労働問題

国歌斉唱の意向確認後の再任用選考不合格は違法?【思想良心の自由に対する制約】

採用面接のとき、応募者がどんな人なのかを知るべく、面接官としてはさまざまな質問を投げかけて情報収集に奔走するのではないでしょうか。
しかし、応募者のことを知るためであれば何でも聞いてOKというわけではありません。
実は、法律上、採用面接の中で聞いてはいけない「NG質問」が存在するのです。

職業安定法第5条の5(求職者等の個人情報の取扱い)では、労働者の募集業務等の目的の達成に必要な範囲内で、募集に応じて労働者になろうとする者等の個人情報を収集、保管、使用しなければならない旨を定めています。
また、同法に基づく指針も公表されており、原則として収集してはならない個人情報等が規定されています。

職業安定法 
第5条の5((求職者等の個人情報の取扱い)
公共職業安定所、特定地方公共団体、職業紹介事業者及び求人者、労働者の募集を行う者及び募集受託者、特定募集情報等提供事業者並びに労働者供給事業者及び労働者供給を受けようとする者(次項において「公共職業安定所等」という。)は、それぞれ、その業務に関し、求職者、労働者になろうとする者又は供給される労働者の個人情報(以下この条において「求職者等の個人情報」という。)を収集し、保管し、又は使用するに当たつては、その業務の目的の達成に必要な範囲内で、厚生労働省令で定めるところにより、当該目的を明らかにして求職者等の個人情報を収集し、並びに当該収集の目的の範囲内でこれを保管し、及び使用しなければならない。ただし、本人の同意がある場合その他正当な事由がある場合は、この限りでない。
② 公共職業安定所等は、求職者等の個人情報を適正に管理するために必要な措置を講じなければならない。

職業安定法(昭和二十二年法律第百四十一号)

具体的には、
✔人種、民族、社会的身分、門地、本籍、出生地その他社会的差別の原因となるおそれのある事項(家族の職業、収入、本人の資産等の情報。容姿、スリーサイズ等差別的評価につながる情報。)
✔思想及び信条(人生観、生活信条、支持政党、購読新聞・雑誌、愛読書。)
✔労働組合への加入状況(労働運動、学生運動、消費者運動その他社会運動に関する情報。)
が挙げられます。

中でも思想及び信条に関わる質問は、憲法第19条で保障された思想および良心の自由を侵害するおそれもあるため特に注意が必要です。大阪労働局のページが参考になります。

さて、今回は、国家斉唱等の意向を確認され、起立斉唱に従わないことを明らかにした教員が再任用の選考を不合格とされてしまった事件について取り上げます。

大阪府(府立学校教員再任用)事件・大阪高裁令和3.12.9判決

事案の概要

本件は、大阪府立公立学校の教員であったAさんが、定年を迎えるに当たり、大阪府教育委員会に再任用の選考を申し出たところ、同委員会から勤務校の校長を通じて、卒業式または入学式における国家斉唱時の起立斉唱を含む上司の職務命令に従うかどうかの意向確認を受け、その後、再任用選考を不合格とされ、再任用されなかったことから、大阪府に対して国家賠償法に基づく慰謝料の支払いを求めた事案です。

事実の経過

Aさんの勤務状況

Aさんは、昭和56年4月に大阪府立学校の教員として採用され、平成29年3月をもって定年退職しました。
Aさんは、この勤務期間中である平成24年3月、平成26年3月に、当時の勤務校の卒業式において職務命令に違反して国家斉唱時に起立をしなかったことを理由に戒告処分を受けたことがありました。

再任用の申込と不採用の決定

平成28年12月、Aさんは再任用を希望する申込書を提出したところ、翌年1月に勤務校の校長から、「再任用に関連して、今後、卒入学式における国家に対する起立斉唱を含む上司の職務命令に従うか?」との意向確認(本件以降確認)を受けました。
これに対して、Aさんは「これが再任用に関わる質問であるならば、生徒の就職面接でもそのような質問には答えないように指導しているため、答えることはできない」と返答しました。

その後、大阪府はAさんに対し、再任用の選考結果として、本件以降確認ができなかったことなどを理由として、Aさんを不合格としたことを通知しました。

当事の再任用の状況

平成23年度から平成28年度の大阪府における教職員の再任用状況については、99.45%から99.92%で推移しており、Aさんが不合格となった年についてみると、Aさんと同様に不合格になった教職員は合計4名いました。
この4名のうち、Aさんを含む2名は本件意向確認のような確認ができなかった教職員であり、1名は休職を繰り返していて勤務実績が非常に少なかった教職員、残る1名は指導が不適切でその改善が見込めない教職員でした。

他方、合格となった教職員の中には、体罰を複数回繰り返したことによって減給処分となったことのある教職員や停職処分を受けたことのある教職員も含まれていました。

訴えの提起

Aさんは、大阪府教育委員会が、卒入学式における国家斉唱時の起立斉唱を含む上司の職務命令に従うかどうかの意向を確認することは、Aさんの思想良心の自由を侵害するものであること、また、本件意向確認後にAさんの再任用を「否」としたことは採用選考過程における裁量権を逸脱・濫用した違法なものであることなどを主張して、大阪府に対し、国会賠償法1条1項に基づく慰謝料等の支払いを求める訴えを提起しました。

争点

本件では、主に本件不採用に裁量権の逸脱・濫用があるといえるか否かが争点となりました。

本判決の要旨

判断枠組み

任命権者の裁量

再任用制度は、定年等により一旦退職した職員を、任期を定めて新たに採用するものであって、任命権者は採用を希望する者を原則として採用しなければならないとする法令の定めはなく、また、任命権者は成績に応じた平等な取扱いをすることが求められると解されるものの(地公法13条、15条参照)、再任用選考の可否を判断するに当たり、従前の勤務成績をどのように評価するかについて規定する法令の定めもない。
これらによれば、再任用選考の可否の判断に際しての従前の勤務成績の評価については、基本的に任命権者の裁量に委ねられているものということができる(平成30年最判参照)。

裁判所
裁判所

再任用の可否については、任命権者の裁量に委ねられているのが原則です

再任用の実情

他方、(…)雇用と年金の接続を図る法的な対応が進む状況下で、大阪府の教職員の再任用率は、本件通知前の平成24年度が99.69%、平成25年度が99.61%と元々高い率ではあったものの、本件通知後は、平成26年度が99.45%、平成27年度が99.83%、平成28年度が99.92%、平成29年度が99.81%と推移し、全体として一段と高くなっていた。大阪府において、教職員の再任用の可否は選考要綱に基づく選考によって決することとされ、実際に再任用教職員採用審査会で実質審理がされて再任用の可否が決せられていたことなどからすると、再任用希望者が原則として全員採用されるという運用が確立していたとまではいえないが、上記のような教職員の極めて高い再任用率に照らすと、大阪府の教職員の再任用においては、再任用希望者はほぼ全員が採用されるという実情にあったといえる。

再任用の強い期待

上記の諸事情、すなわち、①本件通知が、地公法28条の4又は28条の5の規定に基づいてなされたものであり、その趣旨に対応した再任用制度の見直しを府教委が行ったこと、②国家公務員や民間労働者についても本件通知に沿う法的対応がなされていたこと及びそれらの内容が年金の報酬比例部分の支給開始年齢が段階的に60歳から65歳へと引き上げられ、無収入期間が発生しないように雇用と年金の接続を図るものであったこと、③大阪府の教職員の再任用率は平成26年度以降、99.45%から99.92%で推移し、再任用を希望した者がほぼ全員採用されるという実情があったことからすると、遅くとも、Aさんが再任用を希望した平成29年度の再任用教職員採用選考の頃には、再任用を希望する教職員には、再任用されることへの合理的期待が生じていたと認められ、上記合理的期待が生じた理由及びその裏付けとなっている社会的な要請からすると、この合理的期待は、法的保護に値するものに高まっていたと解することができる。
そして、このように法的保護に値する合理的期待を有することからすると、再任用希望者は、再任用選考において他の再任用希望者と平等な取扱いを受けることについて強く期待することができる地位にあったと認められる。

裁判所
裁判所

ただ、ほぼ全員再任用されているということから、希望者が法的保護に値する合理的な期待を有するとはいえます

判断枠組み(まとめ)

そうすると、再任用選考の可否の判断に際しての従前の勤務成績の評価については、前記のとおり基本的に任命権者である府教委の裁量に委ねられているものということができるが、遅くとも本件不採用の当時においては、他の再任用希望者との平等取扱いの要請に反するなど、その裁量判断が客観的合理性や社会的相当性を著しく欠くと認められる場合には、府教委の判断は、裁量権の逸脱又は濫用として違法と評価されることになるというべきである。

裁判所
裁判所

したがって、他の再任用希望者との平等取扱いの要請に反するなど、その裁量判断が客観的合理性や社会的相当性を著しく欠くと認められる場合には、府教委の判断は、裁量権の逸脱又は濫用として違法になるといえます。

本件の検討

平成29年度再任用教職員採用審査会における選考においては、過去に戒告処分を受けたにとどまるAさんが再任用を「否」とされ、生徒に対する体罰を繰り返し戒告処分より重い減給1月の懲戒処分を受けた案件⑥事案の教員Aが再任用「合格」とされており、過去の懲戒処分の軽重と再任用の選考結果とが逆転した状態が生じている。
このことは、再任用の可否の判断に当たって重視されるべき事情である過去の懲戒処分歴について、他の選考対象者との関係で不合理に取り扱われないという法的保護に値する期待に反するものといえる。

また、再任用の選考に当たって、過去に懲戒処分を受けた者の反省や非違行為後の規範遵守の状況等を一定の範囲で考慮することが裁量権の行使として許されるとしても、より重視されるべきは、過去に懲戒処分を受けた事案の内容及び懲戒処分の軽重であって、反省等は付随的なものとして扱われるべきであるから、同一年度の選考において、反省等を顧みて、重い懲戒処分を受けた者を再任用「合格」とし、軽い懲戒処分を受けた者を再任用「否」とすることは、反省等を過度に重視するものであり、裁量権の適切な行使とはいえない。

以上によれば、平成29年度の再任用選考において、Aさんを「否」、教員Aを「合格」としたことは、本来重視されるべき再任用を希望する教職員の過去の懲戒処分の軽重を重視せず、一方で反省等を過度に重視したものであり、合理性を欠くものといわざるを得ない。

加えて、(…)雇用と年金の接続を図る必要性が高いことや再任用を否とした場合の結果の重大性が増大していることなど近年の事情を勘案すれば、本件事案の懲戒処分歴の扱いについても、定年退職前の懲戒処分の選択と同様に事案の性質等を踏まえた慎重な考慮が望まれるべきことからすると、府教委の本件不採用の判断は、客観的合理性や社会的相当性を著しく欠くものとして、裁量権の逸脱又は濫用に当たり、違法というべきである。

裁判所
裁判所

Aさんとの関係においては、本件不採用の判断は、客観的合理性や社会的相当性を著しく欠くものとして、裁量権の逸脱又は濫用に当たり、違法といえます。

結論

上記違法の内容からすると、府教委には、過失が認められるから、大阪府は、Aさんに対し、国家賠償法1条1項に基づき、損害賠償責任を負うこととなる。

解説

本件のポイント

本件は、定年を迎えるにあたり、府教委に教員としての再任用の選考を申し込んだところ、国家斉唱時の起立斉唱を含む上司の職務命令に従うか否かの意向確認が行われ、これに対する答えを拒絶したAさんが、再任用選考を不合格にされたことから、大阪府に対して国家賠償法に基づく慰謝料等の支払いを求めた事案でした。

裁判所は、再任用選考の可否の判断に際しての従前の勤務成績の評価については、基本的に任命権者の裁量に委ねられているものということができるとしつつも、過去に懲戒処分を受けたにとどまるAさんの再任用を「否」とし、生徒に対して体罰を繰り返して戒告処分より重い懲戒処分を受けた者が「合格」とされており、過去の懲戒処分の軽重と再任用の選考結果とが逆転した状態が生じていることは、Aさんが他の参考対象者との関係で不合理に扱われないという法的保護に値する期待に反するもので、合理性を欠くものといわざるを得ないと判断しています。

本件では、Aさんよりも明らかに懲戒処分が重い教職員が再任用されているのに対し、Aさんは不合格とされており、合理性を欠く判断であることが明らかでしたが、定年後の再任用において、それまでの勤務態度を含む勤務成績を総合的に考慮するに際しては、前提として再任用を希望する者を公平、客観的に評価することが求められます。

弁護士にご相談ください

今回の事案は、判決の中では明示的に触れられてはいないものの、Aさんの国家起立斉唱の意思確認ができなかったことが、再任用不合格の結果に大きく影響していたといわざるを得ないものでした。
本判決においては、国家斉唱時の起立斉唱行為を求める職務命令と、それにかかる職務命令に従うか否かを問う意向確認は、Aさんの思想および良心の自由を直ちに制約するものではないと判断されていますが、やはり国歌起立斉唱は間接的な制約をもたらすものであり、このような思想・信条等にかかわる点については、特に慎重であるべきです。

冒頭でも述べたとおり、採用面接では思想等に関する質問はNG質問とされており、場合によっては応募者から慰謝料請求等をなされる可能性もあります。
このことは入社後であっても同様です。
後の紛争リスクを回避する観点からは、採用面接の際の面接事項の適否や入社後の従業員からの情報収集内容の適否などについて、できる限り事前に顧問弁護士にも相談して確認をとっておくことがよいといえるでしょう。

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