試用期間中に従業員を解雇できる?【日本コーキ事件】
- 川崎市で特殊な溶接を専門に扱う会社を経営しています。去年、ベテランの技術者が退職し、急遽、経験者の求人を行いました。そこに応募してくれたAさんは、前職でまさに私たちが求めるような技術を経験していたというので、簡単な試験を経て試用期間3か月の約束で採用することにしました。
ところが、実際に働いてもらうと、私たちの期待に届かないどころか、新人のレベルにも達していません。なんとか指導や講習などを実施して戦力になってもらおうとしたのですが、改善は見込めませんでした。
試用期間中ですので本採用を見送りたいとおもいます。問題ありませんか? - 試用期間満了までに本採用を見送ることも解雇にあたります。しかしながら、試用期間は「解約留保付きの労働契約」と考えられており、通常の解雇よりも広い範囲における解雇の事由が認められます。試用期間中の勤務状態等により、当初知ることができなかったり、また知ることができないような事実を知るに至った場合において、その事実に照らし、その方を引き続き雇用しておくのが適当でないと判断することが客観的に相当であると認められる場合には、解雇は許されます。
具体的には、求人時にどのような記載をしていたか、Aさんが履歴書や面接でどのような経歴を説明していたか、実際のAさんの技術水準、それに対してどのような指導を行ったか、などを総合的に判断することになります。
対応にお困りなら、労務問題に精通した弁護士にご相談ください。
試用期間とは
試用期間とは、入社後の社員の能力、勤務態度や健康状態などの適格性を見極めて適切に評価し、当該新入社員を本採用するか否かを決定するための期間のことです。
少し難しい表現ですが、判例では、「解約留保付の労働契約」が成立している状態(三菱樹脂本採用拒否事件・最大判昭和48年12月12日判決)をいうとされています。
使用者としては、試用期間が満了するまでの間に、新入社員の能力や適格性を判断し、能力や適格性があれば「本採用」し、能力や適格性がなければ「本採用拒否」(解雇)することになります。
試用期間については、本採用拒否(解雇)についてクローズアップされることが多く、マイナスのイメージがある方もいらっしゃるかもしれません。
しかし、試用期間を設けることにより、使用者は従業員のパフォーマンスや能力、性格などを把握することができ、人材配置の適正を図ったり、労使間のミスマッチを早期に防止したりすることができるというプラスの効果もあります。
このように試用期間は、適切に実施される限り、会社と従業員いずれにとってもメリットのある制度であるといえます。
今回は、そんな試用期間をめぐり、試用期間中の解雇が許されるか否か、が争われた事案をご紹介します。
日本コーキ事件・東京地裁令和3.10.20判決
事案の概要
本件は、Y社との間で労働契約を締結し、試用期間中に解雇されたXさんが、解雇が無効であると主張し、Y社に対し、労働契約上の地位を有することの確認を求めるとともに、未払賃金の支払いなどを求めた事案です。
事実の経過
XさんとY社の労働契約の締結に至る経緯
Y社による募集
Y社は食用油濾過機の製造等を業とする会社でした。
食用油濾過機とは、食品工場や飲食店等で使用される、食用油を濾過し再利用するための装置であり、Xさんの入社当時、Y社の社員数(役員数を除く。)は44名でした。
Y社では、平成30年9月頃、大口の受注や大型機の製造に加え、A課長やH相談役の体調不良が重なり、溶接グループの他の社員が繁忙となったため、即戦力となる経験者を雇い入れるべく、溶接作業に従事する社員を募集する旨の本件求人票を出しました。
本件求人票には、以下のような記載がありました。
Xさんの応募
Xさんは、平成30年10月24日頃、Y社に対し、添え状、履歴書及び職務経歴書を提出し、採用の申込みをしました。
添え状には、「私は、手溶接、半自動溶接はもとより、ステンレス、アルミニウム、チタン等のTIG溶接(アルゴン溶接)を主に経験してきました。板厚も1mmから20mm位までの、あらゆる形状のものを製作してきました。」と記載されていました。
また、履歴書の「本人希望記入」欄には、職種に関する希望として、「製造(TIG溶接が得意です)」と記載されていました。
さらに、職務経歴書には、
〈1〉I製作所において、平成24年7月、E工場製造課に配属され、「製造(受注生産品を含む)、生産技術、検査、技術指導(TIG溶接)等、様々な業務」をこなしたこと、
〈2〉「金属加工する会社でアルミ溶接という専門技術にであい、技術の習得に励む。社内では様々な仕事があったが(機械加工、組立、その他の溶接)、持ち前の手先の器用さで、アルミ溶接の専任として勤務」したこと、
〈3〉資格として、「ガス溶接技能講習」「アーク溶接技能講習」等を受講したこと
などが記載されていました。
Y社による採用面接などの実施
Y社は、平成30年10月下旬、Xさんの採用面接及び作業テストを行いました。
Xさんは、採用面接において、ステンレスの薄物のTIG溶接については経験が浅いものの、やったことはあるため、勘を取り戻せばできる、すぐに勘を取り戻せるなどと述べました。
また、作業テストは、A課長又はB係長が、ステンレスの板を直角にTIG溶接してみせた上で、Xさんに同様の作業を行わせることを内容とするものであり、所要時間は長くても20分ないし30分程度でした。
Xさんの作業は、完全に溶接されていない部分や、まっすぐに溶接されていない部分があったため、原告にとって満足のいく出来ではなく、A課長としても、Xさんの溶接のレベルは低いと感じました。
もっとも、A課長は、Xさんが、TIG溶接の手順自体は習得していたことや、すぐに慣れて勘を取り戻すから自信がある旨を述べたことから、しばらく作業をさせてみないと戦力となるか判断できないと考え、その旨、Y社代表者に報告しました。
Xさんの採用
Y社代表者は、上記報告を受け、Xさんの添え状、履歴書及び職務経歴書に記載されたXさんの経験を踏まえて、Xさんを採用することとしました。
そして、Xさん(当時50歳)とY社は、平成30年11月9日、賃金を毎月15日締め、当月末日払いとし、試用期間を3か月とする、期間の定めのない労働契約(本件労働契約)を締結しました。
Xさんの配属
Y社は、生産管理部、技術部、製造部及び海外部の4部門から構成されていました。
Xさんは、Y社に雇用された後、Y社の製造部板金課溶接1係に配属されました。
Xさんが配属された板金課は製造部の下に置かれ、板金課の下には「加工」、「溶接1係」、「溶接2係」及び「仕上」の4グループが置かれていました。
当時の板金課長はA課長、溶接1係長はB係長であり、溶接1係には、B係長及びXさんを含め、5名が配属されていました。
Xさんの勤務の経過
平成30年11月9日から同年12月6日までの経過
勤務の開始
Xさんは、平成30年11月9日、配属された製造部板金課溶接1係における稼働を開始しました。
Xさんは、同日、テストピースで練習し、同年11月12日から同月28日までの間、下表のとおり、作業に従事しました。
作業内容 | 個数 | 所要時間 | 作業日 |
上蓋ストッパー | 44個 | 3時間 | 11/12 |
上蓋ストッパー | 70個 | 4時間 | 11/15 |
圧力スイッチカバー | 50個 | 16時間 | 11/12.13.14.15 |
火傷防止スプリング(大) | 51個 | 1時間 | 11/16 |
引っ掛けドライバー(大) | 60個 | 4時間 | 11/16 |
ヤケド防止スプリング(小) | 100個 | 4時間 | 11/22 |
上蓋ストッパー | 140個 | 18時間 | 11/22,26,27 |
上蓋ストッパー | 100個 | 10時間 | 11/22,26,27,28 |
商品にならない製品
しかし、Xさんが製作した引っ掛けドライバーは、先端の曲がっている部分の角度や長さが区々であったこと、原告が製作した圧力スイッチカバーには、溶接不良が多数認められたこと、原告が製作した上蓋ストッパーには、明らかにサンダー掛けが粗いものが認められたことなどから、いずれもそのままでは商品化できないものがほとんどでした。
また、溶接不良の原因のほとんどは、トーチを動かす速さや、トーチと母材との間隔が一定でないこと、直線的に溶接できないこと、仮止めがしっかりとできていないことにありました。
Xさんが製作したもののうち、商品にならないものとしてY社に保管されていたものは以下のとおりでした。
上蓋ストッパー | 345個中339個 |
圧力スイッチカバー | 50個中49個 |
引っ掛けドライバー(大) | 60個中58個 |
B係長による指導
B係長は、平成30年11月15日、Xさんが溶接した圧力スイッチカバーの確認作業を行い、Xさんに対し、
〈1〉溶接すべき部分がきちんと溶接されていないこと、
〈2〉過剰に溶接されている部分があり、全体としてムラがあること、
〈3〉溶接部分がずれて周辺に焦げができていること、
〈4〉溶接部分をサンダーで磨き上げて仕上げをすることも指示や見本どおりにできていないこと
を指摘し、溶接の不備をマーカーで示すなどして溶接の仕方やポイントを指導しました。
他の従業員からの指摘
Y社においては、Xさんから、溶接機の設定がうまくいかないとの申告があった際、他の社員が電圧等を設定した溶接機を使わせたが、溶接不良は改善されませんでした。
溶接グループの他の社員からは、
〈1〉高卒者と同じ指導をしなければならない、
〈2〉溶接するには指先の繊細な動きと集中力が必要であるが、思ったように手を動かせておらず、作業するたび質が落ちていくため、50歳という年齢を考慮すると、技量やスピードが向上するとは考え難い、
〈3〉周りの社員が手直しをするなどしてカバーしているが、このままでは各自の本来の仕事に支障が出る、
などの意見が寄せられました。
改善点の説明
F部長及びG社員は、平成30年11月27日、Xさんと面談し、このままの技術水準ではよほど真摯な努力をしなければ雇用の継続は難しいことなどを伝えました。
また、F部長、A課長及びB係長は、同日、Xさんと面談し、Xさんの技術水準や改善すべき点などを説明しました。
さらに、Y社代表者は、同年11月28日、Xさんと面談し、Xさんが指示に従った作業をしないとの報告が上がっていることを伝えました。
これに対し、Xさんは、
〈1〉A課長やB係長以外の同僚からは評価されていること、
〈2〉溶接のポイントがずれているという指摘がいかなる趣旨であるか理解できないこと、
〈3〉ステンレスの薄物の経験はないわけではないが、アルミの中厚物の溶接を主に経験してきたため、勝手が異なること
などを述べました。
溶接の練習と作業
Xさんは、平成30年11月29日から同年12月4日までの間、テストピースで溶接の練習等をしました。
また、Xさんは、同日、H相談役から、同人が製作することとなっていた角網の一部を渡され、溶接を行いました
そして、同年12月5日、Xさんは、MG油受け3個を製作したものの、いずれも溶接がうまくできておらず、油漏れする状態でした。
同年12月6日における指導及びその後の作業内容
指導書の交付
A課長は、平成30年12月6日、Xさんに対し、本件指導書を交付しました。
本件指導書には、技術水準の目標を設定した基準表が添付されており、同基準表においては、専門学校等を卒業したばかりの技術レベルを有する人物を基準として、入社1年目に製作する部品及びその所要時間の目標が初級(レベルC)と設定され、同様に、入社2年目に製作する部品及びその所要時間の目標が中級(レベルB)、入社3年目に製作する部品及びその所要時間の目標が上級(レベルA)と定められている。それぞれのレベル及び目標は、A課長が設定したものでした。
また、上記基準表の下部には、
〈1〉経験者はレベルBが水準であるが、XさんはレベルCの一部もまだ完全に任せられない状態であり、
〈2〉12月12日までにY社が指定する部品等を全て制限時間内で製作し、Y社が判断を任せた工場の役職者全員から合格をもらうよう要請する
と記載されていました。
見本品や図面の交付
Xさんは、本件指導書に基づき、レベルBに相当するY-3型濾過槽、レベルBに相当する標準V-1型濾過槽、レベルAに相当する標準KA型濾過槽を製作することになりました。
A課長は、本件指導書により課題を課したのは、Xさんの技術を試す目的があったため、Xさんに対し、A課長以外の社員に指導を仰いだり、アドバイスを受けたりしないよう伝え、相談したいことがあれば、いつでもA課長に尋ねるよう指示しました。
また、A課長は、Xさんがそれぞれの製品の製作に取り組むに当たり、見本品や図面を交付しました。
製品化できない商品の製作
Xさんは、平成30年12月6日、Y-3濾過槽の製作に取り掛かろうとしたものの、商品化に耐え得るものを製作することはできませんでした。
また、Y社は、同年12月7日、作業時間を3時30分と設定して、標準KA型濾過槽の製作を指示しました。
Xさんは、同日、5時間にわたり、標準KA型濾過槽の溶接作業を行いましたが、Xさんが製作した濾過槽は、溶接部の溶け込みが多すぎる箇所があるなど、溶接不良のため製品にならないものでした。
このほか、Y社は同年12月10日、作業時間を6時間と設定し、標準V-1型濾過槽の製作を指示しました。
Xさんは、同日から同月12日にかけて、計13時間にわたり、標準V-1型濾過槽の溶接作業を行ったものの、Xさんが製作した濾過槽は、10か所の溶接箇所からカラーチェック浸透液が漏れる状態であり、製品にならないものでした。
試用期間中の解雇の意思
このような状況を踏まえ、Y社は、平成30年12月13日、Xさんに対し、解雇の意思表示をしました。
なお、Y社がXさんに交付した解雇通知書には、本件解雇の理由として、以下の記載がありました。
Y社の就業規則の定め
Y社の就業規則には以下の規定がありました。
本件訴えの提起
Xさんは、Y社に対して、本件解雇が無効であると主張して、労働契約上の地位を有することの確認を求めるとともに、未払賃金の支払いなどを求める訴えを提起しました。
本件解雇後のXさんの状況
なお、Xさんは、本件解雇後、平成31年3月頃から令和元年9月20日頃までの間、C校に通い、同日、溶接・板金コース(6か月)を修了しました。
そして、Xさんは、同年10月1日、D株式会社に採用され、火力発電所の整備・修理に従事することになりました。
争点
本件では、本件解雇の有効性が主要な争点となりました・
本判決の要旨
判断枠組み
本件労働契約には、Y社において、Xさんが3か月の試用期間中に技能、勤務態度、人物及び健康状態に関して、社員として不適当と認めたときは解約することができる旨の解約権が留保されている。その趣旨は、採用決定の当初、その者の資質、性格、能力その他適格性の有無に関連する事項について必要な調査を行い、適切な判定資料を十分に収集することができないため、後日における調査や観察に基づく最終的決定を留保する点にあると解され、一定の合理的期間の限定の下にこのような留保解約権を定めることには合理性があると認められる。
したがって、留保解約権に基づく解雇は、通常の解雇よりも広い範囲における解雇の事由が認められてしかるべきであり、Y社が、Xさんの試用期間中の勤務状態等により、当初知ることができず、また知ることができないような事実を知るに至った場合において、その事実に照らし、Xさんを引き続きY社に雇用しておくのが適当でないと判断することが、上記解約権留保の趣旨、目的に照らして客観的に相当であると認められる場合には、上記解約権の行使は、客観的に合理的な理由が存し、社会通念上相当なものとして許されると解すべきである。(最高裁昭和48年12月12日大法廷判決・民集27巻11号1536頁参照)
本件の検討
Y社の期待
前記認定事実のとおり、Y社においては、9月頃、溶接グループが繁忙となったことから、即戦力となる溶接の経験者を雇い入れることとしたものであり、そのため、本件求人票にも、溶接その他板金加工の経験者を求める旨が明記されている。食用油濾過機の溶接割れや油漏れは大事故を引き起こしかねないことから、その部品の溶接に当たっては慎重さが求められるところ、Y社は大規模な会社であるとはいえず、Xさんが配属された溶接1係の人員も5名と小規模であって、即戦力となる溶接の経験者を雇い入れる必要性は高かったものと認められる。
Xさんの申し込み時の言動
Xさんは、採用の申込みに当たり、
〈1〉添え状に、ステンレス、アルミニウム、チタン等のTIG溶接を主に経験してきたことや、板厚も1mmから20mm位までのあらゆる形状のものを製作してきたこと、
〈2〉履歴書に、TIG溶接が得意であること、
〈3〉職務経歴書にも、I製作所においてTIG溶接の技術指導を行ってきたことや、金属加工業を営む会社でアルミ溶接の専任として勤務したこと
などを記載している。
これらの記載を素直に読めば、Xさんが、母材の種類や厚みを問わず、商品化に耐え得るだけのTIG溶接の技術力、あるいは、少なくとも専門学校等を卒業したばかりの者に期待される水準を上回る技術力を有し、溶接グループにおける即戦力として期待できるものと受け取るのが自然である(…)。
Y社の判断の合理性
Xさんは、採用面接と併せて実施された作業テストにおいて、ステンレスのTIG溶接を満足に行うことができなかったものの、
〈1〉ステンレスの薄物のTIG溶接についても、経験があり、勘を取り戻せばできる旨や、すぐに勘を取り戻せる旨を述べていたこと、
〈2〉TIG溶接の手順自体は習得していたこと、
〈3〉作業テストは長くても20分ないし30分程度のものであったこと、
〈4〉前記の添え状、履歴書及び職務経歴書が提出されていたこと
からすれば、Xさんの上記発言を信じ、試用期間中の作業内容を吟味して本採用するか否かを決定することとしたことには、合理的な理由があるというべきである。
しかるに、Xさんは、濾過機を構成する部品のうち、専門学校等を卒業したばかりの者が製作目標とするような、上蓋ストッパーや圧力スイッチカバーを満足に製作することができず、複数の母材を溶接することさえ要しない引っ掛けドライバーについても曲げる部分の位置や角度を統一することができず、Xさんが製作した製品のほとんど全てが商品にならないものであったから、Xさんの実際の技術水準と、履歴書等の各書類や作業テスト時におけるXさんの言動から期待される水準との間には、相当程度の乖離があったと認められる。さらに、Xさんは、B課長から溶接不良の箇所をマーカーで示しながら、溶接が過剰な部分があり、ムラが生じていることや、溶接すべき部分がずれていることなど、溶接不良の原因について具体的な指摘を受けていたにもかかわらず、Y社代表者との面談において、溶接のポイントがずれているという指摘がいかなる趣旨であるか理解できないなどと述べ、その後も溶接不良が改善されなかった。
そして、Xさんが本件解雇までに製作した製品の数は合計で数百点に及び、Xさんの技術水準を判断するには十分であったと認められるから、Y社において、試用期間の満了を待たずに、Xさんが期待された技術水準に達する見込みがないと判断したことにも合理的な理由があるというべきである。
まとめ
以上の諸事情に照らせば、本件解雇は、解約権留保の趣旨、目的に照らして客観的に合理的な理由があり、社会通念上相当であると認められる。
結論
したがって、本件解雇は有効である。また、本件解雇が違法であるとはいえない。
解説
どんな事案だったか?
本件は、Y社との間で労働契約を締結し、試用期間中に解雇されたXさんが、解雇が無効であると主張し、Y社に対し、労働契約上の地位を有することの確認を求めるとともに、未払賃金の支払いなどを求めた事案でした。
何が問題となったか?
本件では、Xさんの試用期間中になされた解雇が有効であるか否かが問題となりました。
試用期間中の解雇はできるの?
本採用拒否について
まず、試用期間経過後の本採用拒否について考えましょう。
試用期間は、留保解約権付の労働契約であると解されており、通常の解雇よりも広い範囲における解雇の自由が認められるとされています。
他方で、留保解約権付であるといっても労働契約が成立していることには変わりありません。
そのため、使用者が、留保解約権を行使し、試用期間経過後の本採用拒否を行う場合には、客観的に合理的な理由があり、社会通念上相当と認され得る事情が必要であると解されています。
試用期間中の解雇について
では、試用期間中の解雇はどうでしょうか?
先ほど述べたとおり、試用期間経過後の本採用拒否については、「解約につき客観的に合理的な理由が存し社会通念上相当都是認され得る場合に制限」されています。
そして、試用期間とは、入社後の社員の能力、勤務態度や健康状態などの適格性を見極めて適切に評価し、当該新入社員を本採用するか否かを決定するための期間であり、使用者としては、原則として、試用期間の満了までは安易に解約権を行使すべきではないといえます。
そこで、これまでの裁判例においては、試用期間中の解雇には、試用期間経過後に行われる解雇よりも、「より一層高度の合理性と相当性が求められるものというべきである」と判断されています。
すなわち、たとえば、
・当該社員が業務上横領などの犯罪を行った
・会社の就業規則に違反する行為を重ねながら反省するところがない
・重大な経歴詐称を行なっていたことが判明した
など、試用期間の満了を待つまでもなく、当該社員の資質や性格、能力等を把握することができ、会社従業員としての適正に著しく欠けるものと判断することができるような「特段の事情」が認められる場合であれば、例外として試用期間中の解雇が認められる余地はありますが、このような「特別な事情」がない限りは、やはり使用者として試用期間中の解雇は避けるべきであり、期間満了時までは指導を重ねて改善の余地や有無を見極める必要があります。
本判決のポイント
本判決は、
- Y社が即戦力となる人材を雇用する必要性が高かったこと
- Xさんの応募時の言動は、溶接グループにおける即戦力として期待できるものと受け取るのが自然であること
- Xさんの発言を信じ、試用期間中の作業内容を吟味して本採用するか否かを決定することとしたY社の判断には、合理的な理由があるといえること
- Xさんの実際の技術水準と、履歴書等の各書類や作業テスト時におけるXさんの言動から期待される水準との間には、相当程度の乖離があったこと
- Xさんが、Y社から指導などを受けていたにもかかわらず、その後も溶接不良が改善されなかったこと
- Xさんが本件解雇までに製作した製品の数は合計で数百点に及び、Xさんの技術水準を判断するには十分であったと認められること
などを指摘し、Y社において、試用期間の満了を待たずに、Xさんが期待された技術水準に達する見込みがないと判断したことにも合理的な理由があるというべきであると判断しています。
このように、試用期間中の解雇の有効性を判断するうえでは、会社側が当該社員に対してどのような能力や素質を期待していたのか、採用に至るまでに当該社員がどのような発言をしていたのか、試用期間中に必要かつ十分な指導や改善を見極めるためのアプローチを講じていたのか、指導に対する当該従業員の対応はいかなるものであったのか、など様々な事情を総合的に考慮し、会社側の判断に合理的な理由があるといえるか否かを検討することになります。
仮に、試用期間中の解雇が争われた場合、会社側が、これらの事情を立証する必要がありますが、後になってから必要な事情を拾い集めようとしても困難であるといえます。
したがって、試用期間中(もっと遡っていえば、求人や応募、採用の過程を含めて)、使用者は、当該社員の一挙一動に目を向け、プラスの事情もマイナスの事情も記録に残しておくことが大切です。
弁護士にご相談を
試用期間は当たり前のようで、実は軽視されていることが多い制度でもあります。
特に、中途採用の場合は、特定のポジションにつくことを前提として、試用期間を設けることなく本採用してしまうことがあるようです。
しかし、上述のとおり、試用期間は、当該社員の素質や能力、適格性などを見極めるために非常に重要な制度です。
試用期間については、就業規則の定め方から実際の運用の方法、試用期間中の過ごし方に至るまで、一つ一つ意味があり、慎重さが求められます。
試用期間に関してはこちらの記事もご覧ください。
試用期間に関してお悩みがある場合には、ぜひ弁護士にご相談ください。