労働問題

変形労働時間制には所定労働時間と始業・終業時刻の特定が必要【社会福祉法人斡福祉会事件】

川崎市内で、訪問介護などを行っている会社を経営しています。24時間対応が必要で、ニーズにより不規則な現場ですので、変形労働時間制を導入しています。お客さまの都合もあるので、就業規則には、始業時刻を「最初の訪問先の訪問時刻」、終業時刻を「最後の訪問先の退出時刻」と定めています。その上で、毎月、シフト表を作成して、従業員のみなさんの日ごとの勤務時間を始業時間、終業時間を含めてお知らせしており、これまで何も問題はありませんでした。今回、辞めた従業員から残業代の請求をされて、初めてこの変形労働時間のあり方が問題になりました。当社の変形労働時間制に問題はありますか?
1か月単位の変形労働時間の運用にあたっては、就業規則その他これに準ずるものによって、変形時間における各日、各週の労働時間を具体的に定める必要があります。その場合、各日の労働時間の長さだけでなく、始業及び終業時刻も定めなければなりません。さらに、業務の実態から月ごとに勤務割を作成する必要がある場合には、就業規則において各日勤務の組合せの考え方、勤務割表の作成手続及びその周知方法等を定めて置く必要があります。様々なシフトの種類がありうる場合は、全ての組み合わせを就業規則に網羅しなければなりません。
始業時刻を「最初の訪問先の訪問時刻」、終業時刻を「最後の訪問先の退出時刻」とする定め方では、始業時刻及び終業時刻を特定しているとは言えません。また、就業規則「その他これに準ずるもの」としてシフト表がこれにあたるという主張がありうるかも知れません。しかし、労基法の「その他これに準ずるもの」とは、就業規則作成義務がない企業(常時10名以上の労働者がいない場合)における就業規則に準ずるものという意味であって、常時10人以上の労働者を使用する企業においては必ず就業規則に定めておかなければなりません。
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変形労働時間制とは

制度の概要

変形労働時間制とは、単位となる一定の期間を平均して1週間の労働時間が法定労働時間を超えない範囲において、当該変形労働時間においては、1日及び1週間の法定労働時間の規制にかかわらず、これを超えて労働させることができる制度です。
・1か月単位の変形労働時間制
・1年単位の変形労働時間制
・1週間の変形労働時間制
という3種類があります。

1か月単位の変形労働時間制とは

1か月単位の変形労働時間制においては、1か月以内の一定期間を平均し、1週間当たりの労働時間が法定労働時間を超えない範囲内において、特定の日又は週に法定労働時間を超えて労働させることができます(労働基準法32条の2)。
この制度は、月末や月初に忙しく、月中との繁閑の差が顕著な事業に適しています。

1年単位の変形労働時間制とは

1年単位の変形労働時間制においては、1か月を超え1年以内の一定の期間を平均し、1週間当たりの労働時間が40時間以下の範囲内において、特定の日又は週に1日8時間又は1週40時間を超え、一定の限度で労働させることができます(労働基準法32条の4)。
この制度は、季節による業務の繁閑の差が大きい事業に適しています。

1週間単位の変形労働時間制(事業場の限定あり)とは

1週間単位の変形労働時間制においては、所定労働時間を1週間あたり40時間以内、1日あたり10時間以内と定め(特例事業も同様)、1週間単位で労働時間や休日を調整できる制度です(労働基準法32条の3)。
この制度は、日ごとの繁閑の差が激しく事前予測が難しい事業に適しています。
ただし、事業場における従業員数が常時30人未満の小売や旅館、料理店、飲食店の各事業においてのみ適用が可能な制度であるため、事業場の限定があります。

どの労働時間制を選んだらよいの?

このように変形労働時間制にはたくさんの種類があるため、一体どれが自社に最適なのか悩んでしまうこともあるかもしれません。
変形労働時間制を含めた適切な労働時間制の選択方法は、厚労省徳島労働局のHPにおいて、次のような図が示されていますので、参考にしてみてください。

【変形労働時間制(厚生労働省徳島労働局HP)参照】

変形労働時間制を導入するには?

変形労働時間制を導入するためには、次のようなステップが必要です。

1か月単位の変形労働時間制の場合労使協定を締結して所轄労働基準監督署に届け出るか、就業規則またはこれに準ずるものに制度の定めをする。
1年単位の変形労働時間制の場合労使協定を締結して所轄労働基準監督署に届け出る。
1週間単位の変形労働時間制の場合労使協定を締結して所轄労働基準監督署に届け出る。

変形労働時間制を定めても割増賃金の支払いは必要

なお、よく誤解されることが多いのですが、変形労働時間制を採用していれば、残業代をまったく支払わなくてよいということではありません。
仮に法定労働時間を超える所定労働時間が定められた期間において、労働者を所定労働時間を超えて働かせた場合などにおいては、会社は労働者に対して割増賃金(労働基準法37条)を支払う必要がありますので、注意が必要です。

社会福祉法人斡福祉会事件・東京高裁令和5年10月19日判決

さて、今回は、社会福祉法人においてケアスタッフとして勤務していた労働者について、変形労働時間制の適用の有無が争われた事案(社会福祉法人斡福祉会事件)をご紹介します。

事案の概要

本件は、Y法人との間で雇用契約を締結し、ケアスタッフとして業務に従事していたXさんが、Y法人に対して、未払いの割増賃金などの支払いを求めた事案です。

事実の経過

Y法人について

Y法人は、障害福祉サービス事業、移動支援事業等を行う社会福祉法人でした。

Y法人の就業規則の定め

Y法人の就業規則においては、以下のような定めがありました。

変形労働時間制について(就業規則23条)

就業規則23条では、介助サービスを担うケアスタッフの就労は、1か月を平均して1週間40時間の範囲内で1か月単位の変形労働時間制によるとされていました。

所定労働時間について(就業規則24条)

また、就業規則24条では、所定労働時間は、具体的な始業時刻(最初の訪問先の訪問時刻)および終業時刻(最後の訪問先の退出時刻)を記載した月間スケジュールの作成により特定するとされていました。

月間スケジュールについて(就業規則24条但書、25条)

月間スケジュールは、コーディネーター(常勤職員)が利用者の介助派遣スケジュールとケアスタッフの予定を確認したうえ、ケアスタッフの都合に配慮して、労働条件通知書に明記されているとおり、前月25日までに作成し、前月28日までにケアスタッフに告知するが、事業所または利用者の都合、移動時間その他やむを得ない事情により始業・終業時刻を繰り上げ、繰り下げることがあることとされていました(就業規則24条但書)。
そして、月間スケジュールで定めた具体的な勤務日及び勤務時間は、ケアスタッフの都合により、または事業所または利用者の都合により、該当日時の24時間前までの申出により、これを変更することができるとされていました(就業規則25条)。

休憩について(就業規則27条)

この他、就業規則27条では、休憩時間は、業務の都合その他やむを得ない事情により、繰上げ・繰り下げを行うことがあるとされていました。

Xさんの業務従事

Xさんは、平成22年7月、ヘルパーとしてY法人との間で有期労働契約を締結し、以後、居宅支援サービスの提供および支援に必要な関連付帯業務に従事していました。
また、平成30年度以降については、Xさんは、期間の定めのない非常勤ケアスタッフとして、同業務に従事していました。

本件訴えの提起

しかし、Xさんは、Y法人から、平成30年6月支払分から令和2年4月支払分の深夜割増賃金の一部と、平成30年6月支払分から令和3年1月支払分までの深夜割増賃金を除く未払時間外割増賃金の一部が未払いであると主張して、これらの支払いなどを求める訴えを提起しました。

争われたこと(争点)

XさんとY法人の主張

Y法人は、Xさんには変形労働時間制が適用されるので、Xさんの請求は認められないと主張していました。
これに対して、Xさんは、Y法人の主張する変形労働時間制は、労働基準法32条の2第1項の要件を満たさず、無効であると主張していました。

労働基準法32条の2第1項の要件とは

労働基準法32条の2第1項は、「使用者は、当該事業場に、労働者の過半数で組織する労働組合がある場合においてはその労働組合、労働者の過半数で組織する労働組合がない場合においては労働者の過半数を代表する者との書面による協定により、又は就業規則その他これに準ずるものにより、一箇月以内の一定の期間を平均し一週間当たりの労働時間が前条第一項の労働時間を超えない定めをしたときは、同条の規定にかかわらず、その定めにより、特定された週において同項の労働時間又は特定された日において同条第二項の労働時間を超えて、労働させることができる。」と定めています。

言い換えれば、冒頭でも説明したとおり、1か月単位の変形労働時間制を導入するには、労使協定を締結して所轄労働基準監督署に届け出るか、就業規則またはこれに準ずるものに制度の定めをする必要があるということです。

本件の争点

このようなXさんとY法人の主張を踏まえて、本件においては、Y法人の1か月単位の変形労働時間制がXさんに適用されるかどうか、が主要な争点になりました。

なお、本件では、日中手当が深夜労働の割増賃金の算定基礎賃金となるかどうか、処遇改善手当が割増賃金の算定基礎賃金となるかどうかも争いになりましたが、本解説記事では、変形労働時間制の有効性に焦点を絞って解説します。

一審判決の判断

一審の裁判所は、Y法人の主張する変形労働時間制は、所定労働時間と始業・終業時刻の「特定」がなされておらず、労働基準法32条の2第1項の要件を充足しないため「無効」であるとして、Xさんの主張を認めました。

変形労働時間制には所定労働時間と始業・終業時刻の特定が必要

特定は就業規則その他これに準ずるものにより行う

「労基法32条の2第1項の定める1箇月単位の変形労働時間制は、使用者が、就業規則その他これに準ずるものにより、1箇月以内の一定の期間を平均し1週間当たりの労働時間が週の法定労働時間(労基法32条1項)を超えない定めをした場合においては、法定労働時間の規定に関わらず、その定めにより、特定された週において1週の法定労働時間(労基法32条1項)を、又は特定された日において1日の法定労働時間(労基法32条2項)を超えて労働させることができるというものであるから、いかなる週又は日に法定労働時間を超える労働時間配分をするのか、変形期間内の各週・各日の所定労働時間を就業規則その他これに準ずるものにより特定することを要する。」

始業・終業時刻の特定が求められる

「また、労基法89条1号は、就業規則において始業・終業時刻を定めることを使用者に義務づけていることから、使用者は就業規則において変形期間内の各労働日の労働時間の長さ始業・終業時刻とともに特定しなければならない。」

常時10人以上の労働者を使用する場合は必ず就業規則での定めを

「なお、労基法32条の2第1項に「就業規則その他これに準ずるもの」とあるのは、就業規則作成義務を負う常時10人以上の労働者を使用する使用者については就業規則の定めによることを要するが、常用労働者が10人未満の使用者は労基法上就業規則の作成義務を負わないから就業規則に準ずるものでよいという意味であり、常時10人以上の労働者を使用するY法人は、就業規則による定めをすることが必要である。」

Y法人の就業規則によって変形期間内の各週・各日の所定労働時間が始業・終業時刻とともに特定されていたとはいえない

月間スケジュール(勤務割表)における記載はなされている

「(…)Y法人は、障害者からの要請を受けて、ケアスタッフを派遣して介助支援サービスを提供する業務を行っていることから、利用者の都合に合わせた月ごとの各ケアスタッフの勤務割表である月間スケジュールを作成しており、月間スケジュールの各週・各日の始業・終業時刻の記載により変形期間の各週・各日の所定労働時間を具体的に特定している(…)。」

勤務割表を使うときも就業規則の定めが必要

「このようなY法人の業務の実態に照らすと、就業規則それ自体に各ケアスタッフの各週・各日の所定労働時間及び始業・終業時刻を具体的に特定して記載することは困難であるといえ、この場合には、就業規則と勤務割表である月間スケジュールとを合わせて上記の具体的な特定をすることも許容されると解されるが、労基法32条の2第1項が所定労働時間の特定を求める趣旨は、変形労働時間制が労基法の定める原則的な労働時間制の時間配分の例外であって労働者の生活への負担が懸念されるため、労働時間の不規則な配分によって労働者の生活設計に与える不利益を最小限に抑えることにあることに照らすと、まずは就業規則において、月間スケジュールによる所定労働時間、始業・終業時刻の具体的な特定がどのようなものになる可能性があるか労働者の生活設計にとって予測が可能な程度の定めをする必要がある。」

Y法人の就業規則は特定されていない

「しかしながら、Y法人の就業規則24、25、27条は、結局のところ、月間スケジュールの交付によって変形期間の始業・終業時刻が特定されること、始業時刻は各勤務日の最初の訪問先の訪問時刻とし、就業時刻は最後の訪問先の退出時刻とすることを定めるものにすぎない。労働条件通知書及び賃金・退職金規定(細則)と合わせ考慮しても、月間スケジュールは前月25日までに作成され、ケアスタッフに交付されること、利用者の都合に依拠して月間スケジュールが作成されることが理解し得るというにすぎない。
そして、「最初の訪問先の訪問時刻」及び「最後の訪問先の退出時刻」は、利用者から24時間365日の依頼を受けているY法人(…)においてはいつでもあり得る時刻であって、何ら始業・終業時刻を予測し得る基準とはならないし、「利用者の都合」も同様であって、変形期間の所定労働時間がどのようなものになる可能性があるかを予測し得る基準としては機能しない(…)。」

変形労働時間制は無効

「したがって、(…)Y法人の就業規則によって変形期間内の各週・各日の所定労働時間が始業・終業時刻とともに特定されていたとはいえないから、Y法人の変形労働時間制は労基法32条の2第1項の要件を満たしておらず、無効なものといわざるを得ない。」

本判決の判断

本判決も、一審の判決を維持し、Y法人の主張する変形労働時間制は無効であるとして、Xさんの請求が認められると判断しました。

ポイント

事案のおさらい(どんな事案だったか)

本件は、本件は、Y法人との間で雇用契約を締結し、ケアスタッフとして業務に従事していたXさんが、Y法人に対して、未払いの割増賃金などの支払いを求めた事案でした。

争われたこと(何が問題になったか)

本件においては、Y法人の1か月単位の変形労働時間制がXさんに適用されるかどうか、が主な争点となりました。
具体的には、Y法人の主張する変形労働時間制が、「単位期間内における所定労働時間の特定」の要件(労基法32条の2第1項)を満たしているか否かが問題となっていました。

本判決のポイント

変形労働時間制については、以下のような行政解釈(昭和63年1月1日基発1号、同年3月14日基発150号)があります。

本判決も、この解釈を前提として、Y法人の主張する変形労働時間制について検討し、「Y法人の就業規則によって変形期間内の各週・各日の所定労働時間が始業・終業時刻とともに特定されていたとはいえない」として「無効」であるとの判断を示しています。

このように変形労働時間制の運用において、勤務割を用いる必要がある場合であっても、変形制の基本事項(各直勤務の始業・終業時刻、各直勤務の組み合わせの考え方、勤務割の作成手続・周知方法など)を就業規則において定めておかなければならないことには注意が必要です。

弁護士にもご相談ください

近年、変形労働時間制の有効性が争われる事案が増えています。
変形労働時間制はとても複雑な制度ですが、勤務割表を定めておけば大丈夫、といった誤解がされていることも多々あります。
もっとも、本判決でも述べられているとおり、変形労働時間制が有効であるためには、所定労働時間と始業・終業時刻の特定が求められています。
安易に“変形労働時間制”を定めてしまうと、実は法的には無効な制度を運用してしまうことにもなりかねません。

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変形労働時間制の採用をご検討される場合には、あらかじめ弁護士に相談しておくことがおすすめです。