労働問題

社内のいじめと使用者の安全配慮義務【食肉加工業A社ほか事件】

令和2(2020)年に改正された男女雇用機会均等法では、事業者がセクハラを防止するために講じなければならない義務が強化され、令和4(2022)年6月1日からは、中小企業企業も同義務を負うことになりました。
セクハラ防止措置に関する解説はこちらをご覧ください。)

厚労省が公表した「令和4年度 雇用均等基本調査」によると、セクハラ防止対策に「取り組んでいる」企業割合は85.9%と、令和3年度の調査に比べて7.4ポイント上昇しており、男女雇用機会均等法の改正趣旨を踏まえて、各企業がそれぞれの取り組みを進めていることがわかります。

もっとも、規模別にみると、企業規模が大きいほどセクハラ防止対策が「取り組んでいる」割合が高く、企業規模が小さいほどセクハラ防止対策が「取り組んでいる」割合が小さい傾向にあります。
セクハラ防止にかかる事業者の義務を怠り、実際に社内でセクハラ等が行われてしまった場合、会社は安全配慮義務違反や使用者責任を問われることにもなるため、事業規模の大小にかかわらず、セクハラ防止対策は十分に講じておく必要があります。

さて、今回は、同僚からセクハラ等を受けたことを理由として元従業員が会社を訴えた事件を取り上げます。

食肉加工業A社ほか事件・東京地裁令和4.4.8判決

事案の概要

本件は、Y2社の元従業員であるXさんが、在職中に受けた同僚からのいじめ等について、Y2社が雇用主として何らの具体的な対策を講じなかったと主張して、Y2社に対して安全配慮義務違反に基づく損害賠償の支払いを求めるとともに、Y1さんからセクハラを受けたと主張して、Y1さんに対して不法行為に基づき、Y2社に対して使用者責任及び安全配慮義務違反に基づき、連帯して損害賠償及び遅延損害金の支払いなどを求めた事案です。

事実の経過

XさんとY1さん、Y2社の状況

食肉加工業者のY2社は、本店に事務所と食肉加工場を設けており、平成29年当時、取締役はB会長(平成30年1月31日死亡)、乙山社長、C専務及びDさんの4名でした。
このほかに、Y2社には正社員が8名、パート・アルバイトが15名在籍し、うち正社員2名とパート・アルバイト5名は運送業務に従事していました。

Xさんは、平成28年1月から平成30年1月31日までY2社でアルバイト従業員として鶏肉を串にさす作業を担当していました。
Xさんが作業をしていた食肉加工場の作業場は、Y2社では「串場」と呼ばれていました。

他方、Y1さん(男性)は、平成28年7月にY2社に正社員として雇用され、3トントラックの運転手としての肉の仕入れの運送業務を行っていました。
なお、Y1さんには妻との間に3人の子を有していました。

XさんとY1さんとの間の性交渉

Xさんは、平成29年7月29日及び同年9月頃、ホテルにおいてY1さんと性交渉を行いました。

Y1さんとの関係に関する乙山社長への相談

Xさんは、平成30年2月18日、Y1さんから、Xさんが平成29年12月20日にメールを送信した行為について自らへの脅迫であるとして刑事告発し、Y1さんの妻がXさんに対して慰謝料を請求することを考えている旨のメールを受信しました。
このことについて、Xさんは乙山社長に対して相談したところ、乙山社長はXさんに対して警察に相談するように助言しました。
また、後日、乙山社長はY1さんからも事情聴取を行いました。

Y1さんの妻による民事訴訟

Y1さんの妻は、平成30年7月30日、XさんとY1さんとの間で不貞行為があった旨主張し、Xさんに対する慰謝料請求訴訟を提起し、Y1さんは妻に補助参加しました。
Xさんは、同訴訟においてY1さんに肉体関係を強要された等と主張しましたが、裁判所はXさんとY1さんが平成29年1月15日以降、親密に交際し、不貞行為に及んだとの認定に基づいて、Xさんに対して慰謝料等の支払いを命ずる判決を言い渡しました。

同僚からのいじめ

また、Xさんによれば、複数の同僚や、他部署の同僚からも悪口を言われるいじめを受けており、社長に相談したものの何も対処しなかったとのことです。

本件訴えの提起

その後、Xさんは、串場で同僚からいじめやハラスメント等を受けていたにもかかわらず、Y2社が雇用主として何らの具体的な対策を講じなかったと主張して、Y2社に対して安全配慮義務違反に基づく損害賠償の支払いを求めるとともに、Y1さんからは性的行為を強要され、セクハラを受けたと主張して、Y1さんに対して不法行為に基づき、Y2社に対して使用者責任及び安全配慮義務違反に基づき、連帯して損害賠償及び遅延損害金の支払いなどを求める訴えを提起しました。

争点

本件では、①Xさんに対する同僚等からのいじめ等のハラスメントの存否や②Y1さんのXさんに対する不法行為(セクハラ等)の成否などが争点となりました。

本判決の要旨

争点① Xさんに対する同僚等からのいじめ等のハラスメントの存否について

Xさんの主張によれば、Xさんは入社当初から恒常的に同僚からのいじめ被害を受け続けていたことになるが、Xさんの入社から約2年間は、買物帰りの原告と一緒に歩きながら会話をするほど懇意にしていたB会長に対し、個別に面談するなどして、真剣にその被害の詳細を説明し、具体的な対処を求める機会は十分にあったと認められる。しかしながら、Xの供述によっても、Xは上記(…)のとおり歩きながらの会話程度の相談しかしていなかったというのである。乙山社長に対しても、日常的な接点はないとしても、平成30年2月に被告Y1との関係について相談したのと同様に、いじめ被害についても詳細を説明し具体的対処を求める機会を設けることは可能であったのに、それをしていなかったことになる。

こうした対応は、Xが主張するような職場でのいじめ等の被害を2年以上にわたり受け続けた者の行動として不自然、不可解と言わざるを得ない。
また、乙山社長が平成30年2月にXから被告Y1との関係について相談を受けた際には真摯な対応をしていること(…)に照らしても、他の従業員からのいじめの相談に関しては乙山社長が真面目に取り合わなかったという原告の主張は、そもそも不自然である(…)。

したがって、(…)原告の主張は採用することができない。

争点②Y1さんのXさんに対する不法行為(セクハラ等)の成否について

原告は、前記(…)のとおり主張するが、被告Y1が原告を食事や旅行に誘うことは自由であり、違法性を帯びる不相当な態様で誘った事実を認めるに足りる証拠はない。また、(…)原告が被告Y1の誘いを拒むことを妨げる事情は特に認められない。なお、被告Y1が原告に無理やりキスをしようとした事実を認めるに足りる証拠はない。原告は、前記(…)のとおり主張するが、(…)被告Y1との性交渉が原告の意に反して行われたと認めることはできない。

原告は、前記(…)のとおり主張するが、被告Y1が平成30年2月18日に原告に対してメールを送った行為(…)は、平成29年12月20日に原告から被告Y1との関係につき被告会社や原告の交際相手に暴露することを示唆するメール(別紙20丁)が送信されたことに対抗して行われた行為と認められるところ、原告の上記メール送信が被告Y1に対する脅迫罪を構成する可能性は否定し得ないこと、現に被告Y1の妻は原告に対する慰謝料請求訴訟を提起し勝訴したことも踏まえれば、これを違法と評価することはできない。

原告は、前記(…)のとおり主張するが、(…)原告は平成30年2月に乙山社長に対し被告Y1から届いたメールを示してセクハラを受けている旨相談したこと、これを受けて乙山社長が被告Y1を呼び出して事情聴取した際に、被告Y1は原告から送付されたメールを示しつつ、原告の側から会いたいというメールが届いている旨説明したことが認められ、このような被告Y1の行為に何ら違法性は見出し難い(…)。

したがって、(…)原告の主張は採用することができない。

結論

よって、裁判所は、以上の検討により、Xさんの請求はいずれも認められないと判断しました。

本件のまとめ

本件は、Xさんが同僚からいじめ等を受けたにもかかわらずY2社が何らの具体的対策を講じなかったことが安全配慮義務に反するものであると主張して、Y2社に対して損害賠償の支払いを求めるとともに、Y1さんからセクハラを受けたと主張して、Y1さんやY2社に対して損害賠償の支払いを求めた事案でした。

本件では裁判所による事実認定の結果、Xさんが主張するような事実は認められず、いじめやハラスメントなどと評価できないとして、Xさんの請求がすべて棄却されています。
もっとも、仮に職場内で上司や同僚等によっていじめ等のパワハラ、性行為の強要等を含むセクハラなどが行われてしまった場合には、会社として使用者責任や安全配慮義務違反に問われることになります。そのため、まずは職場でのハラスメントが起きないような対策を十分に講じ、ハラスメントを許さない職場環境を構築する必要があります。
また、仮にハラスメントが実際に起きてしまった場合に備えて、対応窓口の設置や対応マニュアルの作成など、事後的な対応にも迅速に対処できる仕組みを整えておくこともとても大切です。

弁護士にご相談ください

パワハラセクハラマタハラは職場で起きる3大ハラスメントとして特に問題視されています。
冒頭でも述べたとおり、近年では男女雇用機会均等法の改正などにより使用者が負うハラスメント防止義務の内容・程度も強化されつつあり、仮に職場内でハラスメントが生じた場合には被害者だけでなく社会からも厳しい目で見られることになります。
従業員の雇用安定や社会からの信用保持の観点からも、社内のハラスメント防止対策は必須です。
ハラスメント対策や具体的なハラスメント対応の方法などについてお悩みがある場合にはぜひ弁護士にご相談ください。