労働問題

労働関係に関する記録は保存を!【對馬(文書提出命令・抗告)事件】

当社は、川崎市内で喫茶店を経営しています。アルバイト学生を2人雇用していますが、常に社長である私が出勤しているので、タイムカードなどはなく、アルバイトの出退勤は私がノートにメモをして管理しています。その月の給料を払ってしまえば意味のない記録だとおもっていたので、そのノートを使い切ってしまう都度、廃棄していました。何か問題になりますでしょうか。
労働基準法109条では、「労働関係に関する重要な書類」を5年間保存しなければいけない義務が規定されています。今回のご相談においては、アルバイトの労働時間管理においてタイムカードなどを使っていないとのことなので、社長が記録していたノートのメモが「労働関係に関する重要な書類」であると認定される可能性が高いです。したがって、今後、残業代などの裁判において、民事訴訟法220条の文書提出命令でこのメモの提出が強制される可能性がありますし、これが提出できないと、相手方の主張が真実であると認定されるおそれもあります。また、「労働関係に関する重要な書類」の保存義務を怠ると、罰金刑に処される可能性もあります。
労働関係に関する記録は必ず保管しておきましょう。

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ポイント
  • 使用者は、労働者名簿、賃金台帳及び雇入れ、解雇、災害補償、賃金その他労働関係に関する重要な書類5年間保存しなければなりません。
  • 管理者の記録していたメモなども「労働関係に関する重要な書類」と認定される可能性があります。
  • 労働関係に関する重要な書類を廃棄することには、罰則があることに加え、今後の紛争で不利益が生じる可能性があります。

使用者には労働関係に関する記録を保存する義務があります

記録の保存義務

労働基準法第109条では、「使用者は、労働者名簿、賃金台帳及び雇入れ、解雇、災害補償、賃金その他労働関係に関する重要な書類を5年間保存しなければならない。」と定めています。
以前は「3年間」の保存義務とされていましたが、法改正により「5年間」に延長されました。

保存の対象となる記録とは

使用者が保存義務を負う書類とは、以下のような記録をいいます。

労働者名簿 
賃金台帳 
雇入れに関する書類例)雇入決定関係書類、契約書、労働条件通知書、履歴書、身元引受書など
解雇に関する書類例)解雇決定関係書類、解雇予告除外認定関係書類、予告手当または退職手当の領収書など
災害補償に関する書類例)診断書、補償の支払、領収関係書類など
賃金に関する書類例)賃金決定関係書類、昇給・減給関係書類など
その他労働関係に関する重要な書類出勤簿、タイムカード等の記録、労使協定の協定書、各種許認可書、始業・終業時刻など労働時間の記録に関する書類(使用者自ら始業・終業時間を記録したもの、残業命令書及びその報告書並びに労働者が自ら労働時間を記録した報告書)、退職関係書類、休職・出向関係書類、事業内貯蓄金関係書類など

違反するとどうなる?

使用者が、労基法第109条の記録の保存義務に違反した場合、労基法第120条1号により、30万円以下の罰金に処せられることになります。
したがって、故意に破棄することはもちろん、誤って廃棄や消去してしまうことがないよう、労働関係の書類については、慎重に保管・保存するように注意が必要です。

對馬(文書提出命令・抗告)事件・東京高裁令和5年11月14日決定

さて、今回は、そんな使用者に労働関係記録をめぐり、破棄された労働時間等管理文書に対する文書提出命令が認められるか否かが争われた事案をご紹介します。

事案の概要

本件は、Xさんらが、Y社との間で締結した労働条件通知書兼雇用契約書などの各文書について、Y社が所持しており、民事訴訟法第220条4号イ〜ホの除外事由に該当せず、取調べの必要性があると主張して、文書提出命令の申立てを行った事案です。

事実の経過

基本事件

Xさんらは、Y社と労働契約を締結し、Y社が経営する中華料理店で勤務していました。
Xさんらは、時間外労働等を行ったほか、交通費を支出し、経費を立て替えたと主張して、Y社に対し、未払割増賃金、交通費及び立替経費の支払い等を求める訴えを提起しました(基本事件)。

文書提出命令の申立て

本件基本事件をめぐり、Xさんらは、

  • ①XさんらとY法人との間で締結した労働条件通知書兼雇用契約書(本件文書1)
  • ②令和3年1月から令和4年10月において、Y社が経営する中華料理店「對馬」でXさんらが出勤時、退勤時、休憩開始時、休憩終了時の都度手書きでそれらの時刻を記載した紙(本件文書2)

の各文書について、Y社が保有しており、民訴法第220条4号イ〜ホの除外事由に該当せず、取調べの必要性があると主張して、文書提出命令の申立てを行いました。

問題になったこと

本件においては、本件文書1及び本件文書2について、Y社が提出義務を負うのかどうかが問題となりました。

原決定の要旨

本件文書1について

原決定は、本件文書1については、「労働条件通知書兼雇用契約書のひな形(…)に記載されている労働条件は、労働時間、休日、賃金、割増賃金等、賃金締切日及び賃金支払日であるところ、割増賃金率は法定の利率と同率であり、その余の点については、当事者間に争いがない」ことからすれば、「本件文書1の存在について争いはあるものの、同文書の取調べの必要性があるとは認められない」として、Xさんらの申立てを却下しました。

本件文書2について

Y社の主張

Y社は、本件文書2について、給与の計算等が完了するとその都度破棄していたため存在しないと主張していました。

原決定の判断

他方、原決定は、Y社はタイムカードを導入しておらず、労働時間を管理する文書としては本件文書2しかないのであるから、「労働関係に関する重要な書類」(労働基準法109条)として、「使用者たるY社が5年間の保存義務を負って」おり「違反した場合は罰金の罰則もあるのであるから(同法120条1項)、所持している蓋然性が非常に高いといえ」「Y社の上記主張は、破棄の事実について具体的な裏付けもないまま、採用することはできない」として、Y社の主張は認められないとしました。
そして、原決定は、「本件文書2はY社が所持しており、民訴法220条4号イないしホの除外事由に該当しないから、Y社は本件文書2の提出義務を負う」と判断しました。

原決定の結論

したがって、原決定は、本件文書1についてはXさんらの申立てを却下し、本件文書2についてはY社に提出義務が認められると判断しました。

本決定の要旨

本決定の結論

Y社は、原決定の判断を不服として抗告をしましたが、本決定は、原決定を補正した上で、原決定をほぼ全面的に引用し、Y社の抗告は認められない(棄却)としました。

本件文書2に関する補充の説明

なお、Y社は本件文書2にかかる〈Y社の陳述書について〉、次のような補充の説明をしています。

「本件文書2に該当する従業員が手書きをしたメモに基づき、毎月末締めで従業員の給与を計算し、毎月手書きの紙の給料支払明細書を発行した後は、上記メモを都度廃棄していた旨や、当該メモにつき、勤務時間を管理する資料として保存義務があることは知らなかった旨が記載されるにとどまり、その具体的な破棄の方法及び状況等が説明されていない上、その廃棄を裏付ける客観的な資料等は一切提出されて」おらず、「加えて、Y社は、基本事件の提起後、Xさんらから本件文書2に該当する文書を開示するよう求められ、Y社代理人を通じて、本件文書2に該当する文書を含む一式資料は税理士が保管している旨を説明するのみで、同文書の廃棄の事実については何ら言及していなかった(…)にもかかわらず、本件申立て後、本件文書2の廃棄に係る主張をするに至り、当審に至るまで上記陳述書も提出されなかったという経緯等に照らしても、上記メモの廃棄に係るY社代表者の陳述書(…)の記載内容を信用することはできない。」

ポイント

事案のおさらい

本件は、Xさんらが、Y社との間で締結した労働条件通知書兼雇用契約書などの各文書について、Y社が所持しており、民事訴訟法第220条4号イ〜ホの除外事由に該当せず、取調べの必要性があると主張して、文書提出命令の申立てを行った事案でした。

何が問題となったか

本件においては、本件文書1及び本件文書2について、Y社が提出義務を負うのかどうかが問題となりました。

本決定のポイント

特に、本件文書2について、Y社は破棄してしまったので存在しないと主張していたため、このようなY社の主張が認められるかどうかが注目されていました。

もっとも、本決定は

  • ・労働時間を管理する文書としては本件文書2しかないところ、使用者は労基法109条に基づいて「労働関係に関する重要な書類」を5年間保存する義務を負っており、違反した場合の罰則もある(労基法120条1号)ことからすると、Y社が所持している蓋然性が非常に高いこと
  • ・Y社が主張する本件文書2の破棄の事実について具体的な裏付けがないこと

を指摘し、本件文書2について、破棄してしまったので存在しないというY社の主張を排斥しています。

弁護士にもご相談ください

労使間の紛争においては、使用者側に資料や証拠が偏っていることが多いため、労働者側から文書提出命令の申立てがなされることがあります。
本件においては、Y社では、タイムカードが導入されていなかったところ、Xさんらが出退勤時刻や休憩開始・終了時刻を手書きで記載した紙(本件文書2)の文書提出命令が認められています。
労基法において「労働関係に関する重要な書類」の保存義務があることはもちろんですが、労働者との間で紛争が生じた場合においても、これらの書類については、使用者側の主張を基礎付ける非常に重要な記録になります。
データとして保存している場合も、紙媒体で保存している場合も、誤って廃棄や紛失してしまうことがないように改めて管理体制を確認しておくことが大切です。

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