労働問題

適応障害の発症と業務起因性【大阪府(府立高校教員)事件】

文部科学省が昨年(令和5年)12月に公表した「令和4年度公立学校教職員の人事行政状況調査」結果によると、教育職員の精神疾患による病気休職者数は6539人と過去最多となりました。
特に20代から40代の教育職員に多く見られ、全国の教育職員の人手不足にもさらに拍車がかかりそうです。

教育現場では、多くの教育職員が「替えがきかないから…」「穴をあけると他の先生に迷惑がかかるから…」などと思って、不調を感じていても年単位で頑張り続けてしまい、その末に、身体が動かないほど体調が悪化してしまうというケースもあるようです。
まずは、教員のメンタルヘルスケアや客観的な在校時間の管理、時間外での在校時間の管理、働き方改革の推進、ハラスメント防止に向けた措置や周知の徹底など、教育職員の精神疾患による病気休職者の数を減らすための対策や休職中の教育職員が復帰しやすい環境の整備を進めていく必要があります。

さて、今回は、府立高校の教員が、長時間労働によって適応障害を発症したとして、慰謝料等の支払いを求めた事案を紹介します。

大阪府(府立高校教員)事件・大阪地裁令和4年6月28日判決

事案の概要

本件は、大阪府(Y)が設置、運営する高校に科目E担当教諭として勤務していたXさんが、加重な業務により長時間労働を余儀なくされ、適応障害を発症したとして、大阪府に対して、国家賠償法1条1項または債務不履行(安全配慮義務違反)に基づく損害賠償請求として治療費や慰謝料等の支払いを求めた事案です。

事実の経過

Xさんについて

Xさんは、平成22年3月にB1大学外国語学部を卒業した後、訴外C1株式会社に採用され、同社の運営するラグビーチームにおける外国人選手の通訳として1年間勤務し、平成23年4月からD1高校非常勤講師、同年8月から同高校常勤講師として勤務しました。
その後、大阪府(Y)が設置する高校教諭として採用され、平成24年4月から他の高校教諭、平成28年4月からは本件高校の教諭として勤務していました。

Xさんの勤務状況

Xさんは、本件高校において、平成28年度は世界史の授業を担当すると共に、生徒会部に所属し、国際交流委員会の委員や、卓球部顧問、ラグビー部副顧問等を務めました。
平成29年度は、世界史の授業を担当するとともに、1年生のクラス担任を務め、生徒指導部に所属し、国際交流委員会の主担当者、ラグビー部顧問等も務めました。

適応障害の発症

Xさんは、平成29年7月21日、本件高校の産業医である本件クリニックを受診し、F1医師に対して「ここ3~4カ月頭痛と胸の痛みがある」「不安感、イライラ、仕事のことが頭から離れない」などの症状を訴えました。
F1医師は、Xさんに対し、「病名 慢性疲労症候群」「上記疾患のため平成29年7月22日から1ケ月(8月20日まで)間の、自宅療養(就労不可)の必要を認める」旨の診断書(7月診断書)を作成、交付しました。
Xさんは、同年7月20日頃、遅くとも同月21日までに、適応障害を発症していました。

本件発症後の病気休暇、病気休職等

Xさんは、平成29年9月25日、本件クリニックを受診し、F1医師作成による、病名を「慢性疲労症候群」とし、「上記診断にて、平成29年9月25日から同年12月17日を目途に、3カ月程度の自宅療養の必要を認める」旨の診断書の交付を受けました。
そして、Xさんは、平成29年9月25日から同年12月15日まで病気休暇を取得しました。

また、Xさんは、兵士絵29年9月29日、G1クリニックを受診し、以後、同クリニックに継続的に通院しました。
Xさんは、平成30年2月5日、同クリニックH1医師作成の、診断名を「適応障害」とし、「平成30年1月以降の体調は芳しくなく、同年2月5日~同年3月31日の間、自宅療養が必要と判断する」旨記載された診断書の交付を受けました。

さらに、Xさんは、平成30年2月13日、I1病院の精神科を受診し、同科J1医師作成の、「適応障害」の病名により「平成30年2月5日から同年3月31日までの休業加療を要する」旨の診断書の交付を受けました。
これを受けて、Xさんは、平成30年2月6日から同月13日まで病気休暇を取得し、同月14日から同年3月31日までの間、病気休職を命じられました。

Xさんの復職

平成30年3月12日、Xさんは、G1クリニックのH1医師から、「病名 適応障害」「上記診断名にて通院加療中。病状回復みられ、平成30年4月1日以降の就労可能と判断する。」旨の診断書の交付を受けました。
また、Xさんは、平成30年3月13日、I1病院のJ1医師から、「診断 適応障害」「上記病名により休業加療中であるが病状改善し、平成30年4月1日から職に復することが可能と診断する。」旨の診断書の交付を受けました。
これを受けて、Xさんは、平成30年4月1日から職場復帰をしました。

Xさんの時間外勤務時間

なお、本件発症前6か月間におけるXさんの在校時間及び休日校外で部活動指導等の業務に従事した時間から所定の休憩時間(45分)及び自己研さんその他の業務外の活動を行っていた時間並びに法定労働時間(週40時間)を差し引いた時間(本件時間外勤務時間)は、以下のとおりでした。

  • 平成29年6月21日~同年7月20日 112時間44分
  • 平成29年5月22日~同年6月20日 144時間32分
  • 平成29年4月22日~同年5月21日 107時間54分
  • 平成29年3月23日~同年4月21日  95時間28分
  • 平成29年2月21日~同年3月22日  50時間58分
  • 平成29年1月22日~同年2月20日  75時間52分

公務災害の認定について

地方公務員災害補償基金大阪府支部長K1は、令和4年2月22日付けで、同基金本部専門医師の医学的知見を踏まえ、Xさんが、平成29年7月中旬に「適応障害」を発症したものと認め、同適応障害について、「災害発生年月日」を「平成29年7月20日」とし、Xさんには、業務により、「発症直前の連続した2か月間に1月あたりおおむね120時間以上の、または発症直前の連続した3か月間に1月あたりおおむね100時間以上の時間外勤務を行ったと認められる場合」に準ずるような負荷があったと認められるものとして、地方公務員災害補償法の定める「公務上の災害」と認定した旨通知しました。

訴えの提起

Xさんは、加重な業務により長時間労働を余儀なくされ適応障害を発症したと主張して、大阪府に対して、国家賠償法1条1項または安全配慮義務違反に基づく損害賠償請求として、治療費や慰謝料等の支払いを求める訴えを提起しました。

争点

本件では、YのXさんに対する安全配慮義務違反の有無が主要な争点となりました。

本判決の要旨

Y(校長)が負う安全配慮義務の内容

労働者が労働日に長時間にわたり業務に従事する状況が継続するなどして、疲労や心理的負荷が過度に蓄積すると、労働者の心身の健康を損なう危険のあることは、周知のところであり、使用者は、その雇用する労働者に従事させる業務を定めてこれを管理するに際し、業務の遂行に伴う疲労や心理的負荷等が過度に蓄積して労働者の心身の健康を損なうことがないよう注意する義務を負うと解するのが相当である。また、使用者に代わって労働者に対し、業務上の指揮監督を行う権限を有する者は、使用者の右注意義務の内容に従って、その権限を行使すべきであるといえる(最高裁平成10年(オ)第217号、第218号同12年3月24日第二小法廷判決・民集54巻3号1155頁参照)。そして、この理は、地方公共団体と、その設置する学校に勤務する地方公務員との間においても別異に解すべき理由はない(最高裁平成23年(受)第9号、同22年7月12日第三小法廷判決・集民237号179頁参照)。

そうすると、Xさんが勤務する府立学校である本件高校の校長は、Xさんら教育職員に対し、労働時間の管理の中で、その勤務内容、態様が生命や健康を害するような状態であることを認識、予見し得た場合には、事務の分配等を適正にするなどして勤務により健康を害することがないよう配慮すべき義務(安全配慮義務)を負うものと解するのが相当である。

校長の注意義務(安全配慮義務)違反の有無

注意義務(安全配慮義務)の内容について

前記前提事実(…)によれば、本件時間外勤務時間は、本件高校の校務文書から把握できるものであり、L1校長は、Yにおける勤務時間管理者として、本件時間外勤務時間を把握すべき義務を負っていたものと認められる。そして、(…)L1校長は、平成29年4月から同年5月にかけて、新学期である上、国際交流委員会関連業務も立て込んでいることが原因でXさんの退勤時間が遅くなっていることを把握してその体調を気遣っており、また、遅くとも平成29年6月1日の目標設定面談の際までには、Xさんの1月当たりの時間外等実績が80時間を超えたことを知って、同面談の際に、適正把握要綱の定めるヒアリングも行っていたことが認められる。
加えて、(…)Xさんは、平成29年5月15日に記入し提出した自己申告票に、自らの時間外労働について、「土日の校外での部活動がカウントされていないが、その分、記録上の超過勤務だけでも100時間までに抑え、過労死を避けたい。」旨記載し、同月22日には、L1校長に対し、「心身共にボロボロです。」などと記載したメールを送信したほか、上記同年6月1日の目標設定面談においても、「体調が悪いです。いっぱいいっぱいです。」などとL1校長に伝えていたことが認められる。

これらの事情によれば、L1校長としては、平成29年5月中旬頃から、遅くとも同年6月1日までの間には、Xさんの長時間労働が生命や健康を害するような状態であることを認識、予見し、あるいは認識、予見すべきであったから、その労働時間を適正に把握した上で、事務の分配等を適正にするなどして勤務により健康を害することがないよう配慮すべき注意義務を負っていたものと認められる。

注意義務(安全配慮義務)違反の有無について

にもかかわらず、前記認定事実(…)のとおり、L1校長は、同年6月1日以降も、Xさんから、同月27日には、「適正な労務管理をしてください。あまりにも偏りすぎている。」、「このままでは死んでしまう。」、「もう限界です。精神も崩壊寸前です。春から何度もお伝えしている体調不良も悪くなる一方で慢性化しています。」、「病院に行きたくても行く時間もない。」、「つぶれる。」、同年7月13日には、「いつか本当に過労死するのではないかと考えると怖いです。体も精神もボロボロです。」、「明日の教科会議も火曜日の授業もどう乗り切ればいいのか分かりません。」、「押しつぶされます。」、同月15日には、「『体大事にしてや。』と昨日電話でおっしゃられましたが、できることならしています。そんな余裕もないからSOSを出しているのです。」、「成績も授業も間に合わない。オーストラリアに行く前に死んでしまう。」など、追い詰められた精神状態を窺わせるメールを受信しながら、漫然と身体を気遣い休むようになどの声掛けなどをするのみで抜本的な業務負担軽減策を講じなかった結果、Xさんは本件発症に至ったものと認められるから、L1校長には注意義務(安全配慮義務)違反が認められる。

まとめ

以上によれば、L1校長には、注意義務(安全配慮義務)違反があったものと認められるから、Yは、国家賠償法1条1項による損害賠償責任を負うものと認められる。

結論

裁判所は、以上の検討から、YはXさんに対して、国家賠償法1条1項に基づき、230万5108円及びこれに対する遅延損害金の支払義務を負うと判断しました。

ポイント

本件は、Yが設置・運営する本件高校において教員を務めていたXさんが、本件高校における加重な業務により長時間労働を余儀なくされ、適応障害を発症したと主張して、Yに対して、国家賠償法1条1項または安全配慮義務違反に基づく損害賠償請求として、治療費や慰謝料等の支払いを求めた事案でした。

長時間にわたる業務従事は、身体的疲労だけでなく心理的な健康を害するおそれもあることから、使用者は、労働者に従事させる業務に関して、当該業務に付随する疲労や心理的負荷等も含めて管理監督する責任(義務)があります。
また、使用者に代わって労働者に対して、業務上の指揮監督を行う権限を有する者についても、使用者が労働者に対して負う注意義務の内容に従い、その権限を行使すべきであるとされています。

本件は公立高校を背景とするものでしたが、本判決においても、L1さんについて、本件高校の校長として、Xさんの労働時間を適正に把握した上で、事務の分配等を適正にするなどして勤務により健康を害することがないよう配慮すべき注意義務を負っていたものと判断されています。

このように、使用者に限らず、使用者に代わって業務上の指揮監督を行う権限を有する者が労働者に対する注意義務に違反した場合には、その結果として使用者が責任を負うことになり得るため、注意が必要です。

弁護士にもご相談ください

本件において、Yは、本件高校の校長L1がXさんに対して心身の健康状態を気遣うような声掛け等をしていたことから、注意義務を果たしていたと主張していました。
もっとも、裁判所は、Xさんが心身の健康を害していることを申告するなどし、L1校長もその状態を認識していたことなどを指摘して、L1校長が抜本的な業務負担軽減策を講じなかった結果、Xさんが本件発症を呈するに至ったと認められるとして、注意義務違反を認めています。

労働者から心身の不調等に関する申告を受けた場合、使用者側としても何らかの配慮を講じなければならないことはわかっていても、実際にどのような対応をとればよいかわからないことも多いのが現実です。
しかし、上述のとおり、単に声掛けをしていたから「配慮していた」といったところで、安全配慮義務が尽くされていたとは評価されません。
業務遂行に伴う労働者に心身の健康の管理等についてお悩みがある場合には、ぜひ弁護士にご相談ください。