三次救急医師を二次救急に配置転換することは可能?【医師の働き方改革(2024年問題)】
2024年(令和6年)4月から、医師の働き方改革の新制度が施行されました。
日本の医療現場は、従来、医師らの過酷な長時間労働によって支えられており、医療ニーズの多様化及び高度化、少子高齢化に伴う医療の担い手の減少がますます進む中で、医師個人に対する負担がさらに増加することが懸念されています。
医師の質や安全を確保しつつ、持続可能な医療提供体制を維持する観点から、平成31年4月、「働き方改革関連法」が施行されましたが、医療現場では人材不足や労務環境整備が不十分であることなどを理由に、働き方改革の実施が先送りになっていました。
新制度では、労働時間の上限規制が設けられ、医師の経験年数や医療機関の特性に応じて、3つの水準に分けられ、それぞれの上限が適用されます。
また、月60時間を超える法定時間外労働に対しては、50%以上の割増賃金の支払いが求められる他、医師の追加的健康確保措置も実施されています。
加重労働が当たり前になっている医療現場において、いかに働き方改革を推進していくかは、この新制度を踏まえて引き続き検討していかなければなりません。
さて、そんな医療現場において、医師に対する配転命令の有効性が争われた事件がありました。
地方独立行政法人市立東大阪医療センター事件(大阪地裁決定令和4.11.10)
事案の概要
Aさんは外科専門医としてのキャリアを築いていた
Aさんは医師免許取得後、平成18年4月からB法人が運営するNセンター(同地域唯一の三次救急医療機関)で1年弱稼働し、平成19年2月にG病院小児外科医長に就任、平成25年4月には同病院の小児救急科の設立に伴い、同科長も兼任しました。
その後、平成26年6月から平成29年12月までNセンターで勤務、平成30年1月から平成31年3月までHセンターにて副部長として勤務したあと、B法人に割愛採用(公務員が他の自治体等に籍を移すこと)され、Aさんは令和4年3月まで再びNセンターの部長として勤務していました。
Aさんは、Hセンターに在職していた平成30年1月から平成31年3月までの期間、外科専門医として必要とされる一定の要件を充たした手術に104件従事し、Nセンターに在職していた令和2年1月1日から令和3年12月31日までの期間では、108件従事していました。
外科専門医として矜持を持って働いています!
所長と対立した後に、外科手術がほとんどない役職に配転させられた?
令和2年3月、NセンターにJ所長が就任したところ、感染対策室長を務めていたAさんとJ所長との間で治療方針の違いなどをめぐる修復困難な対立が生じました。
この他、Aさんは、令和3年7月20日に開催された医局会においてNセンターにおける労働環境に関する問題提起をしたり、J所長に関する内部告発を行ったりしていました。
Nセンターの労働環境は改善が必要です!
令和4年3月14日、B法人はAさんに対して、令和4年4月1日からTセンター(二次救急医療機関)に異動させる旨の配転命令を発出予定であることを伝えました。
もっとも、この配転命令について、B法人はAさんとの間で移転後のTセンターやNセンターにおける体制等に関する協議を一切行っていなかった他、Nセンター所属の医師らは再検討を迫る嘆願書が提出されていましたが、Aさんの意向が確認されることもありませんでした。
AさんをTセンターに異動させます
ちょっと!きいてませんが、わ、わかりました
Aさんは、上記配転命令を受け、異議を留めつつ、Tセンター救急科において外科救急担当部長として勤務するようになりました。
ところが、同救急科には常勤の勤務医がおらず、Aさんが唯一の常勤医となったため、トリアージが業務の中心となり手術に従事できない状態が続きました。
トリアージばかりで、外科手術ができない…
配転の無効を求めて訴訟提起
そこで、Aさんは、B法人によるTセンターへの配転命令(本件配転命令)が無効であると主張して、同センターで勤務する労働契約上の義務がないことを仮に定めるとともに、Nセンターにおける就労請求権を根拠として、Nセンターにおける就労を妨げないことを命じるように求めたという事案です。
なお、令和4年6月17日の第2回審問期日では、裁判所がB法人に対して、Aさんが手術に従事する機会を確保するよう促したものの、同年10月3日までにAさんが従事した専門医更新要件として登録可能な手術数は3件にとどまり、いずれも安定的な症状を呈する患者に対するものでした。
争点
本件の争点は、本件配転命令の有効性に関連して、①勤務場所をNセンターとし、勤務内容を外傷・救急外科医に限定する合意の成立が認められるか否か、②本件配転命令は権利濫用に該当するか否か、また、③就労請求権および保全の必要性を肯定すべき特段の事情が認められるか否かです。
本判決の要旨
①勤務場所をNセンターとし、勤務内容を外傷・救急外科医に限定する合意の成立が認められるか否かについて
Aさんの経歴、従事してきた医師業務の内容、平成31年4月にNセンターに割愛された経緯、NセンターとTセンターとの救急医療機関としての役割の相違や両センター間の医師の配置転換の実情等を総合すると、Aさんが平成31年4月にNセンターに割愛されるに際し、AさんとB法人との間で、勤務場所をNセンターとし、勤務内容を外傷・救急外科医としての業務に限定する合意が成立したものと推認するのが相当であり、この認定を左右するに足りる疎明資料はない。そうすると、本件配転命令は、AさんとB法人との間に成立した勤務場所・勤務内容限定合意に反するものであるから、その余の点について判断するまでもなく無効というべきである。
勤務内容を外傷・救急外科医としての業務に限定する合意が成立したものと認められます。ですから、配転命令は合意に反するもので無効です
②本件配転命令が権利濫用に該当するか否かについて
➤前提事項
①記載のとおり、本件では、少なくともAさんがNセンターに割愛されるに当たっては、同センターで外科医・救急科医として勤務することが想定されており、Aさんもそのような前提で割愛に応じたと認められることからすれば、Aさんの同センターで外科医・救急科医として勤務できるとの期待は十分保護に値するというべきである。
したがって、本件配転命令の権利濫用該当性を判断するに当たっては、上記期待の存在を十分考慮することが必要である。
➤判断枠組み
使用者は業務上の必要に応じ、その裁量により労働者の勤務場所を決定することができるものというべきであるが、使用者の配転命令権は無制約に行使することができるものではなく、これを濫用することが許されないことはいうまでもないところ、当該配転命令につき業務上の必要性が存しない場合又は業務上の必要性が存在する場合であっても、当該配転命令が他の不当な動機・目的をもってなされたものであるとき、もしくは労働者に対し通常甘受すべき程度を著しく超える不利益を負わせるものであるとき等、特段の事情の存する場合でない限りは、当該配転命令は権利の濫用になるものではないというべきである(最高裁昭和61年7月14日第二小法廷判決・集民148号281頁)。
配転命令が、不当な動機・目的によるか、通常甘受すべき程度を著しく越える不利益を負わせるものであるときは、権利濫用になる余地があります
➤本件の検討
本件の事情によれば、Aさんに対して本件配転命令を行う業務上の必要性があったとは認め難く、本件配転命令は配転命令権を濫用したものとして無効というべきである。
また、Aさんの現在の状況が続くと、Aさんは外科専門医の資格更新に必要な数の手術に従事できないおそれがあること、外科医、救急科医としての技能、技術については、日々臨床の現場において患者に対応し、処置や手術を行うことによってこそ維持されるものと推認できること、Aさんは、三次救急たるNセンターにおける勤務について保護すべき期待を有していることなどを勘案すれば、本件配転命令によりAさんが被る不利益は、通常甘受すべき程度を著しく超えるものと認定することができる。
したがって、本件配転命令は配転命令権の濫用に当たり、いずれにせよ無効である。
この配転命令は、権利濫用で無効です
③就労請求権および保全の必要性を肯定すべき特段の事情が認められるか否かについて
➤判断枠組み
雇用契約においては、労働者は使用者の指揮命令に従って一定の労務を提供する義務を負い、使用者は提供された労務に対する対価としての賃金を支払う義務を負うのがその最も基本的な法律関係であるため、当該雇用契約等に特別の定めがある場合、又は業務の性質上労働者が労務の提供について特別の合理的な利益を有するなどの特段の事情がある場合を除いて、労働者は使用者に対し就労請求権を有するものではない。
また、Aさんが求める仮処分の内容はいずれも任意の履行に期待する仮処分であることなどからすれば、保全の必要性が肯定されるのは、仮処分を命じなければ、Aさんに生ずる著しい損害又は急迫の危険を避けることができない特段の事情が認められる場合に限られる。
➤本件の検討
Aさんの経歴やNセンターにおいて再度勤務するに至った経緯、二次救急と三次救急の違いから、AさんがTセンターでの勤務を余儀なくされた場合の不利益等に鑑みれば、Aさんは、Dセンターにおける労務の提供について特別の合理的な利益を有するものといえる。
また、Aさんが、医師としての技能、技術を維持あるいは向上させつつ適切な医療行為を行っていくためには、看護師らを始めとする関係職種との連携が必要不可欠であるというべきところ、Aさんの就労先を明確にしておかなければ、関係職種を含む医療の現場における不安や困惑を招来しかねず、ひいては十分な連携が図られないことが強く懸念される。
そうすると、Aさんが有する医師としての技能、技術の著しい低下という、本案判決を待っていては回復し難い損害を回避するためには、Aさんについて、現在配置されているTセンターにおいて勤務する労働契約上の義務がないことを仮に定めるとともに、Nセンターにおいて就労することへの妨害を禁じることにより、Aさんの就労先が三次救急たるNセンターであることを明確にした上で、同センターでの就労の機会を確保することが是非とも必要というべきであり、本件においては、通常においては認め難い前記特段の事情があるものとして、保全の必要性も認められる。
Aさんに生ずる著しい損害又は急迫の危険を避けることができない特段の事情が認められるので、保全の必要性もあります
④結論
以上の検討より、Aさんの申立ては認められると判断されました。
解説
この事例から企業経営者が気をつけるポイントをまとめてみましょう。
専門職の配転命令は慎重に
一般的に、従業員の配置や異動に関しては会社に比較的広い裁量が認められています。
しかしながら、本件では、配転命令が無効であるとの結論が導かれています。
その背景には、Aさんが専門医であり、AさんとB法人との間に勤務場所・勤務内容限定合意が成立していたことが認められます。このような勤務地についての合意の有無があわせて問題となった理由は、Aさんが外科専門医及び救急科目専門医の資格を維持した上で勤務することが主たる目的であり、このような目的を達するためには医療設備や体制が整った勤務場所が必要であったためです。
また、裁判所はAさんの就労請求権(この業務で働かせろという権利)についても認めています。労働法理論上、就労請求権は原則として否定し、特別の定めがある場合又は業務の性質上労務提供にかかる特別の合理的な利益を有する場合には例外的に就労請求権が認められる余地があると解されています。本決定では、専門医という資格維持のために、手術数の確保という明確かつ具体的な要請があったことが、かかる例外を適用するための大きな要因になったことは間違いありません。
本件は、Aさんが専門医であり、専門医資格維持のためには医療体制や設備等を基礎とした実績が必要であり、これがAさんの技量に直結するという点で事案としての特殊性がありますが、他方で、このような事案だからこそ請求が認められたという事例の一つとして参考になります。
なお参考として、転勤を拒否した従業員に地域限定社員との基本給の差額の請求をした事案があります。
異動に関しては、会社に幅広い裁量が認められますが、その幅を超えると違法になることもありえる、という事案です。
意見の対立があった後の配転命令は危険
裁判所が認定した事実によれば、Aさんは、NセンターのJ所長との間で治療方針の違いなどをめぐる修復困難な対立が生じ、J所長に対する内部告発をAさんが行っていたり、Nセンターにおける労働環境に関する問題提起をしたりするなどの事情があり、このようなAさんの行動が大きな要因となって、B法人側は医師や関係者の嘆願書にもかかわらず、Aさんの意向も聞かずに本件配転命令をしてしまったのかもしれません。
配転命令を行う場合には、当該配転がどのように評価され得るか、配転命令権の濫用に当たらないか、慎重に検討される必要があるでしょう。特に、会社の方針と異なる意見を言ってきた人に対する配転命令は、どうしても会社にとって都合のよくない人を遠ざけようとしているように見えることは常に意識しなければなりません。
なお、医師に関係する事案として、オンコール待機時間の労働時間性について判断された事案があります。
人事異動・配転で悩んだら顧問弁護士に
会社にとって人事異動や配転について広い裁量があるといっても、その裁量の範囲を超えると違法になってしまいます。
もっとも、普段から情報を共有している顧問弁護士でないと、いざ人事異動や配転命令をする段階で適切なアドバイスをすることはむずかしいものです。
日頃から顧問弁護士に相談し、情報を共有しておくと、人事異動や配転を行う際にも、違法な配転と評価されるリスクを軽減することができますし、発生し得る問題についても事前に対処しておくことができます。
人事異動・配転に関するお悩みは、ぜひ顧問弁護士にご相談ください。