内定者アルバイト従業員の自殺と会社の安全配慮義務【A総合研究所事件】
「いまいくつ内定もってる?」
新卒採用に向けた採用活動が活発に行われる時期には、大学生の間でよくこのような会話が交わされます。
内定とは、労働契約の効力の発生日を定めて、会社から当該応募者(候補者)に対して、労働契約締結の意思表示をすることです。
労働契約もいわゆる民法上の契約であるところ、契約は、原則として、一方当事者の申込みに対して相手方が承諾をしたときに成立します(民法522条)。
そのため、労働契約についても、通常は、会社の求人に対する応募が「申込み」、会社がこれに応じて内定通知を発することが「承諾」にあたり、これによって労働契約が成立することになります。
なお、内定では、労働効力の発生日が設定されており、その日までは会社は内定を取り消す権利があるため、この労働契約は「始期付解約権留保労働契約」と呼ばれることもあります。
さて、今回は、採用内定を受けていたアルバイト従業員の自殺をめぐり、業務起因性が認められるか否かが争われた事案をご紹介します。
A総合研究所事件・東京地裁令和4.3.28判決
事案の概要
本件は、Y社から採用内容を受けていたKさんの父母Xさんらが、KさんがY社におけるアルバイト業務によって精神的に追い詰められたことにより自殺したものであるから、Kさんが自殺したことについてY社にはKさんに対する安全配慮義務違反が認められると主張して、Y社に対して債務不履行に基づく損害賠償等の支払いを求めた事案です。
事実の経過
KさんとY社について
Kさんは、平成27年11月当時、私立B大学経営学部B1学科に在籍していた4年次の大学生でした。
他方、Y社は、企業経営全般に関するコンサルティング業務等を目的とする株式会社であり、大阪本社を有するほか、東京本社を有していました。
そして、Kさんは、平成27年6月20日頃、Y社から採用内定通知を受けました。
内定者アルバイト
Y社には、採用内定者を対象とする「内定者アルバイト」という任意参加のアルバイト制度があり、「内定者アルバイト」の参加者が行う業務内容は、いずれも入社1、2年目の先輩従業員の業務の補助で、レポートを作成したり、調査をしたものを取りまとめたり、セミナーの動画ファイルを整理したりするなど、週3,4日の断続的な勤務日のなかでできるようなものとされていました。
なお、パソコンのスキルは必須ではなく、仕事をするなかで覚えていくことが予定されていました。
Y社の勤務状況の把握
Y社では、従業員が参加者の勤務状況を把握するため、参加者が「日報」と呼ばれる業務報告メールを毎日作成し、Y社のメールシステムを通じて「内定者アルバイト」に関係する従業員によって構成されるグループアドレスに送信することとされていました。
Kさんの業務
Kさんは、パソコンのスキルを上達させるため、Y社の「内定者アルバイト」に参加することとし、平成27年10月6日、Y社との間でアルバイト雇入契約を締結して、Y社の東京本社I本部I1グループ(本件部署)においてアルバイト業務を開始しました。
Kさんは、Y社でアルバイト業務を開始した平成27年10月6日午後に、本件部署に所属する入社2年目の従業員であるCさんから依頼された業務を同日中に終わらせることができず、Kさんが同業務を終わらせることができたのは同月9日午後のことでした。
また、平成27年10月9日、KさんはCさんから「賃貸管理ビジネス研究会」で撮影した講演の動画をデスクトップに保存する業務を依頼されましたが、同日中に同業務を終わらせることができませんでした。
Cさんは、当初は急いでいなかったものの、締め切り時間が設定してあったうえに、Kさんがなかなか業務を完成できなかったことから、Kさんに対して、「このくらいはできるんじゃないの」といいつつ、「別のメンバーに頼むからもういい。時間だから」などといって業務を引き取りました。
Kさんの欠勤と面談
Kさんは、次の出勤日である平成27年10月13日及び同月16日の2日間、Y社に無断で欠勤しました。
Kさんは、次の勤務日である同月19日に採用担当の従業員であるOさんと面談をしました。
この際、Kさんは、Cさんから「別のメンバーに頼むからもういい。辞令だから」といわれ、これを「解雇だ」と勘違いしてショックを受けた旨を述べました。
Kさんの業務の再開
平成27年10月19日、KさんはY社でのアルバイト業務を再開しました。
Oさんは、同日午前、「配属先の変更もこちらとしては検討します」と記載したメールをKさんに送信し、同日午後には「午後になったけど、どんな感じだい?」などと記載したメールをKさんに送信しました。
これに対して、Kさんは「丁寧に教えて頂きまして、うまく業務を進めることができました」と記載したメールをOさんに送信したことから、Oさんは引き続きKさんを本件部署に配属させることとしました。
しかし、Kさんは、平成27年11月13日、再びY社に無断で欠勤しました。
Kさんの自殺
そして、Kさんは、平成27年11月14日、自宅の自室において、首を吊り自殺しました。
訴えの提起
Kさんの父母Xさんらは、KさんがY社におけるアルバイト業務によって精神的に追い詰められたことにより自殺したものであるから、Kさんが自殺したことについてY社にはKさんに対する安全配慮義務違反が認められると主張して、Y社に対して債務不履行に基づく損害賠償等の支払いを求める訴えを提起しました。
争点
本件においては、Kさんが自殺したことに関するY社のKさんに対する安全配慮義務違反の有無が争点となりました。
本判決の要旨
Xさんらの主張
Xさんらは、Y社には、「内定者アルバイト」の参加者に対し、
①アルバイト業務の開始に先立って参加者の基礎的能力の確認・研修を行い、
②参加者の心理状態に配慮し、参加者の能力に応じた業務を割り振り、
③業務を割り振った後も必要な援助を行い、
④仮に参加者が業務を達成できなくても、そのことが公開されず、参加者が精神的に追い込まれないように配慮
すべき義務があるところ、Y社がこれを怠ったと主張する。
Xさんらの主張に対する検討
①について
しかしながら、①については、業務には様々な基礎的能力が要求されるところ、参加者の基礎的能力の醸成のための指導教育は、業務の開始に先立って全般的な確認や研修を行うことによってなされるよりも、参加者に配属された各部署の業務を行わせながら、各部署の従業員が適宜個別具体的に行うことによってなされるのが相当かつ適当というべきであるから、アルバイト業務の開始に先立って全般的な基礎的能力の確認や研修を行わなかったことが安全配慮義務に反することになるものではない。
②、③について
また、前記1の認定事実によれば、本件部署のA氏は、全国の母子世帯数調査に関する業務をなかなか終わらせることができない亡Kに対し、エクセル操作などはこれから上手くなるので心配しないようにとの趣旨の声掛けをしており、講演の動画をデスクトップに保存する業務が間に合わないときには、亡Kに対して「このくらいはできるんじゃないの。」などと言ったものの(…)当該業務を引き取っただけであることが認められる。また、Oは、亡Kが無断欠勤した後にアルバイト業務を再開した日の朝に、面談を実施して亡Kが無断欠勤をする心境になった理由を確認し、午前中には「無理であれば配属先の変更も検討する」旨のメールを、午後には現時点でどのような感じかを問い合わせるとともに帰るときに教えてほしい旨のメールをそれぞれ送信し、亡Kから午後5時頃に、「丁寧に教えてもらい、うまく業務を進めることができた」との報告とOへの感謝を記載したメールを受領することで、亡Kの心理状態に配慮し、能力に応じた業務が割り振られているかを確認し、必要な援助を申し出ていたことが認められる。さらに、Y社の従業員らは、メールを通じてたびたび励ましや労いの言葉を掛けたり、食事に連れて行ったり、パソコンの使い方や亡Kが提出した成果物にこまめにアドバイスをしたりすることで、亡Kの心理状態に配慮したり精神的支援を行っていたことが認められる。
そうすると、②及び③については、仮にXさんらが主張するような安全配慮義務があったとしても、Y社はその義務を履行していたというべきである。
④について
④については、亡Kは、「日報」に業務を期限までに終了させることができたか否かを記載しなければならないとの指示があったわけでもないのに、「日報」が「内定者アルバイト」に関係する従業員に送信されることを認識しながら、自らの判断で、業務を期限までに終了させることができなかった旨を「日報」に記載したのであるし、「日報」が「内定者アルバイト」に関係する従業員に送信されることによって、亡Kの勤務状態を確認したり、「日報」に記載された亡Kの業務内容を踏まえて業務を割り当てたり業務が過剰になっていないかを確認したりすることができるといえるから、「内定者アルバイト」の参加者の「日報」を「内定者アルバイト」に関係する従業員に送信することが、安全配慮義務との関係で不適当あるいは不適切であったとは到底いうことができない(…)。
まとめ
以上によれば、亡Kが自殺したことについてY社に労働契約上の安全配慮義務違反があったということはできない。
結論
よって、裁判所は、以上の検討から、Xさんらの請求は認められないと判断しました。
ポイント
採用内定者を対象とする「内定者アルバイト」という任意のアルバイト制度において、会社が負うべき安全配慮義務が問題となりました。
会社の安全配慮義務をめぐる事案は、労働者が会社に入社した後のことが問題になるのが多く、本件は、亡Kさんが、入社に先立つ任意参加のアルバイトに参加した採用内定者であったということは、特殊な事案であったといえます。
Xさんらは、Y社には、「内定者アルバイト」の参加者に対し、「アルバイト業務の開始に先立って参加者の基礎的能力の確認・研修」を行う義務があったと主張していました。
しかし、裁判所は、「業務には様々な基礎的能力が要求されるところ、参加者の基礎的能力の醸成のための指導教育は、業務の開始に先立って全般的な確認や研修を行うことによってなされるよりも、参加者に配属された各部署の業務を行わせながら、各部署の従業員が適宜個別具体的に行うことによってなされるのが相当かつ適当というべき」であり、「アルバイト業務の開始に先立って全般的な基礎的能力の確認や研修を行わなかったことが安全配慮義務に反することになるものではない」としており、この点は注目すべきポイントであると考えられます。
弁護士にもご相談ください
本件では、Y社の安全配慮義務違反が否定されていますが、入社前に会社や仕事に慣れるという目的で、本件のような内定者アルバイト制が実施されていることにかんがみれば、同様または類似の制度を行う会社としては、やはり使用者としての責任と自覚をもち、心身の健康状態も含めた適切な配慮を行う必要があるでしょう。
会社の安全配慮義務は、労働者の心身の健康管理の面だけでなく、ハラスメントなどを含む労働環境の面においても問題となります。
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会社として具体的に講じるべき措置や労働環境の改善に関してお悩みがある場合には、ぜひ弁護士にご相談ください。