労働問題

職場のセクハラは会社も責任を負う?【学校法人A京都校事件】

令和4年度 都道府県労働局雇用環境・均等部(室)での法施行状況」によると、労働者や事業主等から寄せられた男女雇用機会均等法、労働施策総合推進法、パートタイム・有期雇用労働法及び育児・介護休業法に関する相談件数のうち、「セクシュアルハラスメント(男女雇用機会均等法第11条関係)」に関する相談が最くなっています。

令和4年度雇用環境・均等部(室)における法施行状況について 第5ページより

このように、職場のセクシャルハラスメント(セクハラ)は、非常に大きな問題となっており、男女雇用機会均等法においてもセクハラ防止措置を講じるべきことが事業主の義務・責務となっています。
もっとも、残念ながら多くの職場でセクハラ対策が不十分なままとなっているのが現状です。
職場でセクハラが起きてしまった場合には、その加害者だけでなく会社自体も責任を問われる場合があり、職場のセクハラ対策は喫緊の課題です。

今回はセクハラを受けた常勤講師が加害者と学校法人を訴えた事件を紹介します。

学校法人A京都校事件・京都地裁令和元.6.28判決

事案の概要

本件は、B法人に雇用されて勤務していたAさんが、学校当時の分室長であるCさんからセクハラを受け、これによってうつ病などにり患したと主張し、B法人とCさんに対して連帯して損害賠償金等の支払いを求めた事案です。

事実の経過

Aさんの勤務状況

Aさんは、平成21年7月末日頃、B法人が設置する本件学校において、スクールサポート(学校指導援助等のボランティア)として勤務し、平成22年4月頃からは非常勤講師として勤務していました。
平成23年4月1日、AさんはB法人との間で雇用期間1年間と定め、本件学校の常勤講師として雇用されました。
その後、Aさんは、平成24年4月1日頃までには本件雇用契約の更新を受け、引き続き本件学校の常勤講師として勤務していました。

Aさん
Aさん

スクールサポートをしています

Cさんによるセクハラ行為

平成24年4月6日から同年7月11日までの間、教員の懇親会の二次会で突然抱きしめてキスをする、図書館で胸を触る、本件学校の応接室で無理やりキスをするなどしました。
また、AさんがCさんと滋賀県内にある本件学校の関係先の挨拶周りや視察に訪れた際にも、CさんはAさんの拒絶にもかかわらず、ラブホテルに連れ込み、性交渉に及ぶなどしました。

Aさんの通院状況

Aさんは、平成24年5月10日、不安、困惑、頭痛、腹痛、のどの詰まり感、集中困難、不眠などの症状を訴えて、Oメンタルクリニックを受診しました。
Aさんを診察したOメンタルクリニックのP医師は、同年8月14日、Aさんが不安障害にり患しているとの診断をしました。

また、Aさんは、平成24年8月29日、実感がない、恐怖感が続く、寝られない、気分が落ち込むなどの症状を訴えて、Dクリニックの院長を務めるD医師の診療を受けました。
そして、同年9月5日、D医師はAさんが同年4月以降のCさんからのセクハラにより、Aさんがうつ病にり患しているとの診断をしました。

Aさん
Aさん

Cさんからセクハラ被害を受けて、うつ病になりました

Aさんの休職

Aさんは、平成24年8月1日、Cさん及び本件学校の当時の教頭に対して、翌日から休職をすることを申し出、同月2日以降は有給休暇を消化しました。

また、Aさんは、同年9月10日頃、B法人の理事長に対して、休職期間を同日から同年12月10日までとし、その理由を病気療養とする休職願を作成し、診断書を添付した上で提出しました。
B法人は、同年9月27日、Aさんに対し、休職期間を同年10月1日から同年12月10日までとして、休職を命じました。

Aさん、休職してください

B法人
B法人

Aさんの退職

B法人は、平成25年2月26日、Aさんに対し、B法人とAさんとの間の雇用契約が同年3月31日に満了するが、雇用契約の更新をしない旨の予告通知をしました。
その後、Aさんは、同日、B法人との間の雇用契約の期間満了により、B法人を退職しました。

訴えの提起

Aさんは、Cさんからのセクハラによってうつ病などにり患をしたと主張し、Cさんに対して不法行為に基づく損害賠償金等の支払いを求めるとともに、B法人に対して使用者責任に基づく損害賠償金等の支払いを求める訴えを提起しました。

争点

本件では、Cさんによるセクハラ行為の有無および違法性、Aさんの損害額などが争点となりました。

本判決の要旨

Cさんによるセクハラ行為の有無および違法性について

裁判所は、CさんによるAさんに対する各セクハラ行為が行われたことを認めたうえで、本件各行為の違法性について次のとおり判断しました。

「これまで認めた事実(前提事実を含む。以下同じ。)によれば、本件各行為は、いずれも、本件学校の分室長の立場にあったCさんと、雇用後1年少々の常勤講師であったAさんの、立場の違いなどにより、Aさんが強く拒絶できない状況で、Cさんが、この状況に乗じて、Aさんの意に反して行ったものといえる。これがAさんの性的自由を侵害することは、明白であり、本件各行為は、Aさんに対する不法行為を構成するといえる。」

裁判所
裁判所

CさんのAさんに対するセクハラは不法行為です

Aさんの症状と本件各行為との因果関係について

Aさんは、本件各行為によりうつ病などにり患したとして、本件各行為とAさんの症状との間に相当因果関係が認められると主張していました。
これに対して、B法人らは、Aさんの症状は、Aさんがかつて父親から性的暴力を受けるなどしたことに起因するものであって本件各行為とは関係がなく、相当因果関係が認められないと反論していました。

もっとも、裁判所は次のように示して、Aさんの症状と本件行為との間の相当因果関係を認めました。

「本件各行為は、望まない身体的接触や性交渉という内容に照らし、Aさんにとって大きな心理的な負担であったと推認できる。そうすると、上記証拠中Aさんの主張に沿う部分は、いずれも信用することができるから、少なくとも、本件各行為とAさんの不安障害、うつ病及び適応障害との間には、事実的因果関係があるといえる。
また、これらに加えて、前記で認定した本件各行為の態様などをも踏まえると、本件各行為によって、うつ病、不安障害及び適応障害が通常生ずべきものと考えるのが相当といえる。
したがって、本件各行為とうつ病、不安障害及び適応障害との間には相当因果関係があるといえる。
(…)したがって、本件各行為とAさんの症状との間には、相当因果関係があると認められる。」

裁判所
裁判所

Aさんの症状はCさんの行為と因果関係があると認められます

過失相殺(素因減額)について

裁判所は、Aさんには本件各行為によって合計900万7045円の損害が生じているとしつつも、Aさんの症状には父親の性暴力など幼少期のトラウマや解離障害なども大きく影響していることを理由として、次のとおり述べ、過失相殺に規定を類推適用し、素因減額を認めました。

裁判所
裁判所

ただ、Aさん症状は、幼少期のトラウマなども影響しているので、素因減額をするのが相当です

「もっとも、前記認定のとおり、Aさんには、父親の性暴力など幼少期のトラウマや解離障害などがある。そして、その内容及びAさんの平成22年までの通院歴からすると、上記幼少期のトラウマ等は、Aさんの精神症状を悪化させた極めて重大な要因となっていると推認できる。
このような事実関係からすると、Aさんに現在生じている損害のかなりの部分は、Aさんの素因によると認められ、これによる損害をB法人らに負担させるのは、相当でない。
したがって、B法人が賠償すべき弁護士費用を除く損害としては、過失相殺の規定(民法722条2項)の類推適用により、本件で請求されている損害については、4割を減ずるのが相当である。
そうすると、過失相殺を踏まえた損害額は、540万4227円となる。」

「もっとも、前記認定のとおり、Aさんには、父親の性暴力など幼少期のトラウマや解離障害などがある。そして、その内容及びAさんの平成22年までの通院歴からすると、上記幼少期のトラウマ等は、Aさんの精神症状を悪化させた極めて重大な要因となっていると推認できる。
このような事実関係からすると、Aさんに現在生じている損害のかなりの部分は、Aさんの素因によると認められ、これによる損害をB法人らに負担させるのは、相当でない。
したがって、B法人が賠償すべき弁護士費用を除く損害としては、過失相殺の規定(民法722条2項)の類推適用により、本件で請求されている損害については、4割を減ずるのが相当である。
そうすると、過失相殺を踏まえた損害額は、540万4227円となる。」

B法人の免責事由の有無

B法人は、本件学校の開校以来、管理職に対し、セクハラ問題について強い危機感を持つように注意し、また、B法人の理事長は、2か月に1回の頻度で、本件学校に赴き、本件学校の職員に対し、口頭でセクハラ防止のために指導、監督をしていたから、民法715条所定の免責事由があると主張していました。
もっとも、裁判所は、次のとおり示して、B法人の免責事由は認められないと判断しました。

「しかしながら、仮に、B法人が主張するような措置が執られていたとしても、証拠によれば、(…)セクハラの相談窓口がなかったことが認められ、このような状況下で、本件各行為の当時、性的被害に関してしばしばみられる被害者の対応など、セクハラが発生する背景に対して、どれほどの理解があったのか、実効的な指導がされていたのか、疑問というほかない。B法人が事業の監督について相当の注意をしたなどということはできない。
したがって、B法人の主張は、採用できない。」

裁判所
裁判所

セクハラの相談窓口がないなど、B法人が事業の監督について相当の注意をしていたとは認められません

結論

以上の検討から、裁判所は、B法人およびCさんが連帯してAさんに対して損害賠償金等を支払うべき義務があると判断しました。

解説

本件のポイント

本件では、勤務する学校で分室長であったCさんからセクハラの被害を受けたAさんが、これによってうつ病や適応障害などにり患したと主張し、Cさんおよび本件学校を設置するB法人に対して損害賠償金等の支払いを求める訴えを提起したという事案でした。

裁判所は、Cさんによる本件セクハラ行為の違法性について、本件学校の分室長の立場にあったCさんと、雇用後1年少々の常勤講師であったAさんの、立場の違い」という点に着目し、Aさんが強く拒絶できない状況に乗じて、Aさんの意に反して行われたものであり、Aさんの性的自由を侵害することが明らかであるとして、違法性を認めています。

また、B法人は、管理職に対し、セクハラ問題について強い危機感を持つように注意し、本件学校の職員に対し、口頭でセクハラ防止のために指導、監督を行っていたことから、使用者責任を負わないと主張していましたが、裁判所は、本件学校においてセクハラの相談窓口が設置されておらず、そのような体制下で被害者対応やセクハラが発生する背景等についてどれほどの理解があり、実効的な指導がなされていたかについては疑問があるとして、B法人の主張を排斥しています。

このように、事業主が十分なセクハラ防止対策を講じていなかった場合には、加害者と連帯して賠償義務を負うことになるほか、職場環境配慮義務との関係で債務不履行責任を問われる場合もあるため、特に注意が必要です。

弁護士にご相談ください

男女雇用機会均等法は、企業の規模や業種などにかかわらず、すべての事業主が職場のセクハラ防止措置を講ずべきことを義務付けています。
数あるハラスメントの中でも、セクハラは特に被害者の心身を深く傷つける人権侵害に当たる行為であり、会社として「絶対にセクハラを許さない」ための職場環境作りが不可欠です。

セクハラを防止するためには、研修やポスターなどによる周知・徹底も大切ですが、同時にセクハラが発生してしまった場合に備えて、相談者が安心して相談することができる窓口を設置しておくことや、相談者が二次被害やプライバシー侵害等を受けることのないように、対応の方法やポイントを事前に確認しておくことも非常に重要です。

弁護士
弁護士

セクハラ防止の体制を整えておかないことはリスクにつながります

職場のセクハラを防止し、すべての従業員にとって働きやすい環境を整備するためにも、事業主として講ずるべきセクハラ対策について、ぜひ弁護士にご相談ください。