セクハラ加害者への普通解雇は有効か?【A社(セクハラ加害者解雇)事件】
- 当社は川崎市内で児童発達支援施設を経営しています。当社のスタッフである男性職員が他の女性職員に対してボディタッチが多いなどの情報が上がりました。本人に確認したところ事実であることを認めたので、懲戒解雇までではないものの、普通解雇も含めてなんらかの処分を検討しています。普通解雇することはできますか?
- 普通解雇であっても無制限に認められるわけではなく、「客観的に合理的な理由が認められ、社会通念上相当として是認できる場合」でないと解雇権を濫用したものとして無効とされる可能性があります。行為の態様やそれまでの就業態度、本人の反省や会社が解雇を回避するための努力をしたかなど総合的に考慮して解雇が有効かどうかを判断することになります。お尋ねの件においても、こうした事情が解雇の有効性の判断に大きく影響を与えます。
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先日、神奈川県教育委員会会議速報(5月定例会・令和7年5月13日開催分)の資料を読んでいたところ、「令和6年度学校生活全般におけるセクシュアル・ハラスメントの実態把握に関する調査結果について」という資料が目に入りました(神奈川県HP「教育委員会会議速報(5月定例会・令和7年5月13日開催分)報告資料参照」。
同資料によると、
- ・「自分自身が被害を受けた」場合の行為者として、「先生」が減少したものの、「生徒」が増加している
- ・「先生」が行為者の場合において、被害が特定された教職員の年代属性では、「60 代以上」が半数近くを占めている
- ・「自分自身が被害を受けた」場合の具体的な内容は、「性的なからかいや冗談などを言われた」、「必要もないのに体を触られた」という回答の合計が過半数を占めている
- ・「自分自身が被害を受けた」という回答にかかる性別属性は、女子生徒の被害件数は減少した一方、男子生徒の被害件数が増加している
とのことです。
近年職場におけるセクシュアル・ハラスメント(セクハラ)について大きく報道されることなども増えていますが、同様に教育現場においても問題意識が高まっていることがうかがわれます。
さて、今回はそんなセクハラをめぐる裁判例をご紹介したいと思います。
裁判例のご紹介(A社(セクハラ加害者解雇)事件・大阪地裁令和6年8月23日判決)

どんな事案?
この事案は、Y社との間で雇用契約を締結し、勤務していたXさんが、Y社による解雇が無効であると主張して、Y社に対し、雇用契約上の権利を有する地位にあることの確認を求めるとともに、賃金の支払いなどを求めた事案です。
何が起きた?
Y社について
Y社は、児童発達支援等の事業を目的とする会社でした。
Xさんについて
Xさん(昭和39年生)は、令和3年9月1日、Y社との間で雇用契約を締結しました。
Xさんは総務部長として、総務及び事務全般を担当し、大阪府内の事務所(本件事務所)を設置後、令和4年1月以降は、本件事務所で勤務していました。
Bさんについて
Bさんは、令和4年11月1日、Y社との間で雇用契約を締結し、本件事務所で事務職に従事していました。
Xさんは、Bさんの上司でした。
なお、Bさんは、婚姻をしており、夫と子供2人と同居していました。
Xさんによる行為(令和4年11月15日)
Xさんは、令和4年11月15日の朝、事務を担当していたパート従業員(Eさん)から、Xさんのパワハラを理由として退職する旨のLINEメッセージを受信し、ショックを受けました。
そして、Xさんは、出勤したBさんが本件事務所の事務室内に入室し、用事を済ませて退出しようとした際に、Bさんの右後方から、同人の両肩に自らの手をおいて(左手は左手首が肩の上に位置し、手の平が鎖骨付近にまで及んだ)、「俺、もうあかんわ」などと言いながら、3秒から5秒程度その状態を続けました。

Eさんが自分のせいで退職だって?
俺、もうあかんわ
(ちょっと、私の両肩に手を置かないで…

Xさんによる行為(令和4年12月13日)
令和4年12月13日午前11時30分頃から午後零時30分頃までの間、BさんがXさんに対して子らに武道を習わせたいという趣旨の話をしたことをきっかけに、XさんがBさんに対して合気道を紹介し、合気道の技を説明するための動画を見せたり、Bさんを相手に技の実演をしたりしました。
この際、XさんはBさんの手を取ったり、Bさんの肩に手を触れたりしました。

お子さん、武道したいの? 合気道の技見せてあげるよ
(ちょっと、手を触れたり、肩を触らないで…

XさんとBさんのLINEやり取り
XさんとBさんは、令和4年11月1日から令和5年1月24日までの間、LINEによるメッセージのやり取りをしていました。
その中には、以下のようなやり取りもありました。
日時 | 内容 |
---|---|
令和4年12月2日 | B:「優しさがすてきですー ドキドキしますねっ」 X:会議で見たと思うけど、俺、敵とみなしたら容赦ないから みんなそれ知ってるから、出たかと思われても仕方ないと思ってるよ」「パワハラのことね」 B:「えー!全然そんなことないのに わたしが弁護します」「いっぱいご迷惑おかけすると思いますが、仕事だけは真面目に甲野さんとながーく頑張っていきたいと思ってますのでどうぞ宜しくお願いします」 |
令和4年12月5日 | X:「また、くらのと一覧、行きましょうね」 B:「今日もごちそう様です ありがとうございます くら乃と一覧楽しみにしてます」 |
令和4年12月15日 | X:「今日もいろいろあったんで、早く帰れたら、また話しましょう。」 B:「お話出来るのを楽しみに帰り待ってます」 |
令和4年12月29日 | B:「今年はA社にお世話になり、甲野さんに出会い、良くしてもらって良い年でした 来年も宜しくお願いいたします。」 |
セクハラに関する報告
令和5年1月下旬、Bさんは、パート従業員(Gさん)からXさんから何もされていないかと聞かれた際、Xさんからセクハラを受けた旨を話しました。
その後、GさんがY社の従業員(総責任者)のJさんに、JさんがY社代表者に、それぞれのセクハラについて報告をしました。
事情聴取の実施
令和5年1月31日、本件事務所において、Y社代表者、C弁護士及びJさんの同席の上で、Xさんに対する事情聴取が行われました。
この際、Xさんは、Bさんに対して抱きついた行為は否定したものの、そういう感じのことはあった、触った場所は肩であるなどと述べました。
また、Xさんは、Bさんが嫌であったのであればXさんが悪いから、そのことは認めなければならないし、Bさんに謝罪しなければならないという趣旨の発言をしました。
Xさん側からの通知
Xさんは、令和5年2月10日、本件に関してD弁護士に委任し、同月17日及び同月21日、D弁護士を通じて、Y社(C弁護士)に対して、解雇処分(退職勧奨を含む)は重きに失するものがあり、退職を前提とする合意書に応じることはできない旨を伝えました。
Y社によるXさんの解雇
もっとも、Y社の代理人であるC弁護士は、令和5年2月24日、Xさんの代理人であるD弁護士に対して、同日付書面をもって、Xさんの女性従業員に対するセクシュアルハラスメント(セクハラ)が普通解雇事由に該当するとして、Xさんを同月25日に解雇するとの意思表示をしました(本件解雇)
訴えの提起
そこで、Xさんは、本件解雇は無効であると主張し、Y社に対して、Y社に対し、雇用契約上の権利を有する地位にあることの確認を求めるとともに、賃金の支払いなどを求める訴えを提起しました。

問題になったこと(争点)
本件では、Y社がXさんに対して行った普通解雇(本件解雇)の有効性(すなわち、本件解雇が客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当として是認できない場合に当たるかどうか?)が問題になりました。
裁判所の判断
裁判所は、本件解雇について、「客観的に合理的な理由が認められ、社会通念上相当として是認できる場合に当たるとまでは認められない」として、本件解雇が無効であると判断しました。
判決の要旨(ポイント)
裁判所はなぜこのような判断をしたのでしょうか?
以下では、本判決の要旨をご紹介します。
Xさんの行為は不適切なものであった
まず、裁判所は、たしかにXさんのBさんに対する各行為は就業規則に該当する不適切な行為であったと判断しました。
「認定事実(…)のとおり、Xさんは、入社後2週間程度の部下の女性従業員であるBに対し、背後から同人の両肩付近に自身の両手を置き、右手の上に額を乗せた状態を3秒~5秒程度継続するという身体的接触を伴う行為をしたものであるところ、同行為は、就業規則25条が禁止する性的な言動により他の社員に苦痛を与え、就業環境を害する行為(同条⑬、⑭)に該当するものである。また、認定事実(…)のとおり、Xさんは、Bに対し、合気道の実演の相手をさせ、同人の手を取ったり、同人の肩に手を触れたりしたものであるところ、同行為も、正当な理由なく女性従業員に身体的接触を伴う行為の相手をさせるものであり、就業規則25条が禁止する性的な言動により他の社員に苦痛を与え、就業環境を害する行為(同条⑬、⑭)に該当するものである。Xさんの上記各行為は、その内容及びXさんがY社のセクハラ相談窓口の担当者であったこと(…)に照らせば、職場環境を害する明らかに不適切な行為であったというべきである。」
Bさんの真摯な同意があったとはいえない
また、裁判所は、BさんがXさんの行為に対して、拒絶の意思等を示していないとしても、Bさんの真摯な同意があったとはいえないと判断しました。
「なお、XさんのBに対する上記各行為の際、BがXさんに対して不快感や拒絶の意思を明らかに示したことはうかがわれない。また、上記各行為の前後を通じて、XさんとBは、LINEによるメッセージのやり取りをしており、その内容は両者の関係が良好であることをうかがわせるものである(…)。しかし、BはY社に入社して間もない時期であり、Xさんが上司であったこと、Bは婚姻しており夫と子2人と同居していたこと(…)などに照らせば、これらの事情をもって、Xさんの上記各行為を正当化することはできないし、Bが上記各行為に真摯に同意していたともいえない。」
解雇は無効である(結論)
その一方で、裁判所は、Xさんの反省やこれまでY社から懲戒処分や指導を受けたことがないことなどを踏まえ、解雇は無効であると判断しました。
「他方で、Xさんは、令和5年1月31日の事情聴取の際、Bに対する身体的接触があったことを認め、反省の態度を示していること(…)、過去にY社から懲戒処分を受けたり、女性に対する身体接触について指導を受けたりしたことはうかがわれないこと、XさんのBに対する上記各行為(特に令和4年11月15日の行為)は、決して軽視できるものではないものの、重大なものであるとまではいえないことなどの事情を総合すると、本件解雇について、客観的に合理的な理由が認められ、社会通念上相当として是認できる場合に当たるとまでは認められない。
よって、本件解雇は無効である。」
弁護士法人ASKにご相談ください
今回ご紹介した裁判例では、セクハラをめぐる解雇の有効性が争われました。
この事案では、解雇が無効であると判断されていますが、セクハラをはじめとするハラスメントについては、会社としても厳格に対処しなければならない場合もあります。
職場におけるハラスメントと会社の対応についてお悩みの場合には、弁護士法人ASKにご相談ください。
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