法行為に該当すると主張していました。
この点について、裁判所は次のとおり示し、業務上の必要がないのにAさんの診療予定時間を延長するなどし、本件歯科医院の控室において他の従業員と共にAさんを揶揄する言動をして就業環境を悪化させる不法行為があったと判断しました(以下では、不法行為と認められた判示について紹介します)。
関係法令の定め
「一般に、事業主は、その雇用する女性労働者の妊娠、出産等を理由として、解雇その他の不利益な取扱いをしてはならず(雇用の分野における男女の均等な機会及び待遇の確保等に関する法律(以下「均等法」という。)9条3項)、また職場における妊娠、出産等(同法11条1項及び2項所定の事由)に関する言動により、雇用する女性労働者の就業環境が害されることのないよう、相談に応じ、適切に対応するために必要な体制の整備その他の雇用管理上必要な措置を講ずるべき義務を負う(均等法11条の3第1項)。
そして、「事業主が職場における妊娠、出産等に関する言動に起因する問題に関して雇用管理上講ずべき措置等についての指針」(平成28年8月2日厚生労働省告示第312号)は、上記の妊娠、出産等の事由に関する言動によって当該労働者の就業環境が害されることをもって「職場における妊娠、出産に関するハラスメント」とした上で、必要な事項を定めている。また、労働施策の総合的な推進並びに労働者の雇用の安定及び職業生活の充実等に関する法律(以下「労働施策総合推進法」という。)30条の2第1項は、事業主は、職場において行われる優越的な関係を背景とした言動であって、業務上必要かつ相当な範囲を超えたものによりその雇用する労働者の就業環境が害されることのないよう、上記同様の措置を講じなければならない旨を定めている。」
診療予定表上の診療予定時間の変更等について
「Aさんは、令和2年11月30日、同年12月4日及び同月5日の3回にわたり、診療予定表に入力したAさんの診療予定時間をCさんが独断で30分延長して、Aさんの診療予約を入りにくくしたと主張する。
これらは、具体的な業務上の必要性が認められない限り、通常とは異なる取扱いといわざるを得ないが、Cさんらは、いずれも同一の患者の予約に係るものであって(書証略)、本件歯科医院においては1枠30分で治療を行っているところ、同患者の診療においてはしばしば予定時間を超過することがあったので、次の患者を待たせないよう次回の予約枠を1枠追加したと主張する。
しかし、上記の具体的な事実(業務上の必要性を根拠づける事実)を認めるに足りる的確な証拠は見当たらない。
したがって、Cさんらの主張する業務上の必要があったものと認めることはできない。」
Cさんの主張する業務の必要性は認められませんね
控室での会話について
「Aさんは、令和3年1月16日、Cさんが、Aさんがいない場で他の従業員(歯科衛生士)に対し番号71の「具体的行為」欄記載のとおりAさんの名誉を毀損し侮辱する内容の発言をしたと主張する。
Aさんが依拠する証拠(書証略)は、Cさんが院内で一審Aさんの悪口を言っているのではないかとの疑いを持ったAさんが、その証拠を得ようとして、院内のオープンスペースである控室に秘密裏にボイスレコーダーを設置しておいたところ、偶然Cさんの会話内容が録音できたことから、その録音内容を反訳して書証として提出した書面であることが認められる(書証略)。
従業員の誰もが利用できる控室に秘密裏に録音機器を設置して他者の会話内容を録音する行為は、他の従業員のプライバシーを含め、第三者の権利・利益を侵害する可能性が大きく、職場内の秩序維持の観点からも相当な証拠収集方法であるとはいえないが、著しく反社会的な手段であるとまではいえないことから、違法収集証拠であることを理由に同証拠の排除を求めるCさんらの申立て自体は理由があるとはいえない(同様にCさんらが違法収集証拠であると主張する他の証拠についても、著しく反社会的な手段により収集されたものとまでは認められないから、同証拠の排除を求める一審被告らの申立ても理由がない。)。
秘密録音も、違法収集証拠とまではいえませんね
その上で、前記の証拠(書証略)によれば、Cさんは、本件歯科医院の控室において歯科衛生士2名と休憩中に同人らと雑談を交わす中で、Aさんのする診療内容や職場における同人の態度について言及するにとどまらず、歯科衛生士2名と一緒になって、Aさんの態度が懲戒に値するとか、子供を産んでも実家や義理の両親の協力は得られないのではないかとか、暇だからパソコンに向かって何かを調べているのは、マタハラを理由に訴訟を提起しようとしているからではないかとか、果ては、Aさんの育ちが悪い、家にお金がないなどと、Aさんを揶揄する会話に及んでいることが認められる。
これらの会話は、元々Aさんが耳にすることを前提としたものではないが、院長(理事長)としてのCさんの地位・立場を考慮すると、他の従業員と一緒になって前記のようなAさんを揶揄する会話に興じることは、客観的にみて、それ自体がAさんの就業環境を害する行為に当たることは否定し難い。
したがって、この点について不法行為の成立を認めるのが相当である。」
Cさんが他の従業員と一緒になってAさんを揶揄する会話に興じることは、不法行為にあたりますね。
小括
「以上によれば、Aさんが一覧表をもって主張するCさんの行為のうち、番号31、37、40、51(診療予定表上の診療予定時間の変更等)及び71(控室での会話)については前記の限度で不法行為の成立が認められるが、その余の番号の行為については、事実自体が認められないか、事実が認められるとしても、不法行為(ハラスメント)に当たるものとは認められない。」
争点②Aさんの損害(精神的損害)
「Cさんは、(…)業務上の必要がないのにAさんの診療予定時間を延長するなどし(番号31、37、40及び51)、(…)本件歯科医院の控室において他の従業員と共にAさんを揶揄する言動をして同人の就業環境を悪化させる不法行為(ハラスメント)行った(番号71)ものと認められるから、Cさんは、民法709条に基づき、Aさんが被った損害を賠償する義務があり、B法人は、医療法46条の6の4、一般社団法人及び一般財団法人に関する法律78条に基づき、代表者(Cさん)が第三者(Aさん)に加えた損害を賠償する責任を負うから、Cさんと連帯して同損害を賠償する義務がある。
違法性が認められるCさんの言動のうち、特に番号71は、Cさんが歯科衛生士2名と一緒になって直接一審原告を揶揄する会話に及んでいるという意味で、上記不法行為による精神的な損害を考える上で最たるものと考えられるが、本来的にはAさん不在の状況で、かつ、同調する限られたメンバーの中で行われたものであることや、先に説示したとおり、Aさん自身の態度や対応に起因する面もあるといった事情を総合考慮すると、上記各不法行為によりAさんの被った精神的苦痛を慰謝するための慰謝料としては20万円を認めるのが相当である。
Aさんの精神的苦痛は20万円と認めるのが相当ですね。
結論
よって、裁判所は、以上の検討により、B法人とCさんはAさんに対して、連帯して慰謝料等を支払う義務があると判断しました。
本件のまとめ
本件は、B法人が運営する歯科医院に勤務していたAさんが、Aさんの妊娠に伴う休業等を理由として、PC上の予約受付システムをAさんに対しては患者が機械的に配点されないように調整するなどしたことがハラスメントに該当すると主張し、B法人とCさんに対して慰謝料の支払い等を求めた事件でした。
裁判所は、Aさんが主張したCさんらの言動等のうち、Aさんの診療予約を入りにくくした行為とAさんがいない場でCさんが他の従業員に対してAさんの名誉を毀損し侮辱する内容の発言をした行為については不法行為に該当すると判断しました。
本件では、妊娠を理由とするいわゆる仕事はずしが問題となりましたが、このほかにも、従来の裁判例では、妊娠をした労働者に対して中絶を示唆したり、肉体労働を1人で行わせたりした事案や、妊娠中に軽易業務への転換を求めた労働者に対して転換を認めなかったりした事案について、不法行為性が認められたものもあります。
男女雇用機会均等法9条は、事業主が、女性労働者が妊娠・出産・産前産後休業の取得、妊娠中の時差通勤など男女雇用機会均等法による母性健康管理措置や深夜業免除など労働基準法による母性保護措置を受けたことなどを理由として、解雇その他不利益取扱いをしてはならないことを規定しています。
労働基準法が規定する妊婦の軽易業務転換や妊産婦等の危険有害業務の就業制限などに違反した場合には、上記とおり民事上の不法行為責任を問われるだけでなく、罰則に処せられることもあるため、注意が必要です。
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深刻な人手不足の中では、希望に応じて男女ともに仕事と育児を両立できる職場環境作りが求められます。
もっとも、近年では、マタハラ以外にもパパ育休の取得を阻害したり、パパ育休の取得後、職場に復帰したところ不当な部署異動を命じられたり、昇格試験を受けさせてもらえなくなったりするなどのパタハラも大きな問題となっています。
ハラスメントが起きてしまった場合には、会社は使用者責任や安全配慮義務違反に基づく賠償義務を負うこともあるため、日ごろから職場のマタハラ・パタハラ防止対策について見直しを行いながら、万が一ハラスメントが生じてしまった場合の対応窓口や対応方法についても十分な体制が整備されているか否かを確認しておくことが大切です。
妊娠・出産・育児休業の制度や運用、企業が果たすべきマタハラ防止対策などについてお悩みがある場合には、ぜひ弁護士にご相談ください。