新卒採用6か月での分限免職処分は無効?【宇城市(職員・分限免職)事件】
分限処分という言葉を聞いたことを存じでしょうか?
国家公務員の分限制度とは、「職員の身分保障を前提として、官職との関係における身分関係の変動(休職、免職など)を意味するもの」です(分限制度の概要・人事院HP参照)。
国家公務員法第74条第1項では、すべての職員の分限、懲戒及び保障については、公正でなければならないと定められています。地方公務員法27条1項でも、全て職員の分限及び懲戒については、公正でなければならないと定めています。
公務員が全体の奉仕者として、公正に職務遂行ができるよう、免職や降任等の処分を行うできる事由を法定することにより、公務の適正かつ能率的な運営を図ろうとするものです。
すなわち、分限処分は、公務能率の確保等の観点から、当該職員を官職あるいは職務から排除するものであり、職員の義務違反や非行等に対する公務秩序維持の観点から行われる懲戒処分とは性質を異にしています。
したがって、分限は、懲戒とは異なり、制裁的な意味合いを持つものではありません。
分限の種類としては、降任、免職、休職が挙げられます。
降任 | 職員をその職員が現に任命されている官職より下位の職制上の段階に属する官職に任命すること |
免職 | 職員をその意に反して退職させること |
休職 | 職員としての身分を保有させたまま職務に従事させないこと |
さて、今回は、そんな分限について、新卒採用6か月で行われた分限免職処分の有効性が争われた事案をご紹介します。
宇城市(職員・分限免職)事件・福岡高裁令和5年11月30日判決
事案の概要
本件は、令和2年4月1日付でY市(熊本県内に所在する地方公共団体)に採用されたXさんが、Y市の市長から同年9月30日付で分限免職処分を受けたことから、本件処分には処分事由となる具体的事実が存在せず、客観的に合理性を持つものとして許容される限度を超えた不当なものであり、裁量権の行使を誤った違法がある旨主張して、Y市に対し、本件処分の取消しを求めた事案です。
事実の経過
Y市採用前のXさんの状況等
Xさんは、令和2年3月にB大学法学部を卒業する前の平成31年2月5日から同年3月31日まで、Y市市民環境部債権管理課に臨時職員として勤務し、滞納整理の補助業務に携わっていました。
Y市の職員採用試験におけるXさんの成績は、第1次試験(筆記)受験者91人中1位、第2次試験(集団面接)受験者33人中6位、第3次試験(論文、個別面接)21人中7位でした。また、SCOA総合適性検査においてXさんの基礎能力はAA、基本類型は粘着(準型)と評価されていました。
Y市によるXさんの採用
Xさんは、B大学法学部卒業後、令和2年4月1日付けで、Y市(熊本県内の地方公共団体)に採用されました。
そして、Xさんは、Y市企画部地域振興課主事として勤務していました。
Y市の新規採用職員への指導体制等
採用時の説明会、研修等
Y市は、令和2年3月19日、新規採用予定職員に対する説明会を開催しました。
同説明会では、心構え、身だしなみ、話し方等の基本的な職務上のマナーや勤務時間等に係る資料が配布されました。
また、Y市は、同年4月1日、新規採用職員に対し、地方公務員に必要な基礎知識を学ぶための入門書である「地方公務員フレッシャーズブック」を交付しました。
このほかにも、Y市は、新規採用職員を対象とする研修を同月9日(内容:財政、行政改革、会計、文書事務等)、同年8月12日(内容:法律、文書事務、公文書の書き方等)の2回にわたり実施しました。
なお、Y市が予定していた熊本県内の市町村の新規採用職員を対象とした研修は新型コロナ禍のため同年10月に延期となりました。
メンター制度
Y市は、新規採用職員の採用日から1年間、新規採用職員が配置された課の課長又は課長相当職の者が指名した職員(メンター)が、当該課の新規採用職員に対してOJTによる業務指導を行うと共に、職員規律・接遇・勤務態度などを指導・助言・対話により技術的・精神的にサポートする制度を実施していました。
新規採用職員育成シート
Y市は、新規採用職員の育成に当たり、新規採用職員育成シートを利用していました。
同シートは、新規採用職員の採用から1か月ごとに、新規採用職員及びメンターが、新規採用職員の職務遂行力、組織支援力、取組姿勢、規律性及び健康状態の各着眼点について、良好(◎)、普通(○)、もう少し(△)、できていない(×)のいずれに該当するかを記載し、それを所属部課室の上司及び人事担当者に回覧するものとなっていました。
人事評価シート
Y市は、所属する職員の職位ごとに、評価対象職員、一次評価者及び二次評価者の各評価が記載された人事評価シートを作成していました。
評価は5段階であり、5が「期待レベルを大きく超えている」、4が「期待通り求められることが完璧にできている」、3が「完ぺきではないが、期待レベルのことがまずまずできているレベル」、2が「求められる水準にはやや不足満足ではないレベル」、1が「求められることが全くできていないトラブルになるレベル」とされていました。
地域振興課におけるXさんの担当業務、指導体制等
Xさんの担当業務、事業
Xさんは、地域振興課まちづくり推進係の係員(主事)として、空き家、空き地バンクに関すること(Xさん担当業務内の割合30%)、空き家問題等の相談に関すること(同20%)、地域づくり活動に関すること(同20%)、地域づくり団体に関すること(同20%)、コミュニティ助成事業に関すること(同5%)、若者の地方体験交流に関すること(同5%)を担当していました。
Xさんの具体的な担当事業は、〈1〉まちのむらづくり応援団補助金交付事業、〈2〉空き家改修補助金交付事業及び〈3〉宝くじ(コミュニティ)助成事業でした。
地域振興課におけるXさんへの指導体制
Xさんの勤務当時、地域振興課の正規職員は、課長1人、まちづくり推進係3人(係長1人)、しごと創生係3人(係長1人)の計7名でした。
Xさんの上司は、C地域振興課長兼企画部次長(C次長)、地域振興課まちづくり推進係のD係長(同係在籍1年目かつY市入庁時から20年目。D係長)であり、同係のE主査(同係在籍5年目かつY市入庁時から8年目。E主査)がXさんのメンターを務めていました。
D係長は地域振興課の係長が初めての係長職であり、E主査はXさんのメンターとなるまでメンターの経験を有していませんでした。
分限免職処分
自主退職の求め
Xさんには、作成した文書の誤字脱字、書式や文体の不統一、印刷方法の不手際、電話・窓口対応等における不備がみられ、担当業務の理解等の点でも不十分な点がありました。
このような中、Y市総務課長補佐は令和2年9月11日、Xさんに対し、同月30日には免職になるので、同月14日までに自主退職するか否かの回答をするように求めました。
しかし、Xさんは、自主退職しないこととしました。
Y市による本件処分
Y市は、同月16日、「解雇(免職)予告通知書」をXさんに交付しました。
同通知書には、「あなたが条件付採用期間において、職務を良好な成績で遂行したと認められないため、令和2年9月30日を以て解雇(免職)しますので、ここに解雇(免職)予告を通知いたします」と記載されていました。
その後、Y市は、同月30日付でXさんに対する分限免職処分(本件処分)を行いました。
訴えの提起
そこで、Xさんは、本件処分には処分事由となる具体的事実が存在せず、客観的に合理性を持つものとして許容される限度を超えた不当なものであり、裁量権の行使を誤った違法がある旨主張して、Y市に対し、本件処分の取消しを求める訴えを提起しました。
争点
本件処分について、Y市は、条件付採用期間中の職員の分限に関する条例を定めておらず、本件処分を人事院規則11−4第10条2号の規定に基づいて行ったと主張していました。
そこで、本件では、Xさんの勤務実績が人事院規則11−4第10条2号の「勤務の状況を示す事実に基づき勤務実績がよくないと認められる場合において、その官職に引き続き任用しておくことが適当でないと認められるとき」に該当し、本件処分が処分行政庁の裁量権行使の誤りによる違法な処分といえるか否か、が争点となりました。
第一審(熊本地裁令和5・3・24)の判断
判断の枠組み
地方公務員法の趣旨
まず、一審判決は、地方公務員法22条の趣旨について、次のように述べました。
「地方公務員法22条1項は、職員の採用は全て条件付きのものとし、当該職員がその職において6月を勤務し、その間その職務を良好な成績で遂行したときに正式採用になる旨定めているが、その趣旨は、職員の採用に当たり行われる競争試験又は選考の方法が職務を遂行する能力を完全に実証するものではないことから、成績主義に基づき、適格性を欠くのに採用された職員の排除を容易にすることにあり、同法29条の2第1項1号が正式採用に至る過程にある条件付採用期間中の職員の分限について正式採用の職員の分限に関する規定(同法27条2項)の適用を除外しているのも上記趣旨に沿ったものであると解される。」
条件付採用期間の職員の分限について
その上で、条件付採用期間の職員の分限についても、公平性が要求されるとの判断を示しました。
「一方、条件付採用期間中の職員も、既に競争試験等の過程を経て勤務し、現に給与の支給も受けているから、正式採用になることに対する期待を有しているし、同法27条1項は、職員の分限及び懲戒について公正性を要求している。また、地方自治体であるY市が条件付採用期間中の職員の分限に関する条例(同法29条の2第2項)を定めておらず、本件処分を人事院規則11-4第10条2号の「勤務の状況を示す事実に基づき勤務実績がよくないと認められる場合において、その官職に引き続き任用しておくことが適当でないと認められるとき」に該当することを理由に行っていることに照らすと、上記該当性の判断については新規採用職員の任用権者であるY市に相応の裁量権が認められるものの、その裁量権は純然たる自由裁量ではなく、当該処分が合理性を有するものとして許容される限度を超えた不当なものであるときは、裁量権の行使を誤った違法なものになるというべきである(最高裁判所昭和49年12月17日第三小法廷判決・集民113号629頁参照)。」
厳密な判断の必要性
加えて、条件付採用職員の分限免職に当たっても、厳密な判断の必要性があることを述べています。
「なお、条件付採用職員を分限免職するに当たっても、当該職員が現に就いている職位に限らず、異動の可能な他の職位を含めて地方自治体の職員としての適格性を欠くか否かを厳密、慎重に判断する必要があるものと解される(最高裁判所昭和48年9月14日第二小法廷判決・民集27巻8号925頁参照)。」
本件処分の検討
そして、上記のような判断枠組み等を前提として、裁判所は、Xさんに対する本件処分が人事院規則11-4第10条2号の「勤務の状況を示す事実に基づき勤務実績がよくないと認められる場合において、その官職に引き続き任用しておくことが適当でないと認められるとき」に該当し、合理性を有するものとしたY市の判断が裁量権の範囲を誤った違法なものであるか否かを検討しています。
Xさんの人事評価の不合理性
たしかに、Xさんには、「文書作成、電話及び窓口における当事者対応、担当業務の理解等に未熟な面が見られている」ものの、令和2年4月から同年9月までのXさんの勤務状況及び指導状況によっても、市役所職員としての資質・適格性に欠ける程度まで勤務成績が不良であったと評価することはできないなどとして、Y市の判断は十分な合理性及び客観性を欠くと判断しています。
代替手段の検討をしていないこと
また、「Y市は、Xさんの意思に沿わない分限免職という最終的かつXさんにとって最も不利益な手段を採る前に、F主査をメンターから交代させるなどしてXさんの指導・支援体制を見直すことや、Xさんを(…)他の部署へ異動させるなどの代替手段を全く検討していない」ことも指摘しています。
Y市が改善の可能性を放棄していたこと
そして、「これらの代替手段を採ることによりXさんが良好な上司及びメンターとしての人間関係の下で自らの欠点を克服し、組織の一員として成長する可能性はあったと考えられる一方、Y市がこれらの代替手段を具体的に検討することが不可能であったことを窺がわせる事情はないことに照らすと、Y市がE係長等からの報告のみに依拠する形でXさんに成長・改善の可能性がないと即断していたことが推認される」としています。
Xさんの改善可能性
加えて、「XさんはE係長やF主査の指導を素直に受け入れていることに加え、Xさんの臨時採用時の状況に特段の問題はなく(…)採用時の成績はむしろ優れたものであり性格面でも特段の問題はなかったこと(…)、Xさんとごく近くの席で働いていたG主事がXさんの勤務態度について積極的に電話に出て話し方も工夫していたほかデジタル化の意識が高いなど良い面もみられた旨証言していること(‥)も併せ考慮すれば、Xさんには他部署への異動や更なる指導、研修等による成長・改善の可能性が相応に存在した」と判断しています。
まとめ
以上の検討を総合的に考慮し、一審判決は、「本件処分は、その前提となるXさんの勤務成績についての評価を誤った上、代替手段や処分の相当性についての十分な検討を経ることなく行われたものであって、E係長やF主査がXさんに繰り返し指導しても改善が見られないと感じ両名の負担感が増大していたことが窺われることや、新型コロナ禍の下でもY市において例年とほぼ同様の新規採用職員に対する指導体制が採られていたこと(…)を踏まえても、合理性のある処分として許容される限度を超えた不当なものといわざるを得ない」などとして、「本件処分は、裁量権の行使を誤った違法な処分として取消しを免れない」との帰結を導いています。
本判決の判断
本判決も、一部理由を追加・補強しているものの、上記の第一審の判断を相当としており、Y市による本件処分は裁量権の誤りによる違法な処分といえると判断しました。
ポイント
どんな事案だったか
本件は、令和2年4月1日付でY市に採用されたXさんが、Y市の市長から同年9月30日付で分限免職処分を受けたことから、本件処分には処分事由となる具体的事実が存在せず、客観的に合理性を持つものとして許容される限度を超えた不当なものであり、裁量権の行使を誤った違法がある旨主張して、Y市に対し、本件処分の取消しを求めた事案でした。
何が問題となったか
これに対して、Y市では、条件付採用期間中の職員の分限に関する条例を定めておらず、本件処分を人事院規則11−4第10条2号の規定に基づいて行ったと主張していました。
そのため、Xさんの勤務実績が人事院規則11−4第10条2号の「勤務の状況を示す事実に基づき勤務実績がよくないと認められる場合において、その官職に引き続き任用しておくことが適当でないと認められるとき」に該当し、本件分限免職処分が処分行政庁の裁量権行使の誤りによる違法な処分といえるか否か、が問題となりました。
本件のポイント
この点、裁判所は、「新規採用職員の任用権者であるY市に相応の裁量権が認められるものの、その裁量権は純然たる自由裁量ではなく、当該処分が合理性を有するものとして許容される限度を超えた不当なものであるときは、裁量権の行使を誤った違法なものになるというべきである。」また、「条件付採用職員を分限免職するに当たっても、当該職員が現に就いている職位に限らず、異動の可能な他の職位を含めて地方自治体の職員としての適格性を欠くか否かを厳密、慎重に判断する必要があるものと解される」との判断枠組みを示した上で、Xさんの人事評価の合理性やY市における代替手段の検討の有無、Y市の認識として考えられること、Xさんの改善の余地などの事情を総合的に検討し、本件処分は違法であるとの判断を示しています。
公務員の職務の公平性などに照らして考えれば、条件付採用職員であるとしても、分限免職処分については、本判決のような慎重な対応が求められるといえるでしょう。
弁護士にもご相談ください
今回は、公務員であるXさんが、作成した文書の誤字脱字、書式や文体の不統一、印刷方法の不手際、電話・窓口対応等における不備がみられ、担当業務の理解等の点でも不十分な点がみられるとして、Y市から分限免職処分を受けた事案でした。
これを民間企業に当てはめて考えると、使用者が、能力不足を理由として試用期間中の労働者を解雇するという事態が考えられます。
しかし、例えば能力不足を原因として労働者を解雇した場合において、その解雇の有効性が争われた場合には、使用者が当該労働者に対してどのような能力を期待していたのか、指導体制は十分であったか、適時適切に指導を行なっていたか、それに対して改善が見られたのか、労働者に対してフィードバックしていたかなど、様々な事情が総合的に判断されることになります。
したがって、雇い入れた労働者が能力不足であるとか、期待に沿わないレベルであるなどと感じる場合であっても、解雇を検討するにあたっては、やはり慎重な検討が必要です。
職場の労働者に対する対応についてお悩みがある場合には、ぜひ弁護士にご相談ください。