労働問題

労働契約申込みみなし制度と二重偽装請負【竹中工務店事件】

労働契約申込みみなし制度とは、労働者派遣において、派遣先等により違法派遣が行われた時点において、派遣先等が派遣労働者に対して、その派遣労働者の雇用主(派遣元事業主等)との労働条件と同じ内容の労働契約を申し込んだものとみなす制度です(労働者派遣法(労働者派遣事業の適正な運営の確保及び派遣労働者の保護等に関する法律)第40条の6)。

仮に、派遣先等が労働契約の申込みをしたものとみなされた場合には、みなされた日から1年以内に派遣労働者がこの申込みに対して承諾する旨の意思表示をすることによって、派遣労働者と派遣先等との間の労働契約が成立することになります。

さて、今回はそんな労働契約申込みみなし制度が適用されるか否かが争われた事件をご紹介します。

竹中工務店事件・大阪高裁令和5.4.20判決

事案の概要

本件は、労働者派遣法40条の6に規定する労働契約申込みみなしをめぐり、二重偽装請負における注文者に同条が類推適用されるか否か、二重偽装請負における元請人に同条が適用されるか否か等が争われた事案です。

事実の経過

XさんとY社について

Xさんは、二級建築士の資格を有しており、コンピューターによる作図用ソフトであるCADを使用して建築施工図を作成する技能を有していました。

Y1社は、総合工事業者、いわゆるゼネコンで、Y2社の完全親会社でした。
Y2社はY1社の100%子会社であり、建築物の設計・工事監理、労働者派遣等を業としていました。
また、Y3社は、建築工事の設計、施工、労働者派遣等を業とする会社でした。

Xさんの採用と本件業務従事への打診

Xさんは、複数の会社での勤務を経た後、Y3社において採用面接を受け、令和元年7月10日に採用内定通知を受けました。
同月12日、XさんはY3社の営業部長とともにY2社を訪れ、Xさんが担当し得る業務がないかを尋ねました。

Xさん
Xさん

Y3さん、就職お願いします!

採用します!

Y3
Y3

Y2さん、Xさんの仕事ないですかね?

Y3
Y3
Xさん
Xさん

Y2さん、お願いします!

Xさんの訪問に先立ち、Y2社の担当者は、Y1社から、工場新築工事のためのY1社作業所でCADを使用する建築施工図作成調整業務を担当する者を探している旨を聞いていました。
そこで、Y2社の担当者は、Xさんに対して、Y1社の建築施工図作成業務(本件業務)を担当する意思があるか否かを尋ねたところ、Xさんは本件業務を担当する意思があると答えました。

そうだ、Y1さんからお願いされてるCADの仕事ならありますよ!

Y2
Y2

本件業務への従事

これを受けて、令和元年7月16日頃、Y1社とY2社との間で本件業務に関する業務委託契約が締結され、同月18日頃、Y2社とY3社との間で本件業務に関する業務委託契約が締結されました。
Xさんは、同月25日~令和元年8月1日までの間、Y2社大阪支店においてCADを利用して竣工済み建物の設計図を基に施工図を作製する作業をした後、同月2日からY1社の本件作業所において本件業務に従事しました。

じゃあ、Xさん、Y1さんのところに仕事に行ってね

Y2
Y2
Xさん
Xさん

は、はい…

是正申告と調査

令和元年8月13日、Xさんは、Y1社の本件作業所における就労について、偽装請負の状態が生じている疑いがあると考え、大阪労働局に対して是正申告をしました。

Xさん
Xさん

これ、偽装請負じゃないだろうか?

この申告を受け、大阪労働局の担当者は、同月30日にY1社の本件作業所を訪問調査しました。

Xさんの退社

その後、同年9月下旬頃に、Y3社の営業部長らは、Xさんに対して、契約形態をY3社とY1社間の労働者派遣契約に切り替えたい旨を申し入れましたが、Xさんはこれを拒みました。
そして、同月30日、XさんとY3社の社長が面談し、XさんはY3社を退社することになりました。

是正指導等

同年11月、大阪労働局長は、Y1社およびY2社に対して、本件作業所におけるXさんの就労が労働者供給事業に当たるなどとして、是正指導をしました。

※労働者供給事業とは

労働者供給事業とは、職業安定法第45条に基づいて労働組合等が行う事業のことです。
同法第44条は「何人も、次条(第45条)に規定する場合を除くほか、労働者供給事業を行い、又はその労働者供給事業を行う者から供給される労働者を自らの指揮命令の下に労働させてはならない」と規定し、労働組合等が労働大臣の許可を受けた場合を除き、その他の事業者等が無料の労働者供給事業を行うことを禁止しています。

Y1社の本件作業所における状態

なお、令和元年8月2日~同年9月30日の間のXさんの就労については、Y1社(注文者)からY2社(元請人)が本件業務を請け負い、Y2社から更にY3社(下請人)が本件業務を請け負い、Y3社の雇用するXさん(労働者)が本件業務に従事するという二重請負の契約形態がとられていました。
もっとも、客観的には、Y1社の従業員がXさんに対して指揮命令をするという二重偽装請負の状態が生じていました。
なお、Y社らは、二重偽装請負の状態が生じていたことは認め、大阪労働局長の是正指導を受けて事後的に改善策を講じました。

内容証明郵便の送付

令和元年11月20日、Xさんは、Y1社及びY2社に対して、内容証明郵便を送付ました。
この中で、Xさんは、Y1社の本件作業所におけるXさんの業務は、Y1社による偽装請負によるものであるから、労働派遣法40条の6により、Y1社およびY2社は、XのY3社における労働条件と同一の労働条件を内容とする労働契約の申込みをしたものとみなされること、また、Xさんは主位的にY1社に対して、予備的にY2社に対して同申込みを承諾する旨を記載していました。

Xさん
Xさん

Y1社、Y2社は私に労働契約の申込みをしたものとみなされます!
私は、Y1社に承諾します! 仮にそれがダメならY2社に承諾します!

訴えの提起

その後、Xさんは、
①Y1社に対しては、労働者派遣法40条の6によりY1社がXさんに労働契約の申込みをしたものとみなされ、Xさんがこれを承諾したなどと主張して、労働契約上の権利を有する地位にあることの確認および賃金の支払いを求め、
②Y2社に対しては、労働者派遣法40条の6によりY2社がXさんに労働契約の申込みをしたものとみなされ、Xさんがこれを承諾したなどと主張して、労働契約上の権利を有する地位にあることの確認および賃金の支払いを求め、
③Y3社に対しては、解雇の無効を主張して、労働者派遣法40条の6によりY3社がXさんに労働契約の申込みをしたものとみなされ、Xさんがこれを承諾したなどと主張して、労働契約上の権利を有する地位にあることの確認および賃金の支払いを求め、
④Y社らに対して、Xさんに違法な就労をさせたこと等が不法行為に当たると主張して、損害賠償金の支払いを求める
訴えを提起しました。

争点

本件では、
①二重偽装請負における注文者(Y1社)に労働者派遣法40条の6第1項5号が適用ないし類推適用されるか否か
②二重偽装請負における元請人(Y2社)に労働者派遣法40条の6第1項5号が適用されるか否か
③仮に②が認められる場合、元請人(Y2社)に同条所定の派遣法等免脱目的があったと認められるか否か
などが争点となりました。
なお、この他にもY3社とXさんとの間の退職合意の成否や解雇の有効性、Y社らのXさんに対する不法行為の成否等も争点となりましたが、本解説記事では省略します。

本判決の要旨

争点①二重偽装請負における注文者(Y1社)に労働者派遣法40条の6第1項5号が適用ないし類推適用されるか否かについて

労働者派遣法40条の6の適用の有無
➤Xさんの主張

Xさんは、Y1社の本件作業所における本件業務は、Y1社による偽装請負によるものであるため、労働者派遣法40条の6の適用により、Y1社はXさんのY3社における労働条件と同一の労働条件を内容とする労働契約の申込をしたものとみなされるところ、Xさんは令和元年11月20日付の内容証明郵便によってこの申込みを承諾したと主張していました。

➤Xさんの就労状態

まず、裁判所は、Xさんの就労状況について、Y1社がY2社に施工図作成調整業務を委託し、Y2社がY3社に同業務を再委託し、Y3社が自らの労働者であるXさんを同業務に就かせるという二重請負の形であるところ、実態としては、Y1社がY3社の労働者であるXさんに対して直接指揮命令を行っているのであり、二重偽装請負の状態であったと判断しました。

➤労働者派遣法40条の6の適用の有無

もっとも、裁判所は

  • 労働者派遣法40条の6が申込みみなしの対象とするのは、「労働者派遣の役務の提供を受ける者」であるところ、Y1社が契約を締結している相手方であるY2社は、Y3社が雇用する労働者であるXさんとは雇用契約の関係になく労働者派遣法2条1号に規定する「自己の雇用する労働者」に当たらないため、Y1社とY2社は、労働者派遣法2条1号に規定する労働者派遣関係にないこと
  • Y1社がY3社から労働者派遣法40条の6に規定する「労働者派遣の役務の提供」を受けたともいえないこと

を指摘し、Y1社は同条に定める「労働者派遣の役務の提供を受ける者」に当たらないとして、Y1社に同条は適用されないと判断しました。

労働者派遣法40条の6の類推適用の有無
➤Xさんの主張

また、Xさんは、仮にY1社に労働者派遣法40条の6が直接適用されないとしても、同条を類推適用すべきであると主張していました。

➤労働者派遣法40条の6の類推適用の有無

まず、裁判所は、労働者派遣法40条の6の趣旨について、同条1項各号所定の違法派遣を受け入れた者は、善意無過失の場合を除いて、その受け入れについて責任があるため、そのような者に対して、派遣労働者に労働契約の申込みをしたものとみなすという民事的な制裁を科すことにより、労働者派遣法の規制の実効性を確保するとともに、違法派遣を是正するに当たって、申込みみなしによって派遣労働者の希望を踏まえながら雇用の安定が図られるようにすることにあることを指摘し、二重偽装請負の場合であっても、同条の趣旨が妥当する側面はあるとしました。

もっとも、裁判所は、昭和60年の労働者派遣法の制定時に、労働者供給及び労働者派遣について、前者を職業安定法が、後者を労働者派遣法がそれぞれ規定するという形に切り分けられた経緯を指摘し、仮に注文者に同条が類推適用されるとすると職業安定法による規制との関係につき問題が生じ、他方、注文者に同条が類推適用されないと解したとしても単純な偽装請負との関係で著しく不均衡が生じるとはいえないことから、二重偽装請負の場合において、注文者であるY1社に同条は類推適用されないと判断しました。

争点②二重偽装請負における元請人に労働者派遣法40条の6第1項5号が適用されるか否か

➤Xさんの主張

Xさんは、Y1社の本件作業所における本件業務は、Y1社による偽装請負によるものであるため、労働者派遣法40条の6の適用により、Y2社はXさんのY3社における労働条件と同一の労働条件を内容とする労働契約の申込をしたものとみなされるところ、Xさんは令和元年11月20日付の内容証明郵便によってこの申込みを承諾したと主張していました。

➤労働者派遣法40条の6の類推適用の有無

この点、二重偽装請負における元請人に労働者派遣法40条の6が適用の有無については、元請人と労働者間に指揮命令関係があれば、元請人に同条が適用されると解されます。
そして、裁判所は、Xさんの就労の実態からすれば、Xさんは主にY1社による指揮命令を受けてはいたものの、あわせてY2社による指揮命令も受けていたことが認められるとして、Y2社に労働者派遣法40条の6が適用されると判断しました。

争点③元請人(Y2社)に同条所定の派遣法等免脱目的があったと認められるか否か

争点②において、裁判所は、Y2社に労働者派遣法40条の6は適用されるものの、一方で、
・Y2社において、Y2社とXさんとの間で指揮命令関係が存在して偽装請負の状態が生じていることを明確に認識することは困難であったといえること
・大阪労働局長の是正指示の前後に偽装請負の解消に向けて相応の改善策を講じたといえること
等を指摘したうえで、Y2社に派遣法等免脱目的があったとは認められないとしました。

結論

裁判所は以上の検討より、Xさんの請求はいずれも認められないと判断しました。

ポイント

本件は、労働者派遣法40条の6に規定する労働契約申込みみなしをめぐり、二重偽装請負における注文者に同条が類推適用されるか否か、二重偽装請負における元請人に同条が適用されるか否か等が争われた事案でした。

労働者派遣法40条の6第1項は、労働者派遣の役務の提供を受ける者が、同項各号に掲げる行為をした場合には、その時点において、労働者派遣の役務の提供を受ける者から労働者派遣に係る派遣労働者に対して、労働契約の申込みをしたものとみなすと定められています。
もっとも、同条にいう「労働者派遣」といえるためには、自己の雇用する労働者を当該雇用関係の下において、他人の指揮命令を受けて、当該他人のために労働に従事させる必要があります。

本件のような二重偽装請負についてみると、請負人が労働者を注文者に提供する行為は、自己の雇用する労働者を提供していない点で、同条にいう「労働者派遣」には当たりません
そのため、注文者は、元請人から労働者派遣を受けていない点で同条の適用を受けないことになります。

裁判所は、Xさんの就労実態は職業安定法第44条に違反するものであるとしましたが、Y1社との関係では労働者派遣法40条の6の適用及び類推適用を認めず、またY2社との関係では同条の適用を認めつつも、派遣法等免脱目的は認められないとして、Xさんの請求をいずれも棄却しており、この点で特徴があるといえます。

弁護士にもご相談ください

労働者派遣と請負契約とでは、労働者の安全衛生や労働時間の管理等において、派遣元事業者や請負事業者、派遣先、注文主などが負うべき責任がそれぞれ異なってきます。
事業者としては、派遣と請負の相違を明確に認識し、偽装請負に陥らないように留意しなければなりません。
二重派遣や偽装請負などについてお悩みがある場合には、ぜひ弁護士にご相談ください。